36. 本当の顔

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"――――――ズ、ズズッ……"


また引きずるような音が聞こえて、ルッチはそちらを見た。

ティオが壁にもたれながら、少しずつ自分の方へ歩いてくる。

「……」

トイレを済ませたら、すぐにでも2階に戻ると思っていたのに。

なぜ階段ではなく、こちらへ向かってくる。

ルッチは、ティオの考えが読めず、じっとその行動を見つめた。

刺すようなその視線に、ティオは内心ビクつきながらも、情報を得るために足を止めない。

視線と共に飛んできている感情は、敵意ではなく、疑問だ。

大丈夫、襲われることはない。

自分の覇気を信じて、ティオはルッチの傍までやってきた。

そして、テーブルに積み上げられた新聞を指さす。

「……みても、い?」

こてりと首を傾げると、ルッチは、そういうことかと納得した顔で、視線を本に戻した。

「……好きにしろ」

許可が得られると、ティオはさっそく新聞を手に取った。

ルッチから50cmほど離れたところに座り、細い両腕で、めいっぱいに新聞を広げる。

ぱっちりと見開かれた青い瞳は、一字一句逃すことなく、頭に読み込んでいった。

「……」

書かれていた情報は、ほとんどがマリンフォードの頂上戦争の話。

数日が経ち、詳細な情報も明らかになってきたようだ。

頂上戦争に参加していた海賊の名前が、ずらりと並んでいる。

……そして、マリンフォードで死亡、または拿捕された海賊たちの名前も。

その死亡者・拿捕者の中に、ルフィの名前はない。

それどころか、ティオは、信じられない一文を発見した。

(……はーと、の、かいぞくだん?)

超新星の1人、トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団が、負傷した麦わらのルフィと海峡のジンベエを、戦場から連れ出したと記されているのだ。

その後、クザンとボルサリーノの追撃に遭ったようだが、生死は不明。

「……」

記事によると、トラファルガー・ローは戦争の終盤で現れ、ルフィを助けようとしてくれたらしい。

しかし、理由が分からない。

ローのことは、ティオも海兵時代に査察をしたことがあるから、よく知っている。

その査察の後、レベルに見合う追撃隊を、近くの海軍駐屯地から出したにも関わらず、逃げられた。

それほどに急成長が著しい、まさしく超新星の1人だったのだ。

シャボンディ諸島のヒューマンショップで、再びまみえることになったが、別段、ルフィに加担してくれそうな雰囲気でもなかった。

……そんな彼が、どうしてルフィを助けようとしてくれたのか。

「……」

ハートの海賊団の船は、潜水艦。

たとえ船が大破しても、残骸を見つけることは困難を極める。

だからこその生死不明なのだろうが、ティオは、ルフィが死んでしまったとは、どうしても思えなかった。

前代未聞のインペルダウン大脱出劇を成し遂げ、世界を変える大戦争の中でも戦死しなかった強運の持ち主が、逃走中に溺死するだなんて、そんなこと……

「……」

ルフィが、トラファルガー・ローの元で生きていると仮定するなら、このセント・ポプラを脱出した後に向かう場所を、考え直さなければならない。

当初は、ルフィのマリンフォードまでの道に、ボア・ハンコックが何かしら関与していると推測し、女ヶ島に飛ぼうと思っていた。

しかし、ローが連れているのなら、もはや女ヶ島に行っても意味はない。

寧ろシャボンディ諸島へ向かった方が、ローがマリンフォードへ向かう直前までの情報など、何かを掴めるかもしれない。

たとえ情報がなくとも、そこにはレイリーやシャッキーが居るし、もしかしたら、麦わら一味の誰かが居るかもしれない。

必ず、ルフィに辿り着くための一歩になるはずだ。

(……もくてきち、へんこう。しゃぼんでぃしょとう)

