35. セント・ポプラ

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その日の深夜。

ブルーノは、いつも通り酒場でアルバイトをしていた。

ほぼ昼夜逆転の生活だが、それはウォーターセブンの頃と変わらないし、7人分の朝食と夕食を準備するには好都合な生活スタイルだ。


"カラン、カラン……"


ドアのベルが鳴った。

「いらっしゃーい」

ウォーターセブンの酒場を営んでいた頃と同じく、別人のような笑顔で声をかける。

見れば、入って来た客は、よく見知った鼻の長い男だった。

「一番安いウイスキーを、ロックで頼めるかのう?」

そう言って、カウンター席までやってきて、座る。

ブルーノは、接客用の顔を崩さず、はいよ、と答えた。

酒を用意しながら、雑談のつもりで話しかける。

「今日は真っ直ぐ帰らなくていいのか? このところ、仕事がどんなに遅くなっても直帰していただろう」

その問いに、カクは視線を伏せた。

「……あの子も、目は覚めたんじゃ。全く動けないわけでもなし、身の回りのことくらいは何とかやるじゃろう。……飯は食っておったか?」

「あぁ、完食だった。寝苦しそうにしていたから、小食のくせに無理に詰め込んだようだが」

「はははっ、そうかそうか」

ブルーノは、カクの目の前に酒のグラスを置く。

「ジャブラも言っていたが、あまり嬉しそうではないな」

カクは少し困ったような顔で、グラスに口をつける。

「……そう見えるか?」

ブルーノは後ろを向き、皿を拭きながら話を続けた。

「ジャブラが珍しく気にするくらいにはな」

「ははっ、それは気色悪いのう」

笑いながらウイスキーを一気に仰ぎ、グラスをカッと置いて、2杯目を要求する。

ブルーノは同じ酒を注いでやった。

空腹に強い酒を入れたカクは、一気に酔いが回っていくのを感じる。

「……どうしたもんかのう。……あの子が起きたら、どんな言葉をかけ、どんな態度で接するか、全て決めてあったんじゃが、実際に言葉を交わしてみると、上手くいかん……」

ティオが眠っていた6日間、カクはティオとの接し方を考えていた。

プルトンの設計図を描かせるために、脅して追い込んだ前科があるから、警戒されるのは覚悟の上。

とはいえ、ティオは相手の感情を読み、嘘を見抜く力を持っている。

こちらに敵意がないことは分かるはずだと、信じていた。

あとは、傷ついて飛べなくなった鳥を保護するように、優しい言葉と態度で接していれば、傷が治るまで大人しくしてくれるはず。

……そう思っていたのだが、実際は、全く大人しくなかった。

重傷で衰弱しきった体だというのに、目覚めてすぐ、頂上戦争で傷ついた船長の元へ向かおうとした。

自分の痛みより先に、仲間の痛みを想って涙を流した。

出会った頃のイメージでは、策をろうせずともあっさり捕まるほどに甘く、仲間たちの助けがなくては何も出来ない、幼い子供だったのに。

再会してみれば、それはとんでもない勘違いだったと気づいた。

あの子は、自分の夢のためなら地位も権力も捨て、仲間のために命を張れる、大人なんかよりずっとカッコイイ、立派な少女だったのだ。

その思いを尊重して、仲間の元へ行かせてやりたい気持ちはあったが、そんなことを許せば、間違いなく仲間の元へ辿り着く前に死んでしまう。

何とかこの場に留まらせなければと、必死で思考を巡らせた。

……結果、優しい言葉で説得することは出来ず、逃げることは許さない、なんて脅し文句で、無理やり留まらせることしか出来なかった。

つくづく、CP9としての冷酷さが、身に染みついているなと感じる。

咄嗟の判断を迫られると、目的達成のために最も効率的な方法を取ろうと、感情を殺してしまうクセがついているのだ。

そんな自分に、言葉を発してから気づいて、罪悪感が湧き、腹が立った。

「……フッ」

「?」

吹き出すような声が聞こえて、カクが顔を上げると、後ろを向いて皿を拭いているブルーノが、巨体を震わせていた。

どうやら笑いを押し殺しているらしい。

だいぶ酔いが回ってきているカクは、眉間にしわを寄せた。

「何じゃあ、人が真剣に悩んどるときに」

ブルーノは何とか笑いを堪えて答える。

「いや、まるで父親だと思ってな」

「ぁあ? 誰が父親じゃあ! 確かに子供は好きじゃが、わしは別に……」

ボソボソと、声が次第に小さくなっていく。

ブルーノは密かに口角を上げ、言ってやった。

「もう一度、お前がどうしたいのか整理してみればいいんじゃないか? あの子供も、いくら思考や感情を読む力があるとはいえ、お前の中ですら定まっていない思考や感情は読み取れなかっただろう。……考えが固まったら、弁解も含めて全部話してやればいい」

「……。……わしが仕事に出た後、お前はあの子に会ったんじゃろう?」

「あぁ。食事を持っていったときにな」

「……わしやお前のこと、怖がってはおらんかったか?」

「出会いがしらは多少、警戒していたがな。敵意はないとすぐに分かったんだろう。怖がるどころか、寧ろ必要な情報を集めようとしてきた。延々と質問されそうで、あとはお前に聞くよう言ったがな。……賢くて度胸のある子だ」

「……そうか」

皿を拭いていたブルーノの手が、次第にゆっくりになる。

「……お前、本当に何故、あの子供を助けようと思ったんだ?」

「……」

カクは、酒のグラスをぼんやりと見つめた。

酒場の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。

「……正義に背く者は全て殺せ。その教えに疑問を持ったことはなかった。……じゃが、ウォーターセブンに潜入しとった5年間、時々、任務を忘れてしまうときがあってのう。……プルトンの設計図を持って、エニエス・ロビーに帰るのが、何となく嫌じゃった。ずっとこのまま、大工を続けられんもんかと、無意識に考えとった。……それを、あの子は言い当てたんじゃ。わし自身も気づいとらんかった頃にな」

カクが酒を飲み干すと、ブルーノは黙って次の一杯を注ぐ。

「……麦わら一味ヤツらに負けて、役目を降ろされ、この町に逃げてきて……わしは正直、楽しかったんじゃ。殺しの仕事は潰しが利かんと思うておったのに、表の世界でも生きられると知った。……あの子が見透かしてくれんかったら、わしはこんな自分に気づけんかったじゃろう。……じゃから、あの子を見つけたとき、助けてやりたいと思ったんじゃ……。恩返し、みたいなもんかのう」

飲んでいなければ、ここまで喋ることはなかっただろう。

やはり、思った通りの優しい男だと、ブルーノは密かに頷く。

そして、この話は他のメンバーには内緒にしておこうと、心に決めた。



36. 本当の顔
 
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