花葬
「お仕事は何をしているの?」
横を歩く少女は、買ってあげたパンを頬張りながら、物珍しそうに街の景色を眺めていた。肩には僕が貸したコートを羽織っている。
「でっかいお屋敷の下働き。さっき通ってきた雪原、全部そこのご主人のものなんだよ」
「ふーん」
自分で聞いたくせに興味なさげに答えた少女は、唐突にその場にしゃがみ込んだ。一瞬視界から少女の姿が消える。
「どうしたの?」
「にゃー」
少女は屋台の下に丸まっている猫を撫でていた。
「親は?」
猫を撫でながら、また唐突な質問をしてくる。
さっきから、どうも言動に脈絡がない。屋根にとまっている鳩を指差して笑い出したかと思うと、突然駆け出してショーウィンドーの飾りにはしゃいだり。
溜息を吐きながら僕は答えた。
「親ならいないよ」
答えると、少女がクルッと振り返った。
「いないって?」
不思議そうに目を見開いている様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「僕が小さい時に死んじゃったんだ。それからはずっと働いてるお屋敷に住み込み」
すると少女は、ますます不思議そうな顔をして驚くようなことを言った。
「親って死ぬの?」
まさかこんな答えが返ってくるとは思いもしていなかった僕は、言葉に詰まった。
「そりゃ…人間だから」
「そうなんだ」
そう言うと、もう猫にもこの会話にも興味を失ってしまったのか、突然立ち上がると何かを指差して言った。
「見て!あそこで何か配ってる!」
駆け出した少女を追いながら、僕は今しがた聞いた衝撃発言の意味を考えていた。
思い返してみれば、最初からこの少女は違和感の塊だった。この寒い時期に薄いワンピース一枚だけで外にいたことはもちろん、朝とはいえ人通りは皆無といっていい雪原に一人で居たこともおかしい。彼女は僕が通りかかるまで、あの場所で一人何をしていたのだろう。
それに、彼女が着ていたワンピースも安物には見えなかった。絹のワンピースを着た乞食というのは中々いないだろう。
考えてみればおかしな点ばかりだ。先程からの、まるで初めて街を見るような様子にしても……
「ねぇ、聞いてる?」
視界いっぱいに少女の愛らしい顔が広がって、僕はまたぞろ仰け反った。
「え、何?」
「もう、やっぱり聞いてなかった」
少女は頬を膨らませてプンプンという表情になった。どうやら考え込んでいるうちに、立ち止まってしまっていたらしい。
「あたし、もう帰らなきゃって言ったの」
どうやら乞食ではなかったらしい。
「外にいるのばれたら、怒られちゃうし」
秘密で出てきたのか?
「あたしが外に行きたいって言うと、みんなダメって言うの。だから今日はとっても楽しかった」
少女はまた、花の咲くような眩しい笑みを浮かべた。思わず目を細めてしまうような笑みだ。そして僕の手を握りながら、
「そういえば、お名前聞くの忘れてた。あたしはフローリア。あなたは?」
フローリア。よく似合う名前だと思った。
「僕はスイだよ」
「スイ…。スイね」
フローリアは、まるで大切な伝言を受け取った子供のように何度も僕の名前を繰り返した。
「簡単な名前だから、覚えやすいだろ?」
僕がふざけると、少女は真剣な様子で首をかしげた。
「きれいな名前だから、じゃないの?」
僕は声を出して笑った。
きれいだなんて言われたの初めてだよ。本当に君は変だな」
「そうかなぁ」
フローリアは暫く考え込んでいたが、やがて顔を上げると、ふっと微笑んだ。その瞬間、僕は再びプラスチックのような作り物めいた感触を覚えた。
「じゃあ、またね」
そう言うと彼女は、長い金髪を揺らしながら朝の人混みに紛れて行ってしまった。
僕は彼女の別れ際の言葉を繰り返した。
「またね?」
横を歩く少女は、買ってあげたパンを頬張りながら、物珍しそうに街の景色を眺めていた。肩には僕が貸したコートを羽織っている。
「でっかいお屋敷の下働き。さっき通ってきた雪原、全部そこのご主人のものなんだよ」
「ふーん」
自分で聞いたくせに興味なさげに答えた少女は、唐突にその場にしゃがみ込んだ。一瞬視界から少女の姿が消える。
「どうしたの?」
「にゃー」
少女は屋台の下に丸まっている猫を撫でていた。
「親は?」
猫を撫でながら、また唐突な質問をしてくる。
さっきから、どうも言動に脈絡がない。屋根にとまっている鳩を指差して笑い出したかと思うと、突然駆け出してショーウィンドーの飾りにはしゃいだり。
溜息を吐きながら僕は答えた。
「親ならいないよ」
答えると、少女がクルッと振り返った。
「いないって?」
不思議そうに目を見開いている様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「僕が小さい時に死んじゃったんだ。それからはずっと働いてるお屋敷に住み込み」
すると少女は、ますます不思議そうな顔をして驚くようなことを言った。
「親って死ぬの?」
まさかこんな答えが返ってくるとは思いもしていなかった僕は、言葉に詰まった。
「そりゃ…人間だから」
「そうなんだ」
そう言うと、もう猫にもこの会話にも興味を失ってしまったのか、突然立ち上がると何かを指差して言った。
「見て!あそこで何か配ってる!」
駆け出した少女を追いながら、僕は今しがた聞いた衝撃発言の意味を考えていた。
思い返してみれば、最初からこの少女は違和感の塊だった。この寒い時期に薄いワンピース一枚だけで外にいたことはもちろん、朝とはいえ人通りは皆無といっていい雪原に一人で居たこともおかしい。彼女は僕が通りかかるまで、あの場所で一人何をしていたのだろう。
それに、彼女が着ていたワンピースも安物には見えなかった。絹のワンピースを着た乞食というのは中々いないだろう。
考えてみればおかしな点ばかりだ。先程からの、まるで初めて街を見るような様子にしても……
「ねぇ、聞いてる?」
視界いっぱいに少女の愛らしい顔が広がって、僕はまたぞろ仰け反った。
「え、何?」
「もう、やっぱり聞いてなかった」
少女は頬を膨らませてプンプンという表情になった。どうやら考え込んでいるうちに、立ち止まってしまっていたらしい。
「あたし、もう帰らなきゃって言ったの」
どうやら乞食ではなかったらしい。
「外にいるのばれたら、怒られちゃうし」
秘密で出てきたのか?
「あたしが外に行きたいって言うと、みんなダメって言うの。だから今日はとっても楽しかった」
少女はまた、花の咲くような眩しい笑みを浮かべた。思わず目を細めてしまうような笑みだ。そして僕の手を握りながら、
「そういえば、お名前聞くの忘れてた。あたしはフローリア。あなたは?」
フローリア。よく似合う名前だと思った。
「僕はスイだよ」
「スイ…。スイね」
フローリアは、まるで大切な伝言を受け取った子供のように何度も僕の名前を繰り返した。
「簡単な名前だから、覚えやすいだろ?」
僕がふざけると、少女は真剣な様子で首をかしげた。
「きれいな名前だから、じゃないの?」
僕は声を出して笑った。
きれいだなんて言われたの初めてだよ。本当に君は変だな」
「そうかなぁ」
フローリアは暫く考え込んでいたが、やがて顔を上げると、ふっと微笑んだ。その瞬間、僕は再びプラスチックのような作り物めいた感触を覚えた。
「じゃあ、またね」
そう言うと彼女は、長い金髪を揺らしながら朝の人混みに紛れて行ってしまった。
僕は彼女の別れ際の言葉を繰り返した。
「またね?」