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6. イザナ王子
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ラクスドの一件から、数日。
「くぁ~……ねむ…」
オビは、城の庭の一角で、木の枝に身を預けて、あくびを繰り返していた。
「主たちが忙しいと、俺は暇だな~。ミシャも大臣と話し中だし…。せめてもうちょい広範囲で行動許可が出ればなぁ…。手入れする武器もないし―――
"ヒュッ"
「!」
突然、どこからか尖った小石が飛んできた。
小石はオビの左頬を浅く切り裂く。
「……」
オビはその小石を拾い、辺りを見渡した。
…が、石を投げてきたと思しき人影は見当たらない。
(この俺に気付かせないとはねぇ…)
「オビ! 出てこい!」
「おや、主が呼んでる」
「オービー! 10秒以内だぞ!」
「はいはい」
オビはため息混じりに笑みを浮かべながら、ゼンの執務室の窓までよじ登った。
「まったく、無茶言いますね」
バルコニーの手すりまで来ると、ゼンが妙に真剣な顔で立っていた。
「オビ、お前しばらく……ん? その傷はどうした」
「ん、あぁ、これですか。それが今「失礼致します、ゼン殿下」
オビの声を遮るように、使用人が声を掛けてきた。
「何用だ?」
「こちらを、至急お渡しするようにと…」
使用人は、ゼンに1通の手紙を差し出した。
封には王国の紋章。
ゼンは手紙を開いた。
「……」
一読すると、クシャリと握り潰す。
「悪いな、オビ。傷の件は後だ」
「?」
ゼンはオビに歩み寄り、頭のかぶり物を剥ぎ取った。
「とりあえずお前、顔は出しとけ。怪しい。ついでに首のも取れ。あと、木に登るのはやめろ。その傷洗って部屋で待機。いいな?」
「? はい」
首を傾げるオビをそのままに、ゼンはミツヒデと木々を連れて、急ぎ部屋を出ていった。
"キィィ……バタン"
「…何なんだ?」
呼ばれたと思ったら置き去り。
オビは、閉じられた扉を見つめ、まばたきを繰り返した。
「ゼン、今呼ばれたんにゃね。もっと早く呼ばれると思ったけど」
「うおっ!? ……っくりしたぁ」
突然、隣にミシャが現れた。
近場の木から跳んできたのだろう。
動物並みに気配を消せるミシャには、意識していなければ気づけない。
「驚かすなよ」
「にゃはは~。……ん? スンスン…血の匂い?」
ミシャは匂いのする方を見上げた。
オビの左頬に視線がとまる。
「どしたの? それ」
「ん? あぁ、さっき、いきなり小石が飛んできてさ。誰の仕業かは分かんなかったけど」
「小石…」
ミシャはオビの左手を掴み、ぐいっと引っ張った。
「な、何?」
左に傾いたオビの頬に、ミシャは背伸びして鼻を寄せる。
すぅっと息を吸えば、鉄臭い匂いが鼻を通った。
「ふむ…」
ミシャは次に、オビの左手を拾い上げ、掌に鼻を寄せた。
「……やっぱり。イザナ王子にゃね」
「え?」
「このほっぺの傷にゃよ。石を投げたのはイザナ王子」
「分かんの?」
「傷口にわずかに、あとオビの手にべったりと、王子の匂いがついてるにゃ」
「あぁ、飛んできた石に触ったからか…」
オビは自分の左手を鼻に近づけた。
…が、何の匂いもしない。
「オビはまだ、ゼンの正式な従者じゃにゃーからね。ちょっかい出してきたんにゃ」
「俺なんかに?」
「そういう人にゃの。人で遊ぶのが好きで、ゼンもよく遊ばれてる」
「へぇ」
「オビ、そのまま動かにゃーで?」
「ん?」
オビはバルコニーの手すりによりかかったまま、首を傾げる。
ミシャは手すりにピョンと飛び乗って、両膝をつき、オビの頭に両手を添えた。
そして…
「はむ…」
「!」
左頬の傷に唇を寄せる。
熱い舌が、止まりかけの血を舐め取っていった。
ピリッと、僅かな痛みが走る。
ミシャは、丁寧に傷口を舐めると、唇を離した。
「…ん、よし。血ぃ止まったにゃ」
言って、ふわりと笑みを浮かべる。
オビは唖然として、ミシャを見つめた。
反応のないオビに、ミシャは首を傾げる。
「ん? おーい、どした?」
「え、あぁ、いや…」
「あれ、雪ちゃんが呼ばれた」
「?」
ミシャの視線が、上階へ向いた。
「……」
瞳の色が、だんだん険しくなっていく。
「聞こえるのか? 話の内容」
「……ギリギリにゃけど」
ミシャは手すりに腰掛けて、小さなため息をついた。
オビは横目にミシャを見る。
「そんな顔するってことは、あまりいい話はしてない?」
「んー……ミーは気に入らにゃーだけ。客観的に見れば、正論にゃよ」
「お嬢さんがイジメられてるとか?」
「そんにゃ感じ。……んじゃ、ミーはまだ仕事残ってるから」
「ん、あぁ」
ミシャは、手すりから近場の木へ飛び移り、どこかへ跳んでいった。
「……」
ミシャが見えなくなると、オビは左頬の傷に触れる。
熱く柔らかい感触が、まだそこに記憶されていた。
(素であんなことするか? 普通)
緩む頬を止められない。
オビはため息混じりに呟いた。
「ったく、いつも驚かせてくれるねぇ…」