Because...
廉→←聖の友情以上恋愛未満みたいな雰囲気
※北原が女の子に対して酷いです
※ちむなみメンバー捏造ちょっと含みます
あんた行きなよ、ええっそっちこそ、待って待って、あっ来た! どうするっ?
そんな風に色めき立つ校門が、甘く香る日。
あっ、あの……これ! 受け取ってください!
と、一人の少女が飛び出してきた。近くでお友だちと見られる少女たちが見守っている。可愛らしいラッピングを突き出したお辞儀のような姿勢で、その少女は固まっていた。
進路を塞がれた少年が、口を開く。
「ア? んだこれ。チョコ? 俺は食わねーからいらねー」
バッサリ。
思わずフォローの一言でも入れてやりたくなるくらいにバッサリと。そいつは手を差し出すことすらせずにズンズンと普段通りのペースで歩き去って行く。
残された少女たちは呆気に取られていた。ポカンと、開いた口が塞がらないというような風で。その口が何あれありえないんだけどと文句のために動き始めるのは、あと何秒後か。
悪いね、あいつの事務所お堅いからさ。と、本当のところは知らない一言を投げかけて、もう小さくなっている背中を追いかけた。
「廉」
あ? と、こっぴどいフり方をした最低男(おそらく今頃少女たちにそう言われているだろう)が振り返った。普段となんらかわりのない様子だ、まるで何事もなかったとでもいう風に。
さっきの一部始終を思い出し、くくっと笑ってしまった。
「お前さあ、断るにしてももっとマシな言い方あるでしょ。人気商売なんだからさぁ」
「聖。見てたのかよ」
「校門だからね〜、通りすがりに目についてさ。他にもいろんな人に見られたんじゃない? せめてあの場は受け取るくらいしてやってもよかったのに。さすがに可哀想だろ」
「受け取っても食わねーし、ああいうのを食わねーからって人にやるのは有罪だろーが。受け取って変に気ぃ持たせるのも嫌だしな」
へえ。と、少し驚く。一応バレンタインのチョコレートという認識はあって、かつ自分なりの思惑があっての行動だったとは思わなかった。さすがモテるだけはある、この手の現場に慣れていても何もおかしくない。
にしても、言い方がどストレートすぎてどうにも笑えてくる。南條も受け取らずにやりすごしたい派ではあるが、事は穏便に躱さないとかえって面倒だ。
「ファンサービス、って知ってる? 気持ちは嬉しいけど事務所の決まりで受け取れない、とかなんとか言っていくらでも誤魔化せるだろ」
「俺がか? いらねーものはいらねー、これでいいだろーが」
「虎石みたいなのもどうかと思うけど……そんなフり方ばっかしてるとそのうち刺されるよ?」
「ハッ、面白え。俺に真っ向勝負挑んでくるような女だったら相手してやる」
「夜道には気をつけな〜」
「あ?」
真っ向から来るわけないだろという真意は伝わらなかったらしい、北原は首を傾げている。バカ正直でかわいい奴だ。
寮までの道を、ぐんぐん進んでいく。
「つーかバレンタインってなんだよ。告白多すぎてフるのも面倒だろーが。有罪だな」
「はは、いっそ誰か一人くらいオーケーして付き合ってみちゃえば? アピールしとけば虫除けにはなるかもよ」
「俺は事務所に入ってるんだぜ? こっちが惚れてねーのにわざわざスキャンダル提供してやるようなことするかよ」
「それは言えてるけど。高校生らしく、青春だね〜ってことで大目に見てもらえるんじゃない?」
「だったら、たくさん告白されてたくさんフりましたっつーのも青春だね〜でいいだろーが。メンドクセー」
はあ、とやけに大きなため息をついた北原は、さらに歩くスピードを上げた。ついていくのが少し怠いレベルだ。競争でもしているつもりだろうか、違うのはわかっているが。
これは荷物置いて着替えたらジムで発散するコースだな。と考えながら、並ぶのは諦めてちょっと後ろについて歩く。
「しかもいちいちチョコとか甘ったるいもん寄越してくるのも有罪。せめて食えるもんなら義理だっつって受け取ってやってもいいのに」
「廉は甘いもの苦手だもんな。例えば何ならいいわけ?」
「あ? あー……練り物?」
「ぶっ、はは! バレンタインに練り物選んで渡すとか、廉について相当詳しくなきゃそんな発想生まれてこないでしょ。煎餅にしろって言ってやれば?」
「別に欲しいわけじゃねーよ。受け取ってほしけりゃ、っつー話だ」
一応、北原にとっても好意を切り捨てまくることへのストレスはあるらしい。プリプリと怒っているような足取りだ。さっき見かけた以外にも何件かあったのだろう、過去にもたくさん。つついたせいで思い出させてしまったらしい。
ほう、とマフラーの中に息を吐き出す。寒いのは、吹き付ける風のせいだ。
顔を上げると、寮から一番近いコンビニの看板が見えた。ということは、そろそろ寮の方へと体の向きを帰る頃合いか。
「だいたい告白なんて、」
「まだ続くの?」
「いつだってしてくりゃいいだろーが。バレンタインなんてイベントを言い訳にしてねーで、真っ直ぐ向かってくりゃいいのに。俺はいつでも受けて立つぜ」
思わず、立ち止まった。
「聖?」
「言い訳──が、あった方が行動しやすい奴も多いんじゃないかな」
「は?」
「あ、コンビニ寄ってかない? 冷えちゃったから、なんか温かいものでも買おうかと思って。先帰っててもいいけど」
返事は待たずに歩き出した。寮へと続く道を通り過ぎ、今までと変わらぬペースでコンビニへと向かう。あいつは追いかけてきてくれるんだろうか。
