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第六巻
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「……二月は嫌いだ」
「……俺も」
閻魔庁の廊下で。
先輩の呟きを聞いてしまった唐瓜は、そっと理由を尋ねた。
「えっと、それって、バレンタインがあるからですか……?」
すると、先輩たちはわなわなと怒りに震え出す。
「そんな浮ついた理由じゃねぇよ……人間が節分なんてムカつく行事するからじゃあ!」
「そっちスか!?」
「畜生っ、人間ども! 鬼を何だと思ってんだ!」
「豆ぶつけるとかそもそも意味分かんねぇんだよ!」
「俺ら普通に豆食べるしね!? ……あとバレンタインは普通にムカつくっ」
と、そこに、すまし顔の鬼灯が通りかかった。
「現世の行事くらい別にいいでしょう。直接被害を被るわけでもないですし」
「いやいや! アイツら鬼が病を持ち込むと思ってんスよ!? 心外にも程がありますって!」
その必死さに、鬼灯はため息をつく。
「そもそも、現世の人は"鬼"を"何やら恐ろしい邪神"という広い意味で使ってるんですよ? 豆だって、"魔滅"から来ているそうですし、ただのお祭りですよ」
唐瓜の隣でボケ~っと話を聞いていた茄子が、今考えついたことを口走った。
「俺は節分より、バレンタインに興味あるな~。何だかんだでチョコ食えるし~」
「あぁ……茄子さんって、臆面もなく『ちょうだい』って言えるタイプですよね」
唐瓜がジトっと横目に見る。
「ホント、昔っからコイツ人懐っこく女子に擦りつくんで、毎年義理チョコ用意してくれる女子とか居たんスよね~」
「なるほど、唐瓜さんはそれが羨ましかったと」
「いっ、いえ、そんなことないっスよ!?」
「しかし、最近はバレンタインも盛り上がりに欠けますね。茄子さんの話もそうですが、義理チョコや、最近では友チョコが主流になりつつあると聞きますし」
「でもでも、鬼灯様は何だかんだで貰う側ですよね? 立場もあるでしょうし」
「いいえ? 職場内のチョコレートは賄賂の可能性があるので、基本的に禁止しているのです」
「えっ、そのくらい良くないですか?」
「以前、実際にあったんですよ、ハニートラップでの不正昇進が……」
「で、でも、みんなこっそりやってません? 校則では禁止だけど~、みたいな感じで……」
「えぇまぁ、そこは良識の範囲内でということで」
鬼灯は近くの自販機で、『ラーメンつゆ』なる飲み物を買う。
それを片手で弄びながら、再びため息をついた。
「節分への不満と、バレンタインの浮つき……二月は毎年、仕事の出来が悪いんですよね……。……いや、ここはいっそのこと……」
何かを思いついたのか、鬼灯は『ラーメンつゆ』の缶を高く放る。
「バレンタインにイベントをやりましょう」
「えっ、どんな……?」
落ちてきた缶をパシッと掴むと、プルタブをプシュっと起こした。
「思いつきなのでどうなるか分かりませんけど、上手く運べば
というわけで、2月14日。
物は試しにと、閻魔庁勤務の獄卒の一部が、裁判の間に集められた。
普段は閻魔が座っている机から、鬼灯が獄卒たちを見下ろす。
「これから、閻魔庁主催のバレンタインイベントを開催します。まずは女性の皆さん、この際ハッキリ堂々とこの場で告白してしまいましょう」
一気に獄卒たちはざわめき始めた。
「男女が共に居る以上、職場恋愛するな、というのは無理な話です。ならばいっそ、面倒なことになる前にここでケリをつけるのです」
その提案は、女性たちの間に困惑を生み、男性たちの間にはそわそわと少しの期待を生む。
「ハッキリ言うって……」
「それが出来ないからこそのチョコレートなんじゃ……」
「堂々と告白させるのって酷だよ、なぁ……?」
ざわめきを聞き取って、鬼灯は机の下をゴソゴソ探った。
「まぁ、言葉で言うのはキツイでしょうから、これを用意しました」
