考えてること当ててみて

※星箱有料会員限定SSのもうひとつの始まり編に影響を受けた作品です。











 北原廉。


 脳筋で単純で、勉強も苦手なピュアっ子。こっちの作り話をあっさり信じたかと思ったら、腹の内を見透かしてくる。強い奴が好きで、都合のいい解釈をして仲良くしようとするくせに、腹黒で性格有罪だとわかっているこっちと過ごす時間もたっぷり取ってくれる。
 脳筋で単純でバカなんて、手のひらの上で転がしやすい条件がこれだけ揃っているのに、こいつはちっとも手の上に乗ってくれない。かと言って、懐かない動物みたいに威嚇してくるわけでもなく、転がすために開いた手のひらを掴んで引っ張っていく。
 自分の利益が一番という黒い腹の内を知っておきながら、そのまま泳がせていた。結果的に悪くはならないから、と。それってどっちが転がしているのかわからない、というかむしろ転がされているような気もするし、一緒に転がって進んでいるような気もする。
 だからこいつの傍にいるのは飽きないのだ。そう考えて、南條聖はフッと笑みを浮かべた。


 ──ここまで俺のことわかっちゃう奴、同属以外では初めてかもなあ。


 北原は飽きもせず、夏休みに入った今でもゴーヤ100%ジュースにチャレンジしている。苦さと青臭さにうえっとえずきながらも何とか飲むのは、空閑へのリスペクトみたいなものらしい。喝入れというのは間違っていないかもしれないが、友情としての喝入れではなく単にこっちの態度が気に障っての行動だろう。友情に応えるためだと奮闘しているところに水を差すようなことはしないでおいてやる。しかししかめっ面で飲んでいる様子を見ているのはなかなか面白い。
 そんな風に、空閑に対してはアホみたいに都合のいい解釈をしてみせるくせに。脳みそと口がそのまま繋がってるんじゃないかってくらい素直なピュアっ子なくせに。駆け引きばかりの南條のようなタイプには騙されてもよさそうなところ、確かに似たようなタイプの他人には騙されそうだが、南條には北原を騙すことなどできないだろう。
 もしも騙そうとしたなら、北原はきっとこう言う。

『聖、テメーなんか有罪なこと考えてんだろ』

 と。
 直感なのかなんなのか、そういうことをする奴だと知られているから勘付かれる。一つ例外を挙げると、漣の武勇伝の作り話だけはほとんど信じる。普通ならどう考えてもあり得ないレベルの作り話だが、漣は北原的に殿堂入りしている強い男だからなのだろう。
 ゴクン。北原が最後の一口を飲み込んだ。ウゲーッと舌を出して、有罪、と言いたそうな顔をしている。よくやるなあ、と思いつつ。



 ──やっぱり、   って。









「聖。今テメーが考えてること当ててやろーか」
「え、急だね。当てられるものならどうぞ」


 口元を拭った北原が、ご馳走さまでもなくまず言った言葉はこれだった。突拍子もなく何を言い出すのかとニッコリ笑って見守ってやる。律儀に、その瞬間に考えていたことを反芻してやりながら。
 北原はニヤリと笑った。ビッと指差すみたいに真っ直ぐ視線を寄越して、口を開く。



「好きだ」



 え、と漏れた南條の声にはお構いなしに、北原はペラペラと続ける。


「廉のことが好き好き大好き〜って考えてんだろ」
「え…いや、何それ? そもそも、その言い方はないって」
「そうか? 廉と離れたくな〜いって顔してんだろーが」
「えー、どんな顔? 俺的には、普段通りの好青年スマイルって思うけど」
「はっ、言ってろ。好青年スマイルなぁ…ま、他人から見りゃそうかもな。俺からしたら有罪スマイルだけどな」
「ふーん、じゃあ廉的にはそんなこと考えてるらしい時の俺の笑顔も有罪なんだ?」
「あ? あー…仕方ねー、無罪にしてやる」
「あ、そう。それはどうも」
「で、正解だろ」


 と、自信たっぷりスマイル。

 南條は頬杖をついた。曖昧な笑みを浮かべて黙り込む。すぐには答えてやらない、駆け引きには焦らしも大事だから。まあ、北原には通用しないのだけれど。
 そう、嘘は通用しない。どういうわけか、北原にはバレてしまうから。特に南條自身のことに関しては、ちょっとした誤魔化しも効かないのだ。俺も案外ポーカーフェイスが上手くないのかもなあ、と思ってみたり。
 ニッコリ、南條は微笑んだ。北原の目をじいっと見つめ返して、それから口を開いた。


