Miracle Trap
別に、青春なんて求めてなかった。
一人はみんなのために、みんなは一人のために。みたいな、そんな暑苦しくて泥臭いこと。やりたい奴だけ好きにやればいい、ってスタンス。俺の足を引っ張るなら容赦はしないけど、ってスタンス。
一番可愛いのは自分自身、最終的に自分にとって有益になる道を選んできたつもりだ。なるべくならローリスクハイリターン、効率よく無駄のない人生を。歩んできたつもりだ、歩んでいくつもりだった。
難なく。すいすいと。クールに。
一年の時は、そんな感じだった。ともに高め合い切磋琢磨して這い上がる、なんておアツい本気の青春は抜きにして。冷静に、俯瞰的に、自分たちの強みを生かしてさくさくと。
チームメイトの連中は、今まで隣にいないタイプの奴らだった。揃いも揃って体育会系の、単純バカなピュアっ子集団。素直で可愛い奴らだ。一年間、『綾薙学園のミュージカル学科生となるため、テストステージを突破する』という同じゴールを目指してやってきた。この実力にこの指導者なら、まず落ちることはないだろうという予想通りの結果を手にして。
二年に上がった。
目に見えた変化は、その頃に始まった。
「お前、楽しそうだね」
合宿中のことだった。
部屋で、愁が漣先輩がと報告してくるリーダーに目を細め、皮肉のようにそう言った。散々本気を馬鹿にしてきた、本気に弱いリーダーさん。
「あ? あー……まあ、悪くねーな。俺を本気にさせた愁と、役取るために稽古するってのは……いい刺激になるぜ」
「漣先輩もいるし? 戦績は聞くまでもないけど」
「いつか絶対転がす!!」
「はいはい、楽しそうで何より」
焚きつけられて、簡単に燃えて。単純な奴だなあ、という感想。
でも、こいつが本気の奴に弱いっていうのは、前から知っていたことだ。こいつは、強い奴が好き。真っ直ぐで、熱い、強い信念で動く『本気』の奴が好き。本人は馬鹿にしていたけれど、どこかで熱さを求めているのはわかっていた。
俺には、くれてやれない熱さ。
俺とお前は、冷めたところがおんなじ温度だから。お前を熱くしてやることはできない。だから、熱くなって楽しそうにやってる廉を見て、よかったな、と思った。俺にできるのはせいぜい緩衝材の務め、起爆剤にはなれやしない。なる気もない。
そんな風に、めまぐるしく周囲が変わっていく合宿だった。
ミラクル星谷のミラクルは、その合宿中にも起こったのだ。
もう一人、頑固で、どうしようもなく素直で、真っ直ぐすぎる奴がいた。自分の理想と夢だけを見て、そこへ向かうための努力は惜しまず、とことん磨き上げてきた奴。興味ない、と、自ら望んだかのように孤立して、振り返らずに突き進んでいた背中に仲間がついて、それでも一人でギラギラやってる奴だった。
とんでもなく俺のことが嫌いで、何を言っても聞く耳なし。聞き入れられることはないだろうと確信めいた予想は抱きつつ、他でもないその周りの奴らのお人好しに付き合ってやって、もっと周り見ろよと言ったこともある。そんなに夢だけを見て、夢に裏切られた時一人でどうするつもり? と。支えてくれてる奴らがいるのに、振り切って、チーム戦なのにワンマンプレイ。言っても無駄、伝わらない。一応、一年の初めの頃よりは、チームらしくはなっていたけれど。
そうしてとうとう、そいつは夢に会った。役者とファンとして、ではなく、役者と役者として。届くはずの手を、伸ばした。
夢に裏切られて、閉じこもった揚羽の気持ちを、俺は知ることができない。
何か一つに囚われて、真っ直ぐそれだけを目指すなんてことは、したこともしようと思ったこともないから。いつだって柔軟に、歩きやすい道を選んできた。甘い蜜を吸い続けるにはそれなりに回り道も必要だから、多少の面倒事も次へ繋がる利益の伏線として片付けてきた。そんなまどろっこしいことなどせずがむしゃらに夢だけを見て走る姿を知っていたから、それが砕かれた後の立ち直らせ方というものは見当もつかなかった。
ただ、俺にはできないということ。それだけは、はっきりとわかっていた。
