Tales of Bloody-Roger

※一部残酷な描写を含みます。
※公演内容を含みます。台詞は一部違うものがございます(記憶力の問題)。
※基本的にねつ造です。










 おお、生まれた場所はどこなのか。
 おお、誰が産み落としたのか。
 おお、自分の名前はなんなのか。
 おお、おお、何一つわからない。



 路地裏に捨てられて、一人野垂れ死ぬはずだったこの命を救ったのは一体誰だったのか。最初にこの自分をジョバンニと呼んだのは誰だったのか、それとも自分で名乗りだしたのか。己が孤児であることの他は、何も知らなかった。
 生きる術を! 教えてくれる親はいなかった。共に生きてくれる兄弟もいなかった。物心つく前には一人で歩くことを強いられて、ただただ死なないために生きていた。
 おお! 何故生きるのか。いっそのこと、赤子のまま死んでしまえばよかった。けれど生きている。苦しみながら、生きている。

 初めて、人を殺めたのはいくつの頃だったか。

 自分の正確な年齢はわからない。お前はだいたいこれくらいだろうと言われてから数え始めた頃、十を過ぎたくらいだったか。こんな子どもを殺したところで金にもなりやしないだろうに、盗みを働いてちょうど飯にありつこうとしたところを襲われたのだ。
 幸いなことに、頭の回転は速かった。襲いかかってきた男の足に向かって体当たりをして、転んだ男が落としたナイフを拾い上げ、男が動き出す前に思い切り背中に突き刺した。この痩せ細った骨ばかりの軽い体でも、ナイフを沈めるだけの重さはあった。
 痩せぎすの男の背中からナイフを抜く。血が溢れ出た。汚い、醜い。痛みに暴れる男を楽にしてやる方法は何か、ギョロリと溢れ落ちてそのまま追ってきそうな目に睨まれる。それを潰したところで苦しみが増えるだけだろう。
 ああ、一思いに。何か言いたそうにヒューヒューと鳴る喉元へと、ナイフを当てがい切り裂いた。ナイフから滴り落ちる血は、男が纏っていた僅かばかりのボロ切れで拭った。ついでに、この凶器を隠し持つために使っていただろう袋も奪い去る。振り返らない。こんな子どもに殺された男を、憐れむことなどしなかった。

 人を、殺した。命を奪った! 生きるために。殺らなければ殺られる、死と背中合わせ? 隣り合わせ? 生温い! 迫り来る死に立ち向かわなければ生き延びることなどできない。

 武器を手に入れたあの時が最初だった。力を手に入れた。しかしそれを無闇に振りかざしたりはしない。理由は単純だ、力のない子どもだと思われていた方が楽なことの方が多いから。子どもと侮る大人を欺くために!

 おお、ジョバンニ! 可哀想な孤児みなしごよ。

 人を騙すことを覚えた。生きるために!
 騙す方が悪い? 騙される方が悪い! 騙さなければならない、この世が悪い!
 人を殺すことを覚えた。生きるために!
 殺す方が悪い? 殺される方が悪い! 殺さなければ生きられない、この世が悪い!

 生き長らえるうちに多くのことを学んだ。言葉もたくさん覚えた。読み書きができないと騙されるから、必死で覚えた。馬鹿は死だ、賢くなければ生きられない。
 多くのことを! 世の中は金だということを。金さえあれば、大人と対等に渡り合えるのだと。成長し、体が大きくなったジョバンニは汚れ仕事を依頼されるようになった。稼ぐようになった。
 人は! 金さえあればいくらでも寄ってくる。金を見せれば男も女も擦り寄ってくる。金だけが信用できる友だった、金だけは裏切らない。
 盗み、騙し、殺し、稼いだ金は、取り返される前に全て使った。人を! 集めて宴を。なんと虚しい泡銭、人魚姫のように美しい泡であればよかったのに。この泡には愛も同情もなかった。

