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2. 知らない足音
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白雪がゼンと離れ、1人で王宮内を歩き回っている音を聞いたミシャは、ゼンの元へと急いだ。
「ゼン!」
「ん? あぁ、ミシャか」
「
「何って、白雪が、自分なりに犯人を突き止めると聞かないから…」
「全ての黒幕はハルカ侯爵にゃよ! 今、侯爵は雪ちゃんに近づいてるっ」
「! ……やはり、ハルカ侯爵だったのか」
「あの矢を放った奴から侯爵の匂いがした。間違いにゃーよ」
「で? その"矢を放った奴"はどうしたんだ?」
「まだ捕えてにゃー」
「なっ、すぐ捕まえないと逃げるって言ったのはお前だろ!」
「ゼンが雪ちゃん1人にするからにゃろ? 敵どころじゃにゃーて戻ってきちゃったにゃ。……大丈夫、アイツの匂いの根源は覚えてきた。たとえ城外に逃げられても、匂いを消す工作をされても、今日中に追いかけ始めれば絶対に追いつける」
「……お前がそう言うなら任せるが」
「それより、雪ちゃんのこと、このままほっとく気じゃにゃーろうね?」
「そんなわけないだろ。……ただ、俺が手を出すのは、白雪が決着をつけたあとだ」
ゼンの青い瞳は、強く真っ直ぐに前を見ている。
ミシャはそれをじっと見て、小さくため息をついた。
「分かりましたにゃ、殿下。雪ちゃんのことはお任せします」
「ああ」
ミシャはひらひらと手を振ると、外に面した手すりにピョンと飛び乗る。
そして、再びあの男を追いかけるべく、飛び出していった。
耳を澄まし、鼻を動かし、男の気配を探る。
(あれ、まだ逃げてにゃーったんか)
城の外壁周辺を回ってみると、そこに男が逃げたと思われる痕跡はなかった。
むしろ、城の内部の方に真新しい匂いが残っている。
目的は分からないが、あの男はまだ城に留まっているようだ。
(逃げるにゃら今しかにゃーのに、妙にゃ奴…)
しばらくして。
匂いを追って木を飛び歩いていると、10mほど先の木の枝に、男と思しき人影を視認した。
隠れようとしている様子はなく、すぐ傍の廊下を眺めている。
そこでは、白雪とハルカ侯爵が、何やら話をしていた。
(…にゃろう、堂々としやがって)
ミシャは自分の気配を押し殺して、男に忍び寄った。
……が。
「これからいいとこだから。邪魔しないでね?」
「!」
あと3mというところで、男は口元に人さし指を立て、横目にこちらを見てきた。
ミシャは男が座っている枝の、1本上の枝に着地する。
「お前、
野山を駆け回って培ったミシャの追跡技術は、ほとんど獣並みで、大抵の人間は触れられるまで気づけない。
「アンタが俺のこと覚えたように、俺もアンタの気配を覚えた。感覚を研ぎ澄ませていれば分かる」
「……」
「それにしても、あの赤髪のお嬢さんは何者だい?」
「?」
ミシャは白雪に視線を移した。
ハルカ侯爵を前にしても、物怖じせず、凛々しく立っている。
ともすれば斬られかねないから、本当は間に入って止めるべきだ。
…が、後方の柱の陰で、ゼンがそわそわしているのが分かるから、ゼンが動かない限りは手出しできない。
「私がここに居てはいけないのなら、その剣で斬り払って止めればいい」
「!」
白雪はハルカ侯爵の隣を抜けるべく、歩き出した。
「くっ、退け、娘! 斬るぞ!」
「お好きに」
白雪は、早鐘のように鳴る心臓の音を感じながらも、震える拳を押さえて、侯爵の隣を過ぎる。
「……」
"チャキン…"
ハルカ侯爵は、剣を収めた。
負けた、と言いたげに小さなため息をつく。
すると…
「お見事!」
「「!?」」
突然、パチパチパチと拍手の音が響いた。
ミシャはその声にハっとして、枝を見下ろすが、そこに男の姿はない。
いつの間にか、廊下の手すりに移っていた。
「んにゃっ、コラっお前!」
ミシャは慌てて手すりに飛び移り、後ろから男の首に腕を回して締め上げる。
