お喋りな口はキスで塞いで
「今日は、キスの日なんだって」
それは、南條と二人で自室にいる時の話だった。これからチームの集まりだと出て行く虎石を雑に見送って、今日は春馬と創が──、そのせいで遊晴は──、そういや稽古中にも──、などと他愛ないことを話していた。そう言った会話の切れ目のふとした沈黙、次に口を開いた南條がそんなことを言い始めたのだ。
北原は軽く首を傾げた。なんだ急に、と思って言おうとしたが、ハッと思い当たってニヤリと笑う。
「わかったぜ、聖。キスしたいって言うんだろ」
「え?」
「わざわざキスの日なんてもん作って話すなんてな……さすがにお見通しだぜ? ったく、テメーは回りくどいな」
「別に、俺が『今日はキスの日だ』って言い始めたわけじゃないんだけど……実際にそうなんだって」
「ハ? なんでだよ。語呂でもねーし…つか数字の語呂合わせでキスは無理だろーが」
「あはは…俺に言われても」
苦笑い。南條の表情はそういうものだった。しかめっ面。北原の表情はこういうものだった。
キスをしたくてこの話を始めたわけではないらしい。いや、したくないとは言っていないしどちらかと言えばしたい方に決まっているのだが、どうやら先にうんちく垂れたいようだ。ちなみに北原は、どちらかと言わなくてもキスをしたい。うんちく話がつまらなかったら塞いでしまえばいいだけなので、とりあえず聞いてやることにした。
南條はニコッと笑った。いつものやつだ、余裕そうな笑顔。
「なんで今日かっていうと、日本で初めてキスシーンのある映画が公開されたのが、五月二十三日だったから──だって」
「ほーん」
「興味なさそうだねえ、話のネタにはなりそうなものだけど。現に、俺と廉の雑談のネタにはなってるだろ?」
「テメーが勝手にネタにしたんだろーが。キスシーンなんてんな珍しいもんかよ?」
「当時はね。衝撃的だったらしいよ? まあでも、これって別に日本記念日協会に登録されてる記念日でもなんでもなく、単にネットで騒がれてるだけみたいだけどね」
「日本記念日協会…?」
「調べれば簡単に出てくるよ。ほら」
ほら、と差し出されたスマートフォンの画面を覗き込む。南條がその名称を打ち込んで検索ボタンをタップすれば、ページトップにヒットした。本当にそんな嘘くさい協会があるようだ。ページを開けば、新しい記念日だとか今日が何の日だとかそういうのが表示された。パッと見た感じでは、確かにキスの日の文字は見つけられない。なら、なんでこの話をし始めたのか。
ぼんやりと、今日が何の日かの一覧を眺める。いろんな記念日があるものだ、リボンナポリンってなんだ。そんな風に上から順に読んでいくと、一つ、気になる文字列を見つけた。
「今日は……」
「──不眠の日、らしいぜ」
「え、わっ」
ドサリ、と。キスなんてはっきりとした単語を突き出したくせに、どうでもいいような話ばかり続ける南條を押し倒してやった。
押し倒されるとは思っていなかったらしい、組み敷いた恋人はぱちくりと間抜けな顔を晒している。北原はこういうのが好きだ、余裕たっぷりで有罪なこいつが、こっちの行動で無防備になる。その瞬間がたまらなく好きだ。
愉しそうに笑った北原を見て、うーん、と南條は唸った。
「俺的には、急にキスくらいはされるかなって思ってたけど。前菜飛ばしていきなりメインディッシュって感じだねえ、廉」
「あ? よくわかんねーけど、キスはするぜ」
「あーうん、宣言ありがと」
ふっと鼻で笑われた腹いせに、ぐんと顔を近づけてキスをする。ペロッと舐めて、それから合わせた。すぐには離れず、しばらくこの柔らかいのだけを楽しむ。
目を細めた、視線が絡んだから。そこから深めようかとも思ったが、台詞の途中でついキスをしてしまったことを思い出して離れる。
「あれ、もう終わり?」
「話の途中だ」
「その話の腰を折ってキスしてきたのはお前だけどね」
「うるせー、黙って聞け。ったく、やっぱりキスしたいってことだったんだろ? キスの日にこじつけて、回りくどいんだよ。さっきも言っただろーが」
「……それで、不眠の日がなんだって?」
