初めまして、相棒さま

※星箱有料会員限定SSネタバレ
※2017.11.03更新分を踏まえて























「お前、よく見たら可愛い目してるねえ」



 顔は知ってる。名前も知ってる。声くらいも聞いたことはある。だけど、どんな奴か──なんてことは知らなかった。特別興味もなかった。
 話すようになったきっかけは単純、同じチームになったから。それだけだ。個人戦ではなくチーム戦を強いられる以上、チームメイトとの不仲はデメリットしかない。その後のことまではどうでもいいにしても、この一年間くらいは仲良くしてやろうと思っていた。
 いつだって大事なのはメリット・デメリットである、と南條聖は考えていた。先を見据えてメリットがあるのならば、多少の面倒事──例えば生徒会活動だとか──も引き受ける。あとは面白いか面白くないか、自分にとってプラスかマイナスか。自分に出来るか出来ないかでは考えない、何故なら大抵のことはなんでも出来るから。
 とにかく、先のことを考えて行動するのが南條聖だ。起こり得る面倒事を避けるために目の前の面倒を片付ける、発表されたチームメイトとのファーストコンタクトも同じこと。




 ──の、つもりだったんだけどなあ。


 南條は頬杖をついて、机に向かっている部屋の主を見上げた。北原廉、南條のチームメイトかつリーダーである。もう一人の部屋の主である虎石和泉は日課とも言えるデートに出かけていて不在だった。こうして二人きりになるのは決して珍しいことではない。
 じいっと見つめる。北原は南條の視線──いや、南條が入ってきたことにも気がついていないかもしれない。仕事の予定でもチェックしているのか、はたまたアプリゲームでもして遊んでいるのか、音楽を聞きながらスマートフォンをいじっている姿は南條が部屋に入った時から変わっていなかった。
 じいっと、見つめる。斜め後ろから、ギリギリ目が見えるか見えないか。今日ここへ来たことに、特別な用事はなかった。なんとなく、ちょっと暇だったから。それだけの理由で、わざわざ第二寮から第一寮にある北原の部屋を訪れている。
 北原の親指が、スマートフォンの画面をくるくると撫でる。どうやらアプリゲームで遊んでいるらしい。南條はその様子をただ見守っていた。
 初めて言葉を交わした時。北原はどんな奴か、それを把握するために探りを入れた。結果、北原は思ったことをそのまま言ってしまう駆け引きの成立しないタイプであるとわかったわけだが──その時、言った言葉。

『お前、よく見たら可愛い目してるねえ』

 怒るか、警戒されるか、いろんな予想を立てて。本当に可愛いと思って言ったというよりは探るためであり、目を選んだことに理由もなかった。
 ぱちぱち、瞼が動く。そう、あの時は別に、可愛いなどと思っていたわけではなかった。おそらく、あの時は、まだ。

 けれど、今は。
 その目が本当に可愛いと、そう思っている。

 目だけではない。あの時から、いいキャラしてるなあ、とは思っていたが、性格も可愛らしい。馬鹿で単純で脳筋で、妙に堂々としていて自信たっぷりの冷めた奴。こちらの冗談を真に受けたり、テキトーな作り話を信じ込んだりしていることもあった。
 北原は、扱いやすい奴だ。前述の通り、単純だから。
 しかし、それでいて──


「聖、テメー何ニヤニヤしてんだ」


 ──変なところが、鋭い。

 北原はスマートフォンを机に置いて、ヘッドホンを外しながらそう言った。特に振り返りもせず、瞳さえもこちらを向いていないのにそう言った。視界の端にでも映っているのだろうか、南條は口元を押さえながら首を傾げた。

「あれ、気づいてたんだ。俺がいるの」
「部屋に入ってきたらさすがに気づくぜ」
「のわりには、無反応だったように思えるけど?」
「テメーこそ、入ってきて早々そこに座ったきり、ずっと俺のこと見てるだけだっただろーが」
「あーうん、まあ、そうだけど。なんだ、気づいてたなら声かけてくれればよかったのに」
「こっちの台詞だな。構ってほしいならそう言え。つーかなんだそのポーズ、体育座りで上目遣いって、可愛こぶってんのか?」
「あはは、可愛い?」
「有罪」
「酷いなあ」

