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序章
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―――それは、昔々の大昔。
現代より約4000年も前の、神代の頃のお話―――
「ん~……暇だ」
鬼や亡者、他にも様々なあの世の住人が暮らしている場所、黄泉。
そんな黄泉の一角で、鬼の少女が一人、果物を齧りながら岩場を歩いていた。
身の丈は140cm前後。
肩を少し過ぎるくらいの真っ直ぐな黒髪と、二本の牙。
頭には手拭いが巻いてある。
外見は12歳ほどで、まだまだあどけなさの残る顔立ちをしていた。
しかし、瞳には年相応の輝きが感じられず、動作も緩慢で、気だるげなオーラが前面に押し出されている。
少女は、齧り終わって芯だけになった果物の残骸を、適当に投げ捨てた。
"コツン"
「ぁてっ」
果物の芯は、すぐ近くで談笑していた三人の鬼のうち、一人の頭に直撃した。
「ん? おー、
少女は棒読みで謝りながら近寄っていく。
しかし……
「いっ、いえっ、こちらこそすいません!」
「今度から気をつけますから!」
「命だけは…っ」
鬼たちは足腰ガクブルで、必死に謝り始めた。
少女はピタリと足を止める。
「……」
悟ったような目でため息をつくと、少女は
華奢な背中が遠くなると、鬼たちは深いため息をつく。
「あっぶねぇ~……」
「殺されるかと思った……」
「なぁ聞いたか? アイツがこの間、二つ向こうの山でいきなり暴れ出したって話」
「聞いた聞いた。結局、アイツ一人に鬼が二十人以上もボコられたんだろ?」
「触らぬ鬼神に祟りなしってヤツだな」
「ははっ、上手いこと言うな。けど"鬼神"じゃなくて"神"だろ?」
「意味分かってんならツッコむなよ、恥ずかしいから……」
「ははははっ」
……鬼たちの話が、聞こえていたのか、いなかったのか。
少女は再び小さなため息をつき、黄泉と現世を繋ぐ出入り口を、くぐり抜けていった。
その先は、現世の山に繋がっている。
「……そういや、もうすぐ夏か」
じわりと、仄かに暑い空気。
自分を取り囲む山の木々は、青く精力的に茂っていた。
少女は辺りをぐるりと見渡して、適当に歩き始める。
その足運びには慣れが感じられるため、現世に来るのは初めてではないようだ。
しばらく歩いていると、少女の目の前を子供が通りかかった。
子供は少女に気づくと、やれやれと言いたげな笑みを浮かべて、トコトコ歩み寄って来る。
「椿様ったら、また来たのですか?」
「よォ、
少女は親しげに子供に手を振った。
実際は子供ではなく、数億年という長い年月を生きてきた木の精霊だ。
「久しぶりじゃないですよぉ。つい三日前に会ったじゃないですか。……というか、暇だからってちょくちょく現世に来るのやめて下さい」
「だって暇だもんよ」
「ですからぁ……」
木霊はどう説得したものかと肩を落とした。
少女は近くの木の葉をいじりながら言う。
「お前、この間は好きな時に来ていいっつってたじゃねぇか」
「えぇまぁ。来て下さるだけなら一向に構わないんですよ。……ただ、こっちに来るたび、人間たちにイタズラするのはやめて下さい」
「バレねぇように上手くやってんだから、問題ねぇだろ?」
「そこが問題なんですよぉ……」
木の葉をいじっていた少女の手が止まった。
「……問題?」
「あなたの見えないイタズラは、人間たちにとっては正体不明の、まさしく恐怖の象徴なんです。それを神の祟りだと思い込み、生贄を立てる村が増えているのですよ」
「……」
少女は木霊から視線を外し、いじっていた木の葉を見つめた。
しかしその瞳は、目の前の木の葉どころか、何も映してはいない。
木霊は少女の背中を見つめた。
