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第四巻
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ある平日の、午後3時。
桃源郷は今日も、穏やかな春の陽気に包まれていた。
漢方薬局『極楽満月』も、いつも通りに営業している。
「ん~、可愛い女の子が来ないかな~」
薬局のカウンターで脚をぶらつかせながら、店主の白澤は、暇を持て余していた。
先日の日曜日と帳尻を合わせるかのように、今日は輪をかけてお客が来ないのだ。
桃太郎がジト目で言う。
「5分おきに言ってますよ? それ」
薬棚の在庫をチェックしていた薺が、振り返った。
「白澤さまは本日はお休みですから、お出かけなさっていいんですよ?」
そういえば、と、桃太郎が首を傾げる。
「指定休取った日は、決まってどこかに出掛けてますよね。今日は行かないんスか?」
その問いに、白澤は含みのある満面の笑みを向けた。
「ふふふ~、今日はちょっとね~」
「何ですか、ちょっとって……」
「そのうち分かるよ~」
「は、はぁ……」
これは答える気がないな。
桃太郎はため息をつき、薬作りを再開した。
メモを見ながら、慎重に調合していく。
「えーと、次はこれを10g…… "ドッ…"
突然、物音がした。
桃太郎はビクっと肩を揺らして、音のした方を見る。
「え……あ、薺さんっ?」
薬棚に手を掛け、膝をついている薺が目に
周りに居た兎たちが、一斉に離れていく。
白澤は目を細めた。
「……やっぱりね」
至極落ち着いた様子で、カウンターの椅子から降りる。
そして薺の傍に歩み寄ると、しゃがんで、小さな体躯を引き寄せた。
薺は、荒い呼吸に肩を上下させながら、白澤の白衣をきゅっと掴む。
「はぁっ……はっ……はくた、く…さまっ……うさぎ、さん……たち、は……」
「大丈夫だよ。誰も病を受けてない」
「そ…ですか……よかった…」
白澤は薺の頭を撫でてやる。
「あとは僕に任せて」
「…っ……すみま、せん……おねが、い、します…」
「はーい、喜んで」
不安を感じさせないように、軽い声でそう言って、薺の両腕を自分の首に回させる。
そのまま、幼子を抱っこするように抱き上げると、桃太郎が居るカウンターへと戻ってきた。
桃太郎はまばたきを繰り返し、訊く。
「もしかして、今日だって分かってたんですか? だから出掛けずに、ずっと店に……」
「ん~、まぁ、たまたまね。予兆は、感じるときと感じないときがあるから。今回は運が良かったよ」
白澤は、ポケットからメモを一枚取り出し、桃太郎に渡した。
今日、薺が発病すると予感し、あらかじめ書いておいたものだ。
「これ、今日やってほしいことね。基本的には、予約のお客さんに薬を渡すだけ。それ以外の薬の注文は受けないこと。メモに書いてあることが終わったら、早いうちにお店閉めちゃっていいから。何かあったら、遠慮せず訊きに来てね」
「あ、はい、分かりました」
そのとき、薺が、白澤の首に回した腕に力を籠めた。
「……っ」
どうやら、本格的に痣と痛みが現れてきたようだ。
白澤は慰めるように薺の頭を撫でる。
「よーしよし、部屋に行こうね……。それじゃあ桃タロー君、あとはよろしくね」
「はーい、お大事に」
白澤はヒラヒラと桃太郎に手を振ると、居住区へ続く扉の奥へと消えていった。
窓のない廊下は、明かりを点けていないと、昼でも薄暗い。
その暗くて細い空間を、白澤は自室へ向かって歩いていた。
「……ん……っ」
ぎゅっと、いつもより強く、薺の手が白衣の襟元を握る。
「大丈夫? 薺ちゃん」
訊きながら、白澤は何度も薺の頭を撫でた。
本当は背中をさすってやりたいが、痣に触れれば痛いだろうから、無闇に触れられない。
「……だ、いじょうぶ……っ……です…」
「うん、大丈夫じゃないね。我慢しても苦しいだけだよ?」
「……すみません」
「謝らなくていいよ。……いつもより、痛みが強いの?」
「……そんな気が……っ……します…」
「そっか。……もう何も考えなくていいから、とにかく楽にしてて」
「……はい」
白澤は、薺を落ち着かせるように、ずっと頭を撫で続けた。
……薺の病が放つ禍々しい気配が、いつもより濃い。
