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第六巻
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「さて、採集も済んだし、どこかで軽く食べて帰ろっか」
「はい!」
「そうっスね」
ある日の昼。
極楽満月の店主・白澤と、その弟子である薺と桃太郎は、地獄産の生薬を採りに、阿鼻地獄の
その場所にしか生えていない、燃える鉄の木を大量に採集すると、時刻はちょうど昼過ぎ。
ちょっと遅めの昼食を摂ろうと、近場で店を探した。
しかし……
「ん~……。ないね」
地獄の最下層である阿鼻には、そもそも飲食店などほぼ存在しない。
荒れた大地と燃え盛る炎の中、三人は立ち止まって辺りをキョロキョロと見渡した。
「白澤様と薺さんは、採集でここに来たことあるんスよね?」
「来たことはあるけどねぇ、店に寄ろうとしたことはないから」
「阿鼻地獄なので、椿さまでしたらお詳しいとおもいますが……」
「今は閻魔庁勤務だもんねぇ。都合よくここには居ないかな」
なんて話していると、椿ではないが、別の頼れる人物が現れた。
「あれ? 白澤君に薺ちゃん? 桃太郎君も」
穏やかな声に振り向けば、そこには閻魔大王の姿が。
「珍しいね、こんな地獄の底に来てるなんて」
薺が笑みを浮かべて答えた。
「ご無沙汰しております、閻魔さま! きょうは、
「あ~、あの燃える木ね。あれも漢方薬になるんだねぇ」
白澤が、半ば無意識に薺の頭を撫でつつ、訊く。
「閻魔大王こそ、今日は裁判ないんですか?」
「うん、今日は休み。前々から、たまには刑場も視察した方がいいって、鬼灯君に言われててね。一番遠い阿鼻地獄から始めることにしたんだ」
「なるほど、休みの日まで大変ですね。……あ、ところで、この辺りで軽く昼飯食べられるところ、知りません? 午前中で済むかと思いきや、昼を過ぎちゃって」
「ん~……この辺り、店って本当に無いんだよね~。一番近いのは屋台かな」
「食べれれば何でもいいですよ」
「じゃあ案内するよ。わしも一休みしたいし。まだ日は高いけど、このあと用事が無ければ、軽く一杯どうかな?」
「おっ、いいですね~。今日は店閉めてあるんで、付き合いますよ」
案内してくれるという閻魔の後をついて、三人は歩き始めた。
桃太郎がジトッとした目で、一応忠告しておく。
「飲むのはいいっスけど、潰れないで下さいよ? ここ、朧車タクシーもあんまし通りませんし、酔っぱらった白澤様背負って帰るの嫌ですよ?」
「はいはい」
時折、地底から吹き上げる熱風に煽られながら、四人は一番近い屋台へと歩いていった。
目的の屋台を見つけて、四人は身を寄せた。
「へぇ、おでんっスか、いい雰囲気っスねぇ」
「最近、衆合地獄の花街でもなかなか見かけないもんねぇ、こういう屋台。……はい、薺ちゃん、お品書き。遠慮しないで、何でも好きなもの頼みな?」
「ありがとうございます。……ふふっ、大根が味がしみていておいしそうですね!」
「白澤君、とりあえず『なまごろし』でいいかな?」
「あぁはい。桃タロー君はどうする? 日本酒でよければ三合頼むけど」
「あ、はい、同じもので」
「
「はい、烏龍茶で!」
四人は適当に、飲み物やおでんを頼み、箸でつつきながら雑談に花を咲かせた。
昆布巻きを頬張りつつ、桃太郎が気になったことを聞く。
「そういえばこの間、白澤様は子供の姿でいた頃があるって言ってましたけど、生まれた時って、やっぱ赤子の姿だったんスか?」
白澤は日本酒のグラスをクイっと仰いだ。
「ん~、そもそもね、僕みたいな存在は、生きてる・死んでるっていう概念には、イマイチ当てはまらないんだよ。気付いたら"ある"っていうか……」
あぁでも、と白澤は隣の薺を見た。
「薺ちゃんはちょっと違うかな。アルミラージは、人や獣が病を核として神獣に昇華するから、神獣界隈でも珍しい、始まりのある神獣なんだよね」
「へぇ~。そういえば、800年前まで人間やってたって言ってましたもんね。そう思うと、白澤様っていうより俺と近い年の生まれなのか……」
薺は豆腐を箸で割りながら、にっこりと微笑む。
「ほんのすこしだけ、私のほうが年上かもしれません。私が日本にひょうちゃくしたころは、あとからふりかえると、ちょうど鎌倉時代でしたから」