数億年という人生経験を持つ彼にかかれば、少女が多少なりとも責任を感じていることを読み取るのは、難しくない。
「お寂しい心境は分かりますが、生者を巻き込んではいけませんよ?」
「……」
「ここまで噂が届いています。先日、黄泉で派手に暴れられたそうですね」
「……」
ずっと無言のままの少女に、木霊は親のような心地になる。
「
「……」
少女は黙ったまま動かなかった。
そういった状況に慣れているのか、木霊は少女から話してくれるのをじっと待つ。
やがて、1分ほどすると、少女はようやく話し始めた。
「……鬼がさ、何人か寄ってたかって、亡者をいじめてやがったんだ」
木霊は黙って話を聞く。
「……いじめられてたそいつは、悪いヤツじゃなかった。
木霊の方を向いた少女の顔には、引きつった笑みが浮かんでいた。
「まぁ、だからって鬼がみんな悪いとは思わねぇよ? 鬼の中にもいいヤツは山ほどいる。逆に悪い亡者だっているんだ。……けどよ、何で上手く噛み合わねぇんだろうな、ははっ」
……亡者の人口増加。
ゆるやかながらも確実に進行しているそれが、昨今の黄泉を混乱させていた。
生前に悪行を働いた亡者は、黄泉に来てからも悪行を繰り返す。
おかげで黄泉の住人の中に、『亡者は全て悪者』と思う者が出てきたのだ。
少女の悪評を増やすことになった先日の一件も、そうした差別意識が根本原因にある。
鬼の少女・椿は、元は人間だった。
享年12歳。
彼女は、村を天災から救うための生贄として捧げられた。
家族は悲しんでくれたし、幼い頃から生贄になることは良いことなのだと刷り込まれてきたため、恨みなどを感じることはなかった。
のちに死体に鬼火が入り込んで、椿は鬼になったのだが……
……なぜか、牙は生えても、角は生えなかった。
その上、鍛えているわけでもないのに、他の鬼より力が強く、大量の食事を必要とするなど、周囲とは一線を画す。
死後数日で木霊に発見され、黄泉に導かれた椿は、何となく鬼たちと馴染めなかった。
思ったことをすぐ言動に移してしまう性格と、全てを薙ぎ倒す怪力が、最悪のマッチングとなってしまったのだ。
時には優しく歩み寄ってくれる鬼もいたが、思ったことをすぐ言ってしまう椿に、幾度となく精神攻撃を食らって、みんな離れていってしまった。
そうして黄泉に居場所を見い出せなくなった椿は、よく現世に出るようになったのだ。
「……みんな、お前みたいな奴ならよかったのにな」
もともと現世とあの世を行き来している木霊は、両方の住人と接しているからか、あまり差別意識を持たない。
椿にとって木霊は、自分をありのまま受け入れてくれた、初めての存在だった。
何かを堪えるように椿が笑うと、木霊は暖かい笑みを見せる。
それだけで、椿は救われた気分になった。
「あなたは不器用なのですよ。ですが、その分、率直なところは美点でもあります。あなたが変わるか、あなたを認めてくれる者が現れるか、どちらに転ぶか分かりませんが、長い時間を掛ければ、自ずと解決していくでしょう」
「気が
「木の精ですからねぇ、フフ」
「って、あたしも鬼になったからには、死ぬほど時間があるのか、はははっ」
椿はわざと声を出して笑うと、木霊に背を向け、歩き出した。
木霊は慌てて手を伸ばす。
「あ、ちょっと! そっちは人里ですよ!? 人間にイタズラしないでって言ったじゃないですか!」
「しねぇよ。暇つぶしに見てくるだけだ」
「……なら、いいですけど……」
伸ばされていた腕が、ゆっくり落ちた。
去っていく椿の背中を見つめ、木霊は、ふと思いついたように声を張り上げる。
「椿様! またいつでも遊びに来て下さいね! 人里に降りるのはオススメしませんけど、山は何者も拒みませんから!」
椿はフッと笑って、歩きながら手を揺らした。
「あぁ。またな」