出てきたのは、『豆』と書かれたマスに入った、黒い玉。
「……え、何、黒豆?」
「カカオです」
「「「カカオ……?」」」
「今からこれを全員に配ります。女性は意中の男性に、これを思いっきりぶつけて下さい。男性と、想い人のいない女性は、その辺りの柱に縛り付けた亡者へお願いします」
「「「節分&バレンタインのちゃんぽん!?」」」
「ついでにモテ男は痛めつけられるので、非モテは多少スッキリできますよ」
「何でそういうところは抜かりないんだ……」
鬼灯は、ホラ貝かと思うようなカカオの実を、真っ黒い表情で手に取る。
「これはお祭りです。ストレス解消とでも思って下さい。……それでは、始め!」
「え、えぇ……」
「いきなり……」
「……えぇいもうっ、ヤケクソだぁ!」
火蓋を切ったのは、男性陣だった。
拷問慣れしているため、何の躊躇もなく亡者たちに硬いカカオの実をぶつけ始める。
「亡者~外! 亡者~外!」
「イケメーンは~内!」
妙な掛け声と共に、女性もこそこそと投げ始めた。
男性獄卒たちは、亡者にカカオを投げることで、節分が意外と楽しい行事であると知る。
そして女性たちは、想い人に投げたり投げなかったりで、少し変わった告白を楽しんだ。
……そんなカオスな閻魔殿に、意を決してやって来た女性が一人。
鬼灯のために脳みそチョコを作った、イワ姫だ。
(え……何この変な行事……)
現世で見る節分に似ているけれど、豆らしきものが何故か真っ黒で、閻魔殿一体がチョコレートくさい。
(どっちにしろ、こんな変なこと考える人なんて、一人しかいないわよね……)
イワ姫は獄卒たちを掻い潜り、真っ直ぐに鬼灯の元へ行った。
「あの、鬼灯様、これは何の行事ですか……?」
「? あぁ、イワ姫さん。……今、バレンタインと節分のミックス行事を試行中でして」
鬼灯は、このカオスな行事の概要を説明した。
「あ~……そういうルールで……」
(やっぱこの人ちょっと危ねぇなオイ……)
「そういうイワ姫は、何故ここに? 現世で何か厄介事ですか?」
「えっ? あぁ、えっと……」
イワ姫は辺りをチラチラと見渡す。
(好きな人にカカオぶつける行事なら、何で鬼灯様には一つも飛んできてないのかしら……鬼灯様なんてぶっちぎりで
そう思いつつ女性獄卒たちを見れば、亡者にカカオをぶつけつつ、チラチラと鬼灯を見ていた。
(あ~なるほど、投げたいけどさすがに恐いわけか……。だったら!)
「このスキにっ、これどうぞ!」
イワ姫は、他の女性獄卒たちに先を越される前にと、作ってきた脳みそチョコを差し出す。
途端、女性獄卒たちが一気に反応した。
「あっ、ズルい! 私だって本当は!」
「私も実は持ってんのよ!」
「私も!」
「えっ、ちょっとそれアリなの!?」
「だったら私だって、あわよくばっ」
一気に、鬼灯が座る閻魔の机へと集まる女性たち。
そして、様々なラッピングに彩られたチョコレートたちが、机の上へと投げ込まれた。
「よかったらどうぞ!」
「玉の輿!」
「ダメもとでいいから!」
控えめな文言もあれば、欲求丸出しの文言まで、ありとあらゆる言葉と共に、チョコレートが小山を作っていく。
茄子はそれを見て、のほほんと首を傾げた。
「なんか、正月のお賽銭みたいだな。でもいいな~。俺もチョコ食いた~い」
しかし、他の男性獄卒たちは納得がいかない。
(((
純粋なバレンタイン行事をぶち壊しておいて、結局一人勝ちだなんて……
しかし、鬼灯は冷めた表情でため息をついた。
「……毎年毎年、これを言うのが面倒だから開催したんですがね……」
何かをボソっと呟くと、小山になっているチョコレートを、的確に持ち主の元へと放り返し始める。
「これを機に、この場の皆さん全員、しっかり脳みそに刻んで下さいね。
最後に、ポン、とイワ姫の手元に、脳みそチョコが返ってきた。
しーんと静まり返る会場で、茄子だけが呑気にはしゃぐ。
