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第六巻
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「……ん? あ、鬼灯様と椿様だ。……アレって何してるんスか?」
「ん、あぁ……もはや朝の風物詩だな」
朝。
始業前の閻魔殿、裁判の間にて、椿は丸椅子に座らされ、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。
その背後に立つ鬼灯は、椿の髪を水で濡らして梳かしながら、眉間にしわを寄せる。
「寝ないで下さい、椿さん。首が動くとやりづらいです」
「ん~ぁ~~~……」
椿はまだ寝ぼけているようで、返事も曖昧だ。
……最近、始業前にこうして鬼灯が椿の髪を整えるのが、朝の恒例行事化し始めている。
元々、椿は自分の
今朝も、裁判の間に現れた椿の髪は、左の髪が右側の二倍に見えるほど毛量が偏り、さらに、少なくなった右側の髪は、北斎の描く波のようなクセがついていた。
「あ、またご飯粒が……夜食摂りながら寝落ちしましたね?」
「ん~? ん~~……」
左側の髪に、小さめのおにぎりを巻き込んだかと思うほど、米粒が絡み込んでいる。
道理で、左側の髪が多く見えたわけだ。
鬼灯はこれ見よがしに舌打ちをすると、カピカピに固まった米粒を霧吹きの水でふやかし、
結局、髪全体を濡らすことになり、ついでにクセを消して、トリートメント剤をつけてドライヤーで乾かした。
……そんな一部始終を、裁判の間の端から眺めていた、唐瓜と先輩獄卒。
「……何ていうか、たまに思うんですけど、鬼灯様ってお母さんみたいですよね」
「あー……。俺的には嫁かな」
どちらにしても、性別が違う。
「世話焼き度が半端ないっスよね~……いや、世話焼かせる椿様が凄いんスかね……」
「どうだか分かんねぇけど、椿様の髪が鬼灯様のセットかどうかは、すれ違ったらすぐ分かるぞ」
「えっ」
「明らかにキューティクル違うし、なんかすっげぇいい匂いするから」
「そ、そうですか……」
そんな分析方法を身につけてしまっている先輩も、どうなのかと思う唐瓜。
そして……
(んー、何だろ……何か違和感あるような……)
眠そうに頭を揺らす椿を眺め、妙な違和感を覚えていた。
朝から髪の話をしてしまうと、案外と一日中気になってしまうもので、お昼どき、唐瓜は茄子と食堂で雑誌を見比べていた。
「ん~~……ストパーかぁ……楽そうだけど高いんだよな~」
雑誌記事や広告チラシを比較し、ちょっと行きつけの床屋を変えてみようかと考える。
茄子はきょとんと首を傾げた。
「ストパーとか要んの? 唐瓜は今も十分スッキリした髪型じゃん」
「いや、それがそうでもねぇんだよ。伸ばすと巻くから短くしてるだけで……」
「え、そうなの? 昔から短いから分かんなかったよ」
「親父がすげぇ天パなんだよ。姉ちゃんは縮毛矯正してる」
そうして話していると……
「直毛は直毛で大変ですよ」
「めんどくせぇなら髪全部抜いちまえば?」
鬼灯と椿が昼食を持って現れる。
「いやいや、さすがに髪を全部抜くのは暴……ぇあっ!? 鬼灯様っ、椿様!? お疲れ様です!」
鬼灯と椿は、唐瓜と茄子の正面に座った。
カタン、と鬼灯の目の前に置かれたのは、一般的な大盛りの定食。
しかし、椿は巨人用かと思うほどの巨大な定食を、頭の上に担いでいて、ドカッと机がゆれるほどの音と共に降ろした。
唐瓜と茄子は、相変わらず規格外の椿の食器を、呆れたような眼差しで見つめる。
