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第三巻
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ある平日の閻魔庁。
椿は裁判の補佐を務めていた。
『非常警報! 非常警報! 黒縄地獄の亡者16名が脱走! 繰り返します―――』
突然、閻魔殿内に響き渡った放送。
閻魔はキョトンと、天井のスピーカーを見上げた。
「16人て、結構な数だねぇ」
隣で、椿は舌打ちする。
「また脱走かよ……今月5件目だぜ?」
16人も一斉に脱走したとあっては、早急に手を打たねばならない。
椿は亡者の記録をその場に置いた。
懐から、最近鬼灯に持たされた携帯を取り出し、掛ける。
三回のコール音の後、よく知った声が出た。
『はい』
「あ、鬼灯? お前今どこにいる?」
『大叫喚地獄ですが?』
「あー……やっぱ何でもないわ、こっちで対処する。悪かったな」
『そうですか』
「んじゃ」
『はい』
"ピッ"
椿は携帯を切って、懐に仕舞った。
「大王、しばらく一人で頼む」
「え~っ!?」
「別に問題ねぇだろ? 記録はここに積んであっから。んじゃ」
「ちょっ、ちょっと椿ちゃん!?」
青ざめる大王に有無を言わさず、椿は裁判の間から走り去った。
「まったくもう……」
「閻魔様、判決をお願いします」
「えっ、あぁ、ちょ、ちょっと待ってね……」
閻魔は慌てて記録を読み返し始めた。
記録はいつも、補佐をする鬼灯や椿が覚えているため、閻魔はほとんど把握していないのだ。
「時間かかりそうだな……」
「言うなって。最近よくあることだ」
獄卒たちは諦めの境地で、亡者を抱え、じっと立っていた。
「急いで門を封鎖しろ!」
「手が足りねぇ! 他の部署にも連絡を!」
黒縄地獄は大騒ぎ。
獄卒たちが走り回っていた。
椿はそのうちの一人の首根っこを掴む。
「おい、状況は?」
「え? あっ、椿様! 来てくださったんですね!」
「いいから早く言え」
「あっ、はい! 3カ月前に入獄した亡者が、仲間を集めて周到な作戦を練り、脱走を図ったらしいです」
「仲間と作戦? 拷問受けながらどーやってンなことすんだよ」
「えっ、あ、いや、それは……」
目を泳がせる獄卒。
椿の瞳が鋭く光った。
「手ぇ抜いてたな?」
「……。……申し訳ございません」
最近はどこの地獄でも、手抜きが酷い。
というか、マニュアル以上のことをしない獄卒が多いのだ。
拷問がルーティン化し、形式さえ守ればいいと思っている獄卒たちは手抜きを覚え、亡者たちは、獄卒の業務の隙を見出し始める。
獄卒が亡者の抑止力になっていない。
「きっ、来ました! 脱走者です!」
獄卒が一人、報告に走ってきた。
指さす方を見れば、16人の亡者が、獄卒から奪ったのであろう武器を手に、走ってくる。
先導しているのは、日本人にしては大柄な男だ。
椿はその顔に見覚えがあった。
「あ~、アイツか。最初に釘刺しときゃよかったかな~」
「ど、どうしましょう椿様っ」
「あたしの半径5mから出とけ。全員な」
「「え?」」
「早くしろよ。亡者と一緒にミンチにしちまうぞ?」
言って、担いでいたハンマーをくるりと回せば、近くに居た獄卒たちは青ざめて離れていった。
「どきやがれ! そこの
先導している男が叫ぶ。
亡者たちは奪った武器を振り上げ、椿の方へ突進していった。
しかし椿は、顔色一つ変えない。
近づいてくる亡者たちをじっと見据え、無表情のまま、ハンマーを振り上げ、
振り下ろした―――
"ズチュッ"
「「「………え…」」」
亡者たちは、思わず足を止めた。
先導していた男の右隣。
ひょろ長い印象だった男が、ただの肉塊に成り下がっている。