 おお、ジョバンニ! 哀れな男よ。
 何故生きるのか? 死んでしまえばいいものを。 死にたくない! おお、やはり死なないために生きるのだ。






「滅ぼしたはずの国の王子が、海賊として生き延びている?」

 御伽噺のような馬鹿げた依頼だった。生き残りを探し出して殺せ、しかし示された報酬額には飛びつかざるを得なかった。
 海へ出ろ! 港町を渡り歩いた。海賊が立ち寄りそうな場所をあちこちと。見当違いの船に乗ったところでしらみ潰しになるだけだ。海賊を敵に回したがるような愚かな雇い主ではなかった。それに、次々と海賊が殺されていると噂が立てば、身を潜められてしまうかもしれない。すると厄介だから、確実に仕留めるために目星をつける必要があった。
 彼らの仲間になり、裏切り殺す。相手は海賊、戦い慣れている。平和ボケした貴族を殺すのとは訳が違う。信用させて、距離を縮めて、油断しきったその首を取って捧げるのだ。
 そう、いつも通りに、こなせばいいことだった。計画通りに! 女だろうと子どもだろうと、報酬のために殺す。それでいいはずだった。

 血染めの海賊団! 真紅の旗を翻し、向かってくる敵を蹴散らす海賊団! 船長はいない、若いトップたちに野郎どもはついていく。今夜も宴だ。
 ジョバンニは一人、離れたところで声だけを聞いていた。決して中には入らない、本物の仲間ではないのだから。

 おお、クリス! 君は王子。なんと無鉄砲で勇ましい。まだ子ども、されど海賊。王族の血を感じさせる気品を持ちながら、海に育てられた荒っぽさ。
 おお、アルベール! 君は家臣。なんと賢く隙のない。誇り高き忠誠心、何も知らない子どもたちを守る強さ。
 おお、ティエラ! 君は海賊。なんと雄々しく激しい。けれど全てを知っていて、俯瞰で見守る冷静さ。
 おお、アンリ! 君は、君は――、君は!


「まだ、子どもだ……」


 海で過ごすなど、魂が拒絶するような臆病さ。けれど賢く、周りを見る力はある。
 戦いを! 恐れて縮こまる姿。
 命を! 落とした仲間のために流す涙。
 おお、アンリ。優しいアンリ。なんと世間知らずで王族らしい。
 小さくて愛らしい子どもが、船の中でたくさんの愛を受けて育ってきたことは見て取れた。この海賊船のクルーはみな家族だった。血の繋がりではない、絆の繋がりだ。
 入ってはならない! 一人穢れきった自分は決して。




「アンリ? どうしたの、暗い顔」
「げっ、なんでここにいるのぉ!」
「ここは、僕のお気に入りの場所なんだ。アンリもどう?」
「ええー……きみ、うるさいから……」
「あはは! じゃあアンリもうるさくなっちゃおう。お手をどうぞ、僕と踊りませんか?」
「踊らな……っい、ってば! キャッ!」


 おお、アンリ。君は一人離れて拗ねている。剣を手に戦えど怖いものは怖いのだと、大人の中に混ざりきれない幼い子。
 おお、アンリ。泣かないで。悲しそうな顔をしないで。君のそういう顔は見たくない。僕の嘘で君が笑うなら、いくらでも笑わせよう。
 おお、アンリ。そして思い出して、忘れないで。一人になりたがる僕と君、似ても似つかぬ感情なのだということを、教えてあげるから。


「ねえ、見てアンリ! 海がすごく綺麗だよ。空の色だ!」
「そんなのいつもでしょ……きみってほんと、変な人」
「あ、アンリが笑った。笑顔の方が素敵だよ? ほら、仲間が君を待ってる。行っておいで」
「え……っと、……きみは?」
「僕は、海を眺めていたいから。さあ」
「………うん」


 さようなら、アンリ! 彼を彼の仲間の元へと送り出す時はいつも心がそう叫んだ。自分と彼は違う、そう刻み込むように。仮初めの仲間、いつかは裏切る君の家族。
 おお、アンリ。泣かないで。君にはたくさんの家族がいてくれる。愛してくれる家族がいる。アンリ、アンリ、君はまだ、幼い子ども。臆病でもいい、戦わなくてもいい、ただ笑って、どうか僕のようにはならないで。

 おお、ジョバンニ! 愚かな密偵。
 絆されたところで騙した過去はなくならない。どちらも裏切って、待ち受けるのは死だというのに。
 なんと愚かな! この胸に疼くのは一体なんなのか、いいや胸など痛むはずがない。痛むはずなどないのに!
 おお、どうして。どうしてこのナイフは、こんなにも重いのだろう。
 あの日!  初めて人の命を奪ったあの日。初めて武器を手にしたあの日。それとよく似たナイフが酷く重い。体は成長しているはずだのに! 重い、重い、ああ、今しかないのだ。


 ナイフを振りかざした!