「仮に正解だったら、廉はどうしてくれるの?」
「あ?」
「うん、こんなことを言い当てたとして、廉は俺をどうしたいのかな〜? っていうこと。男が男を好きなんて、当ててみたところでなんのメリットがあるの? 俺的には、友情の危機って思うけど」
「は? テメーが俺を好きだって丸わかりだから仕方ねーだろーが」
「あーらら、バレバレなの」
「仮に、じゃなくて大正解だろーが。テメー、またなんか有罪なこと考えてんだろ」
「あはは、そっちもバレた〜? やっぱり廉って変だよな。野生の勘っていうの? 妙に冴えてるよね〜、特に俺関連。テキトーにはぐらかすこともさせてもらえないなんてさ。ま、あえて否定も肯定もしないでおくよ」
「フン、勝手にしろ。どーせ期待してねーから」


 好きだ、と。

 それは、確かにあの瞬間考えていたこと。しかしそれを肯定することは、友情と決別することと同義であると南條は考えている。好きだと思う愛情とはまた別に、友人としての北原も大切なのだ。否定するのも、それはそれで嘘になるからできない。
 期待してねーから、と北原は言った。それを吐いたのと同じ唇で、北原は。


「テメーから告白、っつーのはな。だから俺から言ってやる」


 すぅ、北原は息を吸い込んで、間を置いた。
 そして、うっかり呆然としてしまった南條を満足そうに見つめながら、とうとう言ってしまった。




「好きだ、聖。俺のものになれ」




 ──という、ことを。



 北原は、読めない奴だ。思考をそのままアウトプットするくせに、思考そのものが突拍子もない。南條にはない発想だから、なのか。嫌われていると思っていたわけではない、しかしまさかこのタイミングで告白されるなんていったい誰が予想できるのか。もしも可能な人間がいたならば、そいつは予言者か何かだ。
 そしてやっぱり北原は、南條を驚かせる天才だ。ああ、柄じゃない。


「へえ、聖。テメーも演技じゃなく照れるなんてことできんだな」
「……俺的には、好きな奴に気持ち見抜かれた上にからかわれるでもなくむしろ急に告白されたら、誰でもこうなるって思うけど」
「はっ、幸せ者だな、テメーは」
「そうかもね」
「かも、じゃねーだろーが。テメーの大好きな俺に愛されてんだぜ? もっと喜べ」
「いやあ、そもそも嫌われてるとは思ってないしねえ。そういう意味で好かれてるとも思ってなかったけど。あ、本当にそういう意味? 友だちとして、とかいうオチがある?」
「ア? んな有罪な真似、誰がするかよ。テメーみたいに腹黒じゃねーからな」
「俺だって面倒事になりそうな告白ドッキリはやらないけどね? ま、脳筋の廉にそんな高度なことできるとも思ってないよ」
「つーか、返事はどうなんだ。俺のものになる気あるのかねーのかはっきりしろ」


 ダン、と。胸倉を掴みそうな勢いで北原が顔寄せる。思わず少しのけ反って避けてしまった。

 ──気持ちは見透かして決めつけるくせに、ちゃんと答えは聞いてくれるんだ。

 ぱちぱち、まばたきの回数が増える南條と、ほとんどまばたきせずにじっと見つめる北原。束の間のにらめっこ、喋った方が負けよ、なら南條の負けだ。


「ちなみに俺的には」
「あ?」
「もうとっくに廉のものって思ってるけど。ね、リーダー」
「ハ? チームとこれとは別の話だろーが」
「俺的にはおんなじだよ。今思えば、お前をリーダーにって思った時から好きだったんだろうから。自分が所属しなきゃならないチームのリーダーに推薦した時点で、お前のものになりますって言ってるようなものじゃない?」
「随分おアツい出会いだな。はっ、面白えからそれで無罪にしてやる。じゃあ、初めて喋ったあの日から、テメーは俺のものだ」


 ふふん、と偉そうな態度で北原が言う。それがあまりにも勝ち誇ったような顔をしているものだから、南條はフッと笑った。


「ほんと、廉は生意気な奴だよ」
「テメーほどじゃねーよ、聖」


 どちらからでもなくハハハと笑い合って。その直前までと何も変わらないこのやり取りにホッとしている自分に気がついた。友人としての北原も失っちゃいない、と。
 じゃあ、好きな奴として、前からしてみたかったこと。してもいいかな、いいよな。
 向こうはこちらからの行動に期待していないらしいから。南條は目を瞑った。ん、と顔を差し出して。何でもわかっちゃう北原なら、南條の要求がなんなのかもお見通しだろう。




 ──初めてのキスはちょっぴり苦くて、青臭かった。

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