留守電/ずっと優しい、愛しい人
とある休日、快晴の午後。
自宅でのんびりしていたわたしは、突如として素敵なひらめきを得た。
――そうだ。携帯の機種変更をしよう!
使い古したこの端末は、いつ更新してもOKな代物だったはず。
思い立ったら吉日、善は急げと、さっそくデータの整理を始めたわたしは、録音日付が数年前の、短い留守電 を発見した。
……あれ?どうしてこれだけ保存されたままになってるんだろう。
しかも、ご丁寧に鍵をつけて保護までしてある。
……他のは、聞いたらすぐ消してるのにな。
はて、と首を傾げながらも、再生ボタンを押してみる。
流れ出したのは、すっかり耳に馴染んだ声の、シンプルな言葉だった。
《バカッ!!……そんだけ》
……これは、もしかしなくても。
わたしがうっかり、デートをすっぽかしたときの――。
◆
あれはまだ、“テルたん♡”と呼ぶことを許されていなかった頃のこと。
テルたん♡――当時は「佐伯くん」と呼んでいた――と仲良くなりたかったわたしは、日曜日に彼に電話をかけて、遊園地に行こうと誘い、いい返事をもらっていた。
ここまでは順調……だったんだけど。
カレンダーにメモした約束の日が、わたしの不注意で、1週間ズレてしまっていて。
間違いに気付かないまま、わたしはテルたん♡と遊びに行くはずだった日に、ひとりショッピングを楽しんでしまったのだ。
かわいい洋服や小物をたくさん買って、休日を満喫して帰ってきた後、残されたメッセージを聞いて、真っ青になったのを覚えている。
はじめての約束の反故。
よく言われていた“ボンヤリ”が見事に顕在化した出来事だった。
わたしが一方的に悪かったのに、もっと責められてもおかしくはなかったのに。
当日の夜は電話で、次の日は学校で、何度も謝るわたしに、テルたん♡はため息をつきながら「次から気を付けろよ」と言うばかりで。
留守電に残された《バカッ!!》の一言で、わたしは無事に彼から許しを得たのだった。
……テルたん♡は、少し不器用なところもあるけれど。
本当は、すごく、すごく、優しい人なんだ。
この1件で、そう強く感じたことを、わたしは鮮明に覚えている。
◆
そうだ、この留守電は。
二度と同じ過ちを繰り返さないようにと、戒めのために、あえて残しておいたものだった。
……今の今まで、すっかり忘れちゃってたけど。
だって、今はもう、その心配は無用になった。
……だって、今はふたり、同じ場所から手を繋いで出発できるのだ。
ふと、次のデート先について、ある妙案が頭をよぎる。
またもやいい考えがひらめいたわたしは、今日はいい日だなあ、と呑気にほくほく思っていた。
「なにニヤニヤしてんだよ」
コーヒーの香りとともに、横からチョップが飛んでくる。
あの頃から変わらない、不器用で優しい愛情表現。
……1つ、変わったのは、痛くないように手加減されるようになったこと。
「テルたん♡、あのね」
今度の定休日、遊園地に遊びに行かない?
……実は、約束をすっぽかしてしまった後。
なんとなく気まずくて、わたしからテルたん♡を遊園地に誘ったことはなかった。
……そして、偶然かもしれないけど、テルたん♡から遊園地に誘われたこともなかった。
だから、わたしたちは、ふたりで行く遊園地の楽しさを知らない。
アトラクションに乗ったり、お化け屋敷に入ったり、ナイトパレードを見たり。
本当はそういうデートを、一度はしてみたいと思っていた。
今、このときが、ちょうどいいタイミングかもしれない。
……もし、OKをもらえたら。
たまには初心にかえって、外で待ち合わせするのはどうかな?などと提案してみようか。
思い出の上書き計画と、兼ねてからの夢は胸に秘めたまま、久々にテルたん♡をデートに誘うため、わたしは大きく息を吸った。
自宅でのんびりしていたわたしは、突如として素敵なひらめきを得た。
――そうだ。携帯の機種変更をしよう!
使い古したこの端末は、いつ更新してもOKな代物だったはず。
思い立ったら吉日、善は急げと、さっそくデータの整理を始めたわたしは、録音日付が数年前の、短い
……あれ?どうしてこれだけ保存されたままになってるんだろう。
しかも、ご丁寧に鍵をつけて保護までしてある。
……他のは、聞いたらすぐ消してるのにな。
はて、と首を傾げながらも、再生ボタンを押してみる。
流れ出したのは、すっかり耳に馴染んだ声の、シンプルな言葉だった。
《バカッ!!……そんだけ》
……これは、もしかしなくても。
わたしがうっかり、デートをすっぽかしたときの――。
◆
あれはまだ、“テルたん♡”と呼ぶことを許されていなかった頃のこと。
テルたん♡――当時は「佐伯くん」と呼んでいた――と仲良くなりたかったわたしは、日曜日に彼に電話をかけて、遊園地に行こうと誘い、いい返事をもらっていた。
ここまでは順調……だったんだけど。
カレンダーにメモした約束の日が、わたしの不注意で、1週間ズレてしまっていて。
間違いに気付かないまま、わたしはテルたん♡と遊びに行くはずだった日に、ひとりショッピングを楽しんでしまったのだ。
かわいい洋服や小物をたくさん買って、休日を満喫して帰ってきた後、残されたメッセージを聞いて、真っ青になったのを覚えている。
はじめての約束の反故。
よく言われていた“ボンヤリ”が見事に顕在化した出来事だった。
わたしが一方的に悪かったのに、もっと責められてもおかしくはなかったのに。
当日の夜は電話で、次の日は学校で、何度も謝るわたしに、テルたん♡はため息をつきながら「次から気を付けろよ」と言うばかりで。
留守電に残された《バカッ!!》の一言で、わたしは無事に彼から許しを得たのだった。
……テルたん♡は、少し不器用なところもあるけれど。
本当は、すごく、すごく、優しい人なんだ。
この1件で、そう強く感じたことを、わたしは鮮明に覚えている。
◆
そうだ、この留守電は。
二度と同じ過ちを繰り返さないようにと、戒めのために、あえて残しておいたものだった。
……今の今まで、すっかり忘れちゃってたけど。
だって、今はもう、その心配は無用になった。
……だって、今はふたり、同じ場所から手を繋いで出発できるのだ。
ふと、次のデート先について、ある妙案が頭をよぎる。
またもやいい考えがひらめいたわたしは、今日はいい日だなあ、と呑気にほくほく思っていた。
「なにニヤニヤしてんだよ」
コーヒーの香りとともに、横からチョップが飛んでくる。
あの頃から変わらない、不器用で優しい愛情表現。
……1つ、変わったのは、痛くないように手加減されるようになったこと。
「テルたん♡、あのね」
今度の定休日、遊園地に遊びに行かない?
……実は、約束をすっぽかしてしまった後。
なんとなく気まずくて、わたしからテルたん♡を遊園地に誘ったことはなかった。
……そして、偶然かもしれないけど、テルたん♡から遊園地に誘われたこともなかった。
だから、わたしたちは、ふたりで行く遊園地の楽しさを知らない。
アトラクションに乗ったり、お化け屋敷に入ったり、ナイトパレードを見たり。
本当はそういうデートを、一度はしてみたいと思っていた。
今、このときが、ちょうどいいタイミングかもしれない。
……もし、OKをもらえたら。
たまには初心にかえって、外で待ち合わせするのはどうかな?などと提案してみようか。
思い出の上書き計画と、兼ねてからの夢は胸に秘めたまま、久々にテルたん♡をデートに誘うため、わたしは大きく息を吸った。
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