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第一巻
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初めまして。
私はサタン。EU地獄の王だ。
今日は日本の地獄へやってきた。
「ようこそおいで下さいました! 私が日本の地獄を治めております、閻魔です」
「急にお邪魔してしまって申し訳ない」
「いえいえ」
「これ、つまらないものですが」
「そんなお気遣いなさらずとも。ご丁寧に、ありがとうございます」
サタンはEUからの手土産を閻魔に渡した。
そのように、表面上は好意的なのだが……
(フン、コイツが閻魔か。見るからに人が好さそうだ。いずれは東洋も俺の傘下に収めてやるつもりだが……こりゃ肩透かしなくらいだな)
……と、腹の中は真っ黒だった。
それを知ってか知らずか、閻魔はにこやかに続ける。
「もっとゆっくりお話ししたいところなのですが、私も忙しい身でして。案内は部下にさせましょう」
(フン、目的は偵察だ。案内は誰だろうとかまわん)
「是非、ご自由に見て回って下さい」
(そうするつもりだ)
「こちらが、私の補佐官の鬼灯です。優秀な部下ですから、安心して下さい」
鬼灯はサタンの前に進み出た。
「よろしくお願い致します」
(ふむ、治国に有能な片腕はつきものだ。ついでにコイツもよく観察しておこう)
というわけで、鬼灯の案内に従い、サタンは地獄巡りを始めた。
(……にしても、コイツ鬼にしちゃ細っこい奴だな。簡単に潰せそうだ)
サタンがそう思った瞬間、タイミングを合わせたように鬼灯が足を止めた。
「サタン様は大きくていらっしゃいますね。私などとても小さく見えるでしょう」
「え……あぁ、うん……そうだね」
平常心を装ったサタンだったが、とてもじゃないが心中穏やかではいられなかった。
(……何だコイツっ、もしや私の心を見透かして……いや、まさかな。……でも、最近の漫画やRPGだとこういうのが最強だったりする。冷静・切れ長・丁寧口調……油断できんな)
サタンは最近、日本のゲームにハマっているのだ。
「着きましたよ、サタン様」
「え、あぁはい」
「こちらが名物『熱湯の大釜』です」
「おお、あの有名な」
「暑いですから、お気をつけ下さい?」
鬼灯は、厚くて重たい扉をすまし顔で開いていった。
痛みすら感じさせる熱い煙が、扉の隙間から立ち込める。
そして……
「あちゃちゃちゃっ!」
……何だか、さっき聞いたような声が焦燥を帯びて響いてきた。
(なっ……)
見れば、大釜の中で閻魔が暴れている。
「おっ、おちっ、落ちたぁぁ!」
周囲の鬼たちも、どう助けたものかとオロオロしていた。
やがて、鬼灯を見つけた閻魔が叫ぶ。
「あっ、鬼灯君! ちょうどよかった! 助けて!」
「……」
鬼灯は無表情のまま閻魔を見つめる。
それを不思議に思い、サタンはそっと尋ねてみた。
「だ、大丈夫なの? アレ……」
「……ほら」
「え……?」
「ご覧ください」
「何を……?」
「あれが天下の……」
「ちょっと鬼灯君てば!」
「閻魔大王です」
(シカト!?)
「ちょ、鬼灯君! 冷静に解説してないで助けてよ!」
「お客様の御前ですよ、みっともない。今後のためにも、自力で這い上がって下さい」
「今後はないわっ! いいから助けんか! アホタレ!」
すると、鬼灯の表情が一気に暗転する。
「……チッ、閻魔大王も年貢の納め時か」
「すみません、お助け下さい……」
一瞬で主従が逆転した。
鬼灯は短くため息をついてから言う。
「別に私が助けなくても、そろそろ……」
"ヒュゥ…ッ―――ドスッ"
何かが降ってきた。
もうもうと煙る土埃の中から、そいつは現れた。
「あー、いたいた。何してんだ大王」
身の丈以上のハンマーを担いだ、女。
そいつが着地したと思われる場所は、石造りのはずなのに大きく凹んでいる。
鬼たちがアワアワと駆けつけた。
「ちょっ、椿様! 面倒だからって毎回飛び降りて来ないで下さい! また大穴が……」
「ぁあ? んなモン直しゃいーだろ」
「あぁ椿ちゃん! 助けて!」
「ンだよ、落ちたのか? なっさけねぇな」
「すいません……」
椿は釜の横の脚立に登り、閻魔を引っ張り上げた。
その様子を見ながら、鬼灯はあることに気づいて釜のふちを指さす。
「言い忘れてましたが、気をつけて下さい。そこ、滑りますんで」
"ズルッ、ドサッ"
「……遅いよ……鬼灯君」
「
サタンは内心で焦りっぱなしだった。
(何なんだコイツらはっ……私、部下にあんな扱いされたら、泣く!)
