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42. 深海大冒険
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フランキーは弁当には手を付けず、仲間たちの顔を一通り眺めてから話を始める。
「話ってのァ、このサニー号のことだ。……本当は、海底への案内を買って出てくれたハチだったが、アイツはシャボンディで大怪我を負い、今は魚人島で静養中って話だ。理由はデュバルと全く同じ、島に残された、このサニー号を守るための負傷だ」
ウソップが、なるほど、と言いたげな顔をする。
「そうか、道理で……。ハチの奴、案内してくれるって言ってたのに忘れたのかと思ってたぜ……船を守ってくれてたんだな……」
「あァ。1年ほど前、サニー号の存在は海軍にバレ、激しい戦いになり、ハチとデュバルの2人はそこでリタイアした」
「……ん? じゃあそこから1年間、船が無事だったのは……」
「戦士がもう1人いたからだ」
「もう1人?」
「2年前、俺たちを散り散りにすっ飛ばした張本人……王下七武海、バーソロミュー・くまだ」
「「「!?」」」
「数日前、俺がサニー号に辿り着いた時ァ、目を疑った……表層のほとんどが焼け落ち、無数の傷を負いながらも、奴はサニー号の前を陣取っていた。そして、俺を認識した瞬間、"任務完了だ"と呟いて、どこかへ去っていったんだ」
自然と、弁当をつついていたみんなの箸やフォークが止まった。
「後でレイリーに話を聞いてみりゃあ、2年前のあの戦いの
『……俺は革命軍の幹部。縁あって、この一味をここから逃がしたい』
「オメェらの中にも、薄々気づいてた奴はいると思うが、俺たちは奴に命を救われたんだ。……そして、俺たちを島から飛ばした後、レイリーを尋ねたくまさんの言うことにゃァ、"俺にはもう時間がない"、と……」
「……時間?」
「どんな弱みを握られたか知らねぇが、奴は実験体として、海軍によって少しずつ体を
話を聞いていたチョッパーが、手に汗握るような顔で訊く。
「け、けどさ! バラバラに飛ばしても、俺たちがその後どうするか、アイツに分かるはずない! それでも船で待ってたのか!? 人格も失ったのに!?」
「改造の執刀医、Dr.ベガパンクとの間に、1つだけ任務をプログラムするという約束をしていたらしい。"麦わらの一味の誰かが再び船に戻ってくる日まで、海賊船を死守せよ"ってな。……だから、奴はこの2年間、本来の記憶もなく、ただの人間兵器として、過去の自分の命令を全うし俺たちを待っていた」
ゾロが眉を顰め、仰いでいた酒瓶を一旦降ろした。
「やり方が滅茶苦茶すぎるだろ。なぜ俺たちにそこまで肩入れする」
ウソップが咀嚼しながら首を傾げる。
「革命軍に縁とくりゃ……ゴクン……俺にはルフィの親父が革命軍のボスだってことしか思いつかねぇな」
そう言ってルフィの顔を見るが、当人は頬をパンパンに膨らめた顔を、横に振った。
「俺、父ちゃんのことよく知らねぇもん」
「だよなァ。そうなると……」
ウソップの視線は、自然にティオへと向かい、他の仲間たちの視線も同じ場所へ集まる。
ゾロの膝の間で、弁当の中からデザートだけをつまみ食いしていたティオは、水饅頭のような菓子をこくりと飲み込んだ。
「……」
……さて、どう話すべきか。
バーソロミュー・くまが、麦わらの一味を、というより"ルフィ"を、2年前のあの場から逃がそうとした理由は、彼の経歴から想像できる。
けれど、その全てを今ここで聞かせてしまったら、仲間たちは無意識に、先人たちの遺志を"使命"のように受け止め、思考を縛られかねない。
今、幾百年の年月を経て、姿を現し始めている1つひとつの歯車たちは、無垢なる"自由"の
前時代の遺志は、今を生きる者たちに知恵を与えこそすれ、導き手になってはならない……
「……」
ティオは無意識に、じっとルフィを見つめていた。
時折、チラチラとロビンにも目を向ける。
2人とも、視線の意味が気になって首を傾げた。
「ん、どした?」
「何か気になることがあるの?」
ティオは小さく首を横に振り、口を開く。
「まず、いっておく、ね。てぃお、くまの、しんいは、しらない。だから、くまの、"おもて"の、けいれきだけ、はなす」
「表……?」