「いだだだだだっ、ちょ、やめっ」
白雪はきょとんとした。
「ミシャっ? …と、そっちの人は誰……」
「げほっ……あ~どうもお嬢さん、お初にお目にかかります」
「は、はぁ、どうも…」
「そんなに警戒しなくても、何もしないから大丈夫大丈夫。こうして今、身動き取れないしさ」
男は笑いながら、自分の首に回っているミシャの腕を指さす。
「捕まりついでに教えてあげるよ。あの伝令も、矢文でキミを脅したのも、その人じゃなくて俺の仕事」
「え……」
「下らん事を言うな。殿下の為を思い、わたしが1人でやったのだ。お前のような下賤の者の手など、借りてはいない。今さら、言い逃れなどせん」
「あらら、妙なところで自尊心の高いお方だこと…」
「同感だな」
「! 殿下っ」
通路の向こうから、ゼンが現れた。
「俺の為と、そう言ったか? ハルカ侯」
ハルカ侯爵は目を伏せる。
「…申し上げた通りです」
ゼンは鋭い目つきで言った。
「手段を間違えたな。成り行き次第では、城中の騒ぎになるところだったぞ」
「…はっ」
白雪は唖然として訊く。
「ゼン、今までずっと聞いてたの?」
ゼンはフっと笑った。
「出て行きそうになるのを全力で我慢したんだ。盗み聞きくらいは許せよ?」
「あ、ははは……見事な返答だね…」
「おい娘! 殿下の名を呼び捨てにするとは何事だ!」
「え、あ、はい…すみません……」
「はぁ……あのなぁハルカ侯。俺は、権威や地位を何より重んじる者が周りに居るのも、悪くないと思ってる」
「は……?」
「貴公の考え、白雪の考え、他にも多様な考えがあることを知るのは、一国の王子として必要なことだ」
「……」
「ハルカ侯、貴公にとって爵位は重要か?」
「…はい」
「ならばせいぜい大事にされよ。二度目はない」
「……。…はっ」
侯爵は踵を返し、去っていった。
ゼンはそれを見送ってため息をつく。
「はぁ……。……んで、あとはお前だが」
ジロリと、視線が男に移った。
男はミシャに捕われたまま、笑顔を見せる。
「一件落着ですね、
「誰が
ゼンは男に詰め寄り、胸倉を掴んだ。
「いいか、お前は俺の目の届くところに居て貰うからな」
「いやいや、そう警戒しなくても、その子にはもう手ぇ出しませんって」
「ミシャ、お前しばらく仕事ないよな? 今日帰ってきたばかりだし」
「んや、あさってには次の仕事に出るけど…」
「俺が仕事なくしてやる。だから、しばらくコイツを監視しろ」
「ええっ!?」
「お、嬉しいねぇ。こ~んな可愛い子が、俺に四六時中つき合ってくれんの~?」
「にゃろうっ、その口
「うぐっ、ふっ、塞がってるって! 口じゃなくて気道が…っ」
「とにかく頼んだぞ、ミシャ。とりあえず、下に居るミツヒデと木々と一緒に、コイツの素性を聞き出せ」
「はぁ……りょーかい」
「えっ、ミツヒデさんと木々さん、下に?」
白雪は手すりに寄って、下を覗き込む。
「あ、ホントだ…」
ゼンが事前に知らせておいたのだ。
「ほれ、さっさと降りにゃ」
ドンっと、ミシャは男を突き落とした。
「うわっ、ちょっ」
男は猫のように空中で一回転し、ミツヒデと木々の傍に、綺麗に着地する。
そして、ミシャを見上げて声を張った。
「ちょっと扱い酷くないか~い? 死んだらどうしてくれんの」
「死にゃーろう、この程度で」
ミシャはため息をつき、白雪の方へ振り返る。
「そんじゃ、またにゃ、雪ちゃん」
「うん、頑張ってね」
「頑張りたくにゃーよ…」
気乗りしない様子でそう言って、ミツヒデたちのところへ飛び降りていった。
白雪はミシャたちを見下ろす。
ミシャが謎の男と喧嘩しながら歩き出し、ミツヒデと木々がそのあとをついて歩き出した。
…喧嘩というか、ミシャが一方的にからかわれているようだが…
「何者なんだろうね、あの人」
白雪の呟きに、ゼンは半目で答えた。
「さぁな。…まぁ、アイツらに任せておけば問題ない」
「そっか」
こうして、ミシャはしばらく、謎の男の監視役となった。
→ 3. 監視