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第六巻
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「おぉ……あれがかの有名な閻魔大王か」
「立派だなぁ……」
「違う!」
41、小野篁
地獄の第一裁判所、秦広庁にて。
最初の審議を司る秦広王は、何百年と亡者に言い続けてきた文言を、今日もまた言い放った。
「閻魔大王は第五裁判所で、ここは第一裁判所、秦広庁だ! 裁判長は十人居ることをよく覚えておけ!」
「「は、はぁ……」」
亡者たちは、何を突然キレているのだろう、と微妙な顔をして次の裁判所へ向かう。
次の亡者が来るまでの僅かな
「……どうも亡者たちに、すぐ閻魔大王と間違われてしまう……閻魔大王に申し訳ないなぁ」
すると、秦広王のデスクの影で、金髪のクセ毛が揺らめく。
「一番目の王ですからねぇ、仕方ない気もしますが……」
「んー……。ヒゲ、剃ろうかな」
「えぇっ!? おやめ下さい! 迫力ないです! 一応ここが一番目の裁判所なんですから、一番なりのインパクトがないと!」
「いや、インパクトならお前の方があるだろ……平安貴族でその天パって」
そうして世間話に花が咲き始めたところに、二つの人影が差した。
「
振り返った篁が、パァっと表情を輝かせる。
「あ! 鬼灯様! 今年は椿様もいらしてくれたんですね! ようこそいらっしゃいませ!」
「そんなホストクラブみたいなノリで挨拶しなくとも……。あけましておめでとうございます」
「おめっとさ~ん」
椿が、面倒くさそうに紙袋をズイっと差し出した。
鬼灯が冷静に諫める。
「こらこら椿さん、お年賀はきちんと袋から出してお渡しして下さい」
しかし篁は笑って紙袋を受け取った。
「あははっ、いえいえ構いませんよ。そういう裏表のないところが、椿様の面白いところですから!」
「どうもすみません」
鬼灯は椿の代わりに軽く頭を下げてから、今度は秦広王の方へ向き直る。
「あけましておめでとうございます、閻魔大王より大王っぽい秦広王。今年もよろしくお願い申し上げます」
「よろしくな~」
丁寧なのに言葉がおかしい鬼灯と、ガサツで友達のようなノリの椿。
秦広王は、閻魔庁が
「う、うむ、まぁ、よろしく……。あぁそうだ、鬼灯殿と椿殿がいらっしゃったのなら、ついでに報告を。前回の中間報告から、新たに一名、次の裁判に回すまでもなく天国逝きが確定した」
「あぁ、はい、承知致しました」
「今、書類もお渡しする。おい篁、書類を頼む」
「は~い、持ってきます」
篁は、今にもスキップしそうな軽い足取りで、秦広庁の記録課へと向かった。
その背中を、鬼灯は切れ長の瞳で見つめる。
「篁さんは、秦広王の第一補佐官になって何年目でしたっけ?」
「む、あぁ、千年ほど経ったかと思うが……」
「千年ですか……彼は出世の早い有能な方ですね」
終始つまらなそうな顔をしていた椿が、そういえばと目を細めた。
「頭が焼きそばみてぇだった今の奴、誰だ?」
頓狂な質問に、さすがの鬼灯も深いため息をつく。
「……分からないまま挨拶してたんですか……。秦広王の第一補佐官、小野篁さんですよ。平安時代に天才と謳われた貴族です」
「平安の貴族だぁ? 死ぬほどいるじゃねぇか。どれだよ」
「はぁ……。"わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと"?」
「ん、"人には告げよ 海人の釣船"か?」
「その詩を作った方ですよ」
「へぇ、
「今は百人一首と呼ばれてますよ」
「ふーん」
「いい加減、職場の獄卒の名前も憶えて下さい。亡者は覚えられるんですから、簡単でしょう?」
「え~……亡者は覚えねぇと支障あるけどよ、獄卒は役職名で呼びゃ答えるだろ」
「……まったく」
二人の会話を聞いていた秦広王は、少し複雑そうな顔で苦笑した。
