第6幕 デートは真剣勝負!



 十二月二十六日──決戦の日。入夏は鏡に映る自分をじっと見つめた。
 髪型、よし。寝癖、なし。服装、よし。シワ、なし。指差し確認パーフェクト。


「……よっし、気合い十分じゃんね!」


 鏡の中の顔がにんまりと笑う。頭のてっぺんから爪先まで抜かりなく、勝負に相応しいコーディネートだ。
 ──そうして時計を見て。遅刻する! と叫びながらドタバタ待ち合わせの駅へと走り出す。

 駅は、入夏の最寄りだ。練りに練ったデートプラン、とことんまでに有利な条件を用意させてもらった。広めのカフェスペースがあるケーキ屋もリサーチ済み、上手く誘導して部屋に連れ込む作戦だ。手を出すのが目的ではないが、ただ友だちと出かけた風で終わらせないためにも際どいラインは攻めたいところ。
 と、まあ大まかにはこの程度、あとの細かい流れは感覚で。要するに千秋のリアクション次第だ。いつものペースに引き込んで、ドキドキさせるのが目標である。

 トットットッ、通行人を避けながら慣れたジョギングコースを駆けていく。あっという間に辿り着いた、視線の先に待たされ人あり。
 目標──髪型は普段通り、今日は酷く冷え込まなかったからかコートは着ていない。見慣れた燕尾の半分もないくらいの丈のライダースジャケットを羽織って、忙しなく指を動かしている。きっと、さっきから入夏のスマートフォンを鳴らしている犯人だろう。
 合流前のチェックは終了、デート開演のお時間だ。すぅっと軽く息を吸い込み、幕開けの台詞を放つ。


「チアキちゃんっ、お待たせ〜!」


 その声に反応して、スマートフォンに落とされていた視線がふっと向く。呆れたように眉が上がり、ため息混じりの返事が寄越される。


「やっとかよ。ちょっと早めに着くって連絡しただろ」
「へへっ、ごめんごめん」


 表情は見慣れたものだが、私服で会うことはほとんどないからちょっぴり新鮮だ。それはきっとお互い様、千秋の視線も入夏の頭から爪先までを往復する。
 そうして先に見ていたのは入夏の方だ。しかし、そのライダースいいね、と入夏が言うよりも早く千秋が口を開く。


「ハ、随分気合い入ってんな。デートじゃあるまい」
「え?!」


 なんて鼻で笑われて。確かに、誘う時はデートじゃありませんよ面をしたが、決定後にはちゃんとデートアピールしたというのに。まさか今更、こっちにその気があることを忘れたふりでもしようというのか。


「──あ」


 困惑が隙になったらしい──ニヤッと笑った千秋の顔が近づいてくる。ポン、と肩に手を置かれて。


「悪い。デート、だったな」


 ──と、耳元で囁かれる。あの低い、色気のある声で。
 思わず固まっていると、一歩前に踏み出た千秋が振り返って勝ち誇ったような笑みを見せていた。行くんだろ? と、そんな風に。
 想定外に怯み、続く一歩が踏み出せない。こんな駅の改札近くで変な立ち止まり方をしたらだめだ、ほら、人が流れてきて、千秋との間が広がっていく。


「っ、わ、と、待ってチアキちゃ──」
「おい入夏、なにグズグズしてんだ」


 入夏がついてきていないことに気がついたらしい、千秋がズカズカと戻ってきてくれた。戻ってきただけではなく、ガシッと、それはそれは力強く、しっかりと、手首を、掴んで。


「オレは場所知らねえんだから、お前が先に行かなきゃしょうがねえだろ」
「えっ、あ、うん」
「で、どっちだよ?」
「あぁ……っと、そのまま真っ直ぐ……」
「おう」
「っわ」


 ──そのまま、歩き出した。

 千秋に引っ張られながら、歩いている。これじゃあいつもと逆だ。入夏は目を白黒させながら頭をフル回転させた。

 一体、何が起こっているんだ?

 これはもう、手を繋いでいるようなものなんじゃないか? 手首を掴まれているだけだが、以前それさえも拒まれた記憶の方が強い。心境の変化? いや、だとしたら望むところじゃないか。じゃあなんだ、この微妙な違和感は。
 想定外からの想定外に頭がついていってくれない。どんな理由であれ手を繋いでいるような状況が嬉しい、みたいな、そんなのも邪魔するようだから、まとまらない思考なんていっそ放棄してしまえ。
 そっち右、しばらく真っ直ぐ、そんで左手。案内に徹して、とうとうこのままケーキ屋の前までやってきてしまった。


「ここか」
「あ……あのさ、チアキちゃん? 手……」
「あ? あぁ、悪い。痛くねえか?」
「え? あ、いや、全然! ちょっとびっくりしただけ!」
「ならいいだろ。入るぜ」
「あ、ちょっ」


 スマートにエスコートしてこっちのペースに持っていく、なんてカッコつけた脚本がガラガラと跡形もなく崩れていく。立て直すために大胆なんじゃんと茶化す暇も与えてもらえない。
 ペースを乱されたまま、店員の笑顔に出迎えられる。これでは格好がつかない。下見のアドバンテージに縋りつき、さっと取り繕う。


「ここで会計して、カフェスペースで食べられるタイプの店なんだよね。あ、先に場所取ってからだから──」
「なら、オレが場所取っとく。お前はケーキ見てていいぜ」
「えっ」


 また、先手を取られてしまった。ぐぬぬと悔しがる入夏の心境を知ってか知らずか、千秋はご機嫌な様子だ。こんな顔、告白してから今まで見せてくれたことなかったのに。
 そんなところに追い討ちで、ニヤニヤと揶揄う声が飛んでくる。


「かき氷ねえからって、前みたいに待たせんなよ?」
「ま! 待たせねえって!」
「ハ。どーだか。集合から待たせてたくせによ」
「うっ」
「そんじゃ、奥空いてたら奥の方な」
「あ……う、うん」


 ──ものの見事に完敗!




 
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