36. 本当の顔

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その夜。

日付が変わりそうな時間に、カクはようやく仕事を終え、アジトに帰ってきた。

(……ん? 何じゃ、またラウンジの明かりがついとる……)

また昨日のように、ティオがラウンジで寝てしまい、誰かが傍についているのだろうか。

そんなことをするくらいなら、部屋に連れていって寝かしてやればいいものを。

無意識に口角を上げながら、カクは玄関扉を開けた。


"ガチャ……"


淡いオレンジの光の下。

ラウンジに居たのは、カリファ。

ソファに座って、雑誌を眺めている。

傍に、ティオはいない。

カクはきょとんとした顔で、瞬きを繰り返した。

「何じゃ、カリファか。遅くまで起きとるとは珍しいのう。美容がどうとか言って、夜更かしは絶対にせん お前さんが」

「今日は少し、寝付けないだけよ」

「ほ~? 休みで疲れなかったからかもしれんなァ。……あの子はどうじゃった。1日、大人しくしとったか?」

そう訊かれて、カリファはカクの方へ顔を向ける。

「脱走、しようとしたわよ」

カクは、まん丸の目を見開く。

そして、苦笑した。

「……そうか」

元々、目覚めたその日にここを出ようとした子だ。

一度くらい脱走を図っても、不思議ではない。

……だが、ここ数日は、それなりに楽しそうに過ごしていたから、このまま大人しく、怪我が治るまで居てくれるのではと、心のどこかで思っていたのだ。

「早く行きなさいよ」

「うん?」

「待ってるわよ、あの子。……あなたと話がしたいんですって」

「……」

話、か。

十中八九、ここから逃がしてくれと懇願してくるのだろう。

カクは、やれやれと言いたげにため息をついて、2階へと上がっていった。






長い廊下の、一番奥。

毎日開け閉めしている扉が、今日は、少しだけ違う扉に思えた。

緊張を拭えないまま、そっと扉を開ける。


"カチャ……"


