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第七巻
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ある日の昼。
唐瓜と茄子は、閻魔庁の食堂で、シロに声を掛けられた。
「ねぇねぇ、唐瓜さんと茄子さんてさぁ、なんで子供なのに就職してるの?」
唐瓜と茄子は、互いに顔を見合わせてから、困ったように笑う。
「俺たちは小鬼って種類の鬼だよ」
「子供に見えてんのかぁ、俺たち……」
その後、シロは、唐瓜と茄子と一緒に昼食を摂った。
食べ終わるや否や、流れるように裁判の間へ走り、昼休憩前に仕事をやっつけている鬼灯と椿の元へ向かう。
「ねぇねぇ鬼灯様、椿様、知ってた!? 唐瓜さんと茄子さん、小鬼って種類なんだって!」
「えぇ、そうですね」
「小鬼なんて珍しくも何ともないだろ」
「えっ、知ってたの!?」
そこに、シロを探していたらしいルリオと柿助が合流した。
「あのなぁ、お前が知ってるようなことを、鬼灯様たちが知らないわけがないだろ」
「え~? ……俺は二人とも子供なのに働いてて偉いって思ってたのに……」
椿が読み上げる裁判記録の亡者の名前を、鬼灯がリストと照合してレ点を入れながら、シロが疑問に思っているであろうことに答える。
「子供は採用しませんよ。……というか、どこからが大人かというのは、鬼の場合、明確ではないんです。鬼獄卒の採用条件は、『寺子屋を卒業』又は『他の職に就いたことがある』に当てはまる者ですから。鬼は体格や骨格もまちまちで、必ずしも年齢に比例して見た目が変わるわけでもありませんし、成長スピードも違ったりします」
いつの間にか合流していた唐瓜が、自分を指差して教えてやった。
「俺の親父も小鬼だから、顔は老けてるけどチビだよ」
「へぇ~そうなんだ! てっきり子供だと思ってたよ、ごめんなさい……」
「まぁ、鬼の中じゃまだまだ若いし、間違っちゃいねぇよ、気にすんな」
茄子はのほほんとした顔のまま、シロの傍にしゃがむ。
「俺はハーフなんだ~」
「え、そうなの!? 親は誰!? 喪黒福造!?」
「母ちゃんが小鬼で、父ちゃんが朧車」
「朧車!? え~、あ~……でもそういえば顔が……」
「父方はみんな朧車で、母方はみんな小鬼なんだよね~」
「いや、ていうかどうやって!? どうやって成立したのそれ!?」
「どうやって……? いや、普通に夫婦やってるけど……」
「今度実家に遊びに行っていい!?」
「うん、いーよ~」
茄子の両親に興味津々なシロを、引き気味に見つつ、ルリオも気になったことを鬼灯に訊いてみる。
「鬼って何種類くらいいるんですか?」
「私も全て把握しているわけではありませんが……」
裁判記録のチェックが終わり、リストを見返した鬼灯が椿を見ると、椿は首を横に振った。
それだけで、"前の四件が長引いて、午前の裁判の予定人数に達していない"、という意図を汲み取った鬼灯は、午後の裁判予定を修正しつつ、ルリオの疑問に答えていく。
「赤鬼もいますし青鬼も……奪魂鬼・奪精鬼・縛魄鬼なんてのもいますね」
ルリオは、これが本当の阿吽の呼吸か、と二人のやり取りを見ていた。
(それも凄いが、手を止めずに会話できるって、頭の中どうなってるんだ……)
「八寒地獄に行けば、雪鬼というのもいますよ」
「雪鬼?」
「字の如く、雪の鬼です。寒い地域に特化した種類なので、地獄では主に八寒地獄で生まれ育つ方が多いです」
シロが、角の生えた雪だるまを想像する。
「へぇ~、会ってみたいな~」
「会いますか?」
「え!?」
「近々、八寒地獄の本部へ伺おうと思っていたので。八寒への訪問は天候に左右されるのですが、明日は珍しく吹雪が弱まるようなので、急ですけど明日伺おうかと」