「誰を潰すって?」
「「「 ! 」」」
亡者たちの肩が震え始めた。
"ガシャン……ゴトンッ"
一人、また一人と武器を落としていく。
「お前らがここを出て、どこに行きたかったのかは知らねぇが、逃げ場なんてどこにもねぇぞ?」
返り血を浴びた顔で、椿は口角を上げた。
赤い瞳に捉えられ、亡者たちは青ざめて後ずさりを始める。
けれど、先導していた男は、何とか反論に出た。
「そっ、そもそも俺らが何をしたって言うんだ! そりゃ確かに盗みはしたけどっ、誰も殺しちゃいねぇし、反省もした! お前らの判決は間違ってる!」
椿はため息をつき、話し始めた。
「12月5日。"へへっ、あのババァ、俺が盗んだことにまだ気づいてねぇ。こりゃもう一回いけるな"」
「なっ」
「2月21日。"あのクソ店長、消しゴム一つで警察まで呼びやがって"」
「そ、それはっ……」
「人間にはな、生まれた時から倶生神っつー2人の神がついてんだ。男神『同名』は善行を、女神『同生』は悪行を記録する。んで、その記録はあたしら補佐官の頭に記憶されるわけだ。お前のこともキッチリ覚えてんぞ? 累計156回の盗みをしながら、裁判じゃ3回しか盗んでねぇと嘘をつき、趣味で隠れてポエム書いてた、多香宮 塔太郎?」
男はカっと赤面した。
墓場まで持って行きたかった、秘密の趣味まで知られているなんて……
「罪を犯しても反省の色は全く無く、平気で大嘘つきやがる。地獄に落ちて当然だ」
椿はハンマーをくるりと回した。
「さぁて。あたしも忙しいからな。さっさと戻ってもらおうか……。おーい、門開けろ」
門番に向けて声を張ると、門番は戸惑いながらも指示に従う。
"ギイイイィィィ…"
開かれた門に、亡者たちはビクついた。
前には鬼、後ろには地獄。
逃げ場を失い、立ち尽くすのみ。
「覚悟しろよ? お前ら。脱走者には、より一層厳しい拷問が待ってるからな」
冷ややかな声で言って、椿はハンマーを振りかぶった。
"ヒュッ―――ドドドドドドッ"
「「「ぎゃあああっ!」」」
野球ボールの如く、亡者たちは吹き飛び、吸い込まれるように黒縄地獄の門を通り抜けていく。
「よーし、完了。閉めていいぞー」
言われるがまま、門番は重たい門を閉めた。
……そんな、大取り物の一部始終を、離れたところから見ていた一人と一羽。
「どうでした? あれが椿さんです」
「噂に違わぬ素晴らしい力でした。あの方のような女性に、もっと増えて欲しいものです」
「……それはそれで困りますがね」
一人と一羽は、椿の元へ歩み寄った。
「お疲れ様でした」
「ん? おー、鬼灯。もう大叫喚から戻ってきたのか?」
「えぇ。今日はこちらの
「初めまして、椿様」
白い兎が、椿の足元でぴょんぴょこ跳ねた。
「へぇ、かわいいじゃねぇか」
椿はしゃがんで、芥子の頭を撫でる。
「椿様のお噂はかねがね。先ほどの一件も、お見事でした」
「ん、サンキュ。……にしても、拷問研修って何の話だ?」
「最近、どの部署でも拷問がヌルくなってますからね。一度叩き直してやろうかと」
「それでこの兎……芥子、だっけ? 出させるのか?」
「えぇ。芥子さんは大叫喚地獄の
「ほ~。まぁ最近のユルみはヤベェからな。今の脱走も拷問がヌルかったせいだしよ」
「脱走のたびに私たちが対処に向かうのも、骨が折れますからね」
「だな」
椿は芥子に視線を戻した。
「そんじゃま、頼むぜ? 芥子。しっかり叩き直してやってくれ」
「はい。精一杯やらせて頂きます」
―――後日。
再研修に呼ばれた獄卒たちは、その日以来、兎を愛でることが出来なくなったそうな……
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