どうやら、厄病の力が強まっているようだ。
こうなるときは大抵、精神的に不安を抱えている。
(まだ発病周期は変わってないから、あまり深刻ではないのかな)
もし、思い詰めるほどに悩んでいれば、発病回数が月に一度では済まなくなる。
そこまで深刻な悩みを抱えているわけではないけれど、何か心に引っ掛かることがある、といったところだろうか。
"カチャ………パタン"
白澤は薺を抱えたまま、自室に入った。
いつもなら、ベッドに座らせて白衣と三角巾を脱がせる。
しかし今日は、座っていることすら難しそうなので、先にベッドに寝かせた。
器用に、薺の白衣と三角巾を脱がせていく。
その間も、薺は、手の平に血が滲みそうな勢いでシーツを握っていた。
「うぐ……っ……はぁっ……はぁ」
青白い顔に、痣が色濃く浮いている。
その頬に、白澤はそっと手を添えた。
(少し、抑えてあげた方がいいかな)
スっと目を細め、ほんの僅かに、病魔・厄災よけの力を強める。
ふわりふわりと、部屋の中の空気が動き始めた。
その暖かい風が白澤の前髪を揺らし、第三の眼がちらちらと覗く。
白澤は、微かに光を帯びた手で、繰り返し薺の頬を撫でた。
しばらくすると、頬の痣が少し薄くなり、呼吸も落ち着いていく。
「……。……はくたく、さま……?」
痛みと息苦しさが和らいで、薺はうっすらと目を開いた。
その琥珀色の瞳を見つめ返して、白澤は笑みを浮かべる。
「少し、楽になったかな」
訊きながら再び頬を撫でてやると、その手の甲に小さな手が重なる。
「はい……だいぶ、おさまりました…」
「そっか、良かった」
白澤はいつものように、薺の隣に寝転んだ。
一緒に布団を被ると、そっと薺の体を抱き寄せる。
「このまま、治るまでおやすみ」
そう言って、いつも使う睡眠薬を出そうとしたのだが……
「あ、の……白澤さま……」
薺が、申し訳なさそうな表情で、服の端を掴んできた。
「?」
まばたきを繰り返して見下ろせば、薺は視線を彷徨わせ、伏せる。
「その……。……もう少しだけ、起きていても、よろしいですか?」
「え……まぁ、構わないけど、辛いでしょ?」
「大丈夫ですっ……大丈夫ですから、あの、ほんとに、少しだけ……」
珍しい。
今まで、全く我が儘を言ったことがなかったこの子が……
白澤は、何となく嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
「もちろんいいよ。他にしてほしいことがあれば、何でも言って?」
琥珀色の瞳が、チラリと白澤の顔を窺った。
そして、顔を隠すように俯いて、小さくつぶやく。
「―――ぎゅって、してください」
ずきゅんと、白澤の心臓が震えた。
「フフフ、かわいいなぁもう~」
白澤は望まれた通り、薺を腕の中に閉じ込める。
薺は白澤の胸に鼻を埋め、すうっと深く息を吸い込んだ。
あらゆる薬草の匂いに混じって、ひだまりのように暖かい、いい匂いがする。
なんだか、体が楽になっていく気がした。
(あれ? 力が弱まってる)
白澤は、薺の病の気配が、いつもと同じくらいまで治まったのに気づいた。
誤って薺の存在を消してしまわないように、強めていた病魔・厄災よけの力を、弱める。
(甘えて心が落ち着くってことは、何か嫌なことでもあったのかな……)
何度も薺の頭を撫でながら、白澤は、薺の精神状態が不安定になった原因を考えた。
一方、その胸に抱かれた薺はというと、極上の安心感の中で微睡んでいた。
(……やさしすぎます、白澤さま)
今日は、朝から不思議でならなかった。
休みとくれば必ず女性を求めて遊びに出る白澤が、ずっと店に留まっていたからだ。
それが、自分の発病を予期してのことだったなんて……
それに、発病している間は、白澤さまと一緒にいられる……
そんな想いが湧いた瞬間、ハッとした。
お腹の底がむずむずするくらい嬉しいけど、同じくらい罪悪感も湧く。
―――そんな自分を、温かい力で、優しい心で、そっと包み込んでくれて。
してほしいことがあれば何でも言って、なんて甘やかすから。
(……だめですよ、白澤さま……わたし、悪い子になってしまいます……)
本当は駄目なのに……
何度も何度も、心の中で自分を戒める。
それでも。
白澤に甘えられるこの時間が、嬉しくて堪らなかった。