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2. 知らない足音
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白雪の動向を察して城の屋根に上った男は、弓を構えた。
『赤髪のお客人、その先一歩も踏み入ることなく立ち去れ』
と記した細布を巻きつけた矢をつがえる。
"キリキリ――――――ヒュッ"
放たれた矢は、見事、白雪の目の前の壁に突き刺さった。
男は望遠鏡を覗き、ここからどうするか見つめる。
…すると。
白雪はメッセージを読み、矢を抜いて、構わず進み始めた。
「あらっ!? おいおい嘘だろ……今ので逃げ出さないのか?」
このまま進まれたら、本当にマズイ。
少し手荒になるが、やるしかない。
男は白雪の後を追うように、木を伝っていった。
(…しっかし、さっきから何なんだ? 殿下のところへ行くにしては、随分と遠回りをしている)
何を考えているのやら。
「…けどまぁ、好都合ってことで」
男は武器を構えた。
「早く帰んな、お嬢さん」
そして投げるべく、腕に力を籠めたところ…
「白雪?」
(げっ…)
突如、ゼンが現れた。
白雪の瞳に光が宿る。
「ゼンっ」
「お前、帰ったんじゃなかったのか?」
「え、あ、あー…ほ、本、忘れちゃって……」
男は慌てて、白雪に投げようとしていた武器を仕舞った。
(ヤバイっ)
そして、咄嗟にその場から跳び去る。
"――――――シュダッ"
「!」
ゼンは微かな気配に目を向けた。
(何か動いたな…)
「ミーが見てくるにゃ」
「!」
突然聞こえた声に、ゼンは肩を揺らした。
慌てて振り返ると、柱に背を預けて立つミシャの姿が。
仕事モードの鋭い雰囲気を纏っている。
ゼンは唖然と、まばたきを繰り返した。
「お前、仕事で出てたんじゃなかったのか」
「今帰ったとこにゃ。…そしたら、ミーしか使わにゃーはずの木を飛ぶ道に、知らにゃー匂いがあったから」
ミシャは白雪に向けて手を出した。
「雪ちゃん、後ろに隠してるの、貸して?」
白雪はギクっと肩を揺らす。
ゼンが真剣な目を向けた。
「白雪」
「……。……はい」
白雪は隠していた矢を渡した。
ミシャはそれを受け取って、スンスンと鼻を動かす。
「……この匂いのつき方、鏃の磨き方や羽の角度に見える独自性……相当の手練れにゃね」
「ミツヒデと木々に知らせるか…」
「それは捕まえたあと。あーいう手合いは、少しでも身バレしたと思えばすぐ逃げる。大勢で追っかけ始めれば、警戒されて捕まえにくくにゃる一方にゃよ。まだバレてにゃーと思って、城内のひと気のにゃーとこへ避難してる今が、最後のチャンス」
「そうか。なら、お前に任せる」
「ん。ゼンは、雪ちゃんをお願いにゃ」
「ああ」
シュッ、と、ミシャはその場から消えた。
ミシャとゼンのやりとりを見ていた白雪は、ふと、疑問を口にする。
「ミシャって、宮廷楽師なんだよね…?」
ミツヒデから聞かされたときも、頭の隅で疑問が湧いていたが、今ここで、それがハッキリと形になった。
少々、いや、かなりお転婆なところは、本人の性格もあるため、そういう宮廷楽師がいても不思議ではない。
しかし、常に帯剣していたり、今のように謎の刺客の性質が瞬時に分かるのは、音楽家にしてはあまりにも奇妙だ。
「あー……それは……」
ゼンは、どうしたものかと頬を掻いた。
あくまで部外者である白雪に、ミシャの本職を教えるわけにはいかない。
だが、これからも白雪が自分たちと関わることを考えると、遅かれ早かれ知られることになる。
ミシャ自身も、それを分かった上で、あまり隠さずに動いているのかもしれない。