「あー、そうだった。ハッ、物分かりのいいテメーならわかるだろーが。押し倒されてキスされて、そんで不眠──っつったら」
北原は南條を見下ろした。腕を突っ張って覆い被されば、南條の顔に自分の影が落ちる。南條は北原を見上げてきた。とっくに察しているだろうに、すっとぼけた顔をしている。なんて言ってくれるのかな、なんて期待混じりの表情で。
北原は唇をニイッと歪ませ、南條の耳元へと寄せた。
「夜通しヤる、って意味に決まってんだろーが」
──と、たっぷりの吐息を含ませて。
耳元でこれをやられるのに弱いということは当然知っていてやっている。ついでに耳朶を食むようにキスをして、また南條の上に戻ろうとした。
「うおっ」
「……廉にしては、頭使って誘ってくれたねえ」
しかし、それは叶わなかった。理由は単純だ、南條の腕が首に絡みついてきたから。
「にしても、俺がこうして行動で誘ってやったんだから、もう少し色気のある声上げてくれない? 耳元で言ってたみたいにさぁ」
「アァ? 文句あるならテメーももっとエロい言葉で誘ってみろよ、わかりやすいやつな」
「ええー」
あはは、と南條は笑った。ちょうど北原の耳元に口があるらしい、低い笑い声が直接響いてくる。
「ちなみに俺的には──、」
お得意のフレーズが、昼間とは違う色香をまとって吹き込まれる。さあ、何を言われるか。こっちの要求通りに言ってくれるのか、言わなきゃ有罪だが、まあ思い通りに動く奴ではないことも知っている。
「虎石の奴、今日はチームの集まりって言ってたから、日付変わる前には帰ってくるんじゃないかって思うけど」
「………聖テメー、何度言わせりゃ気が済むんだ? セーカク有罪すぎ。このタイミングでその声でそれ言うか、フツー? 有罪」
「あはは、ごめんね〜? でも知ってるだろ、俺がこういう奴だって」
「当たり前だろーが、俺はテメーの彼氏だぜ」
「……うん、そだね」
ぎゅう。
少し苦しいくらいの力で抱きしめられる。チュッという音と、柔らかな感触。耳にキスをされたらしい。それから、間も無く。
「……一回くらいなら、全然余裕でできるって思うよ?」
と、囁いて。
口角が上がった。考えるよりも早く、反射的に。そのあとに、言えるじゃねーか、と思った。
「ちゃんと言えるじゃねーか。けど、まだいけんな…もう少し可愛くおねだりしてみせろよ」
「えー、今のじゃダメ〜? 俺的には精一杯なんだけど」
「嘘つけ、俺に抱かれてる時のテメーはもっと素直だぜ?」
「れ〜ん〜、それはそういう雰囲気とかノリってものがあってさぁ……まだ始まる前にそれ言われると、さすがに照れるんだけど…」
口角がまた上がる、これ以上は格好悪いからストップだ。なんとか顔を見ようと頭を動かすと耳が見えたから、そこで我慢する。近づけるまでもなく目の前にある南條の耳へと、ご褒美をくれてやろう。
「なら、言えるようにしてやる。たっぷりキスして、嫌って言うまで抱いてやるよ、聖」
この声に、南條がぐっと息を飲むのがわかる。きっと無罪な顔をしているだろうから見てやりたいが、見せまいとするように腕の力は緩まない。短いため息のあと、それじゃ終わらないなあ、と小さな声が呟いた。
「聖、そろそろ手ぇ離せ。動けねえだろーが」
「あーはいはい。これでいい? どうぞ、めちゃくちゃにしちゃって」
「……聖、それいいな。スゲーめちゃくちゃにしたくなる」
「ん〜っ…廉って素直でわかりやすい奴なのに、スイッチはイマイチわかりづらいよなあ? 投げやりなのがいいの?」
「ハァ? 俺にはわかるからいいだろーが」
「あー……まあいいけどね…好きにして」
ふっと緩んだ隙に、マウントポジションに戻って。顔の横に手をついて、改めて見下ろす。
南條と目が合った。バチッと音がした気がする。しかしすぐに逸らされた。有罪、と思いかけて、頬の赤みに気がついたから撤回してやることにした。
──なんだかんだ言ってないとダメなくらい余裕ねーらしいから、無罪にしてやる。
ニヤッと歪んだ形のまま、照れ隠しのせいで笑顔が失敗したような形になっている唇へとキスを落とした。
