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16. 夢とカエルと海列車
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現在の時間軸から遡ること、4年。
世界政府から海軍本部に、1人の少女が車椅子で届けられた。
年齢は10歳。
体は痩せ細り、骨と皮だけで、栄養剤らしき点滴が何本も刺さっている。
伸び放題でほったらかしの金髪は傷み、もはや質感が紙になっていた。
その髪に隠れた顔には表情がなく、目を開けたまま眠っているかのように動かない。
「失礼します」
少女は車椅子で元帥の部屋まで運ばれた。
事前に連絡を受けていたセンゴクは、憐れむような険しい表情で少女を迎える。
「……こんな子供も、伝承者候補の1人か」
伝承者。
正式名称:世界政府特殊記録伝承者。
世界政府創設期より存在し、現在はCP0の所属となっている、特異な役職だ。
史実に残る歴史も、残らない歴史も、全てをその頭に記憶し、次世代へと語り継ぐ。
この役職において重要なことは、決して外部に知られてはならない、機密中の機密情報を、確実に秘匿したまま伝えていくことである。
そのために必要とされるのが、たぐいまれな記憶力と、見聞色の才。
相手の記憶が読めるほどに卓越した見聞色の覇気で、先代の記憶を丸ごと読み取って記憶し、自身や諜報機関が集めた情報を繋げ、また次の伝承者に継いでいくのだ。
伝承者は、記憶力に長けた者たちを政府が集め、その中から見聞色の才がある者を引き抜き、他人の記憶が読めるまで見聞色を鍛え上げることで造られる。
少女を運んできた黒スーツの男は、淡々と答えた。
「彼女には記憶力はもちろんのこと、今までに類を見ないほど卓越した見聞色の才があります。現在訓練中の候補者たちを抜いて、第一候補に躍り出ました」
「ならば何故こちらに寄越す。すぐにでも世代交代すべきだろう。現・伝承者はかなりの高齢だと聞いてるぞ?」
「彼女に触れて頂ければ分かります」
センゴクは眉をひそめた。
ピクリとも動かずダラリと車椅子に身を預ける少女を、長いこと見つめる。
触れれば何だというのか。
あらゆる可能性を想像し、ゆっくりと手を伸ばす。
「……!」
触れたのは、ほんの一瞬。
皮膚にかすめた程度だ。
しかしその一瞬で、指先から膨大な情報が流れ込んできた。
おそらく、車椅子の部品の、何億年にも渡る長い記憶。
組み立てた職人、材料として切り出された場所、ただの鉄として、あるいは鉱石として、山奥でただ存在していた数億年の時間……
あまりの壮大さに、冷や汗を感じざるを得なかった。
「……なるほど、こりゃ厄介だ。見聞色が強すぎて制御できていない。触れている物の記憶を常に読み取り、またそれを発している」
「えぇ。おかげで話すことも出来ません」
「読み取った記憶の処理で頭がいっぱいで、他のことをする余裕がないんだろう。おそらく膨大な情報で精神崩壊を起こさぬよう、自ら感情を消し去ったな……」
……哀れな。
10歳の少女には酷な話だ。
「加えてこちらの資料にもある通り、悪魔の実の能力者でもあります」
「フン……あの忌まわしい研究の産物か」
「ある意味とても貴重ですよ?」
「それで? この子を海軍に押しつけて、政府は何をしてほしいんだ?」
答えは分かりきっているものの、一応訊くだけ訊いてみた。
黒スーツの男は愛想笑いを浮かべて答える。
「もちろん鍛えてください。次期伝承者として働けるように。……それでは、私の仕事はここまでですので。定期的に様子を見に来ます。進展がありましたら報告を下さい」
男は軽く頭を下げ、早々に立ち去った。
海軍に拒否権は無いということだ。
センゴクは男の背中を見送りつつ呟いた。
「……フン、所詮我々は飼い犬か」
"ギィ……バタン"
部屋の扉が閉まった。
「……」
2人きりの室内で、センゴクはどうしたもんかと少女を見つめる。
少女は相も変わらず、ただそこに居た。
心臓が動いているだけで、見た目は屍のようだ。
……実際、政府すらサジを投げたこの少女に、どう対応したらいいか分からない。
触れることは愚か、会話すらまともに出来ないのだから。
センゴクがしばらく悩んでいると……
"コンコン"
「失礼しまーす」
ダラけきった声を響かせて、長身の男がやってきた。
しわの寄っていたセンゴクの眉間から、一時的にしわが消える。
