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35. セント・ポプラ
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部屋の外に出たカクは、無言で長い廊下を歩き出した。
廊下の壁には7つの扉があり、その向こうは全て、今出てきた部屋と同じ間取りだ。
この建物は元々、とある木材の卸売業者が社員寮として使っていたものの1つで、老朽化により長らく空き家になっていた。
そこを安く借り、船大工としての腕を生かして、生活できる程度に修繕したのだ。
2階建てで、1階はキッチン・風呂・トイレと、共有のラウンジスペースがあり、2階はそれぞれの個室だ。
……カクが突き当たりの階段を降りると、1階のラウンジスペースで、ジャブラがソファの1つに腰掛け、くつろいでいた。
黒のハーフパンツに、アロハシャツを羽織っただけの、ダラしない恰好をしている。
カクに気づくと、意地の悪い笑みを浮かべて振り返った。
「よォ、カク。あのガキ、目ぇ覚ましたみてぇだな。お前の嬉しそうな声が、ここまで聞こえてたぜ?」
「耳が腐っとるようじゃな。普通に話しとっただけじゃ」
カクはジャブラと目を合わせず、キッチンへ向かった。
古くも整備されたその場所には、ブルーノが
黒いTシャツに、迷彩柄の七分丈のパンツという恰好ながら、ガタイの良さと無表情さが、誠実さを思わせた。
夕食の仕込みを中断して、ジャブラに頼まれたのであろうコーヒーを
「ブルーノ、すまんが、あの子に
ブルーノは手を止めずに答える。
「構わないが、お前は仕事か?」
「あぁ。……今夜は遅くなる。わしの分の夕飯は要らん」
「分かった」
「それと、万が一あの子が逃げ出したら捕まえてほしいんじゃ。そうそうないとは思うがな……。他の奴らにも、そう伝えてくれ」
「あぁ」
返事を聞くなり、カクは
ニット帽を被り直し、リストバンドの位置を調整しながら外へ出ていく。
"キィィ………バタン"
閉じた扉を、ジャブラは数秒見つめていた。
そこに、ブルーノがコーヒーを持ってやって来る。
テーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、ジャブラはため息をついた。
「なんつーか、拍子抜けだな。もっとアホみてぇに喜ぶ間抜け顔が拝めるかと思ったが」
「……そうだな。……アイツがあの子供を連れてきたときは、驚いたものだ」
それは、6日前のこと―――
まだ夕日の赤さが空に残る、日没の時間。
古い社員寮を修繕した安っぽいアジトで、ブルーノは今日も、キッチンに立っていた。
夜からシフトが入っている酒場のアルバイトの前に、仲間たちの夕食を準備しているところだ。
"ガチャ、キィィ…"
玄関扉の開く音がする。
誰かが帰ってきたようだ。
時間と、今日の各々のスケジュールから察するに、カクだろう。
午後3時頃には仕事が終わるという彼に、買い出しを頼んでおいたからだ。
「ブルーノ、すまんが手を貸してくれんか」
声で、やはり帰ってきたのはカクだと分かった。
手を貸してほしいだなんて、一体どれだけ大量の食材を買ってきたのだろう。
今日は市場で大安売りをするとは聞いていなかったが。
そんなことを考えながら、共有スペースへと出てきたブルーノは、目を見開いた。
「しばらく応急処置を頼めるか? わしはひとっ走り、医者を連れに行ってくる」
あっけらかんとしてそう言うカクの腕には、見覚えのある少女が。
元・世界政府最高諜報機関、サイファー・ポール"イージス"ゼロ所属、特殊記録伝承者。
そして、元CP9である彼らの宿敵、麦わら海賊団の一員となった、ティオ。
麦わらの一味は、つい3日ほど前、シャボンディ諸島で完全崩壊したという情報が流れたが、まさかその一味の1人を、こうして仲間が連れ帰るとは想像だにしていなかった。
見れば、少女は体中血まみれで、右足は複雑に折れており、見るからに瀕死の重傷だ。
ブルーノはワケも分からないまま、カクに言われた通り、医者が到着するまで応急処置を施していた。
―――その夜。
仕事から帰ってきたメンバーも合流し、7人が揃ったところで、緊急会議が開かれた。
カクは、どこか楽し気な顔で、ティオを拾うに至った経緯を説明する。
「―――というわけで、あの子が何故この島に
「チャパ~、肉球型に爆発する爆弾かァ。見てみたいもんだァ、チャパパ~」
「よよいっ、ぁ不思議なこたァ、この世にぃ、ぁいくらでも~、あるもんだァ~」
「……それで、どうするつもりなの?」
カリファの鋭い視線を受けても、カクは表情を変えない。
「ま、これも何かの縁じゃろう。しばらくはわしが面倒を見る」
そう宣言した途端、ジャブラが声をあげて笑った。
「ギャハハッ! マジかよカク! 殺し屋がパパにでもなるつもりかァ!?」
