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6. イザナ王子
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その日の夕方。
茶会は終了し、庭はいつも通り開放された。
(雪ちゃん、ゼンに会えたみたいにゃね)
庭に面した城の廊下で、ミシャは目を閉じ、耳を動かしていた。
「あれ、恰好が変わってる」
「まだもうひと仕事あるからにゃ~」
突如現れた声の主に、ミシャは驚くことなく普通に答えた。
声の主、オビは、きょとんとして訊く。
「もうひと仕事って?」
ミシャはため息混じりに答えた。
「これから夜会で、笛を吹かにゃーと」
「夜会で演奏? そういうのって、宮廷楽師の仕事だろ?」
「ミーもその1人にゃから」
「マジで!?」
「そっか。オビには話してにゃーったっけ。ミーの表向きの役職、宮廷楽師にゃんよ」
「どうりで、素人にしては笛が上手すぎると思った」
「にゃはは」
ミシャは廊下の手すりに頬杖をつき、庭の方を見た。
かすかに、白雪の嬉しそうな声が聞こえて、柔らかい笑みを浮かべる。
何を話しているかまでは、さすがに聞き取れないけれど。
その表情に、オビも頬を緩めた。
「機嫌いいね。何かあった?」
「雪ちゃん、もう大丈夫みたいにゃから」
オビは庭の方を見た。
「お嬢さん、主と一緒?」
「2人で話すよう、ゼンに言ったからにゃあ」
「あぁ、それでお嬢さんに、夕方もう一度来るようにって言ってたわけね」
「うん」
「そんで? お嬢さんとラジ王子、何があったわけ?」
「そっか、それ話すって約束にゃったね」
…ミシャは、初めから全てを語った。
「…てなわけで、雪ちゃんはここにいるようににゃったんよ」
「へぇ、毒林檎か」
「イザナ王子は、雪ちゃんをタンバルンへ帰らせたいんにゃろうね」
「まぁ、王家として考えれば、主がお嬢さんみたいな一般人と仲良くなったって、メリットはないからな」
「……イザナ王子は、良くも悪くも、次期国王の器にゃよ」
ミシャは表情に影を落として、庭の方を見つめる。
「…にゃからこそ、ゼンには、イザナ王子ににゃーものを持っててほしい。…きっとイザナ王子も、それを望んで、わざとゼンで遊んでるんにゃ」
オビは、横目にミシャを見下ろした。
愁いを帯びた横顔が、絵画のように夕日に映える。
いつもの野性味溢れる姿もいいが、こうして気品を纏った姿も…
…気付くと、オビは手を伸ばしていた。
「んにゃ!?」
突然耳に触れられ、ミシャは跳び上がる。
「
敵と対峙したときのクセで、距離を取り、触れられた耳を手で覆うミシャ。
「え、あぁ、いや……いつも隠れてる耳が出てたから……何となく? ははは…」
苦笑するオビに、ミシャは、触られた感触を払拭しようと耳をこすりながら、複雑な顔をする。
「さ、さわることにゃーろう…」
「はいはい、ごめんて。……ん? ミシャ、髪が」
「ん?」
耳をこする指が当たったのか、固めていた髪が少し、崩れていた。
「あ、しまった…」
垂れ下がってくる髪を慌てて耳に掛けるも、留まってはくれない。
オビは苦笑し、ミシャに歩み寄った。
「直してあげるよ。半分は俺のせいだし?」
「け、けど、整髪料にゃんてお前…」
「それはないけど……よっ、と」
「!」
オビは、ミシャの両脇に手を差し入れ、抱き上げた。
そのままストンと、手すりに座らせる。
「要するに、とめちゃえばいいんでしょ?」
オビは懐から、鍵のピッキングに使う、細い針金を取り出した。
それを二つに折り曲げ、ヘアピンにする。
「動かないでよ? 刺さっちゃうから」
垂れた髪を、オビの指がそっと掻き上げた。
それが耳に触れ、ミシャはぴくっと肩を揺らす。
オビはミシャの髪を押さえ、ピンにした針金を、そっと挿し入れた。
「ミシャって、耳触られるの苦手?」
「っ、それは…」
「くすぐったいの?」
「あ、あたりまえにゃろ…」
ミシャはくすぐったさを堪えるべく、ぎゅっと服の裾を握った。
ミシャの髪をとめていたオビは、ミシャの頭に添えた手に、じんわりと熱が伝わってくるのに気づく。
ちらりとミシャの顔を見れば、夕日の中で分かりにくいが、頬が赤く染まっていた。
そっぽを向いている瞳も、少し潤んでいる。
「……」
オビは無意識に、じっとミシャを見つめる。
ミシャはくすぐったさにそわそわしながら、チラチラとオビを見た。
「オ、オビ、まだ出来にゃぁ?」
「……」
「オビ…?」
オビは両手で、ミシャの両頬を包み込んだ。
親指でそっと唇をなぞれば、ミシャは見開いた眼でまばたきをし、瞳がさらに潤む。
オビはその瞳を真っ直ぐ見つめて、顔を近づけた。
―――そのとき。
「ミシャ殿~! どこですか~!」
「「!」」
上の階から、ミシャを探していると思しき声が聞こえた。
オビはハッと我に返る。
「あ、えっと、これは…」
「ミー、行かにゃーと!」
「え、あ…」
ミシャはオビの手を振りきり、手すりから飛び降りて、廊下を駆け出した。
「ミシャ!」
オビは咄嗟に名前を呼んだ。
「……っ」
ミシャは徐々に速度を緩め、俯いたまま立ち止まる。
…しかし、振り返りはしない。
「あー……えっと…」
オビは、どんな言葉を掛けたものかと、頬を掻いた。
いつもは言葉なんて、それこそ湯水のように湧いてくるのに、今は何も出てこない。
数秒悩んだ末に、思いついた言葉を放った。
「き、聴きに行くから! …その、頑張れよ」
「……」
ミシャはゆっくりと顔を上げた。
そして、顔を半分だけ振り向かせる。
「…こ、これ、ありがと……」
仏頂面で頬を赤らめながら、髪をとめているピンを指した。
「が、がんばるにゃ…」
呟くように言うと、再び駆け出す。
オビはその背中を、見えなくなるまで見つめた。
そして、片手で顔を覆う。
「……くそっ」
顔が熱い。
心臓が早鐘のようだ。
(……マジかよ)
オビは首に手を当て、苦笑した。
「…何にも執着しないんじゃないのか、俺」