「あ、ほらほらそこ! 拷問は手を抜かないでしっかりやる! こうです、こう!」
鬼灯は閻魔目掛けて金棒を振り下ろした。
"ガッ、ガァンッ"
「ちょ、鬼灯君……」
「あぁ、すみません。わざとでした」
「オラ、油売ってねぇで戻るぞ大王。裁判待ちの亡者が詰まってんだから」
「痛っ、ちょ、椿ちゃん引きずらないで! ちゃんと歩くから!」
……というわけで、閻魔大王、強制退場。
(こ、こここ怖い! 何なのココ! ジャパニーズ、何考えてんのか分からない! 悪魔の子たちっていい子なんだなぁ……ゲームのセーブデータ消されたくらいであんなに怒るんじゃなかった……)
「―――ン様……サタン様」
「ひぁっ、は、はい!」
「大変失礼致しました。そろそろお昼になりますし、食堂へ参りましょう。お食事をご用意させて頂いています」
「おぉ、それはかたじけない」
そうして、食堂へ向かう途中。
"サワサワ……"
「……」
「……」
"ピチピチ…ピチッ"
「あ、あの……」
「はい、何でしょう」
サタンは思わず訊いてしまった。
「あれは何なんだね? 小刻みに揺れているように見えるんだが……」
「あぁ……」
鬼灯は、その揺れているものを一本
「金魚草です」
「えっ!? こんなんだっけ!?」
「観賞用ペットです。私が趣味で品種改良を施しました」
「ひいいぃぃっ、誰が飼うんだこんなの!」
「体格を競う大会もありますよ?」
「そんな人気なのコレ! ジャパニーズはすぐわけの分からん大会をする……」
「EUだって、わけの分からない大会をたくさん開催してるじゃないですか。奥さん運び大会とか」
「ぅ……まぁ、否定は出来ないけど……」
「それより、お料理が冷めないうちに」
鬼灯は、サタンのために貸切った食堂の扉へ手を掛けた。
"ギィッ……"
「ぬぁっ!?」
扉の隙間から見えたものに、サタンは青ざめて息を呑んだ。
目の前にどい~んと現れたのは、全長1mを超える巨大な金魚……
「今年の優勝物です」
「食用なのコレ!」
軽くショックを受けながらもよく見ると、テーブルには、閻魔と先ほどの女がついている。
「どうぞお座り下さい。私たちも御相伴にあずかります」
「美味いっすよ、コレ」
「あっ、もしかして菜食主義でしたかな?」
「え、サバトで肉は召し上がってるはずですよね?」
(そういう問題じゃねぇぇぇっ!)
しかし、サタンとしてはナメられるわけにはいかない。
「いや~あはは、美味しそうですねぇ」
そう言いながら席についた、次の瞬間……
"シュッ……スパン!"
目の前で金魚が真っ二つになった。
「おふっ!?」
突然見せられた実写グロ映像に、口元を押さえるサタン。
「それでは、日本名物の解体ショーを」
よく見れば、鬼灯が刀くらい長い包丁を握っている。
椿がはやし立てた。
「いよっ、大将~! 美味い金魚料理、頼むよ~?」
「そんなに煽てても、何も出ませんよ?」
そう言いながら、手元は光の速さ。
わずか数秒で、それぞれの目の前に寿司が並んだ。
(ひぃぃぃっ、ジャパニーズ匠!)
「いやぁ、鬼灯君は何でも出来るんですよ」
「久々に食ったわ、鬼灯の作るメシ。相変わらず美味いな」
(って、この女の子の食べてる量ハンパないんだけど!?)
「何でもなんて出来ませんよ。あまり褒めないでください。手元が狂います」
(どこが狂ってんの!? かつら剥きされた大根が曼珠沙華になってんだけど!?)
そこで、サタンはハっとした。
(いかんいかん、これではカルチャーショックを受けているだけじゃないか。目的を忘れるな、サタンよ!)
「ゴホン……すまないがトイレを」
「あぁ、突き当たりを右です」
サタンは一度席を立ち、トイレへ向かった。
言われた通りに廊下を進み、突き当たりに差し掛かる。
(ん、ホオズキのマーク? ……あぁ、アイツの部屋か。……ちょうどいい、覗いてやれ)
"ギィ……"
部屋に踏み込むと、目の前に物の山が姿を現した。
(ほう、薬学にも造詣が深いのか。やはり侮れんな……)
一体どんな薬学を学んでいるのか。
適当に、一番上にあった巻物を取ってみた。
「なになに? 鬼の万病薬……」
材料:蘭虫、冬虫夏草、牛の目……
サタンを干したもの
「ほぎゃあああああっ!!」
このままでは干されてしまう。
そう思ったとき……
「サタン様?」
背後でバリトンボイスが響いた。
サタンは冷や汗をかきながら振り返る。
「ひぃ……っ」
そこにいたのは、炭火七輪を手にした鬼灯。
「今、炙る準備をしますので」
「オーマイゴーッド!」
サタンはEU地獄へと一目散に走り出した。
「おや、もうお帰りですか? またいらして下さいね。……ていうか、サタンがオーマイゴッドって」
鬼灯は、サタンが落とした巻物を拾い上げる。
「……あ。コレ、サタンとサンタを書き間違えてる」
「おーい鬼灯~、七輪まだか~?」
「あぁ、椿さん」
「あり? 声がしたからてっきり、サタンの大将も一緒だと思ったが」
「サタン様なら今しがた帰られましたよ」
「ふーん。それより早く炙り金魚やってくれよ!」
「貴女さっき、金魚寿司250艦も平らげたじゃないですか。まだ食べるんですか?」
「足りねぇよあんなんじゃ」
椿は鬼灯の手から七輪を抱き取り、スキップで食堂へ戻っていった。
「困った大食らいですね……」
しかし、楽しそうな背中を見ていると、頬が緩みかける。
鬼灯は椿の後を追い、ゆったりと食堂へ歩いていった。
→ 第二巻:7. 地獄四谷タクシー怪談