サイズ感のおかしい専用食器は、もはや閻魔殿の名物だ。
鬼灯は今朝のことを思い出しつつ、味噌汁を啜った。
「最近はストパーの話をよく聞きますが、直毛は直毛で、一回寝ぐせがつくと、直すのが大変なんですよ。……今朝の椿さんのように」
唐瓜は半目で首を傾げる。
「あ、いや、椿様のは髪のクセというより、夜食のクセなんじゃ……」
ご飯粒でクセが決まる女など、そうそういない。
鬼灯は、隣で巨大味噌汁を吸い込む椿をチラリと見て、ため息をついた。
「まぁ、椿さんは特殊なので置いておくとしても、クセ毛の方が決まりやすくないですか?」
「う~ん、そうかなァ?」
茄子が自分のふわふわな髪を弄ってみる。
すると、背後からどんよりした声が聞こえた。
「いやァ、やっぱ天パは面倒ですよ……」
「ひっ!?」
唐瓜が青ざめて飛び上がりそうになる。
「あ、どうも、経理課の葱です。驚かせてすいません」
「あぁ、いえっ、こちらこそ驚いてすみません……」
経理課の葱さんは、髪のボリュームがありすぎて、顔の2~3倍はある。
「鬼の男って、特に天パ キツイんですよね~」
葱さんがわずかでも動くたび、髪が上下に揺れ動いた。
鬼灯は視線を巡らせ、秦広王の補佐官・小野篁を思い出す。
「まぁ、人間でももの凄い天パの人を、私は知ってますけどね」
葱さんはボリューミーな頭をフサフサと横に振った。
「いやいや、でも櫛は通るでしょ? 鬼ってクセ毛プラスすっごい剛毛なんですよ」
そこに、ゆらりとまた新たな人物が通りかかる。
「……いやいや、そんな悩み、贅沢三昧ですよ」
抑揚のない声と喋り方をする彼は、記録課の葉鶏頭だ。
その、死滅を通り越して無の境地に至っている頭頂部に、その場の全員が押し黙る。
すると、いつの間にか鬼灯と椿の傍をうろついていたシロが、コテっと首を傾げた。
「そういえばさァ、葉鶏頭さんって角が長いね!」
「ん? あぁ、別に長くはないぞ。実際は髪があるから角の頂点が見えてるだけであって、髪をよけてみればみんなこうだ」
「ほぁっ、なるほど!」
「だから、現世の神社なんかで納められてる鬼の骨ってのは、角が短すぎて、髪どころか皮膚にすら角が埋もれる可能性が高いんだ。つまり、眉唾物が多いんだよ」
その話を聞いていた唐瓜の箸が、ピタリと止まった。
(あれ……そういえば今朝、椿様の角って……)
珍しく手拭いの外れた頭を見たけれど、確か、角が見えなかった気がする。
(違和感の正体コレか……)
実家でいつも姉の頭を見ているせいか、角が見えない椿の頭が変に見えたのだ。
(角がない……なんてこと有り得ないよな。鬼なんだし、今だって牙と耳は普通に見えるし……)
椿は、直毛だの天パだのの話には一切興味が無いようで、一心不乱に超巨大な丼から白飯をかき込んでいる。
唐瓜の頭の隅に湧いた小さな疑問は、鬼灯の言葉で掻き消えた。
「しかし、鬼の角の大きさを考えると、アニメなんかでよくある、動物の耳が生えた女の子の耳の大きさは……」
「うわああっそこはツッコまないで下さい! 誰もそんなとこ見てませんから!」
「なぁなぁ唐瓜、女の子っていえばさァ」
茄子が唐瓜の袖を引っ張り、少し遠くでキャッキャとはしゃいでいる女子たちを指さす。
「あそこまでやる必要ってあるのかな」
茄子の指の先には、キャバ嬢も驚きのメガ盛りヘアで頭を彩った、女性獄卒たちが。
唐瓜は言葉に詰まる。
「あれは……うん、何ていう前衛アートだろうな……」
鬼灯がすまし顔で言った。
「亡者をビビらせるのに最適でいいと思いますよ。……そういえば、昔から流行の先端にいるような女性たちは、大体こんもりしてますね」
