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6. イザナ王子
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数日後。
ミシャは珍しく、イザナに呼び出された。
一応、ミシャを含む諜報員たちは国王直属のため、国王不在のこのウィスタルでは、諜報員たちはイザナに仕えているも同じだ。
しかし、いつも大臣を通して指令が下りてくるため、イザナに呼び出されることなど滅多にない。
「…御用でしょうか、殿下」
いつも頭に巻いているターバンを外し、まるで別人のような雰囲気を纏って、イザナの近くで片膝をつく。
「君のことだから、既に知っているとは思うが、近々、隣国タンバルンの第一王子・ラジ殿が来られる」
「…存じ上げております」
「当日は、庭で茶会でも開こうと思っていてね。君にはその茶会で、警備の中心に立ってもらいたい」
「…中心、とは?」
「常に俺やゼン、ラジ殿の傍につき、その耳で危険を察知し知らせてほしいんだ」
「は、はぁ……承知致しました」
「話は以上だ。下がっていいよ」
「はっ」
…ミシャは得心ゆかないまま、部屋を後にした。
ラジ王子来城、当日。
「あちゃ~…」
茶会の会場を下見したオビは、ため息混じりに頭を掻いた。
「木々嬢~」
「……何」
「俺やっぱ、茶会の警備抜けてもいいですかね」
「昨日は面白そうだって言ってなかった?」
「いや~、まさかハルカ侯爵がいるとは思わなかったもんで…」
「別に抜けてもいいんじゃない? 後でどうなっても知らないけど」
「え、そこは居たことにしてくれないの?」
木々はオビを無視して、会場の方へ行ってしまった。
…結局、警備を抜け出したオビは、適当に城内を歩き回った。
(そういや、今日はまだミシャに会ってないな…。大臣との話を(盗み)聞いた限りじゃ、外に出るような仕事は依頼されていなかったはずだけど…)
辺りを見渡しながら、城内を動き回る。
…が、ミシャと思しき人影は見当たらない。
(俺も欲しいな、あの笛…)
ゼンと白雪が持っている、ミシャにしか音が聞こえないという笛。
(呼んだらいつでも来てくれんのかねぇ……ん? あれは……お嬢さん?)
ミシャは見つからなかったが、白雪を見つけた。
茶会の会場を、柵越しに覗き込んでいる。
オビはニヤリと口角を上げた。
「おじょ~さん?」
「!」
白雪は肩を揺らして、バッと振り返る。
「あっ、えっと、これはっ」
「フフ、気になるかい?」
「いやっ、その…」
「主たちといいアンタといい、最近どうも様子が妙だったんだよね。何かあるワケ? ラジ王子に」
「……」
白雪は気まずそうに視線を逸らした。
「…まぁいいや。お迎えにあがりましたよ? お嬢さん」
「む、迎え…?」
「さ! いっちょ偵察に行ってみようや!」
オビは白雪の手を引いて、茶会会場への道へ踏み込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
…くねくねと遠回りをしたり、茂みの合間をくぐったり。
兵の配置を把握しているオビは、それを見事に潜り抜けて、白雪を会場のすぐ傍まで連れてきた。
茂み越しに、会場の声が聞こえてくる。
「お、聞こえる聞こえる。上から頭出したりはしないようにね。さすがに見つかっちゃうから」
「わ、分かった…」
ここまで来てしまえば仕方ないのと、本心では気になっていたのとで、白雪は大人しく、会場の音に耳を澄ませた。
同じ頃、会場では…
「……」
イザナのすぐ傍で、ミシャが耳をぴくっと動かした。
聞き取った音の正体に、ごく小さなため息をつき、諸侯と話し中のイザナに歩み寄る。
「…お話し中、失礼致します、イザナ殿下。少々この場を離れても宜しいでしょうか。その間、お傍には代わりの者を置きますので」
「ん? あぁ。構わないよ」
「…ありがとうございます」
ミシャは丁寧に一礼して、その場を離れた。
会場の出入り口へ歩いて行くミシャの背中を見つめ、イザナは僅かに口角を上げる。
(あの赤髪の子が来たかな)
今回、イザナがミシャを傍に置いたのは、白雪がオビの手を借りて、会場近くまでやって来ると予想したからだ。
ミシャに"不審な音を聞いたら知らせろ"と言っておけば、"不審ではない音"には別の反応を見せる。
警備中にも関わらずこの場を離れようとするなど、まさに"別の反応"だ。
…イザナは、今回この会を設けた目的を果たすため、ラジに近づいていった。
ところ変わって、茶会会場の外。
オビと白雪は、ラジの位置を探して、茂み越しに耳を澄ませていた。
「ラジ王子はもうちょい向こうか」
「ちょ、ちょっと、近すぎないっ?」
「だぁいじょうぶだって」
「にゃーにが大丈夫にゃって?」
「「!」」
背後からした声に、2人は飛び跳ねそうなほど肩を揺らした。
バッと振り向けば、白金髪の少年らしき騎士が立っている。
…しかし、よく見れば少年ではなかった。
