君がため 18

満月が自分を照らしていく、それは離へと向かう道を静かに案内してくれてるようでラディッツは夜の祝福だなと思いながら歩いていった。
皇嵐が離へといったようだ、なのでラディッツも少し時間をずらして向かっていく。鼓動が高鳴る、一つ一つ高鳴る度に己の魂に彼女への恋心が刻まれていく感覚を覚える。
皇嵐…皇嵐……と、言葉を一つ一つ名前をかみ締めて少しの距離が遠く感じる。
「(今宵…やっと……)」名無しの君ではなく、ラディッツとして個人として彼女に会えるのだ。今の今まで女性というものには無関心であったが、まさか…自分が1人の姫にこんなに心を乱されるなんて。
天にさく花のような高貴な姫君、お目通りは叶わぬものだと思っていたのに。ラッキーだとしてもこの経験を味わっていこう。離へとついて、カリーの従者がこちらへと案内をしてくれる。
「…白雪の方(カリー)は?」
「別室にて休まれてます」さすがに二人っきりとは行かないか、それも当然。…だが正直助かる、なにかあった時のためにも。もちろんそんなやましい事を起こす気はとんとないが、何かしらある。
それに高貴な方と2人っきりというものも緊張して言葉が喉に詰まるのだから。だが……その部屋では2人というのは有難い。別室にカリーが居たとしても。
皇嵐がいるといわれる、離の部屋へとついた。落ち着く沈香の香りがしてきて、香りでたしかに彼女がいるのだとよくわかる。だがこの香り…過去にも嗅いだことがあるような、と思いつつゆっくりと襖を開けて部屋へとはいる。
「…っ…!」御簾がロウソクの明かりでぼんやりとうつされている、皇嵐の影がゆらりとゆれてこの御簾の奥に彼女がいるのだとわかる。
香りと影…嗅覚と視覚で彼女の存在がわかってしまい、心臓が高鳴る。間違いない、皇嵐はここに居るんだ。
「…そんなに緊張しないで、入ってきなさいな」春のおとずれを感じさせる美声がきこえて、ラディッツは皇嵐の声だとわかり部屋の真ん中辺りまで入る。
そしてすわり、ドキドキとしながら頭を下げた。
「…およびにあずかり、光栄ですっ……自分は「カリーから聞いてるわ…バーダックの息子ラディッツと」っ!?」面をあげなさい、といわれゆっくりとあけるとカラカラッと御簾の上がる音が聞こえてくる。目の前を見れば月の輝きに照らされた天女が…ただそこに居た。
血液が激しくめぐる、呼吸をしようと思っても上手くできない。興奮のあまり声もうわずりラディッツはただただ十二単をまとう天女を瞬きもせず見ることしか出来ない。寝ているところなどをひっそりと見てきたのに、目の前に目の当たりにするとなんとも言えない。己の知る陳腐な言葉など彼女を表すのには足りないほどに、美しい。
「…何を見惚れてるのよ、私が皇嵐よ。ごめんなさいね…こんな夜更けに殿方を呼び出して」
「っ、い、いいえ…!。そのようなことはっ」
「…凛々しくも美しいわね、あなたは」
「そのような…っお褒めの言葉ありがたき幸せにございますっ。このような無骨ものを」
「ふふふっ!あのように美しい和歌をうたい、場を支配したあなたが言うだなんて」笑う姿が少女のようでなんと愛らしいことか。綺麗で、花のように美しい姫君。自分はこんな高貴なものに恋をしてしまったのだと、思い知らされる。
せめて、この恋を…押し付けないように言葉を選んで話そうとラディッツはおもう。
「君がため…、恋する姫君に会ってみてあなたは一度あっただけでは満足しないのね」そんなことを考えていると、皇嵐からまさかの言葉が返ってくる。気づかれた、いや気づいて欲しくてあの和歌を読んだがまさかともういちど彼女の顔を見ると儚くも優しい笑みを浮かべていた。

かすがやま あさいるくもの おおほしく しらぬひとにも こうるものかも

それは、あの和歌を送ったあと皇嵐が書いた返事の和歌だ。言葉を交わしたこともない男に、関心を持ってしまうという心をあらわした。
「私もね…、あなたに会ってより気になったわ名無しの君。いいえ……ラディッツ」
「……っ」彼女はわかったのだ、あの和歌の持ち主が自分だと。そして恋してることも、皇嵐も自分のことを気にかけてくれていたのだ。
ああこれ以上の褒美はこの先ないだろう、そう思い知らされるほどの気持ちが激流の川のごとく巡る。
なんと、なんと答えようかと興奮と喜びと焦燥感に駆り立てられながら考えてると皇嵐が言葉を紡いだ。
「白鳥の 飛羽山松の待ちつつぞ わが恋ひわたる この月のころを」
「…あなたに会うことを、ずっとずっと待ってたわ…」
「ゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ
天つ空なる人を恋ふとて」そんなの自分だって負けないほどにおもっている、恋しいお方を天に咲く花のような姫君を。
「…私も………俺も…待っていましたよ…天にある天女のような存在のあなたに」


1/1ページ
スキ