「あ~、ロココ時代とかですか?」
「俺はもっと清楚な女の子の方が好みだけどなぁ……」
と、そこに助言をくれたのは、通りすがりのお香。
「ん~、女の場合はねぇ、男性の気を引くためというより、女同士の見栄の張り合いが大きいのよォ。女にとって一番怖いのは、同性からの"ダサい"の一言だから」
鬼灯は、なるほど、と頷きつつも、チラっと隣を見た。
ゴトッと、空になった巨大丼鉢を置いた椿は、表情からしてまだまだ足りなさそうだ。
「もう一杯食うか~、時間あるし」
そう言って、注文口の方へ向かう背中に、鬼灯は一声かけた。
「腹八分目までにして下さいよ? 午後は裁判に回って貰いますから、寝られたら困ります」
「んぁ~、まだ三分目~」
適当な返事に、本当かよ、と鬼灯はため息をつく。
「あの人だけは、同性だろうが異性だろうが、何を言われても響かなそうですね」
お香が上品に笑った。
「ふふ、そうかもしれないわね。そもそも、椿様は女性からはあまり批判を受けないタイプじゃないかしら。殿方からはどうか分からないけれど」
「男性陣からは、ほぼ女性と思われてないですよ」
「あらあら……」
経理課の葱さんが、味噌汁の葱をつまんでボソっと呟く。
「……俺は、嫁にするならもうちょっと可愛げある感じがいいかな……椿様みたいな人は、まぁ、尊敬はするけど、職場仲間で充分だな」
唐瓜は、"可愛げある感じ"の女性を記憶の中で探った。
「葱さんて、マキミキとか好き派ですか?」
「あぁ……まぁ、可愛いと思うけど……」
お香が笑みを浮かべ、ちょうどアイドルやモデルが出演しているテレビを指さす。
「女性のアイドルって、男性受けを目指してコンセプトが立てられているから、殿方は惹かれてしまうのよね。絶対に『The女の子』感を崩さないし。逆に女性のモデルは、女性の頂点で輝ける奇抜さを求められるから、男性受けはあまり良くないわね」
唐瓜がふむふむと少し大げさに頷いた。
「なるほど。じゃあ、椿様はどっちかっていうとモデル派なんですかね?」
「う~ん、どうかしら。素質は確かにモデル方面かもしれないけれど、女性の見栄の頂点で輝くタイプではないから……かといってアイドルでもないし……どちらでもないのかもしれないわ」
「どっちでもないって、ある意味すごいような……。……あ、そういえば鬼灯様はどっち派ですか?」
「はい? あぁ……。……。あまり好みは在りませんが、強いて言うなら、ミステリーをハントするような女性は好きですね、世●ふしぎ発見的な」
「え、あぁ……どっちでもねぇな、たぶんそれ……」
「というか、我々はアイドルでもモデルでもありませんから、髪型にそうこだわる必要もないのでは? ……あ、いっそのこと、
それならば自分のような直毛よりも、パンチパーマくらいの天パの方が……
……なんて考えていると、
"ドゴッ"
隣に超巨大丼の第二弾が降ろされた。
思わず横を見れば、垂れ下がった長い黒髪に、ご飯粒の塊が。
一気に鬼灯の眉間にしわが寄る。
「一日に何回 米粒 引っ付ければ気が済むんですか
「あ?」
鬼灯は箸を置き、椿の髪に指を絡ませた。
直毛の甲斐あって、軽く髪を梳けばご飯粒は綺麗に取り除かれる。
「自分の髪型云々よりも、貴女が天然パーマじゃなくて心底ホッとしてますよ、今」
「ペンペンパンダ? 何だそのワケ分かんねぇパンダは」
「貴女が一番ワケ分かりません」
……結局、生まれ持った髪質を活かす髪型が、外見的にも、本人の行動的にも、最も適しているのかもしれない。
→ 第七巻:51. ワーカホリックと匠の境