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3. 監視
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というわけで、ミシャはオビを連れて、城下町へ赴くこととなった。
「んじゃ、ミーは着替えてくるから、お前は門のとこで待ってにゃ? 逃げようとしたらこの耳ですぐ分かるってこと、忘れんにゃよ?」
「りょーかい」
オビはヘラっと笑みを浮かべて、ミシャを見送った。
……それから数分。
言われた通りに門の近くで待ちながら、辺りの衛兵の動きを自然と目で追い、時間を潰す。
すると。
「待たせたにゃ。よく逃げにゃーで待ってたにゃあ」
ミシャが歩いてきた。
「……」
ちょっと予想外の格好に、オビは固まる。
「ん? お~い、どした?」
オビはじっとミシャを見つめて、首を傾げる。
「ミシャって本当は男だったとか?」
「女にゃよ、失礼にゃ。……男の方が色々とやりやすいから、城の外では男に扮してることも多いんにゃ」
子供体型ゆえか、今のミシャは、どこからどう見ても男の子だ。
「さ、行くよ?」
ミシャはオビを連れて、街へ降りた。
「ん~っ、今日も活気があるにゃ~」
窮屈な場所から抜け出してきたように、思いっきり伸びをする。
オビは辺りを見回しながら、その後ろをついて歩いた。
「ホントに俺なんか一緒に連れてきて良かったわけ?」
「ん~?」
「門がある王宮ならともかく、こんな場所で俺に逃げられたら、いくらミシャの鼻と耳でも追いつけないでしょ」
「にゃってお前、逃げる気にゃーろう?」
「え…」
「さ~て、まずは腹ごしらえかにゃ~」
どの店にしようかと辺りを見回すミシャ。
オビは唖然と、その背中を見つめていた。
…その後、2人は適当な飲食店に入った。
「おや、チェルじゃないか」
「あ、おっちゃ~ん!」
店に入るなり、ミシャは見たこともないハイテンションで、カウンターの店主に走り寄った。
「久しぶりだなぁ。いつこの街へ?」
「昨日や!」
「そうかそうか。今度の旅はどうだった?」
「そらもう、この季節やし、楽しいことばっかしやで!」
…何やら、親し気に話し始めるミシャ。
しかも、声が少し低く、言葉遣いも別人のように変わっている。
オビはまばたきを繰り返してから、ミシャの近くへ寄った。
「お? 何だ何だ、連れが居るたぁ珍しい」
「あははっ、ちょっとなァ、前の町で
「ほ~。この兄ちゃんも、何か楽器が出来るのかい?」
「え、っとな、コイツはそうやのォて…」
オビはフっと笑みを浮かべて答えた。
「俺は商人なんだ。コイツとはちょっとした縁があってね」
言って、ミシャの頭に手を乗せる。
ミシャは、話を合わせてくれたのが意外だったのか、不思議そうにオビを見上げた。
空いていたテーブル席に座った2人は、適当に食事を注文する。
それをつまみながら、オビはニヤリと笑んで頬杖をついた。
「しっかし、本名がチェルだったとはねぇ」
違うと分かっていて、からかう。
ミシャは、いつも通りの声と言葉遣いに戻って、ミートボールを口に入れた。
「偽名に決まってるにゃろ。ミーはこの街周辺じゃ、笛吹きのチェルで通ってんにゃ」
「笛吹き?」
「旅をしにゃがら笛吹いて、その収入で生きてるって設定」
「何でわざわざそんなことを? 言葉遣いから人格まで変えて。街に降りるだけなのに、そんなことする必要ある?」
「……」
「ずっと気になってたんだけどさぁ、ミシャの城での肩書きって何なわけ?」
テーブルに頬杖をつき、薄く笑みを浮かべてミシャを見下ろすオビ。
ミシャはその顔を、警戒心の籠もった眼差しで、上目遣いに見上げた。
「ハルカ侯爵から聞いてにゃーのか?」
「教えてくれなかったからね。この先へ踏み込むと、長生きできないってさ」
「にゃら、そのまま知らずにいることにゃね」
「へぇ。知っちゃったら俺はどうなるんだい?」
