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第三巻
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よく晴れた日の、朝7時。
『うさぎ漢方 極楽満月』では、開店準備が進んでいた。
「ただいまです~」
朝の薬草摘みから戻った、薺と兎たち。
腕に
「あ、おかえりなさい」
流し台で洗い物をしながら、桃太郎が声を掛けた。
薺は店内をキョロキョロ見回す。
「白澤さまは、まだ起きてきませんか?」
「えぇ。物音一つしません」
薺は薬草を選別しながら、苦笑した。
「きのうはだいぶ遅くまでお楽しみのようでしたから、まだしばらくかかりそうですね」
「まったく……流し台も酒瓶でいっぱいで困ったもんですよ……。昔からこうなんですか?」
「はい。衆合地獄のお店で夜通しお遊びになることも、昨晩のようにお持ち帰りになることも、日常茶飯事です」
「えっと、薺さんはそれでいいんスか……?」
「わたし、ですか?」
「一緒に住んでるんですから、不満とか溜まるでしょう」
「不満、ですか……。とくに感じたことはないですね」
「ぇえっ!? あの白澤様ですよ!? 女癖は酷いし、酒癖も悪いし、ぶっちゃけ我が儘ですし!」
「うーん……しかし、裏表はありません。白澤さまは、いつでもどこでもあのままです。それは、すごいことだと思うのです」
薺は、注文の薬を調合し始めた。
「好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、何にも、誰にも妥協しません。女癖の悪さも、酒癖の悪さも、ちょっと我が儘なところも、裏返せば、とても素直だということです」
桃太郎は呆気にとられた。
「なんか、仏様みたいっスね」
「ひぇっ!? いえいえそんな滅相もないっ! わたしなんてまだまだ……。……神獣とはいえ、神の世界では新参者ですし、元は人間です。仏さまにも白澤さまにも、全く及びません」
「そういうもんですか? 俺からすれば、薺さんも十分に神様ですけど」
「ほっ、えっ、はわわ……っ」
薺は反応に困り、真っ赤に染まった両頬を両手で押さえた。
そこに……
「ふふふっ、本当に心の真っ白な可愛い子。白澤様が大事になさるワケだわ」
聞き覚えの無い女の声が響いた。
薺と桃太郎は、居住スペースへと続く扉を振り返る。
そこには、誰もが振り向きそうな絶世の美女が立っていた。
薺が笑顔で声を掛ける。
「おはようございます! 妲己さま」
「えぇ、おはよう」
桃太郎は戸惑い気味に薺に訊いた。
「あ、あの、誰ですか?」
「『
「へ、へぇ、そうなんスか……」
「あ、そうでした。狐御前さんは、昨日初めて入ったお店なのです。桃太郎さんがご存知ないのも無理ありません」
「……俺としては、白澤様より薺さんの方が店を把握してることに驚きですけど……」
「うふふっ、白澤様なら、まだお休み中よ。起きたら、帰ったって伝えてちょうだい。請求書は置いてあるから」
薺は満面の笑みを浮かべる。
「はい、伝えておきます。長らくありがとうございました!」
「お礼なんていいのよ。これも仕事だから。ふふふ」
「あ、そうです!」
薺は商品棚に駆け寄り、背伸びして小瓶を取った。
中には錠剤が数十錠入っている。
それを持って、妲己のところへ走り寄る。
「こちらを差し上げます! いま、女性の方々に大人気の栄養剤でして、疲労回復に効くだけでなく、健康にもお肌にもいい成分を、ぎゅっとつめこんであるのです! 特にお疲れになった日、お休みになる前にのんでみて下さい! よくじつ、からだが軽くなりますよ!」
「まぁ。頂いていいの?」
「はい! これからも末永くお美しいままでいてください! それから、どうぞ白澤さまを、今後ともご贔屓におねがいいたします」
言って、ぺこりと頭を下げた。
妲己はにっこり笑って、薺を引き寄せる。
「ほんと、かわいいわねぇ。ウチの店に頂いて帰りたいわ~」
「ひぇっ、あ、いえっ、それは……」
妖艶な香木の香りが、薺を包み込む。
薺はあたふたと目を泳がせた。
「うふふっ、冗談よ」
妲己は薺の頭をポンポンと撫で、ふわりと離れていく。
「お邪魔様。お薬、ありがとう」
「は、はい! またのお越しを!」
薺は店の出入り口まで、丁寧に見送った。
桃太郎はその隣に並び、同じく妲己の後ろ姿を見送る。
「……なんか、ミステリアスな方でしたね」
「はい。……そこがよいのでしょうね……」
薺の目が、僅かに哀愁を帯びる。
「? 何か言いました?」
パッと、薺はいつもの笑顔に戻る。
「いいえ、何でもありません。開店準備、再開しましょう!」
「あ、はい!」
それから数時間後の、夕日が迫る頃。
"ガタッ……ドタタタタタッ"
"バンッ"
突然、店から居住区へと続く扉が開いた。
桃太郎が肩を揺らす。
「ぅおっ!? 白澤様!?」
寝起きらしい白澤は、桃太郎に答えることなく、青白い顔でトイレへ駆け込む。
"ガチャッ、バタンッ!"