「すっげぇ鬼灯様~。あの投げ込まれたチョコ、どれが誰のか一瞬で覚えてたんだ~」
対して、男性獄卒たちは釈然としない。
(((言ってみてーよ、その
こうして、悶々とした空気を残したまま、バレンタイン&節分のちゃんぽん祭りは幕を閉じた。
その夜。
「お~す」
終業時間の間際、衆合地獄の視察・調整に出向いていた椿が、鬼灯の執務室に戻ってきた。
「あ? 何だお前、仕事溜まりまくってんじゃねぇか」
鬼灯は、昼間のイベントで遅れた仕事を、超特急で片付けにかかっている。
しかし、その理由には敢えて触れず、一旦手を止めた。
「お疲れ様です、椿さん。衆合地獄の件はどう……たくさん貰いましたね」
「あ? あぁ、これか?」
見れば、椿の腕には、視察報告書と一緒に、抱えきれないほどのチョコレートの山が。
「これでも半分以上は、道すがらで食ってきたんだけどな」
衆合地獄は、男性を簡単に手玉に取れるような、敏腕女性獄卒たちが
彼女たちにとって、バレンタインは自らチョコレートを渡す日ではなく、何も渡さずに男からホワイトデーのみをせしめるために、布石を打つ予備日に過ぎない。
そんな彼女たちが、純粋にチョコレートを渡したくなるのは、相当な収入や権力のある男性か、女性にこそ支持される女性だろう。
「チョコレートに、お金などは入っていませんでしたか?」
「ん、あぁ、入ってるやつは振ると分かるから、ごま擦るなら鬼灯にしとけって突き返しといた」
「……それ、私に火の粉が飛んでくるんですが」
「つーか、今日は何だ? チョコの日か? やたらとみんなチョコくれんだけどよ、どっちかっつーと塩辛い菓子の方が好きなんだよな~」
椿は鬼灯の机に、ドサドサッと一旦チョコレートを降ろす。
そして、視察報告書を鬼灯に渡すと、机の端に腰掛けた。
チョコレートを一つ手に取り、ラッピングを何の
「あ、そういや、昼間に黒豆投げて遊んでたんだって?」
「黒豆じゃなくてカカオですよ。この時期はバレンタインと節分で、色んな意味で獄卒たちの仕事が滞るので、ストレス発散の場を設けてみたんです。……結果は
「ふ~ん? あぁ、だから残業してんのか、ははっ」
全くもってその通りだが、何だか癪に障るので、鬼灯は眉間にしわを寄せ、手元の書類に視線を落とした。
「んじゃあ、ほら、口開けろよ」
……何となく予想はついたが、横目に見れば、椿がトリュフチョコをつまみ、こちらへ差し向けている。
鬼灯は、椿の顔とトリュフチョコを交互に見た。
「……意味、分かってやってます?」
今日という日に、女性から男性にチョコレートを渡すと、日常にはない特別な意味が生まれるのだということを……
「は? 意味? ンなことより早くしろよ、手の熱で溶ける」
「……」
"バレンタイン"を全く解っていない椿に、鬼灯は小さくため息をついた。
「……まぁ、
「何か言ったか?」
「いいえ、何でも」
鬼灯は、自分に差し向けられた椿の手を軽く掴み、指ごとチョコを口に含む。
誰が作ったか分からない、手作りらしい味が口いっぱいに広がった。
そのまま、椿の指についた溶けたチョコも舐め取る。
「ふ、ははっ、くすぐってぇよ」
椿は笑いながら手を引っ込めると、その指で次のトリュフチョコをつまみ、自分の口へも放り込んだ。
ココアパウダーがつくと、何の
鬼灯は無意識に、その動作を眺めていた。
すると、視線に気づいた椿と目が合う。
「ん? 何だ? もっと欲しいのか?」
「……。……いいえ。そのチョコは全て、椿さんのために作られたものですから、貴女が食べるべきですよ」
「へ~。ってことは、これみんな手作りなのか。よくやるよなァ、菓子作りなんてメンドイこと」
そう言いながら、ポイポイと驚異的な速度でチョコを口に入れていく。
鬼灯は、何となくモヤモヤした思いを抱いたが、残りの仕事に集中することで、そのモヤモヤを断ち切った。
……この日、鬼灯が受け取ったチョコレートは、一粒のトリュフチョコだけだったそうな。
→ 47. オシャレはバランス