「何しに行くの?」
「椿さんの紹介と、『今後も宜しく』と釘を刺…挨拶をしに」
「釘を刺すって言いかけなかった……?」
「おい鬼灯、あたしも行くのか?」
「えぇ、急ですけど、明日行きます」
「え~、
「防寒着はちゃんと用意しますよ。それに、シロさんたちが来てくれるなら、いざというときカイロになってくれますし」
「防寒着って動き辛ぇから嫌いなんだよな~」
「明日だけですから、我慢して下さい」
「……へーい」
というわけで、翌日。
鬼灯に椿、不喜処トリオ、そして、非番の唐瓜と茄子が、八寒地獄に向かうことになった。
昔ながらの
「うわ~寒いね~」
「おいシロ、鼻水が凍ってるぞ」
「ん? わっ、ホントだ~! 見て見て~!」
「バカッ、振り回すな!」
そうしてはしゃいでいると、シロは誰かにぶつかった。
"ドンッ"
「あ、すいません!」
「いえ、こちらこそすみません」
スイっと隣を過ぎていったのは、女性。
「え……あれって、雪女?」
柿助が慌てて両眼を隠す。
「うわあああっ! 目を合わせるな! 石にされる!」
「それはメドゥーサですよ」
「あ! あっちに雪ん子がいるぞ!」
「あれって閻魔様か? ハイレベルな雪像作っとる……」
「ん? あっちにも誰か……え? 温泉入ってる……?」
積もった雪の向こうに、地面に丸い穴を開け、温泉にように浸かっている人影が見える。
しかし、妙なことに、湯気が全く出ていなかった。
鬼灯が目を細める。
「あれは……温泉ではないですね。ただ湖の氷に穴を開けて浸かってるだけです」
「ひぇぇぇぇっ!?」
猛吹雪の中、湖に浸かっている少年は、呑気に鼻歌を歌っていた。
「ん~、今日は割と暖かいな~」
シロは、少年をじっと見て首を傾げる。
「あれって、亡者?」
「いいえ、雪鬼ですよ」
「鬼? 角ないよ?」
「ありますよ」
鬼灯はスタスタと少年に近づき、一言も断ることなく頭を探り始めた。
「うおっ、アンタ誰だよう~」
「失礼」
髪をかき分けると、小さな角が見える。
「動物というものは総じて、寒いところにいるほど耳や角などは小さくなり、フォルムも丸くなるんです」
「「「へぇ~!」」」
「お、すっげぇ厚着。八大地獄の鬼だな?」
「こんにちは。
「そう~。今から出勤。朝シャンしてたんだよう」
シロが青ざめた顔でガタガタ震えた。
「あ、朝シャン……? これが……?」
一方、慣れているらしい鬼灯は、全く動じていない。
「
「春一だよう~」
「ブリザードしかないこの世界で……」
「いい名前だろうがよう、そっちこそ何しに来たんだよう」
鬼灯は自己紹介し、ここに来た目的を話した。
「へぇ、アンタ鬼灯様? いいよう、案内してやるよう。服着るからちょっと待ってて~」
雪鬼の春一は、ザバッと湖から上がり、見られているのも気にせず、傍に転がっていた服を身につけ始める。
不喜処トリオも、唐瓜も、茄子も、何だコイツ、と言いたげな表情で立ち尽くしていた。
鬼灯はというと、先ほどから一言も喋っていない椿の方へ振り返る。
椿は、目を瞑って両腕を
「大丈夫ですか?」
声を掛け、笠の下の顔を覗き込むと、薄く目が開く。
「……
「阿鼻の生活が長かった椿さんには、少し厳しかったですかね」
体が熱産生のために、いつも以上にエネルギーを消費しているのだろうと推測し、鬼灯は懐を探った。
「口を開けて下さい」
「ん……」
椿は再び目を閉じ、言われるままに口を開ける。
コロン、と、丸くて固い何かが口に入った。
カラコロと転がせば、濃いはちみつの味が口いっぱいに広がる。
寒くてお腹も空いて眠かった椿は、急激に頭が覚め、ゆっくりと目を開いた。
正面で自分のことを見ていた鬼灯と、視線が合う。
