第3幕 改めて、覚悟しとけよ?

※捏造チームメイト、教え子たち出てきます。
※モブも出てきます。
※わりとガッツリ会話します。





 千秋貴史とは、どんな人だろう。

 昨日から、入夏がよく考えることだ。千秋が視界に入るたびに考えているから、ほぼずっと。
 恋愛始めない? とは、冗談で言ったつもりはない。自分ではアリだと思えたからこそ出た台詞だ。しかし、同性を恋愛対象として見たことがないのもまた事実だった。
 だから、正直どうなのかな、という意味も含めて。


「千秋〜、期末試験対策会なんだけど、週末どう?」
「今週か? ああ、いいぜ。家族にも言っとく」


 チラリ、千秋の方を盗み見る。ジロジロ見るなとバレない程度にじっくりと。


「ははっ、千秋んとこ兄弟多いもんな〜。家で集中できんの?」
「もう慣れたけどな。テスト前はさすがに集中してえから、オレが出てる」
「なるほど。んじゃちょうどいいな」
「そういうこと。助かるぜ」
「俺の赤点回避会だけどなっ! こちらこそ、いつも助かる〜!」


 チームメイトに見せる、リーダーらしい顔。一番見慣れている表情だ。千秋の周りにはよく人が集まっている。基本的にはスター枠時代のチームメイトたちだが、頼れる兄貴分というような感じで何かと話の中心にいることが多い。


「あ、俺んち集合でいい?」
「オレは構わねえけど、他の奴らには聞いたのか?」
「あっ聞いてない……」
「やっぱりな。時間決めがてら話そうぜ」
「まずは千秋確保じゃん? 呼んでくる!」
「なんだそれ、先生役はオレだけじゃねえだろ?」
「千秋いなきゃ始まんないって〜。あっ、ちょうどいいとこに、なあみんな〜週末なんだけどさぁ」


 千秋は、人の輪を作るタイプだ。
 と、入夏は思う。あっという間にチームメイトが集まってきて、千秋を囲んでいる。輪の中心にいるのは千秋だ。入夏の知っている千秋貴史とは、そういう人である。
 ガラガラッと、予鈴が鳴ってもざわついたままの生徒たちをたしなめるように教室のドアが開いて、教師が入ってきた。人だかりは解散し、号令がかかる。起立、礼、着席。それでは授業のはじまり、はじまり。








「キャンプ?」
「今、トレンドらしいよ。ほら、その特集も」


 春。候補生の肩書きを新たに、ミュージカル学科生としての一歩を踏み出す直前。
 入夏は行きつけの美容院に来ていた。なんとなく手に取って眺めていた雑誌のページを、担当の美容師が指差して笑う。
 特集、アウトドア・初心者キャンプのススメ。カラリと晴れた青空と木々の深い緑色に歯向かうような色のテント、その前で伸びをしている女性の笑顔はとても爽やかだ。


「将志くんはキャンプとか行かない? アウトドア好きそうだけど」
「んー、そういやキャンプは行ったことないですね〜。アウトドアか〜。確かに心惹かれるけど、考えてみるとオレってば結構インドアじゃんね」
「そうなんだ、ちょっと意外だな。アウトドア向いてそうなのに」
「外で遊ぶのは好きですよ! ばあちゃんちにいた頃は海でばっか遊んでたし。あーだからキャンプよりも海水浴っていうか? どっちも好きだけど、山ってあんま行ったことねーかも」
「なるほど、将志くんは海の男か。海水浴もいいけど、キャンプってなかなか楽しいよ」
「え! もしかしてキャンプよく行くんですか?」


 ちょっと、動かないの。とたしなめられる。いっけね、と前を向き、鏡越しに目を合わせて返事を待った。
 よろしい。とばかりに、担当はまた笑みを返してくれた。シャキン、シャキンとリズミカルにハサミが入れられる。


「仕事柄、よく行く、ってほどじゃあないけどね。年に一回は暇見つけて行ってるよ」
「うわっ、オレなんかゼロだからもはや趣味の域じゃんね! キャンプって何するんですか? キャンプファイヤーとか?」
「ははっ! 学校行事じゃあるまいし、やらないよ。そうだな、俺の楽しみはやっぱりバーベーキューだな。外で食う飯は美味いからね。他にも、外に寝転がって星空眺めたりな」
「へえ……!」
「都会は便利だけど、自然ってやっぱいいよ。友だち誘って行ってみたら? と言っても、綾薙の子たちじゃあんまりアウトドアって感じもないか。細い子ばっかだしね」
「うーん、確かに。オレのチームメイトたちもそんな体格いい奴いないし……ガッツはあるけど! キャンプかあ……サバイバルって感じでアツイじゃん?! キャンプしてみたいな〜」
「はは、だったらダメ元で誘ってみたらいいよ。もし誰もいなかったら俺が付き合うし」
「ホント?! やっさし〜! とりあえず身近で誘ってみます!」