このままくじけさせるのは惜しいな、と思っていても、こっちの言葉は届かない。かける言葉も思いつかない。たとえ嫌われてなかったとして、唯一のゴール――自分の人生を変えた存在に、拒絶され、打ち砕かれた奴に、俺が何をしてやれるだろうか。俺には、その傷を理解してやることもできない。
このまま、一人減るのかな。と、思っていた。
けれど。
扉は、開いた。
開いてしまった。
あの頑固で、あんな傍にある優しさにもすぐには気付けなかった揚羽まで、変わってしまった。ついに、変わってしまった。
あいつ自身が変わらなきゃ、次には進めない。そんなことは、あいつの目指した夢の指導を見ていればわかった。コピーじゃなくて自分自身を――要求はそれだったから。
「ミラクル星谷、とうとうやったな」
「だね。あの頑固な揚羽まで変えちゃうなんて……俺的には、ミラクル星谷の名に偽りなし! って思うかな~」
「ハハ! お手並み拝見ってとこかと思ってたけど……マジで開けちまうとはな。たいしたもんだぜ」
お前も、変わった側だよ。
にっこり笑って隠す。
「さて……育成枠オーディション。これにて役者が揃ったわけだけど」
「テメー、落ちたら有罪だからな」
「それは廉もだろ? ま、お互い頑張ろうよ。ほどほどに、ね」
俺はあくまで、ほどほどに。スタンスを変える気はなかった。
だけど、純粋な奴は嫌いじゃない。疑いもせずについてきてくれる素直なチームメイトたちの背中くらいは押してやってもいいかな、と、少しだけ姿勢を正した合宿だった。
そんな波乱の一学期は卒業記念公演とともに幕を閉じ、それから夏休みが明けた。
二学期が、幕を開ける。
目に見えて、ワクワクしていた。綾薙祭で、またカンパニーとしてステージをやるのが楽しみで仕方ないらしい。
みんなで。
みんなでつくりあげるステージ、か。
誰も彼もが熱くって、ミラクルを期待してる。青春しちゃってる。
スターオブスターを取り上げられても、落ち込んだのはほんのひと時。最初に決めた十四人でやるんだと言って聞かない。
あいつらは、華桜会――学園のトップに、歯向かっている。
王国に囚われた姫君たちを取り戻すのだと、立ち上がった王子様がたのなんと勇ましいこと。
俺的には、正直ありえないと思った。ついていけないと思った。ついていけないと思った、はずだ。
まぶしい。
一歩進んだら、一歩押し戻される。そんな状況で何も進展していないのに、あれこれ動き回るあいつらは楽しそうだった。ピュアっ子たちが頭も使わずその場の勢いで動いていく、どんな人を相手にしているかも知らないで。
ほんと。
ほんと、お前らは、単純でいいよな。
動き回る背中に目を細める。本当に、単純バカでどうしようもない奴だ。
強風に煽られ舞い上がる塵の如くつれていかれそうになった俺の脳裏に、あの人の顔がよぎる。
かつての俺のことをよく知った、あの人。冬沢亮、会長。現、華桜会。
互いに利用していた。俺は効率よく働くし、会長の威を借りれば内申も稼げる。どうせ働くなら評価に繋げる、それが先の未来を保障する。縁の下の力持ちなんて損な役回りはしてやらない。断る理由もなかった、だから、手を取った。
今は敵、なのか。
立ちはばかる壁だった。少なくとも、あいつらにとっては。行く手をはばむ大きな壁だった。五人と、九人。八人?
これからどーすんだよ、と廉たちが話し合っている。
ねえ、どうするの? 本当に。
勢い任せのストなんて決行して、相手にされず、稽古場は奪われて、ステージの枠さえも奪われて。このままでいいの? ちなみに俺的には、このままじゃ最悪の結末を迎えることになるって思うけど。
気がついたら砂漠を歩かされていた。そんな気分だ。
砂に足を取られて歩きづらいったらない。それなのにあいつらはとても楽しそうに、砂漠を歩いて踊って歌ってはしゃいでる。
歩きにくいだろ、こんなとこ。真っ直ぐ突き進んでばかりじゃ取り返しがつかなくなることもある。そうなってからじゃ遅いんだよ。みんなでつくりたい! なんて、キラキラ光る綺麗事を並べて。どうしても砂漠を進みたいっていうんなら、自分の足だけに頼るのはやめたらどう? 闇雲に走ったところで体力を消耗するだけ。
せめて俺たち九人のステージだけでも、取り返した方がマシなんじゃない?
