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2. 知らない足音
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ある日の昼間。
ウィスタル城の庭にて。
(…あれ、笛の音?)
白雪は、どこからか聞こえてくる音に立ち止まった。
そよぐ風のように柔らかく、心を解きほぐしてくれるような音色。
門まで白雪を迎えに行き、一緒に歩いていたミツヒデは、あぁ、と思い当たる節のある顔で、辺りを見回した。
「ミシャだよ」
「えっ!?」
「えっ、て、その反応は、あのミシャが笛吹いてたら意外ってことか?」
「え、あ、いや…」
「隠さなくていいぞ。俺も最初はそう思ったからな。……ほら、あそこだ」
ミツヒデが指さす先。
庭に面した廊下の手すりに腰掛けて、ミシャが横笛を吹いていた。
笛は銀色で、太陽を反射し輝いている。
「……綺麗…」
「ミシャは諜……宮廷楽師なんだ」
白雪が近年まれに見る善人のため、ミツヒデは危うく、ミシャの本職を言いかけてしまった。
諜報員は身分がバレていると仕事にならないため、基本的に他の役職を名乗り、その身分証を持っている。
ミシャの場合は、ウィスタル城・宮廷楽団所属の、宮廷楽師だ。
幸いにも、白雪には宮廷楽師の肩書の方しか聞こえていなかったらしい。
「じゃあ、催し物で演奏したりもするんですか?」
「あぁ、もちろん」
「すごい……見てみたいなぁ……。あれ、でも、ゼンのお忍び外出に同行してたのは何でですか? 木々さんとミツヒデさんは側近の方々なので分かりますけど……」
「えっ、あぁ、えっと、ミシャはホラ、あの通り宮廷楽師にしてはお転婆だろう? 自分の音楽性を深めるためとか言って、よく色々な場所に出掛けていてな。城外のことに詳しいから、ゼンが案内役に誘ったりするんだ」
「へぇ、そうなんですか」
何とか誤魔化せたようで、ミツヒデはホッと胸を撫で下ろす。
白雪は、いつもとはまるで別人のミシャを、輝く瞳でじっと見つめていた。
しばらくすると、ミシャが曲を吹き終わる。
白雪とミツヒデは拍手を送った。
すると、ミシャは仏頂面をする。
「んも~、2人してじ~っと見てるもんにゃから、調子狂っちゃったにゃんか」
「その割にはいつも通りだったじゃないか」
「凄く綺麗だったよ! ミシャ」
「にゃはは、ありがと。…そういえば、雪ちゃんこの間、出掛け先で攫われたんにゃって?」
「え、あぁ、あはは…」
それは数日前。
白雪が薬草採集にコトの山へ出掛けた日。
白雪は元貴族の男に、金のために連れ去られたそうだ。
翌日、家に帰らない白雪に気づき、ゼンが単身で助けに行ったらしい。
「これからは気をつけるよ」
「まぁ、それも大事にゃけど、
「……うん。…でも、それをしちゃったら、きっと自分を許せなくなるから」
真っ直ぐな瞳を向けられ、ミシャはまばたきを繰り返した。
そして、フっと笑みを浮かべる。
「強いにゃぁ雪ちゃんは。……ん? あ、ミッチー、ゼンがまた脱走した」
「何!? …今日は重要な書類があると言っておいたのに…」
「キキ
「はぁ……分かった。白雪を案内ついでに回収していく」
普通に会話する2人だが、白雪はきょとんとする。
「ミシャ、ゼンが逃げたって何で分かったの?」
「うん? 足音が聞こえたからにゃよ?」
ミツヒデが代わりに説明する。
「ミシャは耳がいいんだ。城の半分くらいの広さなら、ほとんど全ての足音が聞こえるらしいぞ」
「えっ!?」
ミシャはヘラっと笑う。
「雪ちゃんの足音も覚えたからにゃ。これからはどこ歩いてても分かるよ~?」
「そ、そうなんだ…」
「内緒話も気をつけろよ、白雪」
「にゃははっ、まぁ、たとえ聞いても、王家に悪影響を及ぼす情報以外は、バラしたりしにゃーけど。……あ、そだ」
ミシャは懐から、動物の角を削って作った笛を取り出した。
「コレあげる!」
「え、ありがとう…」
白雪は、何だろうと不思議に思いながら笛を受け取る。
「もし城内で
「すごい綺麗……ミシャが作ったの?」
「うん」
「へぇ~」
白雪は試しに笛を吹いてみた。
…しかし。
「あれ? 音が鳴らない…」
ミツヒデが苦笑する。
「いや、鳴ってるよ。なぁ? ミシャ」
「うん。ちゃんと
「え、でも…」
「その笛の音はな、普通の人間には聞こえない高い音なんだ。だから、ミシャにしか聞こえない」
「そうなんですか?」
「ゼンもその笛を持っていてな? 脱走するときはよく使ってる。ミシャなら、鼻と耳を駆使して、俺や木々に見つからないルートを案内できるからな」
「それはちょっと問題なんじゃ…」
「そうなんだが、言ったところで聞く2人じゃない…」
「あ、はははは……。あれ、そういえばミシャって、嗅覚もすごいよね?」
「ん~、まぁ普通の人よりはにゃぁ…」
「ほぼ獣並みだ。特定の人間を、匂いで辿ることもできる」
「なるほど、それでこの間の毒林檎も嗅ぎ分けられたんですね」
「にゃはは~」
ミシャは白雪に抱きつく。
「えっと、どうしたの…?」
「雪ちゃんはイイ匂いするにゃ〜」
「そ、そうなの?」
「うん。お日様に当たった野原みたいにゃ」
「それ、私が薬草をいじるからじゃ…」
「それだけじゃにゃーよ~? 雪ちゃんが元から持ってる、い~い匂いにゃの、ふふっ」
「そっか」
「ん? あ、
「?」
ミシャは突然、白雪から離れ、宮殿の上層階を見上げた。
そして白雪の方へ振り返り、パっと笑う。
「またにゃ、雪ちゃん」
「え? う、うん」
ミシャは、ピョンピョンと建物の壁を登っていった。
白雪は唖然として、瞬く間に遠ざかっていくミシャの背中を見送る。
ミツヒデが白雪の疑問を察して、答えた。
「
「それが今、鳴ったってことですか?」
「そうだ。……しっかし毎度毎度、本当にサルみたいだな」
「ふふっ、聞こえますよ?」
「大丈夫さ。褒め言葉だって分かってるはずだからな」
サルのような身軽さは、宮廷楽師としては必要ないが、諜報員としてはこの上なく重要だ。
「さて、俺たちも行くか。だいぶ時間を食ってしまった」
「はい」