ぼうっと、ベッドサイドの小さなランプが照らす中、ティオがベッドにぺたりと座っていた。

ゆっくりとこちらへ振り向いた顔は、眠いのを我慢してます、とハッキリ示している。

カクは苦笑しながら歩み寄った。

「我慢せず寝ておれば良かったものを。どうせ明日はわしも休みじゃ。話があるなら、明日聞く」

すると、ティオはぶんぶんと首を横に振る。

そして、両手でカクの服をぎゅっと掴んだ。

「……ごめん、なさい」

「?」

開口一番に謝られ、カクは固まる。

てぃお、じぶんの、こと、ばっか……。たいへんな、おもい、して、たすけて、くれたのに、きょうまで、おれいも、いわなくて……。かってに、にげようと、して……」

言葉を並べ、うつむティオ

その頭に、カクはポンと手を乗せた。

「……それほど、お前さんにとって仲間は大事なものなんじゃろう? エニエス・ロビーで嫌というほど見たわい」

「……」

「……今すぐにでも、ここを出たいか?」

「(コクン)」

「……なら、わしにはもう止められ「でも」

カクの言葉を遮って、ティオは顔を上げる。

青い瞳が、真剣にカクの目を見つめた。

「このまま、かえったら、てぃお、こうかいする。だから、おんがえし、するまで、のこる」

カクは目を見開く。

そして、苦笑しながらティオの頭を撫でた。

「恩返しなど要らん。そんなことをして欲しくて、お前さんを助けたわけではない」

「やだ。てぃお、が、したい、の」

「……お前さん、どちらにしても強情じゃな」

「ぜったい、うけたおん、ぜんぶ、かえす。だから……」

「?」

「ここ、いても、い?」

こてん、とティオは首を傾げた。

カクは笑って、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。

「いいも何も、元から逃がす気もないわい」

「う~……」

しばらく撫で回した後、乱れた金髪を手櫛で梳きながら、カクは眉根を下げた。

「……わしも、すまんかった」

「?」

「相手を言葉で説得した経験が、あまりなくてのう。つい、脅し文句でお前さんを逃げられんようにしてしもうた。……本当は、そんなことが言いたかったわけではないんじゃ」

……情けない、悔しい、恥ずかしい。

ティオは、カクから、数時間前の自分と同じ気持ちを感じて、わずかに目を細めた。

てぃおも、おなじ」

「?」

「かんじょう、よめるから、て、ぜんぶ、わかるき、なってた。はなすこと、して、なかった」

「そうか。……そうじゃな、わしらはまだ何も、話しうておらんかった」

ただお互いの都合を押し付けただけ。

カクは両手をティオの頬に添え、ぷにぷにのほっぺたを、親指でくるくると撫でた。

「明日は時間もたっぷりある。心ゆくまで話すとしよう」

「(コクン)」

ティオが大きく頷くと、カクは両手をするりと離す。

「遅くまで待たせて悪かったのう。お前さんは早く寝ることじゃ」

そう言って、部屋の扉の方へと踵を返した。

ティオは慌てて、カクの服の裾を掴む。

「まって」

「?」

「また、そふぁ、で、ねるの?」

カリファに怒られたあと、ティオは色々と考え、そういえばカクは毎晩、どこで寝ているのだろうかと考えた。

カクの部屋のベッドは、自分がずっと使っていたからだ。

このアジトに、他に部屋がない以上、カクが寝るとすれば、ラウンジのソファしかない。

朝から晩まで働いて、夜はソファで寝ていたと気づいたとき、ティオは、余計に申し訳なくなった。

「べっど、つかって?」

「じゃが、それではお前さんの寝床がない。わしはどこでも寝れる、心配いらん」

「でも……」

「大丈夫じゃ」

……この言い合いは、どこまでも続きそうだ。

そう直感したティオは、ちょっと考えて、ピンと閃く。

「じゃあ、いっしょ、ねよ?」

「……。……は?」

あまりにも予想外の提案に、カクは固まった。

そして頬をひきつらせる。

「い、いやいや、お前さん何を言うとるんじゃ。子供の姿をしとっても、お前さん今年で14じゃろう」

「なにか、もんだい? むぎわら、いちみ、よく、みんな、いっしょ、ねる」

冒険に出かけた先で、男女関係なくまとまって雑魚寝することなど、日常茶飯事だ。

その上、ティオはいつも、ゾロと昼寝している。

海兵の頃も、クザンと一緒に寝ていた。

男と一緒に寝ることは、ティオにとって呼吸をするくらい自然なことなのだ。

「そ、そうは言うても……」

てぃお、と、いっしょ……や?」

「嫌ではないが……」

「じゃ、もんだい、ない」

じっと、無表情の青い目で見つめられ、服を強く引っ張られる。

そんなに真摯に見つめられては、カクに逃げ場などなかった。

「……。……はぁ、分かった分かった」

気は進まないが、折れる。

「わしはひとっ風呂浴びてくる。お前さんは先に寝ておれ」

「……とか、いって、そふぁ、いったら、め、だよ?」

「おー、その手があったか」

「……」

「ははっ、そうジト目をせんでも、ちゃんと戻ってくるわい」

カクはケラケラと笑いながら、タオルを肩に引っ掛けて浴室に向かった。

嘘をついていないことは、ティオも分かっていたので、あくびをしてベッドに倒れ込む。

途端、一気に眠気が襲って来た。





カクが部屋に戻ってくると、ティオは糸が切れた人形のように、ベッドに倒れていた。

それを見ていると、思わず頬が緩む。

「……まったく。これほど無防備で、海賊なんぞやってていいのか?」

濡れたタオルを椅子の背に引っ掛けると、ティオをちゃんとした位置に移動させ、頭の下に枕を挟んでやった。

布団を掛けてやりながら、独り言を呟く。

「……気をつけんと、よこしまやからに捕まってしまうぞ?」

すると、カクの手首が捕まった。

「……そんな、へま、すると、でも?」

薄くティオの目が開き、掠れた声が零れる。

カクは苦笑して、その隣へ潜り込んだ。

「わしがそういう男じゃったら、どうするつもりじゃ?」

ティオはカクの胸に額を寄せて、半分眠りながら呟く。

「……そうじゃ、ない、から……こう、してる……」

「……。……まったく。変わった子じゃ」

カクはむず痒いような思いで、口角を上げる。

今日はいつになく、よく眠れそうだと思いながら、目を閉じた。




37. 抜けない癖
 
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