「(コクン)…そのさきは、みんな、じぶんで、かんがえてみて。なにが、じじつで、なにが、しんじつ、なのか」
全ては語らない、と暗に告げていることを感じ取った、ルフィとチョッパー以外のメンバーは、僅かに表情を硬くした。
その微かな感情の変化を聞きながら、ティオは話し始める。
「くま、もともと、『ソルベ王国』の、おうさま」
「「王様!?」」
「(コクン) …せけん、では、『暴君』、つまり、わるいこくおう、て、いわれてる。こくみん、に、おいだされて、かいぞく、なったと」
ウソップが、気になったことを端から訊いていく。
「"世間では"ってことは、本当は違うのか?」
「……さぁ、どうだろう、ね」
「どうってお前、そこが重要だろ」
何故くまが『暴君』と呼ばれているのか、その真相を知るのは、もう少し先がいい。
「くに、おわれた、くまは、かいぞく、なって、かくめいぐん、つくった、いわれてる」
「え、は? 革命軍を作った!? それはルフィの親父だろ!?」
「つくったの、3にん。どらごん、いわんこふ、くま。しょき、しゅようめんばー、この3にん」
懐かしい名前に、ルフィが目を輝かせた。
「あ、イワちゃん! そっか~、父ちゃんとイワちゃんとくまみてェな奴、仲良かったんだな~」
「(コクン) …でも、だからこそ、くま、つかまって、しゅうしんけい、なった。そこに、べがぱんくが、くまの、こと、けんきゅうしたいと、いって、せっしょくした」
フランキーがぴくりと眉を動かす。
「そして、くまは、しゅうしんけい、のがれるため、みずからの、からだ、じっけんに、ていきょう、するの、じょうけんに、おうかしちぶかい、なった」
「アウ、待て待て、いくら終身刑から逃れるためとはいえ、意識まで失っちまうような改造が条件じゃァ、意味ねェだろ。半ば死ぬようなモンじゃねェか」
「そうだね。なんで、だろうね」
「……オメェ、その顔は知ってんじゃねェか」
「(コクン)」
「答える気はねェってか……まァいいけどよ」
根掘り葉掘り聞く気もないらしいフランキーは、小さくため息をついた。
一方、ティオの話を頭の中で反芻していたナミは、真剣な眼差しを向ける。
「そこまでして命懸けで動いていたくまが、自分の立場を悪くしてまであたしたちを助けたのは何故?」
「さあ。くまの、ほんしん、は、わからない」
「分からないって、アンタは予測がついてるんでしょう? やっぱり、古くからの友人であるドラゴンの息子、ルフィを助けるため? それとも、他の目的のため?」
ティオは、深海のような、美しくも恐ろしい瞳で、じろりとナミを見据えた。
「なみちゃんは、どっちがいいの?」
「え?」
「くわしい、りゆう、きになるの、ともだちの、こども、たすけるいがいに、りゆう、あったら、こまると、おもったから、でしょ?」
「それは……そうよ。アンタの話からすると、くまは
……やっぱり。
ティオは予想通りの展開に、目を閉じた。
航海士として、日頃から一味の道のりを先読みしようとしてきたナミは、一番敏感に反応するだろうと思っていた。
だからこそ、まだ、くまが麦わら一味を助けた真意を伝えるのは、早い。
くまを通して政府の闇の深淵に触れ、自分たちに絡みついた運命を悟ってしまったら、見えない鎖が徐々に一味全体を侵食し、自由を奪ってしまうから……
「じぶんで、かんがえて、って、てぃお、いった」
「!」
「くまが、なんで、たちば、わるくしてまで、このいちみ、たすけたのか。なんで、あんなほうほう、とったのか」
「あんな方法?」
「あ……。……しつげん。わすれて」
そう言われると余計に気になって、ウソップが閃いたような顔をする。
「言われてみりゃ妙だな。くまの奴は王下七武海で、革命軍なんだろ? 俺たちを助けるためだけなら、あんな堂々と裏切りを晒すような方法じゃなくても、自分の立場を守りながら秘密裏に動くことも出来たはずだ」
隣でナミも頷いた。
「それに、あたしたちをバラバラに飛ばしたのも腑に落ちないわ。逃がすだけなら、どこか一カ所に飛ばせばいいだけじゃない。何でわざわざ……」
疑問が疑問を呼び、深度の差はあれど、皆一様に思考の
ティオは小さくため息をつき、手を叩いた。
"パンッ"
その音で、ナミやウソップはビクッと肩を揺らす。
「このさき、しんせかい、すすんでいけば、いつかかならず、ぜんぶ、しること、なる。……てぃおの、いったこと、どこまで、ほんとう、なのか、も」