『………おえろろろろろ…』
「「……」」
薺と桃太郎は目を見合わせ、呆れ顔で苦笑した。
「すみません桃太郎さん。黄連湯、おねがいできますか?」
「分かりました」
桃太郎が鍋や材料を取り出す傍ら、薺は水を注いだコップとタオルを持って、トイレに向かう。
"コンコン"
「白澤さま、入りますよ~?」
"ガチャ"
扉を開けると、白澤は真っ青な顔で、便器に向かってペコペコ頭を下げていた。
「……
薺は白澤の背をさすり、苦笑する。
「ふふっ、
「…ぅぅ………[#RUBY=請原諒我小薺~_ゆるして薺ちゃ~ん#]…」
「
「ぅぐっ、おえろろろろろ……」
薺は呆れた笑みを浮かべながらも、白澤の背中をさすり続けた。
「
「うぅ~~~……っ」
やがて、少し良くなったのか、白澤はトイレから出てくる。
薺も、後始末をして出てきた。
「……ごめんね、ありがと……」
「ふふっ、いいえ」
椅子を二つ並べ、横になる白澤。
薺は冷凍庫から氷枕を出してきて、白澤の額に乗せた。
「はぁ~~……気持ち~~……」
桃太郎が黄連湯を入れた湯呑を持ってくる。
「手慣れてますね、薺さん」
「あ、ははは……800年もくりかえしていれば、おのずと……」
「思うんスけど、白澤様って、日頃の不摂生が原因で薬に詳しくなったんじゃ……」
「んん……違う……毎晩女の子と遊んでたら体力がもたなくて……元気になる薬作りまくってたら、別件で色々できた」
「最低だこの男」
「進歩ってのは、欲から生まれるんだよ? パソコンだって、仕事目的よりエロ動画見たさの方が、遥かに上達が早いでしょ?」
「知りませんよ。清廉潔白な薺さんを見習ってください」
「あ"~~大きな声出さないでぇ桃タロー君」
「あぁ、すいません。……ていうか、何なんスか? そのタオタローって」
「ん~? イイじゃない、
「"タオ"は、中国語では桃を意味しているのです」
「へぇ~」
「タローは日本ぽいから好きなの、僕。シロちゃんもシローの方がいいよ」
「俺が長男でシロが四男!?」
「それは、桃太郎さんが犬になるのですか? それともシロさんが人間になるのですか?」
「問題そこじゃありませんよ!?」
「ぅぐ……っ、やばっ、また気持ち悪くなってきた……」
「黄連湯が吸収されるまでは、まだ少しつらいかもしれませんね」
「全く、これじゃあ鬼灯さんにとやかく言われても言い返せないっスよ?」
「アイツは鬼だよ? ウワバミさ」
「じゃ、一つ負けてますね」
白澤の眉がピクっと動いた。
「まだイケるよ! 迎え酒だ!」
「はぁ!?」
「衆合地獄まで飲みに行く!」
「何でわざわざ! 近所に天国名物、
「あれ大吟醸オンリーじゃん! もっと色んなのをちょこっとずつ楽しみたい!」
「女子か! 真の飲兵衛は、ひたすら清酒を仰ぐわ!」