「あ、たぶん百年くらい先輩です、失礼しました……」
「えっ、あ、いえいえそんな! こうしてあの世にきてしまえば、みなさん年齢なんてほとんど関係ありませんから!」
そうして話していると……
「あ、またこんな所で油売って……」
背後からバリトンボイスが響いた。
四人が振り向けば、眉間にしわを寄せた鬼灯と、呑気な顔をした椿が。
「お~、お前らか。阿鼻で会うのは珍しいな」
薺は琥珀色の瞳を輝かせ、大きく手を振る。
「椿さま!」
「よォ薺~、いっぱい食ってるか?」
「はい! 大根がとくにおいしいです!」
「ははっ、そっかそっか」
ゆるゆるな椿とは対照的に、鬼灯は黒いオーラを滲ませて閻魔を見た。
「刑場視察に出たんじゃなかったんですか? 閻魔大王。昼食ならまだしも、それ、酒ですよね」
閻魔はほろ酔いな顔でにこりと笑う。
「いや~、白澤君たちと会ったら、つい話し込んじゃってねぇ。ていうか、君たちこそ二人揃ってここで何してるの?」
「改装工事の現場視察ですよ。現・阿鼻の副主任から、主任が面倒くさがって無茶な図案を通そうとしているとヘルプが来たので、その仲裁と、本案の決定を。椿さんには、前・主任と閻魔庁の補佐官の経験者として意見を貰おうかと」
「へぇ~、大変だねぇ」
「貴方が仕事中に呑んだくれるようなジジィでなければ、ここまで大変じゃないんですよ。そこの偶蹄類のように手遅れになりたくなければ、せめて酒は仕事が終わってからにして下さい」
「おいコラ誰が手遅れだ」
桃太郎が首を傾げて尋ねた。
「そもそも、白澤様と閻魔様って、どっちが年上なんですか? 白澤様は一億四千万歳くらいだと聞きましたけど」
「そりゃあ白澤君だよ。ワシはあくまでも人間だからねぇ。桁数が全然違うんだ」
「え、あ、そうなんスか……」
何となく、外見的には閻魔が一番の年上に見えてしまう……
桃太郎の反応から、外見で想像しているんだろうなぁと察した閻魔は、身近な例えを出した。
「ほら、たとえば山神ファミリーの木霊君、あの子は薺ちゃんよりも幼く見えるかもしれないけど、ワシなんかよりずっと年上だよ。この国に木が生まれた頃から存在してるからね」
「はぁ~なるほど……」
話を聞きながら、白澤は、遠慮がちな薺の皿に、白滝や蒟蒻、昆布、大根など、菜食の薺が食べられるものを乗せていく。
「中国に行くとね、僕よりも年上の山神とかいっぱいいるんだ~。さすがに植物の神の方が、存在は先だからね。日本の神様はやっぱり、中国とかよりは少し若い」
そう話しながら、あわあわと申し訳なさげに焦る薺の頭を、ひと撫でした。
桃太郎はますます頭を捻る。
「でも、神々の時代って、まだ中国と日本て陸続きなんじゃないっスか? この間テレビで見ましたけど……」
「え~とね、分け方は色々あるんだけど……」
白澤は、膨大な知識を頭の中に並べながら、自分の皿の大根を箸で割る。
「あの世の歴史学の観点から言うと、イザナキとイザナミがホコで地面を突っついて、日本が完全に大陸から切り離された頃、かな」
「それは……何というか……現世の地質学者と民俗学研究家から総スカン食いそうな話っスね……」
閻魔が笑った。
「歴史なんてね、視点一つで180度変わるもんなんだよ」
そのとき、ギュゴゴゴゴ……と大きなおなかの音が響く。
そんな音をさせるのは、他でもない、椿だ。
「あ~~腹減った。なぁ鬼灯、話してる間、あたしもおでん食ってていいか?」
「……
「足りねぇよ」
「……。……はぁ……食べてもいいですが、常識の範囲にして下さいね。屋台が可哀想です」
「よっしゃ!」
今にもスキップしそうな勢いで、椿は薺の背後へと歩み寄った。
「ちょっと席貸して?」
そう言って、ひょいっと薺を抱き上げて、その椅子に座る。
薺は椿の膝に座らされた。
「ひわ!? 椿さま、びっくりしますよぉ……」
「ははっ、悪い悪い。そこの箸取ってくれ」
「は~い」
薺は一瞬驚いたものの、嬉しそうに箸や皿を椿に手渡す。
「お飲みものはお酒がいいですか?」
「あ~~……そう決めたいとこだが、仕事中だからな、鬼灯に怒られるわ」
「ふふ、それはざんねんですね。では、お茶をおねがいしましょうか!」
「あぁ、そうしてくれ」
楽しそうな椿と薺を、隣の白澤は頬杖をついて眺めた。
その眼差しは、いつにも増して柔らかい。