ミシャの役職が何なのか、オビは既に分かっているような顔だ。
わざとらしい態度に、ミシャは小さくため息をついた。
「ゼンの監視下にいるうちは、
ミシャの緑の瞳が、鋭く光る。
「死ぬまで自由はにゃーよ」
その視線に、オビはゾクリと寒気を感じた。
目の前にいるのは子供のような少女なのに、その存在がとてつもなく大きく見える。
背後から大きな爪が襲いかかってくるような恐怖。
それと同時に、この上ない興味と興奮も湧いてきた。
……たまには命を握られてみるのも、悪くないかもしれない。
半分は衝動、半分は覚悟を持って、オビは、親指と中指と薬指の先をくっつけた。
動物の頭を模したその手に、パクパクと口を開くような動きをさせる。
「ワンワン、なんてね」
冗談を言っているような顔のオビ。
対するミシャは、鋭い視線のまま微動だにしていなかった。
「……覚悟の上でふざけてると、そう思っていいんにゃね?」
ミシャのことを、王家の犬、すなわち諜報員であると認識しており、それを口にすることで、城に縛られる覚悟もある、と。
オビは変わらず脳天気な顔で、動物を模した手の口をパクパクさせた。
「俺はホラ、浮き雲みたいなもんだから。風の向くままに、流されるよ」
表情は能天気だが、黒い瞳には重たい影が垣間見える。
仮にも、侯爵が数多の裏稼業の者たちから選んだ男だ。
それなりの場数を踏んできているのだろう。
ミシャは鋭い雰囲気を鎮め、盛大なため息をついた。
「ま、
「は〜い、肝に銘じておきますよっと。んで? 今日街に降りてきたのは、仕事?」
「……お前、知った途端だにゃあ……。……正式に仕事受けたわけじゃにゃーけど、普段から見ておくに越したことはにゃーからね。半分は暇潰しにゃ」
「へぇ。普段から街では、別の名前と人格使ってるんだ?」
「まぁにゃ。仕事柄、いろんな場所に
「それで、敢えて接触を?」
「そ。街の人と付かず離れずで仲良くしてれば、善良にゃ旅芸人ってことで、ミーは誰にも警戒されにゃーで済む。そうすれば…」
「悪巧みする奴も、ミシャを警戒せず、ボロを出しやすくなるってわけか」
「正解。こういう店じゃ、他人に話を聞かれてるにゃんて滅多に考えにゃーから。悪巧みする奴らも気がゆるんで、大事なことを普通に語り合う」
「それを、自慢の耳で拾うわけね」
「そ」
「けどさ、そもそも、ハルカ侯爵がミシャの本職知ってたのはおかしくないか? 諜報員って普通、役職名は伏せられてるよな? 正体バレてると潜入とかできないし」
「さすがにミーの正体知ってるのは、城の
「やり方? ……あ、そっか。そんだけ耳と鼻が利くなら、ターゲットに近づいて会話で引き出すとかしなくていいのか」
「そ。バレにゃーように忍び込めさえすれば、隣の部屋や天井裏から話聞いたり、書類を盗み見るくらい簡単にゃからね。それに、ミーのことを知ってれば、安易に良からぬことも考えられんにゃろ? 牽制にもにゃるんよ」
「なるほど」
そこに、店主が自ら料理を運んできた。
「はいよ、お待たせ」
ミシャは一瞬で『チェル』の顔を作る。
「うひゃ~っ、大盛りやんか!」
「サービスだよ。…っと、そうだ。チェル、このあと広場で、俺の姪っ子が踊り子のショーをやるんだが、チェルが来てるって教えたら、是非伴奏に加わって欲しいって言ってきてよ」
「んぇ、いきなりやなァ…」
「お前さんなら問題ないだろ?」
「ん~…」
「な、頼むよ」
手を合わせて頼み込んでくる店主。
ミシャは困ったようにため息をついた。
「…しゃーないなァ。ぶっつけやし、上手くいくか分からんけど、それでもええの?」
「ははっ、なぁに言ってんだ。お前の笛だ、信頼してる」
「まったく、
店主はミシャの頭をポンポンと叩いた。
「じゃ、頼んだぜ?」
「へ~い」
店主はご機嫌な様子で、厨房へ下がっていった。
それを見送り、オビは笑みを浮かべて訊く。
「ミシャって、本当に笛吹きだったんだ?」
「まぁにゃ。横笛しか吹けにゃーけど」