 くるり、北原はようやく南條の方を向いた。南條は立てた膝の上に腕を載せ、小首を傾げながら北原を見上げていた。特に可愛こぶっていたつもりはないが、北原は口で物事を考えているのかと疑うくらいに思ったこと感じたことをそのまま言う奴である。
 北原は椅子から立ち上がり、南條の隣に来てどかりと腰をおろした。胡座をかいた上に頬杖をつき、南條の方に顔を向けてニヤリと唇の端を吊り上げる。

「で、俺のこと見ながら、何ニヤニヤしてたんだ?」

 ニヤニヤしてるのはそっちじゃない? と、言いたくなるような。
 つい先ほどまでスマートフォンをいじっている時は不機嫌なのかと思うくらいに表情がなかったが、今はとても楽しそうな顔をしている。表情筋もなかなか素直な奴なのだ。

 ──ニヤニヤ、か。

 南條は唇の形を確かめるように指で触れた。いつも通り、やや口角の上がった微笑みの形をしている。ニヤニヤ、と言われるようなだらしない緩み方はしていないはずなのだが。

「俺、ニヤニヤしてた? こっち見てなかったくせによくわかるねえ。証拠は?」
「証拠だぁ? …………証拠……」

 ニヤニヤしていた証拠、なんて出せもしないものを要求してはぐらかす。証拠と言われて素直に考え込む姿も可愛いなあ、と思った。
 思った、瞬間。北原が顔を上げて、人差し指をピッとこちらに向けてきた。

「証拠」
「………うん?」
「今、ニヤニヤしただろーが」
「ええ? まあ、ニッコリはしてるだろうけど」
「今のはニヤニヤだ。何考えてたんだ?」

 ニッコリとニヤニヤ。北原の中ではその表情に区別があるらしい。南條的には、さっきから表情を変えているつもりなど毛頭ないのだが。
 何を考えていたか。正直に言うべきか、言わざるべきか。言ったところで意味があるとは思えないが、変に言おうとしなければ教えろと追究されるだけだ。特別興味があるわけでもないくせに、なんとなくその瞬間に気になったから聞いている。北原はそういう奴だ。本能で生きているというか、直観で生きているというか。
 単純なくせにそういうところがあるから、こいつは難解な奴でもあるのだ。だから、飽きない奴。遠くで見ているよりも、傍にいて関わっている方が飽きない奴である。

 そういうわけで、考えていたこと。

 なんで中等部時代に話しかけておかなかったんだろう、ということ。

 北原について知っていたのは、部活動部長会運動部会長だったということ、既に芸能活動をしている奴だということだけだった。そこに特別な感情はなく、その当時関わる気も、その後関わる気も、なかった。
 しかし高等部、受けたミュージカル学科のオーディション。結果は同じチームだった。そうして関わってみたら──ヤバイ奴。他のチームメイトのところへも同じように回ったのだが、誰よりも面白い奴だった。
 部長会の会長をやっていたくらいだから中心に立つのは得意なタイプだろう、そう思ってリーダーをやらないかと持ちかけた。性格故に敵を作りすぎてしまわぬよう適度にコントロールするため、初めて自らサポート役を買って出るなんていうことまでした。こいつをこのまま、面白いまま、上手くチームとしてまとまっていくために、それがベストな立ち回りだと判断したからだ。
 結果、現状──正直、これほどまでに相性のいい奴だとは思っていなかった。予想以上、期待以上。
 先を考えて行動する南條と、その場で感じたことをそのまま言って行動する北原。それだから北原の行動はある程度までしか予想できなくて、未だに驚かされることがある。それでいて基本的には扱いやすくて手のひらの上で転がされてくれる。そんな相手は初めてだ。飽きなくて、楽しくて、一緒にいたいと、そう感じる。
 だから思うのだ。もしも出会った時から話していれば、その頃からいいコンビになれていただろうに、と。しかし同時に思うのだ、サポート役につこうと思ったのはあくまでチーム戦だからであって、何も関係のないタイミングで会話していたところで今のような関係にはなっていなかったのかもしれない、と。