「おぉクザン、帰ったか」
「どーも」
クザンは頭を掻きながら、報告書らしきものをセンゴクに差し出した。
そして、ただならぬ雰囲気の少女を見つけ、横目に見下ろす。
「なんスか? このガキ」
「ん、あぁ……」
センゴクは深いため息をつき、少女に関する資料を渡した。
クザンはそれをざっと見渡して、わずかに眉間にしわを寄せる。
「……伝承者候補っスか」
「あぁ。……だが、厄介なことに見聞色の覇気が強すぎてな」
「強すぎる?」
「……触れてみろ」
クザンは眉をひそめて、少女に手を伸ばし、先ほどのセンゴクと同じ体験をした。
「あらら、こりゃまた厄介な」
「政府はこの子を持て余していたようだが、これ程の才能だ。何とか使い物にしたいと考えて、ここに送り込んできたんだろう」
クザンは黙って少女を見つめた。
「……」
表情がいつになく険しい。
不思議に思ってセンゴクが尋ねた。
「おい、どうした」
その問いには答えず、クザンは少女の目の前にしゃがみ、伸び放題の金髪をかき分けて、顔を覗き込んだ。
「……」
もちろん少女の目は焦点が合っておらず、何も映していない。
その濁った青い瞳を見つめていたクザンは、やがて口角を上げた。
「センゴクさん」
「何だ?」
「コイツ、俺が預かっていいっスか」
「ん、あぁ。……はああっ!?」
クザンは立ち上がり、もう一度資料に目を通した。
「へぇ、名前はティオか」
「お、おいクザンっ、お前がこんな面倒事を自分から引き受けるなど……」
「あー、まぁ、アレですよ」
「アレ?」
「ほら、あの、アレ……」
「だから、そのアレというのは何だ」
「んー……まぁいいです。忘れたんで」
「またそれかい! ったくお前は……」
センゴクは額に手を当て項垂れた。
「しかし、一筋縄ではいかんぞ。まずもって話すことすら出来んからな」
「あー、それなら」
クザンはティオをひょいっと抱き上げた。
途端、ティオから膨大な情報が流れ込み、思わず顔をしかめる。
しかし、3秒ほどそれに耐えてみると、流れ込む映像はクザン自身の記憶に変わった。
「……ぅ」
少女がピクリと動いた。
首をゆっくり回し、ここはどこだと言いたげに辺りを見渡す。
センゴクは目を見開いた。
「クザン、お前いったい、何をした……」
先程まで人形のように動かなかったのに。
「思いつきを試しただけなんすけど、上手くいきましたね」
「思いつき?」
「このチビは要するに、デカすぎる情報で頭がパンパンだから話せないんですよね。だったら、読み取る情報を小さくしてやればいいんじゃないかと」
つまり、クザンに抱き上げられたことで、先ほどまで流れ込んでいた何億年という物質の記憶が、クザン1人分、すなわち数十年分にまで縮小したということだ。
頭にも余裕が出来る。
「……? ……?」
少女は髪に塞がれて前が見えないため、無作為に手を伸ばし始めた。
やがてクザンの顔を探り当て、不思議そうにぺたぺた触る。
クザンは適当に少女の髪をかき上げ、顔を出させてやった。
「よぉ」
「……」
少女は青い瞳でクザンをじっと見つめた。
無表情に、猫のように、ただじっと。
「自分の名前、言えるか?」
「……。……な、まえ……なま、え」
少女はかすれた小さい声で"なまえ"を連呼して、再び黙った。
どうやら自分の名前も分からない様子。
センゴクが重い雰囲気を纏って言った。
「その子は何も覚えてないぞ」
「そーなんスか?」
「ここに来る前の記憶は暗示をかけて封印してあるらしい。……まぁ、この生い立ちでは仕方あるまいが」
センゴクは、少女に関する資料を視線で指した。
簡略的だが、およそ子供の経験すべきではない過酷な生い立ちが綴られている。
「暗示ったって、何かの拍子に解けたらどーするんすか。その瞬間に発狂レベルっすよ? コレ」
「政府がそんな簡単に解ける暗示をかけると思うか? 資料の隅にキーワードが2つ書いてあるだろう。それを同時に聞かなければ問題はない」
クザンはそのキーワードとやらを一瞥した。
「……まぁ、確かにこの組み合わせはそうそう聞かないでしょうけど」
「別に一生かけ続ける暗示ではない。己の過去を受け入れられる精神力が身に着くまでの一時的な措置だ。……とにかく、その子の面倒を引き受けるなら覚悟しておくんだな。数年間はお
「へーい」
少女は会話を聞いているのかいないのか、無表情のまま、2人の顔を交互に見つめていた。