君がため 16

着々と歌が読まれていく、どれもこれも季節を表していたり熱烈な恋模様をうたっていたりと聞き惚れていた。
「今回の連中もいい感じだろ?皇嵐」
「……そう、ね」2人は御簾の中ヒソヒソと話をしていた、カリーはターレスのことを見ながらもあいつも参加したら良かったけどなーと話していた。
「今回は参加しない、ってんで聞きに来たらしい」
「…それも歌合の醍醐味よ、みなみなお題に沿ったいいものを歌ってくれてるわ」紅葉の赤さに合わせたようなものや、篝火に照らし合わせたものなどたくさんだ。
さすがはカリーが選んだ選りすぐりたち、最低限の歌の言葉というものはわかっている模様だ。そしてどのようなものが王族に響くかというものも──、さて次はと噂の方が出てくる。
ゆらりと揺れる夜空のような髪、そしてあの男を……満月の君を彷彿とさせる姿にみな言葉を失う。
「っ満月の…!!?」
「いや、あの方はっ…!未だ行方知れずなはずじゃ」周りの貴族たちも目の前に現れたラディッツに目を奪われてヒソヒソと話し始める。
なんと綺麗な姿勢であろうか…、一挙一動にみな唾液を飲み込み注目している。皇嵐も彼の綺麗な所作にどきどきと瞬きせずみている。
「…バーダックの長子、ラディッツに御座います」
「バー、ダック…!?」帝の覚え高い一人の武人だ、それの子供??。カリーに目をやればいえいとピースをして自分のことを見てきている。
ということはやはり、少なからずあのカリグラの血があるということか。なのに、実の甥であるバーダックより彼に似ている。そうかカリーとバーダックも仲がよかった、それで……。
こんなに近くで見るとよりカリグラを彷彿とさせる男だ、だがどこか暗くそれこそ闇を彼以上に宿してそうな。御簾越しでところどころぼんやりとしているが彼の気配はつかみ取れる。
見とれてるところ、はっと彼と目が合う。なんと綺麗な群青色のような瞳であろうか、カリグラとは対した色合いのようで触れてみたいと食指が反応してしまう。
歌がよまれる──、皇嵐はその言葉を聞いてあっと反応した。これは、この歌は間違いない名無しの君と同じものだと。

『君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな』
同じ、同じだ。最初の頃に初めて送られてきた歌と。
「…名無しの、君はあなたなの…っ!?」周りは彼のうたった歌になんと美しいことか、と感嘆している。ただ感嘆しているのではない、最初はあまりの美しさに呆けて言葉をきき意味を理解してからだ。
名だたるものたちがたった一人の武人の歌に、耳を奪われ心を奪われたのだ。一つ一つ、彼の夜空の明星のように光り輝く声に聴き惚れてしまった。
「…なんと熱烈なものか…さすがはあのバーダックの長子、見事なものだ」カリーはほら見ろ、といいたげに自分のことをみながら歌への感想を述べる。周りもさすがだと褒め称えるが、それどころではない。
この中で明らかにラディッツは逸脱していた、命を惜しいとうたいながらも1度出逢えばもう一度と求めてしまう人の性を願いや執着を交えてさらりと読み上げてしまった。
下手な季節の言葉などを使わず、ただ感情それだけで。なんと器用な男なのだろうかと皇嵐は呆気に取られる。そして思ったのだ、自分はとんでもない男に惚れられたのかもしれないと。
「…素晴らしいわ、命を燃やすほどに会いたいと願う人。それらの気持ちが綺麗にまとめられてる」まさに掛け算と引き算、矛盾したものたちを組みあわせたような言葉の流れだ。
そしてこの歌は誰に向けてかも明白、ラディッツは皇嵐に宛てたのだと。もう求めてしまってやまないと、あなたの事を。
『…求めても構わないですか?』、身分を超えて物を超えて言葉を超えて…… ラディッツからの熱烈で苛烈な恋文だと。
御簾に手を優しくあてて、皇嵐はラディッツにだけわかるように頷く。
来てちょうだい、むかえにきてちょうだい。名無しの貴方、…私はあなたをずっと待ってるわ。不思議な感覚だ、ラディッツとの逢瀬のはずなのにあの…満月の君すら彷彿とさせてしまっている。
「…かくとだに えはやいぶきの さしもしらじな 燃ゆるおもひを」私のこの複雑ながらも熱烈な恋心は、あなたに伝わったのかしら。
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