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1. 赤髪の少女
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入道雲が最後に見えたのは、いつだったか。
青いキャンバスに、くっきりと白い塊が浮いていて、それはそれは綺麗だった。
…けれど今は、青と白がボヤボヤと入り混じった、絵の具バケツのよう。
「ん~、いい風だにゃあ…」
クラリネス王国、ウィスタル城。
庭の木の枝に座って、足をぶらつかせていた少女は、ぐっと伸びをした。
「ん~……ん? ゼンがお出掛けかにゃ?」
何かを聞き取ったのか、耳がピクピク動く。
そして、シュッとその場から消えた。
城の廊下の一角。
ひと気のないその場所で、1つ、動く人影があった。
クラリネス王国第二王子、ゼン・ウィスタリアである。
ゼンは辺りを警戒しながら、手中にある笛をもう一度吹いた。
音は鳴らず、呼気が滑り抜けていくだけ。
しかし…
「にゃから1回で聞こえるってば」
「!」
呼び出した相手は、きちんと背後に現れた。
ゼンが肩を揺らしながらも振り返ると、少女が半目で自分を見ている。
ゼンはホッと肩の力を抜いて、ジト目を向けた。
「お前がすぐに来ないからだろ? ミシャ」
少女もジト目で見返す。
「無茶言わにゃーでよ。これでも、城の裏庭から全速力で駆けつけたんにゃよ?」
「まぁいい。とにかく街へ行くぞ」
「明日から仕事にゃし、今日中に帰ってこれるにゃらお供しますけどにゃあ…」
「何言ってる、数カ月ぶりに隙見て外出するんだから、色々と見て回らないと損だろう。お前の仕事なら、事前に手を回してしばらく止めておいた。これで問題ないだろ?」
「……これにゃから王子ってにゃつは」
「聞こえてるぞ。……いつも通り、ミツヒデと木々に見つからないルートの案内を頼む」
「んー……残念にゃけど、今回は無理にゃね」
少女は廊下の向こうを指さした。
ゼンは、もしかして、と青ざめた顔で同じ方を見る。
「げっ、ミツヒデっ、木々っ」
呆れ顔でこちらを見ている2人の部下。
「また勝手に抜け出して…」
「無断外泊すれば、大臣たちに咎められるよ?」
ゼンは堂々と首を振った。
「いいや、戻らん! 俺は街へ行くんだ!」
その
…結局、ゼンのお忍び外出には、ミツヒデと木々もついていくことになった。
少女・ミシャも、一緒についていく。
彼女は、クラリネス王国・ウィスタル城の諜報機関に所属する、諜報員の1人だ。
しょっちゅうクラリネス王国内を、時には国外まで巡っているため、ゼンにとって、この上なく頼りになる情報屋であり、案内人なのである。
頭の後ろで両手を組み、鼻歌混じりに歩くミシャに、ゼンが訊く。
「最近の街の様子はどうだ?」
「ん~? 住人は相変わらずにゃよ? この間のお祭りも大盛況にゃったし」
「そうか。何よりだ。妙な噂話なども流れていないか?」
「ウワサ……あ、お隣りのタンバルンのバカ王子が、愛妾にしようとした女に逃げられたって話にゃら、今朝がた流れてきたにゃ」
「ははっ、何だそりゃ」
それから数日間、4人は国内のありとあらゆる街を見て回った。
随分と城から離れて、タンバルンとの国境近くの空き家までやって来る。
よく遊び場にしている場所だ。
ミツヒデが懐かしむような眼差しで、辺りを見渡した。
「やっぱり馬小屋もあるといいよな。何か起きても、馬がいればすぐ動ける」
木々が興味なさそうに答える。
「好きに造れば?」
ゼンも、どこか上の空で言った。
「脇に街道があるこの森じゃあ、入ってくる人間すら見かけないけどな。……よっ、と」
「ん? あっ、おい! ゼン! またそんなところからっ」
「心配すんなって」
ゼンは近道のつもりか、小屋の傍に立つ高い塀を飛び越えた。
そのとき…
「……ん?」
見知らぬ人影が視界に―――
"ガッ"
「げっ」
"ドサァッ"
足が引っ掛かったらしく、ゼンは塀の向こう側に落ちる。
