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花葬

「…へっきしッ!」
 くしゃみの音が、冴えた朝の空気に響いた。
 突き刺すように寒い日だった。三日間降り続いた大雪のせいで、辺りは一面の銀世界となっている。

『……積雪に……汽車の運行が……今日も一日厳しい寒さとな……』

 古びたラジオが途切れ途切れに今日の天気を告げる。僕は数日ぶりの青空を見上げて目を細めた。
「あー…さっむ…」
 誰もいない雪景色に、独り言は白い靄となって消えた。寒さで顔がこわばり、口がうまく動かない。
「何だってこんな氷点下何度の素敵な朝に、お使いなんかに…あのネズミ野郎、雇われのガキだからって馬鹿にしやがって」
 憎たらしい同僚の顔を思い出しながら毒づいていると、思いがけず近くから鈴を転がすような笑い声がした。
「お買い物に行くの?」
 思わず声のしたほうを見る。最初に目に入ったのは桃色の花だった。焦点があって、ようやくそれが髪飾りであることに気付く。驚くほど近くに一人の少女が立っていた。
「いや、買い物っていうか…うん、そうかな」
 僕はうろたえながらも、その少女を思わずまじまじと見つめてしまった。この場所で、彼女の存在があまりにも浮いて見えたからだ。
 彼女は、この寒さの中、袖のない白いワンピースを着ていたのである。
「ねぇ」
 不意に笑顔で少女が距離を詰めてきたので、僕は反射的に少し仰け反った。
「何でネズミ野郎っていうの?」
 その瞬間の僕は、まさに「は?」という顔をしていただろう。三秒ほど停止してから、やっと僕は彼女が何を聞いているのか理解した。
「ああ…僕の働いてるとこの同僚がすごい狡すっからい奴でさ。裏でこそこそ悪巧みしてる奴のこと、よくネズミっていうだろ」
「コスッカライ、ってどういうこと?」
 僕は何とも言えない気持ちで少女の顔を見た。実に無邪気で、愛らしい笑顔を浮かべている。それがまた妙に作り物めいていて、プラスチックのように感じるから不思議だった。
 そう、彼女は全体的にどこか作り物のような雰囲気をまとっていた。くるくると腰までのびた長い金髪も、落っこちそうなくらい大きなビー玉みたいな青い目も、辺りの雪と同じくらい白い肌も。
 まるで、街のショーウィンドーに飾られていた愛らしい人形みたいだ。
 誰もいない雪原で、おかしな少女と二人きりということに急に落ち着かなくなった僕は、話を逸らすためにも先程から気になっていたことを尋ねることにした。
「あのさ」
「なぁに?」
 可愛らしく首をかしげてくれた。こてん、と音がしそうなどこか幼い仕草に、何故だかそのまま首が落ちてしまうような気がした。
「寒くないのか?」
少女は、やっと気付いてくれたとでも言いたそうな顔をして言った。
「とーっても寒いの!」
 あまりにも無邪気な顔で笑うので、僕もつられて笑ってしまった。こんな邪気のない笑顔を見たのはずいぶん久しぶりな気がする。
「ねえ、お買い物に行くんでしょ?」
 そういえばそうだった。
「あたしも一緒に行っていい?」
 『一緒に行く』以外の返事など端から考えてもいないような顔だった。金色の髪を揺らしながら(ついでに頭の花も揺らしながら)、振りまくような笑顔で続ける。
「お腹もすいてるの」
「…、分かったよ」
 その少女の顔を見ていたら、苦笑しながらもそう言ってしまった。真っ白な雪原に、突然花が咲いたようだった。



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