それくらいの交渉なら、たやすくこなしてやる。大きな権力に真っ向勝負なんてするだけ無駄、戦おうと立ち上がるよりも外交しようよ、王子様がた。相手の国の王子まで巻き込んで、砂嵐を抜けた先には吹雪が待っている。
もっと賢く駆け引きしろよ、と。言ったところでそれも無駄だろう。その頭がある奴らだったらストなんて向こうを煽るだけの強行プランは実行しない。
もっと俺みたく、賢く歩かなきゃ。
とりあえずその場を上手くやり過ごせればそれでいい、悪目立ちして出張った杭だとバレたら打ち込まれてしまうから。目を掛けてもらうのは大歓迎、だけど目をつけられるのは真っ平御免だ。同じ道なら、障害物はない方が歩きやすい。俺は別の誰かに退けさせて、そうして悠々と歩いてきた。
たかが学校行事に熱くなって。ただ単に、与えられた枠でパフォーマンスすればいい。そうじゃないのか。百かゼロかで考えるからいけない、オープニングセレモニーだろうとクラス公演だろうと、外から見たらまだ卵のステージであることには変わりないのだから。どんな括りであれ、ステージにさえ立てれば『綾薙学園ミュージカル学科の生徒』としての評価は受けられる。
華桜会は予定通り綾薙祭改革の看板行事を成功させて、俺たちは俺たちのステージを成功させる。俺的には、それで健闘賞だって思うのに。オープニングセレモニーに出られるか出られないか、あいつらにはその二択だけ。
そうして足掻いて、もしもスターオブスターまで巻き込んで共倒れになったら、どうする気だろうか。中途半端なパフォーマンスはブランド名を落とすだけ。
星谷。もう、ミラクルはおしまいにしときなよ。
そろそろ潮時なんじゃない? と、盛り上がっている姿を見て呟いた。綾薙祭までの時間は限られている、そんな中でしがみついて、パフォーマンスすらできなくなったらなんの意味もないだろ、と。俺からの折衷案だよ、と。
あいつらが怒らせている人が微笑んだ。
俺の今までの生き方がよぎる。
知っているんだと、彼は。俺がどういう人間かを。あんなにピュアで綺麗な人間じゃないだろう、と。何がベターか見抜ける賢い人間のはずだろう、と。
ぐんぐん走る背中を見つめる。
熱く泥臭く、キラキラと。何もかもが台無しになった先にいったい何が残る? たとえ掴めなくても『仲間のために頑張った』って青春輝かしい思い出でも作りたいの? そんなの、もう十分だろ。
俺は、お前たちとは違う。
俺は、なにも変わってない。
変わったのは、お前。
俺は、青春なんて求めてない。
冬沢さんの笑みが脳裏に浮かぶ。
『俺は知っているよ』
どうすべきか、手に取るようにわかる。
ご機嫌取りして媚び売って、素直に謝って、言われた通りのメンバーでクラス公演をやれるように交渉。マイノリティよりもマジョリティ、保守派の意見を尊重してやる。それがベターだ。それが、冬沢さんが暗に俺に求めている交渉。
ベターな選択肢だ。ベストじゃない。たかが学校行事に熱くなっているのは向こうも同じだ。改革だとか言って、俺たち二年が新プロジェクトに駆り出されると決まったその瞬間から、双方を満たせるベストなんて存在しないのだ。
華桜会の皆さま方は、権威の象徴となり得るオープニングセレモニーを成功させたい。自分たちの代で改革を、さらなるブランド化を。本当の首席様のご意向は知らないけれど、冬沢さんはそうだろう。将来のために、自分のために、貪欲に栄光を。
俺たちカンパニーは、カンパニーのステージをやりたい。青春がしたい。目の前の夢を掴みたい。その先のことは、その先で考えればいい。全員がそういう考え方じゃあないと思うが、みんなこんな考え方に染まっている。その核が誰なのかは言うまでもない。
星谷と、揚羽と、廉。一年間リーダーとしてチームの中心にいた三人が、今は九人の中心にいる。青春の真っ只中にあいつらはいる。
揚羽、ずっと一人で戦っていたお前が、こんなに仲間を大事にするようになるなんて。頑固に変わらないのは俺への態度だけ、そんなに嫌いならいっそ追い出してくれればいいのに。
廉、お前もすっかり変わっちゃったよな。俺を置いて。なに熱くなってるの? 散々バカにしてきたくせに。単純で羨ましい限りだよ、いっそのことお前みたいにteam鳳病に感染しちゃった方が楽なのかもな。
人の数だけ人生あり、だから青春するのは大いに結構――俺抜きにしてくれれば。どいつもこいつも熱に浮かされて、盲目的に青春しちゃって。
俺と同じ温度の奴は、もういないらしい。