「…これから言うことは、他言無用で願いたいんだが……」
「え? う、うん、分かった」
「ミシャの宮廷楽師の肩書は表向きで、本職は諜報員なんだ」
「えっ」
叫びかけた口を、白雪は慌てて塞ぐ。
「城の中でも、知っているのは階級が一定以上の者だけだ。衛兵たちも、ほとんどはミシャの本職を知らずに、随分とお転婆な宮廷楽師だと思い込んでる。……だから、俺たち以外との会話で、ミシャの本職を言わないようにしてくれるか?」
「それはもちろんいいけど……私に話して良かったの?」
「いや、まぁ……本当は良くないが、白雪は約束を守ってくれると、信じられるからな」
「!」
白雪は目を見開いたが、信用してもらえるのが嬉しくて、笑みを浮かべた。
ところ変わって、ひと気のない、城の裏庭。
「は~~ビビった…。まさか殿下が鉢合わせるとはなぁ…」
逃げた男は、木の枝に器用に着地した。
「しっかしどうするよ……このままじゃ最悪の―――
"チャキ…"
「どうもしにゃーでいい」
突然、背中に突きつけられた、短剣。
男は目を細める。
「驚いたなぁ。後ろを取られたのなんて、ガキの頃以来だ」
ミシャはじっと、男を見上げる。
「スン……雇い主はハルカ侯爵にゃね」
「へぇ、知ってたんだ」
「んーにゃ。お前から侯爵の匂いがする」
「ぷっ、あははっ、匂いって」
ミシャは眉をひそめた。
何だか、今まで見てきた裏稼業の者たちと、雰囲気が違う。
「余裕そうにゃね、お前」
「別にそんなつもりはないけど。…とりあえずさぁ、その剣 下げてくれるかい? 別に逃げたりしないから。…ていうか、見つかってる時点で逃げられないし」
言って、両手を挙げる男。
「
「あはは~。まぁそうだよね~」
男は両手を挙げたまま、くるりと振り返った。
そして、きょとんと目を見開く。
「あれ、やけに声高いと思ったら、子供? しかも女の子とは。もっとゴツい獣みたいな男だと思ってたけど」
「失礼にゃ。これでも19にゃよ」
「え、ホントに?」
「当然」
「ふ~ん」
男は、短剣を突きつけられているにも関わらず、身をかがめてミシャの顔を覗き込んだ。
ミシャの緑の瞳は、強い警戒の色を浮かべて、至近距離にある男の顔を見返す。
「アンタが、獣みたく感の鋭いゼン殿下のお気に入りか。帰ってくるの早かったねぇ」
「…にゃるほど。ハルカ侯爵にゃら、ミーが城に居にゃーときを知ることもできる」
「俺を追いかけてこれたのは、その獣みたいな鼻があるから?」
「お前の匂いと足音はもう覚えた。どこへ逃げても無駄にゃよ」
「そ? 俺、痕跡消すの得意なんだけどな~」
「見くびらにゃーで」
「!」
ミシャは突然、男の胸倉を掴んで引き寄せ、首筋に鼻を寄せた。
すぅっと、深く息を吸い込む。
「生き物はどう頑張っても、根源的な匂いは断ち切れにゃーよ。ミーはもう、お前を見失わにゃーから」
ぱっちりと大きく開かれた緑色の瞳が、じっと見つめてくる。
男は唖然と、その瞳を見下ろした。
…すると、その視線がふいっと逸れる。
「あれ、
「?」
男は、ミシャが見つめる方向を見やった。
しかし、そこは城の壁。
「何の話?」
「…ゼン、
"シュッ"
「え、ちょ、おい」
ミシャは突然、跳び去った。
男はミシャが去っていった方を見つめ、半目でため息をつく。
「…あ~らら~ぁ。賊をほったらかしといていいのかねぇ…」
呟いたとき、先ほどのミシャの言葉が頭をよぎった。
『ミーはもう、お前を見失わにゃーから』
男は、嗅がれた首筋に触れた。
「…よっぽど自信があるみたいだね」
そして、フっと笑う。
「…面白い場所だな、ここは」
"シュッ"
男はその場から消えた。