君がため 10

「ラディッツ、おまえ……警護のまだしてるのか」たまたま庭園の見回りをしていると数年ぶりに父とばたりと鉢合わせしてしまう。い今では大番役として、帝の護衛またその近辺の見回りをする父。
そして、あのカリグラの…実の甥であり彼を尊敬してやまない父と。
「親父……っ」
「お前は早く文官にいけって話してたろうがっ、伯父上のもあるからよ」伯父……突然行方知れずとなった、大伯父そしてバーダックが尊敬する男。
ラディッツは彼の言葉に歯を食いしばり、ぎゅっと持っていた大弓を強く食い込むほどに握りしめる。
今まで思い出すことがあまりになかった、ここ最近皇嵐のことを考えふと思い出した男の存在。あまりにもでかく、そしてあまりにも神々しさを持つあまり忘れてしまっていた男。
もし本気で、皇嵐を手に入れるならばおそらく超えなくてはならない神のことを。
「文官っ…?、俺は俺でこの仕事にやりがいを感じているのだっ。親父には関係ないことだろ!」
「なんだと…?」
「それに大伯父か?、あんな男の跡継ぎなんぞ俺ができるわけがないだろっ!。俺が幼い頃にした約束かどうかわからんがっ、今まで会うこともなく見たこともない男なんぞっほぼ伝説のようなものの跡継ぎに俺がなれるか!?」そうだ、帝より存在が大きく己と見た目は似てるといえど下々の心にすら残るような偉大なる存在。なれるとおもうか、なれるわけがなかろう。
己なんぞたまたま体格に恵まれ、そしてそこに文学などもある程度精通できるほどの才があるだけだ。
満月の君、天上人……おとぎ話のような絢爛豪華な異名をつけられた大伯父。
なぜそんな男に己が似たのか、天に問いただしたいくらいだ。
「…ラディッツ……」バーダックはその黒曜石のような瞳を細めてみる。彼からしても確かにラディッツが我が伯父に及ぶような才があるようには見えない。だが、強いて言うなら彼は幼い頃から言葉が巧みでありそしていざと言う時はあの伯父に言い返せれるほどの度胸と心がある。
次男のカカロットこと悟空は誰にも分け隔てなく接し心を和ませるような器量はあるがラディッツはそれと違い人を見て選びそして己のできることをやる。そしてそこで静かに自分という存在を消し、動くことが上手い。
ある時伯父と2人で飲んだ時、なぜラディッツをと聞いたことがある。その時伯父はお前は父親なのにわからんのか、とくつくつと笑い話してきた。
『あれは化けるぞ、…確かに到底俺の足元には及ばない。だがそこがいい、あれは人をよく見ている……そして言葉を選び自分の売り方も分かっている。それがいいのだ、そこがいいのだ。
俺とは違う己の売り方を把握し型がはまった時やつは化けるぞ』あのときの彼の顔と言ったら、新しいおもちゃを見つけた子供のようで初めて見るような顔だと思った。
「あれが満月の君と言うなら、俺は新月と言ったところではないか…っ」暗く闇に染まりし新月、光に食われたものと言っていいかもしれない。
ああ、そんな自分があのような花のような彼女に身分差の恋をしてしまったのだ。なんと愚かしくもそして強欲なことか。
彼のような全てに満ち、全知全能の最高神と言っていいほどの男なら良かったのだろう。
だから嫌だ、嫌いだ。唯我独尊に生きる父も分け隔てなく接し楽しく生きる弟も家族も。
だがそうなりたい、全てを欲しいとなる己のこの強欲さにもあきれてしまう。
「…そんな自嘲気味な顔すんじゃねぇ、ラディッツ」
「なんだっ、英雄のような強さを持つ親父も情けない長男を見てきついか?」
「そうやって投げ出してるならよっ、だがおまえもおまえでやれる事やってんだろうが……。さっきの発言は撤回する、お前のやりたいことやってけ伯父上のはあとにしておけ」随分と大きくなった息子の頭をなんとか手を伸ばしわしゃわしゃと撫でてラディッツの横をとおりすぎていく。
「……カリーさんから密かに聞いた、お前があの姫様に惚れてるってのはな。もし、本気で手に入れたいなら……おまえもいい加減男として覚悟を決めておくんだな」もし、息子が本当にあのお方を手に入れたいなら覚悟を決め何かしらやるだろう。
「(オレにも責任あるかもな)」あいつの己への自信のなさと他人との境界線の引き方。
不器用なところを自分から引き継ぎやがって、とバーダックは舌打ちし歩いていく。
伯父には及ばないが、長男にももちろん才能はある。和歌や字のうまさに関しては随一だ、仕事の出来具合も良かろう。だが、たしかに彼はなにか自分を抑えてるのかもしれないと先程話していて感じた。
「……伯父上は、父親のオレより分かってたのか…?」数回ほどしか会っていないラディッツに。
ああもう夕焼けの空だ、群青のような色の空からほのかに紫がかり赤く染っていくところもある。
サラサラと流れる冷たい風に、揺れる自分の癖毛………ふと撫でられた頃を思い出すあの伯父から。
『お前は父親ソックリだな…、だがその反骨精神は俺譲りかぁ?』ケラケラと笑う彼、カレの赤い瞳を見るのが好きであった。この夕焼けの空より赤く、そして美しかった。
「新月も……みちる時があるってか」ラディッツもいつか彼のようになるか、果ては彼とは違う満月のものとなるのかそれはわからない。
だが、神のみぞ知る運命だというものなのだろう。

なげけとて 月やはものを 思はするか こち顔なる わが涙かな
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