第5幕 実は、お互い様。
※捏造チームメイト出てきてがっつり喋ります!
入夏が、いない。
千秋は空席を睨みつけていた。朝のホームルームが終わってしばらく、じきに一限目の授業が始まろうという時間になっても静かなままのその席を、ただただジッと睨みつけていた。
しかし、姿が見えないからってその影まで消えてくれるわけじゃない──つい昨日だってそうだった。
*
「そういえば千秋、最近よく入夏といるよな」
「……は?」
日曜日、元チームメイトの部屋にて。約束していた勉強会の真っ最中、勉強に飽きてきたらしい家主が急にそんなことを切り出した。
咄嗟に返せず、固まっている千秋を他所に話は進む。
「そうか〜? そんなに珍しくなくね? あいつしょっちゅう千秋に絡んでくんじゃん」
「それはそうだけどさ〜、なんとなく、距離近いっつーか」
「ああ、それは俺も感じてた。なんとなくだけど、前より近い感じするよね」
「へー、そうなんだ。知らなかった。でも入夏ってそもそもパーソナルスペース狭めじゃない? そんな話す方じゃないから知らないけどさ」
「うーん……俺の気のせい? なあ千秋、なんかあった?」
当事者に聞くが早いとばかりに、八つの目が一斉にこちらを向いた。ギクリと音を立てた心臓のことは無視できない。
なんかあった? なんか、あった。
フラッシュバックしかけた出来事を意識の奥底へと押し込める。顔に出してはいけない。いっそ全部話してしまったら楽になれるだろうか、一瞬過った考えはすぐさま捨て去った。自分の首を絞めるだけだ、と。じゃあなんて返せばいい。
無言の催促が酷く長い時間に感じられた。その実、一秒にも満たないだろう。何故なら、妙な間は肯定になってしまうから。
「別に……なんもねえよ。そんなことより、勉強飽きたからって雑談ばっかしてっと、最後の最後で赤点取るぜ?」
「うげっ、バレた! 赤点は勘弁!」
「おら、さっさとテキスト開け〜。出題範囲は狭かねえぞ」
さらっと流して話題を変えて。ヒーッと悲鳴を上げながらノートに向かう姿を見て、誤魔化せたようだとホッとする──どうも、誤魔化せたのはこいつだけのような気もするが。
*
入夏が、いない。
千秋は空席を睨みつけていた。朝からずっと、気がつけばジッと。
今朝は遅いな、と思っていた。もともとそんなに早い方でもないが、ホームルームが始まっても、一限目の授業が始まってもなお現れない姿に、今日は休みなのだと悟った。
別に、だからなんだという話である。入夏が登校しようがしまいが千秋の知ったことではない。休日を挟んで一言の連絡もないまま迎えた月曜日、朝っぱらからうるさく絡まれるんだろうと思っていたら肩透かしを食らったというだけだ。
別に、関係ない。テスト直前のこのタイミングで休んでいる理由が風邪だったりなんかしたら哀れだと思うくらいだ。あんな健康そうな奴が風邪なんか引くとは思えない。思えないが、万一風邪だったら、お大事にの一言くらいはくれてやってもいいかもしれない。それだけだ。
ジロッと、相変わらず誰も座っていない席に視線を送る。睨んだところで意味がないことくらいはわかっているが、意味を求めているのかどうかはわからない。むしろ、振り回されなくてホッとするはずなのに。
「入夏なら」
「うおっ?!」
そんなこんなで、注意は視線の先にしか向いていなかった。すっかり油断しきった背後から急に声をかけられ、大袈裟に肩が跳ねる。
勢いのまま振り返ると。
「実地研修でいないよ」
こちらの反応につられて少しくらい驚いてもいいものを、何事もなかったかのような澄まし顔で春日野が立っていた。現華桜会メンバー、そして入夏の元チームメイト──千秋よりも、入夏に詳しい人物。
「普通に出てこいよ……登場までオカルトにすんなっての」
「千秋が入夏のことばっか考えてて気付かなかっただけだろ」
「ノ、ノーセンス! なんでオレがあいつのこと考えてなきゃならねえんだよ。むしろ今日は絡まれなくて清々するぜ」
「感想は聞いてないけど。とりあえず、伝えたから」
「それこそ聞いてねえよ。……ま、礼は言っとくぜ」
用事はそれだけだったらしい、春日野はさっさと自分の席へと戻っていった。なんだよ、と思いつつ、それを見送る。
そして、また入夏の席へと視線を戻した。
実地研修。実地研修、か。
そういえば自分もそうだった。つい先週、入夏と会った最後の日。あの日も入夏のことがチラついて、帰りにふらふらあの甘味処の方面へと足が向いてしまったのだ。現場が比較的近かったせいでつい見覚えのある景色を追ってしまった結果、まさか出会すとは思ってもみなかったが、タイミングがぴたりと噛み合ってしまったらしい。
ふぅん、と小さく唸る。
風邪じゃねえのか、と。
実地研修じゃ仕方ねえか、と。
ならそんなに気にしなくてもいいか、と。
意識は相変わらず空席に向いたまま、ふっと緩んだ様子を見ていたらしい春日野が何やらスマートフォンをいじっていたことなど知る由もなかった。
*
入夏が、いない。
千秋は空席を睨みつけていた。朝のホームルームが終わってしばらく、じきに一限目の授業が始まろうという時間になっても静かなままのその席を、ただただジッと睨みつけていた。