ミツヒデがさぁっと青ざめた。
「ゼン!?」
対して、ミシャはケラケラと笑う。
「にゃはははっ、ま~た落ちてやんの」
ミシャはひと跳びして、ゼンが越えそこねた塀を軽々と越えた。
「ゼ~ン、無事かにゃ〜? ……およ?」
シュタっと地面に降りたミシャは、見知らぬ人影にまばたきを繰り返す。
「いってぇ~……っ」
ゼンの呻き声が聞こえて、視線を戻した。
「にゃぁに? ぶっけたの~? にゃはははっ」
ミシャはゼンの傍にしゃがんで、馬鹿にするように、頭をポンポン叩いた。
そこに、ミツヒデと木々が、ちゃんとした道の方から駆けつける。
「ゼン! 大丈夫か! 頭は打っていないか!? 1+1は!?」
「2。あれ、お前誰だっけ?」
「ミツヒデだよ!」
「あぁ、そんな名前だったんだ」
「んなっ、木々まで!? 傷つくぞオイっ」
からかわれるミツヒデを笑いつつ、ゼンは、じろりと横目に視線を動かした。
「んで? お前はホントに誰?」
見知らぬ人影は、ギクリと肩を揺らす。
ミシャは人影に忍び寄り、鼻を動かした。
「スンスン……女の子にゃね。……薬、かにゃ? 草とか木とか、いろんにゃ匂いがする」
いきなり嗅がれた"女の子"は、当然、オロオロ。
「あ、あの…」
ゼンは、得体の知れない少女を冷めた目で見下ろし、訊いた。
「お前、こんな森の奥で一体何を?」
「いや、私は、その、家出中の身で、ただ、人通りの少ない道を…」
顔を隠すように、少女はフードを目深に被る。
ゼンは剣の先をフードに引っ掛け、一気に捲り上げた。
「「「「 ! 」」」」
4人は目を見開いた。
フードの下から現れたのは、真っ赤な髪。
「あ…」
しまった、と言いたげな顔の少女。
ゼンはまばたきを繰り返した。
「変わった髪を持ってるな…」
「そうですね。よく言われます…。……! あなた、その右腕、痛めたんじゃっ」
ゼンは自分の右腕を見下ろす。
「それが何だ?」
少女は鞄を探り始めた。
「私、薬剤師をしてて、湿布薬を持っているので、良ければど「いらない」
「え……」
「毒かも分からんものを、いきなり差し出されて使えるか。森の小人じゃあるまいし…。他人をあっさり信用できん。…つまり、お前に用はない。分かったらもう行け」
「は、はぁ…」
少し脅せば、大人しく身を引くだろうと思った。
……が。
"パシッ"
少女はゼンの剣を掴んだ。
「え、おい?」
そして、自分の腕に叩きつける。
"バシッ"
かなり痛い音がした。
「な、何を…」
ゼンは目を見開いて後ずさった。
少女は震える手で、鞄から軟膏と湿布を取り出し、真新しい腕の傷に塗布していく。
そして、その腕をこちらに差し出した。
「あいにくと、毒を持ち歩く趣味はないよ」
持っている薬が毒ではないことを、自分の体で証明して見せたのだ。
"ガラン…"
ゼンは剣を取り落とした。
ミツヒデが思わず笑う。
「ぷっ、あははははっ、やられたな、ゼン」
釣られるように、ゼンも笑った。
「くくくっ、全くだ」
諦めたように小さなため息をつくと、少女の目の前にしゃがむ。
「悪かった。よろしく頼む」
「!」
「そもそも俺の着地失敗は、半分はお前のせいだからな。責任もって、痛みが引くまで面倒を見てくれるんだろ?」
ミシャが嘲るように言う。
「責任転嫁は良くにゃーよ? 着地失敗したのは、ゼンがマヌケにゃったからにゃ」
ゼンのこめかみに血管が浮いた。
「ほっほ~? 難しい言葉を知ってるじゃないか、ミシャ。……うりゃ!」
ゼンはミシャを捕まえて、くすぐり始める。
「ひゃははははっ! ごめっ、ごめんってばっ、にゃははっ、ゆるしてぇ!」
「今度生意気な口利きいたら、猫じゃらしも使うからな?」
「分かったにゃぁ!」
ミシャは命からがら、ゼンの腕から抜け出した。
ゼンは少女の方へ向き直る。
「っと、悪い、自己紹介がまだだったな。俺はゼン」
「あ、私は白雪…」
「んじゃ白雪、改めて頼む」
「うん」
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