一年の時の綾薙祭、野外ステージが倒壊してもなお公演をやろうと奔走するteam鳳を尻目に見ていたあの頃とは違う。スター枠落ちした奴らは大変だなと一緒に笑いながら、自分たちの公演を成功させたあの頃とは違う。
そうだろ? 廉。
俺も――いや、俺は。
冷めた目で、頼まれた仕事をこなした。これくらいなんてことはない、今は稽古もなくて手持ち無沙汰だから。
部屋をノックする、返事はない。いないようだけど、あの人のことだから見られて困るようなものは放置しておかないだろう。どうせ書類を置いていくだけだから、中に入るとやっぱりあの人の姿はなくて、代わりにパソコンが無防備に開きっぱなしになっている。すぐに戻るつもりだったのかもしれない。
――あ、これは。
覗き込んだその先に、こうなった元凶の文字列を見つけてしまった。デスクトップなんて、こんな簡単に見つかる場所に置きっぱなしにして。俺みたいな奴に盗られたらどうする気だろう。
このプロジェクトさえ発足されなければ、俺はこんな疎外感を知らずに済んだのに。
このデータがあれば、オープニングセレモニーを乗っ取れるかもしれない。
二つの考えが同時に浮かんで、ハッと目を開いた。自嘲するように細める。
カンパニーの、あいつらのことは嫌いじゃなかった。素直でバカな奴というのは可愛げがあって愛おしい。もがきながら進んでいく様を見るのは面白いものだ。
だから、頼まれてもいない、頼まれるはずもない交渉をしている。五十を取るために、せめてものクラス公演の取り返すために。オープニングセレモニーの夢は叶えてやれなくても、綾薙祭でのステージは掴ませてやれる。残された時間はあと僅か、できる確率の低い説得のタイムロスさえ惜しい頃合い。もう足掻いている暇はないのだ。
このまま強行突破するにしても、もっと賢いやり方があるのに。
そう、例えば――
――ちなみに俺的には、目につく場所に放置してたのが悪いって思いますよ。
カンパニーの意思、か。
自分の部屋でUSBメモリをつまみ上げ、眺める。こいつをどうしようか、とプランが動き出す。揺さぶるか、いや、それをしたところでこちらが不利になるだけだ。情報は手に入れることよりも使い方が肝心、盗まれたことを悟られるのは向こうが不利益を被った瞬間でなければ意味がない。この演目を、遜色なく披露できるように仕上げれば――或いは――。
ギュッと、USBメモリを手の中に収めた。胸の奥底でくすぶるものを消し去るように握り締める。
こんなもの、手に入れてどうする気だろう。
自分の行動に思わず笑ってしまった。あいつらの意思を尊重した先に待ち受けているのは地獄だとしか思えないのに、どうして武器となり得るものを手にしているのか。
ああ、面倒臭い。
苦手だ。ベタベタとまとわりついてきて、侵食されていくようなこの感覚は。
ハイリスク、けれどリターンはないかもしれない。あいつらがやっているのはそういうことだ。不利益なら返ってくるかもしれない。そういうことだ。
たかが学園祭、たかがクラスメイト。たまたま同じ年代に生まれてたまたま同じ学園生活を送っているだけの知り合いだ。出会ってから二年にも満たない、そんな奴らのために俺がわざわざそこまで働いてやる義理はないはずだ。
オープニングセレモニーは諦めろよ、クラス公演には出させてやるから。それで納得してくれない?
――納得してくれそうにない、かな。
あの晩ぽかりと浮かんだ顔が、苛立ちを隠さずに現れて、俺の前に立ちはばかる。
何のつもりだ、と。そんな風に睨まれる。
黙って敵とコソコソやっているのが気に食わなかったらしい。敵、ね。やっぱり敵なんだ。
なあ、廉。
俺には期待してないんだろ。
それなのにどうして、信じてられる?
どうしてお前は、お前たちは、一人違うスタンスの俺まで道連れになってくれると思ってたの。
そういう奴じゃないって、一番よく知っているのはお前のはずだろ、廉。
お前は変わった、変えたのは俺じゃない。
揚羽も変わった、変えたのはもちろん俺じゃない。
俺は誰のことも変えられない、誰も俺を変えられない。
俺は、今の俺で満足してるから。
だけど、裏表のない単純な作りのお前が――羨ましい、なんて。
今まで通り、賢く上手に歩けばいい。
だけどどういうわけか、歩き方を思い出せなくなってしまって、俺はしばらくその場から離れることができなかった。
「たかがなんて、言わせるな!」
お前、そんな奴だったっけ。
どうして、どうして俺を連れ戻そうとする?
お前の大嫌いな俺のこと、そのまま捨ててしまえばいいものを。
面倒臭い、やめろ、やめろって。
俺は、お前たちとは、違う。
干渉してくるな。
どうして。
どうして?