 キーンコーンカーンコーン、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。号令がかかって、教師も教室から出て行った。休み時間のはじまり、はじまり。
 考え事は後回し、ターゲットが他の奴らに囲まれる前に。ガタッと椅子を押し込んで、目的地へとまっしぐらに向かう。


「チ〜アキちゃんっ、週末暇? どっか行かない?」
「入夏……」


 ゴールに待っていたのは、あからさまに迷惑そうな顔だった。これくらいでめげる入夏ではない。そもそも、こういう反応なら前から慣れている。
 だから入夏は、対照的にニカッと笑った。宣戦布告も初デートも済ませた、ならばあとは地道なアタックあるのみである。


「お前、テスト前に余裕だな。受験生が聞いて呆れるぜ」
「おっ、じゃあ勉強会する? オレんち開放しちゃうよ!」
「お生憎さま。先約があるんでね。遠慮しとくぜ」
「そーなの? せっかく手取り足取り教えてやろーと思ったのに〜」
「意味深な言い方やめろよな。つか、お前に教わるほどの成績じゃねえよ。確かにお前の方がちったあ順位は上だけどな、そう大差はねえだろ」
「へへっ、まあね。けど、得意不得意ってあるんじゃん? 教え合うってのはどう?」
「ノーセンス。話聞いてたか? 先約あるから無理っつってるんだぜ」
「別に今週末に限らずさ〜、放課後でもいいんじゃん? 執務室で先生役と生徒役とか! ど?」
「どうもこうもないね。しつこいっての」
「えー、いいと思ったんだけどな〜」


 入夏〜、と向こうから呼ばれる。チームメイトだ。今行く、と返事をしてから千秋の方へと向き直る。パチリとウインクを一つ添えて。


「んじゃ、チアキちゃん。また後でな」
「来なくていいぜ」


 シッシッ、とジェスチャー付きで追い払われてしまったので、おとなしく退散する。すたこらとチームメイトのところへ駆け寄ると、やや呆れ顔で迎えてくれた。


「またキャンプ?」
「そんなとこ! なっかなか首を縦に振ってくんねーんだよな〜」
「お前もよく飽きねえな……。あーそう、入夏って今度実地研修だったよな? 明日だっけ?」
「ううん、来週! 月曜!」
「げ、今週じゃねえんだ。来週テスト始まんのに」
「そーなんだよね〜。ま、仕事の切れ目のチャンス期間なわけだし、仕方ないじゃんね!」
「なんてったって名誉ある華桜会さまだもんな。今年も大波乱だったけど、お疲れさん」
「サンキュー! 確かにいろいろあったけど、なかなかアッツイ展開でオレは楽しかったよ。で、実地研修の日がどうかした?」
「そうそう、ちょっと今回の範囲怪しくて……放課後に先生頼めねえかなって思ってさ」
「おー、いいよ〜。いつがいい?」


 月曜無理なら、火曜とか? オッケー。さくっと予定を決めて。会話の切れ目、チラリと千秋の方を見遣る。また囲まれていた。打って変わって兄貴の笑顔で。

 ──だけど。

 別れ際のしかめ面を思い浮かべる。
 ああいう、律儀に返事してくれるとこ。たとえそれが悪態でも、無視はしないでくれる優しいところは前から好きなんだよな、と思った。








「キャンプ?」
「そ! カスガちゃん、一緒に行ってみない?」


 春。エンブレムを胸に、ミュージカル学科生としての第一歩を踏み出した日。
 入夏は早速行動に移していた。キャンプに興味ない? と。相手は春日野、一年間ともに入科オーディションを戦い抜いたチームメイトだ。ガッツはチーム一番のリーダーである。