それは、南條と二人で自室にいる時の話だった。これからチームの集まりだと出て行く虎石を雑に見送って、今日は春馬と創が──、そのせいで遊晴は──、そういや稽古中にも──、などと他愛ないことを話していた。そう言った会話の切れ目のふとした沈黙、次に口を開いた南條がそんなことを言い始めたのだ。
北原は軽く首を傾げた。なんだ急に、と思って言おうとしたが、ハッと思い当たってニヤリと笑う。
「わかったぜ、聖。キスしたいって言うんだろ」
「え?」
「わざわざキスの日なんてもん作って話すなんてな……さすがにお見通しだぜ? ったく、テメーは回りくどいな」
「別に、俺が『今日はキスの日だ』って言い始めたわけじゃないんだけど……実際にそうなんだって」
「ハ? なんでだよ。語呂でもねーし…つか数字の語呂合わせでキスは無理だろーが」
「あはは…俺に言われても」
苦笑い。南條の表情はそういうものだった。しかめっ面。北原の表情はこういうものだった。
キスをしたくてこの話を始めたわけではないらしい。いや、したくないとは言っていないしどちらかと言えばしたい方に決まっているのだが、どうやら先にうんちく垂れたいようだ。ちなみに北原は、どちらかと言わなくてもキスをしたい。うんちく話がつまらなかったら塞いでしまえばいいだけなので、とりあえず聞いてやることにした。
南條はニコッと笑った。いつものやつだ、余裕そうな笑顔。
「なんで今日かっていうと、日本で初めてキスシーンのある映画が公開されたのが、五月二十三日だったから──だって」
「ほーん」
「興味なさそうだねえ、話のネタにはなりそうなものだけど。現に、俺と廉の雑談のネタにはなってるだろ?」
「テメーが勝手にネタにしたんだろーが。キスシーンなんてんな珍しいもんかよ?」
「当時はね。衝撃的だったらしいよ? まあでも、これって別に日本記念日協会に登録されてる記念日でもなんでもなく、単にネットで騒がれてるだけみたいだけどね」
「日本記念日協会…?」
「調べれば簡単に出てくるよ。ほら」
ほら、と差し出されたスマートフォンの画面を覗き込む。南條がその名称を打ち込んで検索ボタンをタップすれば、ページトップにヒットした。本当にそんな嘘くさい協会があるようだ。ページを開けば、新しい記念日だとか今日が何の日だとかそういうのが表示された。パッと見た感じでは、確かにキスの日の文字は見つけられない。なら、なんでこの話をし始めたのか。
ぼんやりと、今日が何の日かの一覧を眺める。いろんな記念日があるものだ、リボンナポリンってなんだ。そんな風に上から順に読んでいくと、一つ、気になる文字列を見つけた。
「今日は……」
「──不眠の日、らしいぜ」
「え、わっ」
ドサリ、と。キスなんてはっきりとした単語を突き出したくせに、どうでもいいような話ばかり続ける南條を押し倒してやった。
押し倒されるとは思っていなかったらしい、組み敷いた恋人はぱちくりと間抜けな顔を晒している。北原はこういうのが好きだ、余裕たっぷりで有罪なこいつが、こっちの行動で無防備になる。その瞬間がたまらなく好きだ。
愉しそうに笑った北原を見て、うーん、と南條は唸った。
「俺的には、急にキスくらいはされるかなって思ってたけど。前菜飛ばしていきなりメインディッシュって感じだねえ、廉」
「あ? よくわかんねーけど、キスはするぜ」
「あーうん、宣言ありがと」
ふっと鼻で笑われた腹いせに、ぐんと顔を近づけてキスをする。ペロッと舐めて、それから合わせた。すぐには離れず、しばらくこの柔らかいのだけを楽しむ。
目を細めた、視線が絡んだから。そこから深めようかとも思ったが、台詞の途中でついキスをしてしまったことを思い出して離れる。
「あれ、もう終わり?」
「話の途中だ」
「その話の腰を折ってキスしてきたのはお前だけどね」
「うるせー、黙って聞け。ったく、やっぱりキスしたいってことだったんだろ? キスの日にこじつけて、回りくどいんだよ。さっきも言っただろーが」
「……それで、不眠の日がなんだって?」
「あー、そうだった。ハッ、物分かりのいいテメーならわかるだろーが。押し倒されてキスされて、そんで不眠──っつったら」
