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39. 約束
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軍艦が着港すると、見張りの一兵卒が数人、クザンの出迎えに走ってくる。
そして、全員ピシッと敬礼をしてみせた。
「遠征、お疲れ様でした! 大将青キジ殿!」
「おー。お疲れさん」
クザンはユルい返事を返し、ある地点を目指して真っ直ぐに歩き始める。
……その懐には、鼠の姿になったティオが潜んでいた。
「お帰りなさいませ!」
「お疲れ様です!」
本部の警備にあたっている海兵たちが、まるで上官が近づいたら反応するセンサーのごとく、クザンに敬礼をしてくる。
そのたびに、クザンは適当な返事をしていたが、視線は目的地から一瞬たりとも外れなかった。
……その目的地とは、今回の戦争の中心、処刑台の跡地である。
「ここでいいんだな?」
根元近くでポッキリ折れた、巨大な処刑台の傍で、クザンは立ち止まった。
鼠の姿でクザンの服のポケットに潜んでいたティオは、ぴょこっと抜け出し、肩の上まで登ってくる。
「ひと、もどって、い?」
「あ? あー……まぁいいが、そう長くは隠してやれねぇぞ」
「(コクン) …1ぷん、で、いい」
「へいへい」
クザンは、"正義"が背に刻まれたコートの端を持ち上げた。
長身のクザンに合わせて仕立てられた大きなそれは、ティオ程度ならすっぽりと包み込める暗幕となる。
コートと、残った処刑台の支柱、その間に出来た小さな空間に、ティオは人の姿に戻りながら飛び降りた。
「……」
頬を撫でる風は、たった数か月前までほぼ毎日感じていた、懐かしい匂いを含んでいる。
ティオはその場で、履いていたサンダルの留め具を外した。
細かな砂利が散らばる石畳の上に、素足を降ろすと、尖った砂利の痛みと、石畳の冷たさが、同時に沁みてくる。
「……」
いよいよだ。
"戦争"と呼ばれる大きな戦いを、自分自身で読み取って記憶するのは、アラバスタに続いて2回目。
今回はアラバスタの頃より、自分自身の感情が随分と豊かになっている。
その分、読み取る記憶や感情に左右されやすく、場合によっては発狂する可能性もあるだろう。
……とはいえ、傍にはクザンがいる。
壊れて叫び出す前に、無理やりにでも記憶の根源から引き剥がしてくれるはずだ。
「……」
ティオは、目を閉じ、足元の石畳へと意識を集中した。
ざわざわと、波が寄せては引くように、この広場全体の記憶と感情が流れ込んでくる。
『―――来たぞ―――の大艦隊だ!!』
『白ひげはどこだ!?』
『モビーディック号が来たァァ!!』
『全体、進めー!!』
『うわああああ!! 助けてぇぇぇ!!』
『こんなの……っ……聞いてないっ、聞いてないぞぉぉ!!』
『痛い……痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぁぁああ!!』
『裏切りやがったなあの野郎!』
『俺達ァ売られたんだ畜生!』
『白ひげの首を取れぇぇ!!』
『何を逃げようとしている! もはや我らに退路などない! 戦って死ぬか、今ここで死ぬか、選べ!』
『急げ! エースを助けろ!』
『嫌だ……もう嫌だ! 母さぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!』
……何度も、記憶の中で見たことのある光景。
戦争の記憶とは、総じてこういうものだ。
今までと同じ。
心を閉ざして見つめればいい。
客観的に、客観的に……
「……っ」
ガクガクと、脚が震える。
今すぐここから離れたい。
たくさんの知っている顔。
海兵も、海賊も。
その誰もが、傷つきながらも逃れられない。
身体の痛み、心の痛み、その全てが大波となって、ティオの小さな体に襲い掛かる。
「……そこまでだ、ティオ。もう読むな」
クザンの手が、ティオの肩に乗った。
しかしティオは、瞳に涙を浮かべ、唇をかみしめながら、クザンの手を振り払う。
「……てぃお、は、しらなきゃ、いけない……っ……むぎわらいちみ、として……いちど、でんしょうしゃ、なったもの、として」
この頭に記憶された世界の歴史は、今は隠されているけれど、いずれ、今を生きる人々に
いや、還されなくてはならない。
その時が、もうそこまで迫っている。
それまで、覚えておかなくてはならない。
ティオは再び、石畳の記憶の中へ潜り込んだ……
『おい今の! 麦わらのルフィだ! あの包囲壁を抜けやがった!』
『ぐああああっ!! 腕がっ、俺の腕がぁぁ!!』
『全隊立て直せ! 海賊を1匹たりとも通すな! 命を捨てて守れぇ!!』
『衰えてねぇなァセンゴク……見事にひっかき回してくれやがって』
『オヤジィィ!!』
『白ひげのオヤっさん!!』
『ぎゃああああっ!!』
『エース~~~!!』
『ここを通りたくば……わしを殺してでも通れ! 麦わらのルフィ! それが、お前たちの選んだ道じゃァ!!』
『できねぇよじいちゃん! どいてくれぇ!!』
『ぎゃああああっ!!』
『うわああああっ!!』
『……お前は昔からそうさ、ルフィ……俺の言うこともロクに聞かねぇで、無茶ばっかりしやがって!』
『やったぞ麦わらァ! エースを奪い返した!』
『火拳と麦わらを処刑しろォォォ!!』
『2人の逃げ道を作れぇぇぇ!!』
『……今から伝えるのは、最期の船長命令だ。よォく聞け、白ひげ海賊団。お前らと俺は、ここで別れる! 全員! 必ず生きて! 無事 新世界へ帰還しろ!』
『うわあああっ!! マリンフォードが崩壊する!』
『フン……白ひげは所詮、先の時代の敗北者じゃけぇ』
『やめろ! エース! 逃げるんだよ!』
『貴様ら兄弟だけは、絶対に逃がさん。……よう見ちょれ、火拳』
『ルフィ!』
『うわあああっ! エースがやられたぁぁっ!!』
『赤犬を止めろォォ!!』
『……わしを押さえておけ、センゴクっ……でなけりゃあ、わしゃァ……サカズキを殺してしまう』
―――ティオは、涙を流していた。
雨のように、滝のように。
どこから溢れてくるのかは分からない。
きっとこれは、自分の感情ではない。
戦場で生まれ、染み付いた感情が、この体を通して昇華されているだけ。
……それでも。
心が痛い、もう見たくない。
……それでも、それでも。
一番見たくないけれど、でも、一番見ておかなければならない。
この先の世界を大きく変える、歴史の分岐点を―――