いつでも受けて立つ、か。決闘でも挑ませる気だろうか。ラブレターよりも果たし状の方が喜びそうな奴だ。笑えるはずなのに、どうしてか上手く笑えなかった。
振り返る、までもなく横に並ばれる。歩くの速いよね、と言ったならテメーが遅いんだよと笑われるんだろう。いつも速く歩く気がないのだから仕方ない。
そのまま並んで店内に入った。商品を眺めながら、ぼんやりと思い返す。
言い訳なら、たくさん考えた。
自分がどういう気持ちで渡したいと思ったのかも整理がつかずに、ただ今日という日に何か渡したいと思った。バレンタインだからね、言い訳一つ目。ダチ、なんだろ? 友チョコってやつ、言い訳二つ目。いろいろ世話になったからね、言い訳三つ目。しかしどうしても、わざわざ恋愛イベントに乗っかることへの言い訳が見つからず、断念した次第だ。
──思い当たる節があるから、かもな。
自嘲的な笑みを浮かべる。お祭り事が大好きでイベントの度に大騒ぎしてるようなどっかの誰かさんみたいな奴だったら不自然にはならないところ、残念ながらそうじゃない。南條がバレンタインにチョコ(に限らず何かプレゼント)なんて渡したら、明確な意味があるものだと思われてしまうだろう。そこに意味などない、とは言い切れない。だから言い訳が必要だった。
バレンタインデーだから、この一つの言い訳で済んでしまうどっかの誰かさんが少しだけ羨ましく思えた。友チョコ友チョコ! と騒がしく今年も配っていた、誰かさん。ご丁寧にチームメイト全員分、男だらけで虚しいと嘆きながら。
温かい飲み物、レモネードを一つ取ってレジに並ぶ。いつのまにか北原も何かを選んでいたらしい、隣のレジで会計しているのが見えた。
電子決済で、とスマートフォンをかざして会計を済ませる。向こうは財布を取り出している、まだかかりそうだから先に出ていようか。テープでいいですか、という問いを変更するのも面倒で、はい、と返事をしてペットボトルを受け取った。じんわりと指先が温まる。悪くないチョイスだった。
ありがとうございました〜と言えているような言えていないような気怠げな挨拶に送られて、一足先に冷たい空気の方へと戻る。
「聖」
間もなく、北原が出てきた。
「これやる」
「え」
そして、ん、と突き出されたのは、レジ袋。つい今し方買ったもののようだ。胸元に突きつけられてしまったものだから、思わず受け取ってしまった。
中を覗く。
「……………チョコ?」
「………」
「え……俺に? なんで?」
北原は黙っていた。黙って、先を歩き始めた。ちょっと廉、と追いかける。
「どういう風の吹き回し? 俺的には、一言くらい説明がないと不審なだけって思うけど」
「っ………友チョコ!」
「友、チョコ?」
「春馬が今日騒いで渡してきただろーが! だから……俺からも、テメーにやる」
「え……あっ、待てってば」
北原は待ってくれない。ズカズカとさっきよりも怒ったようなペースで進んでいく。
チョコレートの入ったレジ袋を握り締める。グシャ、と音がした。先を行く北原を小走りで追いかける。
「廉」
「……んだよ。柄じゃねーことくらい俺でもわかってるっての」
「じゃなくて。先にプレゼントしてくれたお前に免じて、俺からもこれをやるよ」
「え………ってテメー、これさっき自分用に買ってたやつだろーが!」
「あ、バレた? まあまあ。レモネードだし、甘酸っぱいからサッパリしてていいんじゃない?」
「結構甘いだろーが。……仕方ねー、無罪にしといてやる」
合図もなく、二人して立ち止まる。そして顔を見合わせたら、可笑しくなってしまって。
くっくっくっと肩を震わせていたのが耐えきれず、とうとう道端で声をたてて笑い始めてしまった。二人、ほぼ同時に。
ああ、これはまあ、なかなか、悪くない。
「フッ……まあ、今後ともよろしく頼むよ、相棒」
「おう」
スッと差し出した拳に、コツンと合わせてくれる。くすぐったいような、むず痒いような。お前も言い訳が欲しくなる気持ちわかった? なんて。
ところで廉、自分は欲しくないチョコを俺にはくれるんだ? テメーは食うだろーが。まあね。小突き合いながら歩き始める。さっきまでよりもずっと遅いペースで。
ジムに行かないようなら、部屋へ遊びに行こうかな。と、勝手に決める。でも向こうもそう思っているだろう、ジム行くのやめたら遊びに来んだろ、と。
この時間が好きだと、チョコレートなんてものをもらってしまったせいか、素直にそう思った。ニヤニヤ歩いている横顔を見下ろす、見上げられていた、目が合ったのが可笑しくて治まっていた笑いがこみ上げてくる。
酷いフられ方で泣いてしまったかもしれない少女には悪いが、おかげさまでこちらは上手くいきました。ということは、報告のしようがない上にトドメのような気もするので秘めておこう。
あっま。レモネードを飲んだらしい北原が文句を言った。その言葉のわりには頬は緩んでいて、こっちまでレモネードを飲んだ気になる。柄じゃないことの連続だ、それもまた悪くないと思っているところまで柄じゃない。
くすくすと笑いながら、のんびり歩いていく。歩くのは好きじゃないはずなのに、寮までの短い道のりが少しだけ惜しく感じた。
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