「ジョバンニ!?」


 刃を! 向けるがいい。命が惜しくないのなら。大事な仲間を守るため、隙を窺う海賊へとくれてやるものは何もない。何も!


「やめて!! クリスを離して!!」


 アンリ!


「クリスはボクの大事な家族なの!」
「アンリ下がれ!」
「ティエラも、アルベールも、家族!!」



 ――君が泣いていると、悲しくなる。落ち込んだ時は、いつでもおいで。



「きみだってそう!! 違うの……?!」


 おお、アンリ。泣かないで。誰にからかわれたの? ティエラ? 他のクルー?
 おお、アンリ。泣かせたのは誰?



 ――ジョバンニ、お前だ!



 家族だと! まさに裏切り、きみの家族を殺さんとするこの男を。君は家族だと! どうして叫ぶ?
 どうして! どうしてこんな薄汚れた僕を、家族だと思えるんだ。


「全部、嘘だったの……?!」



 ――本当だよ!



 おお、ジョバンニ! 可哀想な孤児みなしご。愛に飢えた幼子!

 賢い頭も、空っぽの心を満たせるのは金じゃないとは気が付けなかった。いいや、賢いからこそ、そうでないことには気が付かなかった。
 おお、ジョバンニ! 哀れな密偵。血に塗れた汚い手!
 騙し裏切り殺し慣れたこの手は、注がれた愛の掬い方を知らない。ただ抱きしめればいいだけだのに!


 おお、アンリ!


「家族――…」


 そう、思っていたのは、こっちの方だった。

 おおアンリ、可愛い弟。守りたくなる弟。笑顔を、命を。
 だからそんな顔をしないで、アンリ、アンリ、泣かせたのは誰?


 ――僕だ。


 一人は、寂しい。一人で生きて一人で死んでいく。寂しい、寂しい!
 君が羨ましかった、アンリ!
 子どもだと、臆病者だと、海賊らしくないと、一人仲間外れにされたようで寂しそうな君。だけど君には家族がいた、本物の仲間がいた。
 一人だけ仲間ではなかった! 信用されればされるほど、孤独を感じた。騙すならば宴を楽しむふりでもすればいいものを、それができないくらいには。
 不貞腐れて、一人になったつもりの君が羨ましかった! ずっとずっと羨ましかった、独りにはならない君のこと。けれども、もしも、もしも自分に弟がいたのなら。
 もしも、もしも君が、君たちが、僕の家族だったなら。

 おお、アンリ! クリス、ティエラ!


「ここにいて、いいの……?」


 ナイフは落ちた。もう二度と彼らに振りかざすことはできない。

 おお、ジョバンニ! 愚かな密偵。幸せな男!
 家族が手を取ってくれた。家族が、家族が! この愚かな密偵に、微笑みかけてくれた。

 おお! 何故生きるのか。死なないために生きるのか?
 おお! 今は違う。違ったのだとわかる。
 おお! 何故生きるのか。家族に出会うため! 生きてきたのだ。
 おお! 何故生きるのか。家族を守るため! 生きていくのだ。





「ボク、決めたから。――この国に、残る」


 おお、アンリ。可愛い弟、小さな王様。
 この身を捧げよう! 君の命守るために。君の大事な家族守るために。
 君に許されたこの命! 君の笑顔のために。君より一秒でも長く生きてみせよう。大事な家族のために涙を流す優しい君を、悲しませないために。
 おお、アンリ。可愛い弟、頼もしい王様。
 離れ離れは嫌だと叫んだ君は、別々の道を選んだ!

 おお、生まれた場所はどこなのか。
 おお、誰が産み落としたのか。
 おお、自分の名前はなんだったのか。
 おお、おお、何一つわからなかった。

 けれど、これから過ごす場所はどこなのか。
 誰と共にいるべきか。
 自分の名前はなんなのか。
 全て知っている!

 おお、僕はジョバンニ。
 小さな王国に! 美しさを取り戻そう。
 平和を願う幼き王の! 傍にいてお守りしよう。


「アンリ王! 僕の、主。僕の、大事な家族。これからは、ずっと共に!」
 
 
 
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