「そんなつもりは毛頭ないが、子供は好きじゃな。お前より子供に好かれる自信もある」
「ぁあ!? ンだとテメェ! オオカミの人気ナメんじゃねぇぞ!」
「お前こそ勘違いしておらんか? 動物園ではオオカミよりもキリンの方が人気者なんじゃぞ?」
話が逸れていくのにイラついたカリファが、ダンッとテーブルに手をついた。
「カク、アンタ本気で言ってるの? あの子はただの海賊じゃない。私たちが貶められる原因を作った、あの麦わら一味の1人なのよ? 今の状況で奴らと関わるのは、デメリットでしかないわ」
……エニエス・ロビーで、麦わら一味に大敗してからというもの。
7人は確固たる地位から一転し、世界政府や海軍に追われる身となってしまった。
十中八九、長官のスパンダムが、エニエス・ロビー陥落の責任をなすりつけてきたからに違いない。
海列車の線路を辿り、何とかこのセント・ポプラに逃げ込んだ彼らは、ほとんどその日暮らしで今日まで生きてきた。
今は1日1日を生きることに必死で、これからの身の振り方も考えられない状況だ。
そんな状況で、敵であるティオを傍に置くことは、自分たちの身を危険に晒すと共に、経済的な負担を増やす種になる。
カクは相変わらず、どこか楽し気な表情をしているが、瞳も言葉も真剣そのものだった。
「全部分かった上で言うておる。麦わらたちがこの島に
一味に見つからないよう、こっそりティオを返してやる方法は、いくらでもある。
「もし、あの子以外の麦わら一味がこの島に
カクが見渡すと、仲間たちは互いに目を見合わせた。
しばらくの沈黙を破り、真っ先に口火を切ったのは、ブルーノ。
「……俺は構わない。……どうせ食事が必要になったとしても、1人や2人増えたところで、手間は変わらないからな」
その言葉に、カクは数回まばたきを繰り返してから、フッと安堵の笑みを浮かべた。
ブルーノは気恥ずかしさから、無表情のまま目を逸らす。
……CP9として、ウォーターセブンに潜入していた頃。
ブルーノは、カクが街の子供たちと楽しそうに遊んでいるのを、何度も見ていた。
ここにいる7人は、カリファ以外の全員が孤児であり、幼少期から"グアンハオ"というサイファー・ポールの訓練施設で育っている。
皆、殺しの技術や絶対正義の精神を叩き込まれてはいるが、それだけが体の全てを構成しているわけではない。
グアンハオに居た頃は、相応に子供らしく、笑ったり泣いたり怒ったりしていたし、今も人としての心を忘れてはいないのだ。
その中でもカクは、自分も年若いというのに面倒見がよく、年下の子たちに慕われていた。
ウォーターセブンでも、子供と遊んでいた間だけは、任務を忘れ、束の間の幸せを味わっていたことだろう。
この町に来てからも、子ども相手にキリンの姿で遊んでやっているのを、よく見かける。
……正義に縛られ続ける、CP9としての役目から外された今。
7人は追われる身でありながら、自由の身でもあった。
特にカクは、人一倍"表の世界"を楽しんでいるはずだ。
まだまだ若くて、根は優しく正義感の強い、思いやりに溢れた男なのだから。
……そして。
ここまで頑なにティオを助けようとする理由は、エニエス・ロビーで彼女と過ごした時間に、何らかの心境の変化をもたらされたからに違いない。
……どちらにせよ、ブルーノとしては、カクの望みを後押ししてやりたいのだ。
そんな空気を察したのか、フクロウやクマドリ、ジャブラも、遠回しに賛同の意を示した。
「チャパパ~、俺も構わないぞ。何だか面白そうだ~」
「よよいっ、ぁオイラも構わね~ぇ、好きにやんのが~ぁ一番だァ」
「いいんじゃねぇか? 何かあってもカクが命懸けで責任取んだろ? 楽しみじゃねぇか、ギャハハハッ!」
どこか楽観的な男たちの意見に、カリファはため息をつく。
そして、まだ一言も喋っていないルッチを見た。
結局、彼の一存で全てが決まるからだ。
「……」
ソファの1つに腰掛け、両腕を組んで無言を貫いていたルッチは、スッと目を閉じ、立ち上がる。
「……好きにしろ」
それだけ言って、2階へと上がっていってしまった。
要するに、カクの要望を許可するということだ。
カリファは、頼みの綱のルッチすら認めてしまったことに、再びため息をつく。
「……全くどいつもこいつも……。いいこと? カク。私はまだ、あの子を置くことを完全に認めてはいないわ。少しでも私たちに不利益が生じるなら、捨ててきてもらうわよ」
カクは表情を変えずに頷いた。
「あぁ。それで構わん」
―――それから6日が経ち、今日、ティオは目を覚ましたのだ。
カクは今日まで、ティオを自分の部屋で看病し、目を覚ますことを心待ちにしていた。
本人がそう言っていたわけではないが、表情や仕草、雰囲気を見ていれば分かる。
だからこそ、ティオが目覚めたにもかかわらず、浮かない顔をしている理由が、よく分からなかった。