 けれど、けれど。

 無い物ねだりというものなのか、中等部時代の北原はどんな奴だったんだろう、とついつい想像してしまうのである。きっと今と変わらない面白い奴だったのだろうけれど、どんな風に過ごしていたのか、どんな奴と仲が良かったのか、どうして運動部会長になったのか──考え出したらキリがない。


「……廉って、中等部時代、どんな奴だった?」
「?? なんだよ、急に。別に、フツーだぜ。今と大差ねえよ。身長くらいか?」
「へえ、急に伸びたの?」
「いや? 中学上がる前にはもう結構背ぇ高かったぜ。スカウトされるくらいだしな」
「ああ、そうだよねえ。ちびっこ小学生をスカウトなんて、はたから見たら不審者だもんな」
「この人誘拐犯ですーってか?」
「そうそう。まあ確かに、初めて廉を見かけた時には既に背が高い方だったね。あんまり覚えてないけど」
「覚えとけよ。俺はわりと覚えてるぜ?」
「え……そうなの? あー、俺は副会長だし、前に立つ機会は廉より多かったからねえ」
「まさか、こういう仲になるとは思ってなかったけどな」
「あはは、俺も」

 ほら、こうすれば、北原はもう最初の話題などどうでもよくなっている。ニヤニヤしていた理由なんていうものはあの瞬間だから気になっただけで、やっぱり知りたいわけではないのだ。こういうところが単純で扱いやすくて、可愛い奴である。
 不意に、あ、と北原が声を上げた。そしてまたピッと人差し指を向けてくる。

「だからその顔。なんでニヤニヤしてんだ」
「え」
「え、じゃねえ。今の会話、どこにニヤニヤする要素があったんだよ。気になるだろーが」
「え……いや、ニヤニヤ? してないんだけど…」
「いーや、してた」
「ええー? してないと思うんだけどなあ」
「いちいち唇触んな。可愛こぶるな。ドキドキすんだろーが」
「………はっ? えっ? 廉、今、なんて?」
「ハ?」
「え?」


 ──ドキドキすんだろーが。

 とは、今、本当に北原の口から出てきた言葉なのだろうか。
 うっかりしていたら聞き流してしまいそうなくらい自然にさらっと、北原は言った。普通そんな何でもないことのように言える言葉ではない。同性相手に──いや、異性相手でも言えないだろう、そう、普通は。
 南條は知っていた。北原は普通の枠からはみ出した人間であることを。感じたことを感じたままに、深く考えたりせずに、言っているだけなのである。

 ──と、いうことは。


「廉、俺にドキドキしてるの?」


 膝を抱えて、そこに頭を乗せて、隣にいる北原の顔を見上げる。意識的に、あざとく、あざとく。ニッコリ、楽しそうな微笑みのオプション付きで。
 北原は眉をひそめた。立てたままの人差し指でツンと額を突かれる。イタタ、ぶりっこは継続しておいた。

「………してる」
「………………え?」
「別に可愛こぶってるから、っつーわけでもねえんだけどな。お前といると居心地いい……が、妙に落ち着かねえ時もあんだよ。例えば今とかな」
「へえ……なんで?」
「なんで……って………なんでだ」
「あーらら、そこは自覚なし?」

 ──それって。

 それって。
 北原は、信じられないことを無自覚でやる人間であることも、知っている。しかしまさか、まさかだが、これは、これまで、無自覚でやってしまうとは。

 北原の言っていること、それは、ほとんど告白のようなものである。

 じいっと、今度は北原が南條を見つめている。その目から、本当に理由がわかっていないということが伝わってくる。タチ悪いなあ、なんて思って、でも、そこも可愛いところ、なんて思って。
 可愛いなあ、と、微笑んだ。