表情はいつもの無のまま変わらないように見えるが、安堵したように少しだけ雰囲気が柔らかくなるのが、椿には分かった。
「目は覚めましたか?」
「ん、あぁ……」
「食事は本部に着いたらお願いする予定ですけど、
そこに、春一の声が響いた。
「お~い、こっちだよう~」
どこから持ってきたのか、いつの間にかアイスを齧りながら、春一はゆらゆらと歩き出す。
不喜処トリオや唐瓜、茄子は、既に春一の後をついて歩き出していた。
鬼灯は、持っていた飴の袋を椿に渡し、一言忠告しつつ、先を行く唐瓜や茄子の後を追う。
「食べる時は一粒ずつですよ」
椿は、呆然と鬼灯の背中を数秒見つめ、手の内にある飴の袋を見下ろした。
……鬼灯の懐に抱かれていたその袋は、まだ少し温かい。
椿は、無意識のうちに頬を緩めていた。
「椿さん? どうかしましたか?」
鬼灯が一旦立ち止まって、振り返る。
「何でもねぇよ」
椿は小走りで鬼灯の元へ駆け寄り、ちびちびと飴をつまみながら隣を歩いた。
素人には道かどうかも分からない雪の中を、春一は迷うことなく進んでいく。
後ろから追いかけるシロは、春一が吹雪の中でアイスを食べているのを、不思議そうに見上げていた。
「あれって朝食なのかな……ねぇ、誰か聞いてみてよ」
柿助がぶんぶんと首を横に振る。
「嫌だよ、
唐瓜が深く頷いた。
「分かる……漫画とかだと、ああいう奴って飄々としてて危なくて意外と強いんだよな……どことなく鬼灯様や椿様に似た雰囲気を感じる」
小声で話していると、いきなり春一がこちらを振り返ったので、柿助と唐瓜はビクっと肩を揺らす。
「おう、そこ亡者いるよう、気をつけろ~?」
「え……うわっ!?」
「凍ってる!?」
亡者などどこにいるのだろうと思っていたが、右肩が触れそうだった雪の塊が、実は氷漬けの亡者に雪が積もったものだった。
「よく見ると そこかしこで氷漬けになってるぞ……」
「八大地獄とはまた違う怖さだな……」
鬼灯がすまし顔で知識を授ける。
「八寒地獄の構造は八大地獄と同じですが、全て寒さの地獄であるところが違います。……ちなみに、何故、頞哳吒・臛臛婆・虎虎婆という名か知っていますか?」
言われてみれば、と、唐瓜は首を傾げた。
「難しい意味っぽいとは思ってましたけど……」
「寒すぎて、アタダ、カカバ、ココバ、としか言えないという理由から、語感でつけられたそうです」
「超適当!? 絶対途中で面倒くさくなっただけですよねソレ!」
「インドの地獄を元に作られたのですが、イザナミノミコトも、寒くてどうでも良くなったんじゃないですかね」
「気持ちは分かるけどダメでしょ!」
そのとき、春一が立ち止まった。
「見えてきたよう、アレが八寒の本部」
そう言って指をさす先には、
周囲が高い雪の壁で囲まれ、強風に脅かされないよう工夫されていた。
何故か、広場には雪鬼たちが整列している。
それを見て、茄子が呑気に呟いた。
「すっげぇ集まってる。朝礼でもしてんのかなァ」
春一が、いーや、と首を横に振る。
「実は今日、獄内雪合戦の日なんだよう」
「雪合戦?」
鬼灯が、茄子の頭の上から覗くように広場を見下ろした。
「八大地獄の運動会のようなものでしょうか」
「鬼灯様よう、八大代表として参加してけよう」
「いえ、そこまでの暇は……」
「八寒はよう、な~んかいつも八大のオマケみてーだ。一回ちゃんと八大と勝負したっかったんだよう。ちなみに……」
春一は、近場の雪の塊からぶら下がっていた、長さ40cmほどの鋭い
「玉はコレ」
「参加します」
(((言うと思った……)))
鮮やかな手の平返しで食い気味に即答した鬼灯を、不喜処トリオや唐瓜、茄子は青ざめて見つめる。
一方、椿だけは、呑気な顔で最後の飴玉を口へ放り込んでいた。
→ 第八巻:57. 八寒地獄