頭の中でそんなことを思い、今朝の朝刊を閉じる。

三日分の情報を余すことなく吸い上げて、ティオは、ふう、と息をついた。

隣では、ルッチが変わらず本を読んでいる。

「……」

何となく、どんな本を読んでるのかな、と、ルッチの手元を見た。

すると……

「何だ」

視線に気づいたらしく、ルッチが本から目を離さず訊いてくる。

ティオは、答える言葉が見つからず、視線を彷徨わせた。

ルッチは小さくため息をつくと、テーブルに積んでいた本を、ティオの方へ押しやる。

「読みたければ、勝手に読め」

予想外の行動に、ティオは本とルッチを交互に見比べた。

「……」

やがて、一番上に積まれていた本を手に取って、開く。

タイトルは『夢橋の彼方』で、どうやら小説のようだ。

"殺戮兵器"とまで言われるルッチが、小説なんて読むんだな、とティオは意外に思う。

そして、情報収集以外で本を開くのは初めてだな、とも思った。

余暇を潰すために本を読んだ経験は、ない。

「……」

想い人と添い遂げるため、国と国とを繋ぐ橋をかけようとする物語。

情景描写や心象表現で綴られた文章は、ティオには回りくどく感じられた。

淡々と事実だけでまとめられた、記録や報告書ばかりを読んできた影響だろう。

「……」

読むうちに、字が躍っているように見え始めた。

内容が頭に入ってこず、点滅するかのように意識が何度も途切れる。

……そう、初めて読んだ"小説"というものの表現が、まどろっこしすぎて、ティオは眠くなってしまったのだ。

ティオは、がくんがくんと首を揺らし、何度も、膝上で開いた本に顔を突っ込みそうになる。

隣でそんなことをされては、ルッチも穏やかでいられない。

「眠いなら寝ろ。気が散る」

そう言って、ティオの膝から本を取り上げ、閉じて本の山の上に戻した。

「……ん……」

既に寝ぼけていたティオは、そのままルッチの隣に寝ころび、丸くなって眠り始める。

……まさか、ここで寝始めると思わなかったルッチは、思わず固まった。

額に手を当て、大きなため息をついてから、本の続きに視線を戻す。

そして、どこか落ち着かない気分で、読書を続けるのであった。






深夜。

ようやく仕事を終えたカクが、帰ってきた。


"ガチャ"


戸を開けると、ラウンジスペースで、ジャブラが一人、酒のグラスを仰いでいる。

「何じゃ、まだ起きとったのか」

「んァ? まぁな~」

頬が赤く、ほろ酔い状態だ。

戸を閉め、歩いてきたカクは、ふと、ジャブラの近くに見えた人影に、足を止める。

「うん? 何故ここでその子が寝ておるんじゃ?」

ソファで丸くなり、穏やかな寝息を立てている、ティオ

少々雑だが、ブランケットが掛けられていた。

「ァア? 知らねーよ。俺が帰って来たら、もうここで寝てた。それからずっと、フクロウやクマドリが帰ってきて騒いでも、ビクともしやがらねぇ。どんだけ寝んだコイツは」

「お前さんが帰ってきたのはいつじゃ?」

「あー……3時くれぇじゃねぇか? 今日は早上がりだったからな」

「ほう……」

話を聞いたカクは、フッと笑う。

「お前さんも、子供には甘いんじゃな」

「ァア?」

「風邪を引かんよう、毛布を掛けてやったんじゃろ?」

「俺じゃねぇぞ? 俺が帰ってきたら、このガキはここで、1人で毛布にくるまって寝てたからな」

「?」

じゃあ誰が……

……と思ったところで、カクは真犯人にすぐに気づいた。

今日、このアジトに居たのは、ルッチとブルーノの2人。

午後3時では、まだブルーノは起きていない。

その時刻までに、ティオにブランケットを掛けられるのは、1人だけだ。

("殺戮兵器"が聞いて呆れるわい……)

カクは薄く微笑みを浮かべ、ティオを起こさないように抱き上げる。

「ジャブラ、お前さんも遅くまでご苦労じゃった」

「あ? 何言ってやがんだテメェ」

えて言わん」

カクはそのまま、階段へ向かった。

ジャブラは、チッと照れ隠しに舌打ちをし、グラスに残っていた酒を飲み干す。

……実は、カクが帰ってくるまで、独りで放置されていたティオの傍についていたのだ。

カクがティオを連れて部屋に行ったので、ジャブラもお役御免で、ラウンジの明かりを消し、自室へ行く。

今夜も、元CP9のアジトは、平和な暗闇に包まれた。

 
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