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5. 従者お試し期間
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砦の外は、すっかり日が沈み、夜闇に包まれた。
「はぁ……さすがに冷えるな…」
「あぁ…」
「焚き木でもしましょうか」
「そうだな…」
手持ち無沙汰な、ゼン、ミツヒデ、オビ。
3人はぼーっと、星空を見上げていた。
すると…
"ガチャッ"
「「「 ! 」」」
突然、砦の外壁の扉が開いた。
「「はぁっ、はぁっ」」
白雪とミシャが、布の袋を担いで出てくる。
「白雪!? ミシャ!?」
「どうしたっ、そんなに息切らせて…」
2人は、持っていた布袋をその場に置いた。
布がはだけた隙間から、炭になりかけた薪が見える。
「この砦の兵士さんたちが倒れた原因、この薪だよ! この木、燃やしたりしちゃいけないものだった。燃やすと有害な粒子が散って、吸い続けると影響が出るっ」
ミシャは上を向き、思いっきり息を吸い込んだ。
「ぷはぁっ、やっと外の空気吸え―――」
ふらりと、体がぐらつく。
「あ、れ……そら……まわっ、て…」
"ドッ…"
「っ、とと……」
後ろに倒れたミシャを、間一髪、オビが支えた。
「大丈夫かっ?」
「へ……? ん、と……」
緑色の瞳が、小刻みに左右に揺れている。
傍に白雪が駆け寄った。
「ミシャ! 聞こえる!?」
「雪ちゃん…」
「目が回ってるの?」
「うん…」
ゼンも駆け寄って来た。
「ミシャも罹ったのか!?」
「そうだと思う。薪の撤去、手伝ってもらっちゃったから…」
「白雪、お前は大丈夫なのか?」
「あ、うん。…たぶんミシャは、耳の器官が普通の人より敏感だから、平衡感覚に異常が出やすかったんだと思う」
「う……きもちわるい…っ」
ミシャは近くを探り、オビの服を掴んだ。
目が回って世界があやふやに感じられ、何かを掴みたくなったのだ。
「すぐに薬作るからね、ミシャ!」
ゼンは顎に手を当てる。
「しかし、何でそんな薪が…」
そこに、白雪たちの後を追ってきたのか、シュカが出てきた。
「旅団の者が、移動の荷物になるからと、何束か譲ってくれた薪なのですっ」
「シュカ…」
「重ね重ねっ、申し訳ありません!」
シュカは深く頭を下げた。
「お前、なんか動きが軽くなってないか?」
「あ、はい! 白雪殿に薬を貰いまして…」
それを聞いて、白雪は安堵したような笑みを浮かべる。
「良かった。効いてきたみたいだね」
オビはミシャを抱き上げ、白雪に訊いた。
「砦の中は、もう入って平気?」
「あ、うん! 換気はしたし、暖炉にも、新しい薪をくべてあるから」
「それじゃ、ミシャはあの広間に寝かせれば大丈夫かな」
「うん、お願い」
「了解」
オビは砦の中へ歩き出した。
「ん~~……」
ミシャは、酷い乗り物酔いをしたような眩暈を感じていた。
「もうちょっとの辛抱だ。今お嬢さんが、薬作ってくれてるからな」
「……オビ…」
「うん?」
「……たて、して…」
「え?」
"たて"って何だ?
言葉の意味が分からずにいると、ミシャはオビの肩に手を掛け、身を起こし始めた。
「お、おい?」
オビは慌てて、ミシャが落ちないように支える。
ミシャはやがて、オビの肩に顎を乗せて、落ち着いた。
「……こっちの、が、らく…」
「あぁ、"たて"って、"縦"ね…」
オビは、幼子を抱くように、ミシャを抱え直した。
背中に手を回し、そっと撫でる。
「う……せなか、やめ……吐く…」
「おっと、ごめんごめん」
ミシャはオビの首に腕を回し、ふっとため息をついた。
「……」
ぐわんぐわんと、回る世界。
オビの体に触れている感触だけが、正常な世界と自分とを繋ぎ止める、唯一の糸だった。
「……」
オビが歩くたび、体を揺らす規則正しい揺れが、懐かしい記憶を蘇らせる。
(…………父さま……母さま…)
深い森の中で。
盛大に転んで大泣きしていると、こうして抱き上げて、家まで連れ帰ってくれた。
…もう、二度と戻ってこない、暖かな記憶。
ミシャは、すがるように、オビに身を寄せた。
「!」
すり、と首筋に感じた、やわらかいほっぺたの感触。
オビは目を見開き、視線を彷徨わせた。
やがて、オビは大広間までやって来た。
「ミシャ、起きてるか?」
「……ん…」
「暖炉の傍がいい? それとも、離れてる方がいい?」
「……すぐ、ちかく。……あったかい、とこ」
「寒いの苦手?」
「ん…」
「了解」
オビは、暖炉の近くの壁に、ミシャを寄り掛からせるように座らせた。
大量に畳んで積まれた毛布の山から、1枚取って来て、ミシャを包み込む。
「もうすぐお嬢さんが来るだろうから、あとちょっとだけ頑張りな?」
「……どっか、いく?」
「そりゃ、主のとこに戻らないと」
「……」
苦しそうな緑の瞳が、じっと見てくる。
オビはからかうように訊いてみた。
「なぁに? 俺に居て欲しいの?」
「うん…」
「え……」
思わぬ即答に、まばたきを繰り返す。
ミシャは手を伸ばし、オビの服を掴んだ。
「な、何だよ、いきなり…」
「……ひとり、し…にゃ……で……」
「へ……?」
「……とう、さま……かあ、さ…ま……」
ふっと、突然、白い
(……寝ぼけてた、のか?)
オビは、指の背でミシャの頬に触れる。
「……」
ミシャの朧げな瞳は、どこか、ここではない時間を見つめていた。
苦しそうに、切なそうに…
きっとそれは、どう足掻いても戻ることのない時間。
それがどんな時間だったのかは、オビには分からない。
けれど。
「…今はもう、ひとりじゃないだろ」
オビはしばらく、ミシャの寝顔を見下ろしていた。