「ああ? またニヤニヤしやがって」
「……何考えたか、教えてやろうか?」
「最初っから教えろっつってんだろーが。早く教えねえと有罪だ」

 ムスッとしたような顔も、可愛くて可愛くて仕方ない。あの時の探りが本心になってしまうとは思わなかった。ああ可愛い、早く言えよと急かすその目が特に、可愛い。

 ──好きだなあ、って。


「廉は可愛いなあ、って、考えてるよ」


 ニッコリと、表情筋の自然な動きに任せて。

 北原は、眉を上げたちょっと間抜けな顔で南條を見つめている。ぱちくり、なんていう効果音がお似合いな動きでまばたきをしているのがまた可愛いな、と思った。
 また眉をひそめて、んんーというように唸って、また眉を上げて、それからカクッと、南條の顔と同じ角度に顔を傾けた。

「聖」
「なぁに? 廉」
「お前、そんなこと考えるだけで、んな幸せそうな顔できんのか。スゲーな」
「………幸せ…そう?」
「おー、ニヤニヤしてだらしねー顔。そうか、俺のこと考えてたのかよ。なら無罪だな」


 ──ああこれで、無自覚だというのだから。

 そんな嬉しそうな顔、しちゃって。告白みたい、というのは自惚れじゃないらしいことを悟ってしまった。自分のことを考えていたと言われて嬉しそうな反応するなんて、わかりやすいにもほどがあるくらいだというのに、どうして本人が自覚していないのか。変なところは鋭いくせに、大事なところは鈍い奴。

 だけど。
 そこも好きだな、なーんて、俺的にもびっくり。

 北原はもう顔を上げていて、嬉しそうに笑ったまま、ちょっとこっちに寄ってきた。なにこれ、無自覚で許される? とか考えて気を紛らわす。いやいや許されないでしょ、とか、結論は出さなくてもいいのに。
 結局のところ、北原は本能的に直観で生きているのだ。どうしてそうなのか、という理屈ではないのだ。ちょっと考えれば、好きだから、と辿り着きそうなもの、きっとこちらが言ってやらない限り辿り着けないんだろう。
 まあちょっと、癪だから。今はまだ教えてやらない。今は、まだ。
 ついつい先のことを考えてしまう南條だから、ただ感情だけでは動けない。好きだ、ってだけでは動けない。けれど今、とてつもなく嬉しいと感じてしまっている──廉の傍にいたいなあ、だけで十分だと思っていたのに。

「……廉」
「あ?」
「食事にでも行かない? 今の時間なら寮母さんに夕食はいらないって言えば済むからさ」
「お、いいな。行くか」
「駅前に行ってみたい店があるんだけど、そこでいい?」
「いいぜ」
「ちょっと、人の肩使わなくても立てるだろ?」
「別にいいだろーが。──ほら」
「え」

 スッと、南條の肩に手を置いて立ち上がった北原が、代わりとばかりに手を差し出してきた。すぐには手を取ることができなくてただその手を見つめていると、焦れたらしい北原が言った。立たせてやる、と。
 椅子に座ってたくせにわざわざ床に座って、隣同士のくっつきそうな距離で、見つめ合って笑い合って、思わず外出の予定を作って、それで、これ。

 なんだかまるで、もう付き合っているみたいだ。

 と、思った。なんとなく居た堪れないような、気恥ずかしいような、そんな気分になってしまったが、生憎この愛しい手を取らないという選択肢はなかったので。

「わざわざ人の手借りなくても立てるんだけどね?」
「ちゃっかり借りてんじゃねえか」
「ま、せっかくだからね。それじゃ行こうか」
「おー」

 手を取って、そのままドアまで歩いて行って、それから開けてくれたりして。エスコートのつもりかと聞きたくなるような動作もやっぱり無意識だろうから、南條はただ黙って笑った。幸せ、そうか、幸せなのかもしれない。
 部屋を出た途端パッと離された手に残った温もりを握りしめ、行くぞと歩く背中についていく。
 ──ミーティングもなにもない今日のこれはデート、なんてね。
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