北原は南條を見下ろした。腕を突っ張って覆い被されば、南條の顔に自分の影が落ちる。南條は北原を見上げてきた。とっくに察しているだろうに、すっとぼけた顔をしている。なんて言ってくれるのかな、なんて期待混じりの表情で。
北原は唇をニイッと歪ませ、南條の耳元へと寄せた。
「夜通しヤる、って意味に決まってんだろーが」
──と、たっぷりの吐息を含ませて。
耳元でこれをやられるのに弱いということは当然知っていてやっている。ついでに耳朶を食むようにキスをして、また南條の上に戻ろうとした。
「うおっ」
「……廉にしては、頭使って誘ってくれたねえ」
しかし、それは叶わなかった。理由は単純だ、南條の腕が首に絡みついてきたから。
「にしても、俺がこうして行動で誘ってやったんだから、もう少し色気のある声上げてくれない? 耳元で言ってたみたいにさぁ」
「アァ? 文句あるならテメーももっとエロい言葉で誘ってみろよ、わかりやすいやつな」
「ええー」
あはは、と南條は笑った。ちょうど北原の耳元に口があるらしい、低い笑い声が直接響いてくる。
「ちなみに俺的には──、」
お得意のフレーズが、昼間とは違う色香をまとって吹き込まれる。さあ、何を言われるか。こっちの要求通りに言ってくれるのか、言わなきゃ有罪だが、まあ思い通りに動く奴ではないことも知っている。
「虎石の奴、今日はチームの集まりって言ってたから、日付変わる前には帰ってくるんじゃないかって思うけど」
「………聖テメー、何度言わせりゃ気が済むんだ? セーカク有罪すぎ。このタイミングでその声でそれ言うか、フツー? 有罪」
「あはは、ごめんね〜? でも知ってるだろ、俺がこういう奴だって」
「当たり前だろーが、俺はテメーの彼氏だぜ」
「……うん、そだね」
ぎゅう。
少し苦しいくらいの力で抱きしめられる。チュッという音と、柔らかな感触。耳にキスをされたらしい。それから、間も無く。
「……一回くらいなら、全然余裕でできるって思うよ?」
と、囁いて。
口角が上がった。考えるよりも早く、反射的に。そのあとに、言えるじゃねーか、と思った。
「ちゃんと言えるじゃねーか。けど、まだいけんな…もう少し可愛くおねだりしてみせろよ」
「えー、今のじゃダメ〜? 俺的には精一杯なんだけど」
「嘘つけ、俺に抱かれてる時のテメーはもっと素直だぜ?」
「れ〜ん〜、それはそういう雰囲気とかノリってものがあってさぁ……まだ始まる前にそれ言われると、さすがに照れるんだけど…」
口角がまた上がる、これ以上は格好悪いからストップだ。なんとか顔を見ようと頭を動かすと耳が見えたから、そこで我慢する。近づけるまでもなく目の前にある南條の耳へと、ご褒美をくれてやろう。
「なら、言えるようにしてやる。たっぷりキスして、嫌って言うまで抱いてやるよ、聖」
この声に、南條がぐっと息を飲むのがわかる。きっと無罪な顔をしているだろうから見てやりたいが、見せまいとするように腕の力は緩まない。短いため息のあと、それじゃ終わらないなあ、と小さな声が呟いた。
「聖、そろそろ手ぇ離せ。動けねえだろーが」
「あーはいはい。これでいい? どうぞ、めちゃくちゃにしちゃって」
「……聖、それいいな。スゲーめちゃくちゃにしたくなる」
「ん〜っ…廉って素直でわかりやすい奴なのに、スイッチはイマイチわかりづらいよなあ? 投げやりなのがいいの?」
「ハァ? 俺にはわかるからいいだろーが」
「あー……まあいいけどね…好きにして」
ふっと緩んだ隙に、マウントポジションに戻って。顔の横に手をついて、改めて見下ろす。
南條と目が合った。バチッと音がした気がする。しかしすぐに逸らされた。有罪、と思いかけて、頬の赤みに気がついたから撤回してやることにした。
──なんだかんだ言ってないとダメなくらい余裕ねーらしいから、無罪にしてやる。
ニヤッと歪んだ形のまま、照れ隠しのせいで笑顔が失敗したような形になっている唇へとキスを落とした。
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