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7. 雨
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ゼン、オビ、ミシャは、白雪を連れて、薬室の仮眠室まで戻ってきた。
白雪を寝かせると、別室で酒を開ける。
「なっ、白雪がラクスドに行こうとした?」
「少々遠いんで、散歩に終わりましたけど」
「……そうか。気にさせてたんだな」
「今度また、一緒に行けばいいんじゃにゃーの?」
「そうそう。忙しくしてりゃ、半年なんてすぐですから」
「…そうだな」
「ってわけで、表に出たのもお嬢さんおぶったのも、不可抗力ですからね?」
「何も言ってないだろ」
「いや~噛みつきそうな目で見てましたよ? 主」
「見てるか!」
ゼンはグラスに酒を注ぎ、オビとミシャに手渡した。
「しかし、オビの護衛に関しては、追い返してもいいって言ってあったのに、結局そうはならなかったな」
「あ、ていうかゼン、ミーも雪ちゃんの護衛につかせようとしてた?」
「あぁ、そうだが?」
「
「だって、お前は受けてくれるだろ?」
「……まぁ、それは……そうにゃけど」
ミシャは視線を彷徨わせ、グラスを口につけた。
「これからも時間のある限り頼むぞ?」
「へーい」
「っとそうだ、オビ」
「?」
ゼンは懐を探り、何かを取り出した。
それをオビに投げ渡す。
「無駄にならなくて良かった」
「……身分証?」
「クラリネス第二王子付伝令役。お前の肩書きだ」
「いいんですか? こんなの簡単にくれちゃって」
「簡単なわけあるか」
ゼンは真剣な瞳で、真っ直ぐにオビを見つめた。
「信じるからな、俺は。自分の目と、味方の目と、ついでにお前を」
「……」
ミシャはゼンとオビを交互に見て、フッと微笑んだ。
…過去の一件から、人を信じられない時期があったゼンだが、少しずつ、自分のやり方で味方を作ってきた。
その味方が、今、また1人増えた。
それは、民とは一線を画して向き合うイザナとは違う、ゼンの強みだ。
ミシャは何だか嬉しくなって、酒を仰いだ。
「主…」
「何だ?」
「主って、瞳の色 綺麗ですよね~」
「なっ、お前ふざけるなよいつもいつも!」
「ぷふっ、にゃっはっはっはっはっ!」
「笑うなミシャ!」
「ところで、この王子付伝令役ってのは?」
「そこが重要だ。当然お前をその役だけで終わらす気はないが、つまり牽制だよ」
「なるほど? 俺が傍についていれば、お嬢さんに何か起きたとき、それは常に主に筒抜けてると考えられるわけだ」
「あぁ。そんな仕掛けに、わざわざ首を突っ込みたがる奴はそうそういない。…俺は、大事なものをもっと上手く守れるようになる」
静かな決意を言葉にしたゼン。
オビとミシャは、目を見合わせてからフっと笑った。
「よっしゃ! ガンガン飲みましょう主!」
「酒盛りだ~い!」
「なっ、やめろ馬鹿! そんなに飲めるか! 勝手に注ぐな!」
そうして、30分後。
「んにゃ~……」
逸早く潰れたのは、ミシャだった。
「酒強いとか言ってたくせに」
ミシャはオビの膝を枕代わりにして、幸せそうな顔で寝こけている。
「いや、ミシャは強いぞ。今日はやけにペースが早かった」
「そうなんですか? …だいぶまいってたってことか…」
「そういえば、ミシャのその左手の包帯、何かあったのか?」
「ん、あー……色々ありまして」
オビは今朝あったことを話した。
「…そうか。それは災難だったな」
「今までにも同じようなことありました?」
「いや、さすがに今聞いた程のことはない。……というか、お前、ミシャの部屋に入れてもらえたんだな」
「?」
「ミシャはよほど仲のいい奴じゃないと、部屋に招き入れたりしないぞ」
「え、そうなんですか?」
「俺とミツヒデと木々、あとは薬室長くらいだろう。リュウも入ったことあるかもしれないが…」
「へぇ~」
ゼンはフっと口角を上げた。
「お前、気に入られてるんだな」
オビは目を見開く。
「そう、ですかね…」
何となく、膝上を見下ろし、ミシャの頭に手を置いた。
ポンポンと撫でれば、ミシャは膝に頬をすり寄せてくる。
「…今日、言ってましたよ。いつか目が見えなくなれば、今日みたいな状態が日常になるって」
「……」
「目も耳も鼻も利かないって、どんだけ怖いんでしょうねぇ……味わいたくないな」
「…ミシャがここに来る前、どうしてたかは知ってるか?」
「え? いや……ラタニカの山奥に住んでて、薬室長に出くわして、目の薬もらうためにここに来たってことくらいしか…」
「ミシャの父親はな、元貴族なんだよ」
「貴族?」
「あぁ。その元貴族だった父親と、町娘だった母親、駆け落ちした2人の間に生まれたのが、ミシャだ」
「へぇ~…」
「ミシャが持ってる銀色の横笛、あるだろ? あれは元はミシャの父親のものだ。演奏の仕方も、父親に教わったらしい」
「なるほど。どうりであんな高価なモン持ってるわけだ」
「その後、ミシャが6歳の時に父親が、12歳の時に母親が、相次いで病死してる」
「病死…」
「それから3年ほど、ミシャは山の中で狩りをしながら、1人で生活していた。今でこそそんな腑抜け顔で寝てるが、ここに来た頃は、感情がほぼ欠落していて、無表情だったよ」
「このミシャが…?」
「あぁ。薬室長の話じゃ、度重なる不運から自分の心を守るためだったんだろうと…。あれから4年になるな。今じゃすっかり、いらんことにも爆笑するようになった」
「主が爆笑されるようなことするからでしょうけど」
「あのなぁ! ……とはいえ、やっぱり心のどこかでは、いつも不安に思っているんだろうな。目が見えなくなれば、また独りになる、と。仕事がないときは、何だかんだ俺たちのところに来るし、部屋にあれだけ物が溢れているのも、いつか訪れる孤独に備えてだ」
「……」
オビは、膝上のミシャを見下ろした。
「…まったく、ここは困ったお嬢さんだらけですねぇ」
イタズラ半分に、ミシャの鼻を軽く引っ張る。
「んむぅ…」
ミシャは眉間にしわを寄せて、首を左右に振った。
手を離してやると、元の穏やかな顔に戻る。
それが面白くて、オビはフっと笑った。
ゼンはそれを、じっと見ていた。
「オビ」
「ん、はい?」
「ミシャのことも、気に掛けてやってくれるか?」
「え…」
「お前のこと、随分と信頼しているみたいだからな」
オビはまばたきを繰り返した。
「は、はぁ、まぁ……お嬢さんの護衛ついででよければ…」
頬を掻き、視線を彷徨わせる。
ゼンはフっと笑った。
(言わなくても、気に掛けてくれそうだったな)
「あぁ。頼む」
ゼンはグラスに残った酒を、一気に仰いだ。
→ 8. ユリスの鳥