「ん? ……まさかっ」
「ミシャ!?」
「し~っ、声大きいにゃ雪ちゃんっ」
「あ、ごめん…」
「何そのカッコ…」
オビも白雪も、目をぱちくり。
それもそのはず。
今のミシャは、いつものクセ毛をオールバックで固め、ビシッとノリの効いた騎士の制服に身を包んでいた。
日頃の野性味が封印され、育ちの良い少年騎士のような気品が漂っている。
それでも、口を開けば、いつものミシャに変わりない。
「ホントはこんにゃきついカッコしたくにゃーけど…」
「その制服、会場内の警備担当?」
「そ。イザナ殿下の命令で」
「ミシャって諜報員だよな…」
「そうにゃよ? にゃのに何故か警備…。ミーの耳を使いたかったみたいにゃけど、それにゃら、会場周辺でミーを待機させとけば済む話にゃ。わざわざ会場に入れて、傍に置いておく必要はにゃーよ」
「確かに。ミシャの耳なら、部屋に居ても警備できそうだ」
「イザナ王子は
ミシャは茂み越しに、イザナの居る辺りを見つめた。
「んで? 2人はここで
オビが満面の笑みで答える。
「偵察~。お嬢さんが気になってるみたいだったからさぁ。ねぇ?」
「う……」
「まぁ、雪ちゃんは分かるけど…。オビは周辺警備じゃにゃーったっけ?」
「抜けた。ハルカ侯爵居たし」
噂をすれば何とやら。
茂みの向こうから、ハルカ侯爵の声が聞こえてきた。
「ゼン殿下、新参の従者を付けられたそうですな?」
オビはぴくっと頬を引きつらせる。
「あぁ、ハルカ侯…。兄上がそう言っていたのか?」
「はい」
白雪がこっそり訊いた。
「挨拶しないの? 従者さん」
「いやいや、出たら斬られるよ…」
本人たちが聞いているとは露知らず、ゼンは笑みを浮かべて答える。
「かなり身軽で、腕も立つ。面白そうな男だぞ、あれは」
ハルカ候はため息混じりに言った。
「即戦力になり得るのであれば結構ですが。殿下の傍に在る者に、周囲は無関心ではいられませんからな」
…その言葉は、白雪の胸に深く突き刺さる。
と、そこに…
「ゼン」
イザナの声が響いた。
「兄上。ラジ殿も」
どうやら、イザナがラジを連れて、ゼンに近寄ってきたようだ。
気を利かせ、ハルカ候はその場を離れる。
「何か御用ですか? 兄上」
「うん? いや何、お前がラジ殿を出迎えた際に、2人でどんな話をしたのかと思ってね」
ラジが緊張気味な声で答えた。
「特にこれといったことは何も。他愛のない話をしたまで」
「そうか。あの娘の話は? 赤髪の」
「っ、ゴホッゴホッ」
ラジは飲み物を吹き出し、むせた。
「貴殿が見惚れて気に留めていたという娘のことだ。名を覚えておいでかな?」
イザナはどうやら、白雪をめぐって起きた、ゼンとラジの一件を知っているようだ。
「あ、あぁ、あの赤髪の娘か…」
ラジはちらりとゼンを見る。
名を口にするなと言われている手前、どう答えたらいいか分からないのだ。
ゼンはすました顔で答えた。
「名くらい言えるでしょう」
「……白雪殿、だったかな」
…オビは、予想だにしなかった話に目を見開いた。
白雪は困惑した表情で固まっている。
ミシャは瞳に険しい色を浮かべて、茂みの向こうを見つめた。
「実は、その赤髪の娘は今、この城に居るんだ。会っていかれては?」
「「!?」」
「娘の方から貴殿の元を去ったと聞いたが、未練がおありのようなら、席を設けるよ?」
「あ、兄上、いくらなんでも気の回し過ぎです」
「そうか? いい機会じゃないか。彼女も国に帰りたい気持ちがあるかもしれないだろう」
「兄上!」
白雪は、目を見開いた。
悪寒が背筋を駆け登る。
オビは頬を引きつらせた。
「おいおい、なんか冗談みたいな話してるけど……お嬢さん?」
白雪が顔面蒼白になっていることに気づき、声を掛ける。
白雪は動揺を隠せないまま、振り向いた。
「…ごめん、何か言った?」
ハルカ侯爵にさえ物怖じしなかった白雪が、珍しく怯えた目をしている。
オビは、何と声を掛けたものかと戸惑った。
すると…
「雪ちゃん」
ミシャが、白雪の目の前にしゃがむ。
白く小さな手で、白雪の両頬を挟んだ。
「ミーを見て?」
「え……あ、うん…」
白雪は、しばらく忘れていたまばたきを何度かして、宝石のようなミシャの瞳を見た。
「大丈夫にゃ。雪ちゃんはここに居ていい。今は自分のすべきことをしてて?」
「すべき、こと……。…あ、仕事っ」
「もう休憩時間、終わるにゃろ?」
「そ、そうだ、戻らないと…」
「今日の夕方」
「え……?」
「仕事終わったら、夕方、ここにおいで。庭はいつも通り、開放されてるからにゃ」
「何で…」
「
「あ、うん、分かった…」
白雪はそろりと立ち上がり、歩き出した。
ミシャはオビに歩み寄って、耳打ちする。
「…ちゃんと、見つからにゃーように送り届けたげて?」
「ん、あぁ…。…お嬢さんとラジ王子の話、後で詳しく聞かせてくれる?」
「茶会の後でにゃらね」
「んじゃ、その頃にまた来る」
「はいはい」
オビは小走りで、白雪を追いかけていった。