反対側の隣から椿たちを見ていた桃太郎は、また新たな疑問が湧いて、鬼灯の方へ振り返った。
「さすがに鬼灯さんと椿さんは、閻魔様より後に生まれてますよね?」
「えぇ、勿論。数百万年単位で間が空いています」
「えっ、そんなに!?」
閻魔が得意げに自分を指さす。
「ワシ、日本人類のお初だから。その上、人として初めての死者でもあったんだよ」
「えぇっ!?」
「生前からワシはみんなのリーダーやっててね? 新しい物や制度を作るのとか、結構得意だったんだ~」
「……エンマ原人」
「ちょっと鬼灯君聞こえてるんだけど!? ちゃんと
「では、地獄の教科書に使われる図を、こうして変えて頂きましょう。貴方の経歴に敬意を表して」
鬼灯はメモ帳に、猿から人への成り立ちの図を描き、最終形態に閻魔を描いた。
「ちょっ、それは何か恥ずかしいからやめて!」
白澤が閻魔のグラスに酒を注ぎながら笑う。
「昔って、あの世もこの世もあんまり境が無くて、自由な時代でしたよね」
「あぁ、うん、確かにね」
「でも僕は、今の方が好きだな~。人は多いし、文化も色々あって」
「無駄に長寿ですよね」
いちいち一言多い鬼灯に、閻魔と白澤がムッとした顔で振り向いた。
「君さぁ、この中じゃかなり年下の方なんだから、少しは目上の者を敬ってよ」
「や~い、ひよっ子~」
「黙れ、じじい共」
鬼灯は張り合うように、この中で最も年下の桃太郎に忠告する。
「そうは言っても、私も椿さんも、鬼の中ではかなり古株の方なんです。誤解しないで下さいね」
「いや、はい、誤解とか別にないっスけど……そういえば、古株ってことで、前から一つ気になってたんですけど、恐竜とかって今どこにいるんスか?」
「あぁ、地獄で働いてもらってますけど?」
「働いてもらってますけど!?」
「転生というシステムがある以上、緩やかに数は減ってきていますがね。いるにはいますよ」
「みっ、見たいです!」
恐竜は少年の夢だ、と言わんばかりに食いつく桃太郎。
しかし鬼灯としては、目的地へのルートから大きく外れるため、面倒くさい。
「いいですけど……危険ですから、命の保障はしませんよ?」
「いや、俺、既に死んでるんスけど……」
閻魔がほろ酔い状態で助言を送る。
「椿ちゃんに案内してもらえば~? 一般獄卒じゃ遠目からの観覧しか出来ないけど、前・主任の椿ちゃんが一緒なら、ふれあい体験も出来るでしょ?」
桃太郎は引き気味な顔で椿を見た。
「恐竜にそんな、動物園のふれあいコーナー的なの許されるんスか……?」
ちくわをチュルっと丸呑みした椿が、顔をしかめる。
「は? 恐竜も動物だろ、何言ってんだお前」
「いえ何でもないっス……鬼神様のスケールのデカさを忘れてました……」
薺が目を輝かせて椿を見上げた。
「あの、恐竜さんがおられるということは、もしや、パレオラグスさんもいらっしゃいますか!?」
「パレオラ……? 何だそりゃ」
カタカナ名に疎い椿の代わりに、鬼灯が答える。
「残念ながら薺さん、パレオラグスは日本の地獄にはいません。彼らは北アメリカ在住でしたので」
「おい鬼灯、そのパレオラ何とかって何だ」
「ウサギの祖先にあたる生物ですよ。今から三千万年前をピークに生息していたんです」
薺は笑顔のままだが、少しシュンとした。
「そうですか……。ですが、たしかに、アメリカのウサギさんですものね……」
椿は巨大なはんぺんを一口で頬張りつつ、何かを思い出すように宙を見上げる。
「まぁ、ウサギはいねぇけど、ウサギの大元になったかもしれねぇデカイ奴らなら、ウジャウジャいるぞ。見るか?」
「いいんですか!?」
再び目を輝かせる薺に、椿はニカッと笑顔を向けた。
「あぁ、いいぜ?」
そのやり取りを聞いていた鬼灯が、小さくため息をついて桃太郎に言う。
「椿さんがやる気になったようなので、行きましょう。彼女が一緒なら、阿鼻は何でも見られます」
「うおっ、ありがとうございます!」
残り僅かだった烏龍茶を飲み干した薺は、隣の白澤や閻魔を見た。
「白澤さまと閻魔さまも、いっしょに行かれますか?」
「ん~、僕はもう少し飲みたいかな~」
「わしも大丈夫。
「ははっ、ありそうですね。ってワケだから、椿ちゃんと楽しんでおいで? 帰ったら話を聞かせてね」
そう言って、白澤は薺の頭を撫でる。
薺も笑顔を返した。
「はい! いってきます!」