第4幕 もっと知りたい!
「あーもう! チアキちゃんに会えないなんて! 寂し〜……」
放課後、華桜館にて。試験期間前に片付けられる仕事を済ませておきたいという発想が似通ったのか、珍しく他のメンバーも会議室に集まっていた。しかし、五人はどうしても揃わない。
何故なら。
千秋が、実地研修で不在だから。
昨日の反省を踏まえ、これからはアプローチのし方を変えつつ攻めてくぞと意気込んでいたのに、肝心の千秋がいなければ何もできない。考えてみればこの時期に実地研修を控えているのは入夏だけではないのだ。昨日は冬沢、その前は四季、春日野は先週だった。その流れで千秋が今日というのは何も不自然ではない。特に何も聞かされていなかっただけで。
せめて文章だけでも。そう思っても、実地研修となればメッセージを送って邪魔するわけにもいかず。そもそもこっちも授業があるということで、今日はまだ千秋と一言も言葉を交わせていないのだ。
それでも耐えていた。耐えていたのだが、一人欠けた燕尾姿に、つい不満を爆発させてしまったところである。一人いない、足りない。びたーんと机に突っ伏して、駄々を捏ねるように腕をバタつかせる。
入夏の様子に、他の三人は困惑しているようだった。無理もない、今までこんなことを言ったことは一度もなかったから。
ふっ、と四季が笑う。
「入夏は、すっかり千秋がお気に入りだな。何かあったのか?」
「うん? オレ、そんなにわかりやすい?」
「わかりやすいというか……今まで、そんな風に言ったことはなかっただろ? 昨日はほとんど千秋につきっきりのようなものだったしな」
「ええっ、そっかな?」
「確かに、昨日はやたら千秋を構ってたね。そんなに珍しいことでもないから気にしてなかったけど」
「カスガちゃんまで?!」
まさか指摘されるとは思わなかった。さすがにちょっとやりすぎてたか、と反省する。普段は春日野や他のチームメイト、四季のところへ行くことが多い。冬沢は無駄に構うと怒りを買いかねないので用がある時に。千秋には前からちょくちょくチョッカイを出していたが、毎回行くことはなかった。他のクラスメイトならともかく、四季や春日野にはバレても無理はないかもしれない。
とは言え、千秋にとってはあまり知られたいことではないだろう。ましてや冬沢がいるこの場で、無闇に言いふらすような真似をする気はない。
だから、多くは語らずニッと笑ってピースサイン。
「ま、オレのキャンプ願望が前より本気になった……ってこと!」
「今まで本気じゃなかったの?」
「そういうわけじゃないけど、本気がさらに本気になったっていうかさ〜」
「差がよくわからないけど……心境の変化?」
「そんなとこ! チアキちゃん、いつんなったらオレとキャンプ行ってくれんのかな〜」
「入夏の気分のピークと千秋の気分のピークは噛み合いそうにないから、一生無理なんじゃない?」
「そんな〜!」
「入夏」
と、雑談に興じて止まった手を咎めるように、一人黙々と業務をこなしていた冬沢がとうとう口を開いた。
無駄口を叩く暇があったら早く帰れる努力をしろ、とでも言われるかと思ったが、冬沢の表情は存外柔らかいものだった。あくまで想定よりはという話、ブリザードは吹き荒れずとも木枯らしくらいの威力はある。
「あいつに付き纏うとは、お前も物好きだな」
「そう? あっそうだ、せっかくだからリョウちん! ズバリ、チアキちゃんと上手に付き合うコツは?!」
「なぜそれを俺に聞く? コツも何もあるものか、あいつは放っておいても勝手についてくるからな」
「それはリョウちん限定じゃんね……」
「そんなことはいい。入夏、書類はできているのか? 提出期限は今週中だということを忘れてもらっては困るよ」
「おっと、そうだった。シキちゃん、サインちょーだい!」
「ん? ああ、わかった」
「あとこれも。一年から受け取ったやつ、まだ急ぎじゃないけど回しとくよ」
テキパキと、昨日仕分けた書類をさらに仕分ける。総務に提出するもの、ここで終わりのもの、後輩に渡すもの。これで片付けておきたかった仕事は完了だ。今し方サインをもらったこの書類は帰り道に提出してこよう。
トントンと机で端を揃え、束ねた書類を持って立ち上がる。落ち込んでいてもしょうがない、切り替えも大事だ。
「よっし、終わり! 帰ろ帰ろ!」
「僕もそろそろ帰ろうかな。片付けておきたい仕事の確認は終わったし」
「俺もそうしよう。他にサインの要るものはあるか?」
「俺の方は特にない。用が済んだのならさっさと帰って休め」
「おっ、じゃあ甘いもの食べに行こうじゃん! リョウちんもどう?」
「俺は遠慮しておくよ。まだ少しやるべきことがあるんでね」
「そっか。んじゃまた今度!」
「くれぐれも、息抜きばかりして成績を落とさないように。そんな心配のある奴はいないと思っているけどね」
「わかってるって! じゃあ行こっか、カスガちゃん、シキちゃん」
ぞろぞろと、いつものメンバーを引き連れて。一人、席に残った冬沢を尻目に、入夏たちは会議室を出て行く。目指すは甘味処、その前に総務。
書類は忘れずに提出して、学園を後にした。