足が重くてなかなか持ち上がらない、歩き慣れた道のはずなのに。
――本当に、あいつらの意思を無視してもいいのだろうか。
振り切って今までと同じ道を進もうとした俺に、待ったがかかる。
「スパイでも何でもやれ! でもな……」
そっちじゃないと、引き戻される。
「『ダチ』としては筋通せ」
たかがチームメイト、されどチームメイト。
お前と一緒にいたのは、チームメイトだからってだけじゃない。
たったそれだけの理由で、他人との時間を作れる俺じゃない。
廉。こんなとこにまで来て、小っ恥ずかしい演説をしてくれたお前に免じて。
楽しかった、退屈しなかった、その時間を――否定するのは、やめてやるよ。
くすぶっていた炎が揺らめいて、胸を熱くする。
歩き方がわからなくなってしまったなら、新たに踏み出せばいい。踵を返し、未来への一歩を。
「つーか聖、テメーこんなもんいつの間に盗ってたんだよ?」
「ん? ナイショ」
「ハッ、手口は明かさねーってか」
フォーメーションの確認をするために、揚羽たちの部屋へ向かっているところだった。第一寮から第二寮へと戻る道すがら、ピンク色のUSBメモリを手に、そんな会話をしながら。隣には廉、足取りは軽かった。
歩幅を合わせる気のない背中を見つめる。ぐんぐん進んでいくその背中は、相変わらず、こっちが同じ方向を目指してついてきていることを疑っていない。
「廉」
俺もとうとう、こっちに来てしまった。
行先のわからない道を選んだのは初めてだ。この道は先が見えない、眩しくて何も見えないのだ。
名前に反応して、三歩先の背中が振り返る。
いつか俺も、今この瞬間が眩しかったのだと、懐かしむ日が来るんだろうか。
リターンの保証はなくても、この道のりこそがかけがえのない財産なのだと、振り返って眺める日が来るんだろうか。
「聖?」
「――やるからには」
一、二、三歩。一気に距離を詰めて、廉の隣に並ぶ。
やっぱりこの先は、楽な道じゃないだろう。歩きにくい砂漠であることは変わらない。でも、一人じゃないからここにいる。
なんだこいつとでも言いたげな目を見下ろして、俺はうっかり緩んだ頬のまま、こいつの座右の銘を呟いた。
「完璧に。勝たなきゃ有罪、ね」
「ア?」
「数の利と見栄えでせめてもの説得力持たせないと、冬沢さんを怒らせるだけだからね〜。俺ら――というか、team鳳お得意の、観客を味方につけないと。廉、失礼なこと言って怒らせちゃだめだよ〜?」
「ハッ、それは梨園の貴公子にも言っとけよ。噛み付いてんの、だいたいあいつだろーが」
「それは大丈夫じゃない? どうせみんな慣れてるし」
「かもな」
ハハハ、と示し合わせたかのように揃って笑った。そのまま並んで歩き出す。
くくっと喉を震わせた廉が、ぽつりと呟く。
やるからには完璧に、勝たなきゃ有罪。けど……まあ。
「テメーが考えた作戦なら大丈夫だろ」
さっさと行くぞ。また俺の先を進んでいく背中を見つめる。
本当に、単純バカというか、ピュアというか。どうしてこんなに真っ直ぐ人を信じられるのだろうか。
ふぅと短く息を吐き出して、その背中に続く。行先は同じだ。
――廉。
「フッ……ほーんと、廉ってピュアっ子だよな〜。悪い大人に騙されるなよ〜?」
「アァ? なんか言ったか? つーか時間ねーんだからさっさと歩け、テメー歩くの遅えんだよ」
「はいはい。ちなみに俺的には、お前が速すぎって思うけど。競歩選手でも目指してるの?」
「ア? 目指してねーよ」
「ハハハ」
お前が俺のラクダを用意してくれるんなら、たとえ砂漠でもお供してやるよ。
ぐんぐん進む、なるべく合わせて俺も歩く。蜂矢はともかく、あんまり遅いと揚羽には文句を言われそうだ。ちなみに俺的には、部屋に入れてもらえてかつ一緒にミーティングすることになるなんて奇跡だ、って思うけど。
廉は変わった。揚羽も変わった。変えたのは俺じゃない、けど、変化は連鎖していく。
冬沢さん。
俺はもう、あなたの部下じゃない。
だから――覚悟しといてくださいね、元会長。
ふわりと浮かんだその顔を振り切って、立ち止まっている俺を何してんだと呼ぶ声の方へと急ぐ。俺も変わった、のかもしれない。
だけど俺的には、そんな今の俺のことも嫌いじゃないな、って、そう思った。
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