「何というか、椿殿はうちの篁に似た空気を感じるなぁ」
鬼灯が振り返って首を横に振る。
「変人という意味では共通していますが、まったく逆ですよ。篁さんは遊び心の向くままに動く寄り道型変人ですが、椿さんは欲求と本能のままに動く効率型変人ですから」
「変人と言い切るのだな……。まぁしかし、うちの篁に無駄な遊びが多いというのは確かだな。残されている逸話にしても、自ら余計な悪戯をしたり、あの世に繋がる井戸に入ったりと、遊んだ末に多くの逸話を残している」
「そういえばありましたね、篁さんが迷い込んできた井戸が……。危険かつ面倒なので、もう塞ぎましたけど」
そこに、篁本人が帰ってきた。
「貞子の次に井戸が似合う! 小野篁です!」
そんなキャッチコピーと共に書類を渡してくる辺り、やはり無駄な遊びが好きなようだ。
秦広王が、井戸の話を遡りながら首を傾げる。
「そういえば、お前は夜な夜な井戸に入って地獄の手伝いをしていたと聞いたが、何故そうなったんだ? 当時は生きていたんだろう?」
「え、あぁ、それはですね……」
割り込むように、鬼灯が自分を指さした。
「その逸話、私が関係しているんです」
「当時、私は夜ごとに酒を飲み、酔っぱらっておりまして。ふと覗いた井戸に映っていた鬼灯様を、思わず未来の私かと勘違いしてしまい、そのまま滑って井戸に落ちてしまって……」
「何をどう見たら鬼灯様がお前の未来に見えるんだ……」
「落ちた先はもちろん地獄でして、この髪で鬼と間違われてしまったので、帰る方法を探す間もなく手伝いをさせられてしまって……」
「なるほどな……。しかしそれだけでは合点のいかない話もある。お前はしばらく閻魔大王の傍に付き、知人を弁護したこともあるのだろう? それは鬼灯様の仕事のはずだが。それに何より、お前の身長が180cmだという話、どこから出てきたんだ」
「あー、えっと……」
篁は、話していいものかと、鬼灯をチラリと見た。
鬼灯は、問題ないと言いたげに頷き、経緯を説明する。
「ある日突然、篁さんは私のところにやってきまして、現世への帰り方を聞いてこられたんです。それから何やかやと話すうちに、篁さんの業務遂行能力の高さを知りまして、私が兼ねてから計画していた朝廷の内裏への視察に使えるのではと思ったので、篁さんにはしばらく閻魔大王の補佐をお願いして、私は篁さんの姿に扮して、朝廷の内裏へ出かけたわけです」
秦広王は、予想だにしなかった真実に目をカッと見開いた。
「交代していたのか! 鬼灯殿が変装していたから身長が180cmなどと……その上、篁が閻魔大王の補佐官であったという噂が……」
鬼灯が懐かしむように宙を見上げる。
「ネットも写真もない時代だから出来たことですね。あの頃は噂が全てでしたから」
椿が
「そういう無駄に悪知恵働かせるところ、お前らそっくりだな」
言われてみれば、と秦広王は髭を弄る。
「なるほど……表面に現れている性格が異なるから分かりにくいが、鬼灯殿も篁も、根本的な性格は似ているのか……」
篁はハハハッと笑った。
「まぁ、生前は色々とやらかしましたけど、一連の出来事がきっかけで、今こうして秦広庁に就職できてるんですから、本当に良かったですよ。あの世を体験できたおかげで、現世でも記念の閻魔大王像を彫らせて頂きましたし」
「閻魔大王像……篁の彫った……」
そのとき、秦広王の脳内で全てが繋がった。
「亡者が私を閻魔大王に間違えるのって、お前のせいじゃないのか
「げっ、とうとう気づかれたっ」
篁は、悪戯がバレた子供の如く逃げ出す。
それを、鬼灯と椿は遠い目で見送った。
「まぁ、正直なところ、閻魔大王をカッコよくしようとすると、ああなるんですよね」
「現世の閻魔大王像、額の『王』の字 全部、『秦』に変えちまえばいいんじゃねぇか?」
今後も、秦広庁は変人補佐官に頭を抱え続けるだろう。
→ 43. 三者三様の男