「オイオイその言い草、まるでお前の話に嘘があるみてぇじゃねぇか」
呆れるウソップに、ティオは真面目な顔で頷いた。
「もちろん、うそも、はいってる。それが、このよに、ながれてる、いっぱんじんが、てにいれられる、じょうほう、だから」
「何で嘘って分かってるモンを俺たちに聞かせたんだよ」
「はぁ……なんども、いわせないで。じぶんで、みて、きいて、かんがえて、ほしいから。……とくに、ぎょじんとう、いい、きょうかしょ、なる」
呆れ顔のティオを、ナミとウソップはジト目で見下ろした。
「自分で考えろって言ったって……」
「お前が喋ってくれりゃ、こうやって悩むこともねぇんだが……」
「そんなに、しろくろ、はっきり、させたい?」
「当たり前だろ? 善意で助けてくれただけならいいが、何か思惑があった時が怖ェよ」
「なんで? たとえ、ぜんい、だとしても、こっちにとって、いいことじゃ、ないかも、しれない」
「そりゃあ……そうかもしれねぇけど……」
「たとえば、あらばすた、いったとき、みんな、くろこだいる、はじめから、てき、と、おもってた。なんで?」
ティオの意図を測りかねて、ナミが眉を寄せる。
「何でって……クロコダイルは国王も国民もみんな騙してたし、当然じゃない?」
ティオは、ジャムを挟んだスポンジケーキのようなお菓子を口に入れて、首を横に振った。
「それは、あとづけ。びびおうじょが、なかま、だったから、でしょ? だから、くろこだいる、てき、と、おもった」
「!」
「でも、もし、じぶんが、あらばすたの、こくみん、だったら?」
ナミは目を見開いたまま固まった。
「びびおうじょ、えいゆう・くろこだいる、たおしにくる、あくせいの、おう、の、むすめ。そう、みえる」
今まで黙って話を聞いていたロビンが、静かに言葉を連ねる。
「立場と視点が異なれば、物事の善悪は姿を変える。まだこの世界のことをよく知らない私たちでは、物事を判断するには視野が狭い。くまの一件も……。そういうことね?」
ティオは深く頷いた。
「だから、みんなには、いろいろ、みて、きいて、それから、しんじつ、しってほしい」
……誰かが、息を呑む音が聞こえた。
フランキーは小さくため息をつき、手近な弁当を引き寄せる。
「まァ何にせよ、俺たちにとって意味のある2年間を生み出してくれたのは事実だ。くまの野郎が味方かどうか、今は明らかにできねぇとしても、俺としちゃァ、恩のある相手だってことだけは心に留めといてほしい、それだけだ」
そう言って、弁当を開け、魚か肉かも分からない揚げ物を口に放り込んだ。
……しん、と、一味の間に静寂が降りる。
しかし、やはり船長だけは あっけらかんとしていた。
「そっか~、くま みてぇな奴、やっぱりいい奴だったのか~」
隣からウソップが半目を向ける。
「だから、ホントにいい奴かどうかは分かんねぇんだって」
「けど、俺たちのこと"逃がしたい"って言ったんだろ? いい奴じゃねーか」
「あのなァ、どんな意図があって逃がしてくれたかが問題なんだよ」
「んー……ん?」
唇を噛んで首を傾げるルフィに、これ以上の説明は無駄だとウソップは悟った。
「はぁ……何でもねぇよ、気にすんな」
「おう!」
ルフィは難しいことを頭からさっさと追い出し、ニッと満面の笑みを見せた。
そのとき、チョッパーの表情が輝く。
「あ! サンジ、起きたのか!」
「いや、意識はあった。話も聞いてたよ。……ただ、俺はくまって奴を、そこまで信用できねぇ」
サンジの呟きに耳を貸すことなく、ルフィは手近な弁当箱をサンジの顔に押し付けた。
「弁当食えよ! 元気出るぞ~? 女ヶ島の弁当!」
「っ……そうさ、それだ……女ヶ島だと? 俺がこの2年どこにいたと思う……テメェは女だらけの夢の島で一体何の修行をしてたんだルフィ!」
「んぉ?」
「うわわっ、まだ起きちゃダメだって!」
チョッパーが慌ててサンジを押さえ込むと、ブルックが近寄ってくる。
「まぁまぁサンジさん、何があったかは知りませんが、一緒に歌いませんか?」
「励ますんじゃねぇ! 惨めになるわ!」
「ヨホホホホッ!」
サンジがぎゃんぎゃんと噛みついても、ブルックは勝手に、サンジを励ます曲を奏で始めた。
誰かの、ホッとしたようにクスクス笑う、小さな息遣いが聞こえる。
船全体を包み込む、2年前と変わらない賑やかさが、神妙な空気を瞬く間に溶かしていった。