「行かないよ」


 しかし、返事はつれないものだった。バッサリと即答、少しくらい考えてくれたっていいのに。予想外の返事ではなかったが、さすがに凹む速度である。


「やっぱり? 一回もだめ?」
「だめ、っていうか……そんな暇あるの? もうミュージカル学科生なんだよ。すぐに卒業記念公演のオーディションだって始まるし。僕らはスター枠と違って先輩と共演したいっていうわかりやすい目標を作れないんだから、気を引き締めていかないと」
「さっすがカスガちゃん、ストイック。それは尤もだけど……息抜きも必要なんじゃん? あっ、チームの奴らも誘って、結束力高めるってのはどう?」
「怪我でもしたらどうするの? キャンプなんて、個人では行ったことないし。知識も興味もないのにわざわざ外部に行かなくたって、他にもあるだろ」
「例えば?」
「……ミーティングとか?」
「それはいっつもやってるんじゃん? シキちゃんとの甘味処会議のがやってるかもだけど。なんかイベントって感じで盛り上げてやったらアツイじゃん!」
「入夏、自分がキャンプ行ってみたいだけだろ」
「へへっ、バレた?」
「……まあ、みんなが乗り気なら、いいけど。どうせ似たような反応だと思うけどね」
「うーん、オレもそう思う! キャンプ向いてそうな奴、どっかにいねーかな〜?」
「向いてるかどうかなんてわかるの? 行ってもないのに」
「オレはやっぱ、体格よくて〜、料理できて〜、あと、リーダーシップがあって頼りになる感じの奴が向いてんじゃないかなって思ってる!」
「………入夏、頼り切ろうと思ってない?」
「ん? そーんなことないって! オレも働く働く!」


 最後の返事はため息だった。何かを想像したのかもしれない。
 春日野がこちらから視線を外し、前を向いた。倣って前を向くと、新しい教室が見えてきた。

 ──新学期、か。

 チームメイト以外はみんなスター枠出身、顔や名前は知っているが、交流する機会はほとんどなかった。唯一、スターオブスターの一人である四季は、一年の頃に世話になったからよく知っている。他の奴らは全然だ。
 新たな出会いに胸を高鳴らせつつ、全員ライバルだということも念頭に。だけどやっぱり同時にクラスメイト、キャンプに向いてそうな奴が一人くらいはいるかもしれない。
 未知なる世界のドアに、手を伸ばした。








「チアキちゃーんっ」
「うおっ?! 後ろから急に飛びついてくんじゃねえよっ」
「悪い悪い、驚かせちゃった〜?」


 教室での授業を終えて、次は移動教室。アタックチャンスは逃さない、ということで物理的にも突撃してみた。ビクッと大袈裟な反応、これもいいなと思う。
 いったい何の用だよ。という視線に、ニッコリ笑って答える。


「移動教室、一緒に行こうかと思ってさ!」
「はぁ? オレら、そういうんじゃねえだろ。ベタベタすんな、調子狂うんだよ」
「今はまだそうかもしんないけど、これからそういうんになろーじゃん?」
「触るな肩組むな調子に乗るなっ」


 肩を抱いてみたが、さすがにイヤイヤと逃げられたのでおとなしく手を離した。懲りてないけどね、という顔を察したのか、千秋の眉間に皺が寄る。
 はあ、とため息は大きく、声は小さく。


「……なんで今日はこんななんだよ」


 ポツリと、千秋が吐き捨てるように言った。言外に、人前じゃアピールしねえんじゃなかったのかよ、と。
 入夏は千秋の目をじっと見つめた。ぱちぱちとまばたきをして、どう返事をしたものかと考えを巡らせる。
 昨日、放課後まで何も仕掛けなかったのには、千秋に伝えたのとは別にもう一つ理由があった。
 どのくらい、こっちを意識してくれるか──ということを、試していたのである。完全に望みがないのか、押せば叶うかもしれないのか、自分自身もどうなのか、それら全部を含めての様子見だった。
 結果、千秋はずっと額を気にしてくれて、こっちを見てくれて、そのことが思いのほか入夏の心を熱く喜ばせてくれた。だから様子見はもう終わりでいいと判断したのである。
 ニッ、と笑いかける。千秋がたじろいだ。気にせずに近づいて、肩に手を置きぐんと顔を寄せる。


「言ったろ? これからガンガン行くって。覚悟しとけよ?」


 目を見開き固まった千秋の背中をトンと叩いて、追い越した先で振り返ってひらひらと手を振る。


「へっへへ、んじゃあおっ先に〜! またね、チアキちゃんっ」
「ノ、ノーセンス! 来なくていいっつってんだろ!」


 ああ、やっぱりこの反応、そそるなあ。

 入夏のハートに火をつけていることも知らないで、千秋はいい反応を返してくれる。こっちがどんなにさり気なくアタックしても、向こうのアクションでバレそうだ。気にしそうなのは千秋の方なのに。
 鼻歌まじりで廊下を歩いていると、先を行っていた春日野の背中に追いついた。ご機嫌だね、と向けられる視線は冷ややかなようにも見えるが、そういうわけでもないことは知っている。
 まあね、とだけ返して。これからのことを考えるとワクワクしてしまう。次はなに仕掛けてやろうかな、踊る心に合わせて跳ねる爪先。前には気をつけなよ、春日野の呆れたような声をBGMにして。


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