しかし、姿が見えないからってその影まで消えてくれるわけじゃない──つい昨日だってそうだった。
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「そういえば千秋、最近よく入夏といるよな」
「……は?」
日曜日、元チームメイトの部屋にて。約束していた勉強会の真っ最中、勉強に飽きてきたらしい家主が急にそんなことを切り出した。
咄嗟に返せず、固まっている千秋を他所に話は進む。
「そうか〜? そんなに珍しくなくね? あいつしょっちゅう千秋に絡んでくんじゃん」
「それはそうだけどさ〜、なんとなく、距離近いっつーか」
「ああ、それは俺も感じてた。なんとなくだけど、前より近い感じするよね」
「へー、そうなんだ。知らなかった。でも入夏ってそもそもパーソナルスペース狭めじゃない? そんな話す方じゃないから知らないけどさ」
「うーん……俺の気のせい? なあ千秋、なんかあった?」
当事者に聞くが早いとばかりに、八つの目が一斉にこちらを向いた。ギクリと音を立てた心臓のことは無視できない。
なんかあった? なんか、あった。
フラッシュバックしかけた出来事を意識の奥底へと押し込める。顔に出してはいけない。いっそ全部話してしまったら楽になれるだろうか、一瞬過った考えはすぐさま捨て去った。自分の首を絞めるだけだ、と。じゃあなんて返せばいい。
無言の催促が酷く長い時間に感じられた。その実、一秒にも満たないだろう。何故なら、妙な間は肯定になってしまうから。
「別に……なんもねえよ。そんなことより、勉強飽きたからって雑談ばっかしてっと、最後の最後で赤点取るぜ?」
「うげっ、バレた! 赤点は勘弁!」
「おら、さっさとテキスト開け〜。出題範囲は狭かねえぞ」
さらっと流して話題を変えて。ヒーッと悲鳴を上げながらノートに向かう姿を見て、誤魔化せたようだとホッとする──どうも、誤魔化せたのはこいつだけのような気もするが。
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入夏が、いない。
千秋は空席を睨みつけていた。朝からずっと、気がつけばジッと。
今朝は遅いな、と思っていた。もともとそんなに早い方でもないが、ホームルームが始まっても、一限目の授業が始まってもなお現れない姿に、今日は休みなのだと悟った。
別に、だからなんだという話である。入夏が登校しようがしまいが千秋の知ったことではない。休日を挟んで一言の連絡もないまま迎えた月曜日、朝っぱらからうるさく絡まれるんだろうと思っていたら肩透かしを食らったというだけだ。
別に、関係ない。テスト直前のこのタイミングで休んでいる理由が風邪だったりなんかしたら哀れだと思うくらいだ。あんな健康そうな奴が風邪なんか引くとは思えない。思えないが、万一風邪だったら、お大事にの一言くらいはくれてやってもいいかもしれない。それだけだ。
ジロッと、相変わらず誰も座っていない席に視線を送る。睨んだところで意味がないことくらいはわかっているが、意味を求めているのかどうかはわからない。むしろ、振り回されなくてホッとするはずなのに。
「入夏なら」
「うおっ?!」
そんなこんなで、注意は視線の先にしか向いていなかった。すっかり油断しきった背後から急に声をかけられ、大袈裟に肩が跳ねる。
勢いのまま振り返ると。
「実地研修でいないよ」
こちらの反応につられて少しくらい驚いてもいいものを、何事もなかったかのような澄まし顔で春日野が立っていた。現華桜会メンバー、そして入夏の元チームメイト──千秋よりも、入夏に詳しい人物。
「普通に出てこいよ……登場までオカルトにすんなっての」
「千秋が入夏のことばっか考えてて気付かなかっただけだろ」
「ノ、ノーセンス! なんでオレがあいつのこと考えてなきゃならねえんだよ。むしろ今日は絡まれなくて清々するぜ」
「感想は聞いてないけど。とりあえず、伝えたから」
「それこそ聞いてねえよ。……ま、礼は言っとくぜ」
用事はそれだけだったらしい、春日野はさっさと自分の席へと戻っていった。なんだよ、と思いつつ、それを見送る。
そして、また入夏の席へと視線を戻した。
実地研修。実地研修、か。
そういえば自分もそうだった。つい先週、入夏と会った最後の日。あの日も入夏のことがチラついて、帰りにふらふらあの甘味処の方面へと足が向いてしまったのだ。現場が比較的近かったせいでつい見覚えのある景色を追ってしまった結果、まさか出会すとは思ってもみなかったが、タイミングがぴたりと噛み合ってしまったらしい。
ふぅん、と小さく唸る。
風邪じゃねえのか、と。
実地研修じゃ仕方ねえか、と。
ならそんなに気にしなくてもいいか、と。
意識は相変わらず空席に向いたまま、ふっと緩んだ様子を見ていたらしい春日野が何やらスマートフォンをいじっていたことなど知る由もなかった。
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