皐月祭と天狐
夜になり祭りも終盤。千早を着た巫女達が三番叟鈴を鳴らしながら軽やかに踊る。彼女達の頭には金で作られた花冠がライトに光りながらシャラシャラと揺れている。
空狐は神楽殿の真正面、神楽を見る為だけに作られた小さな部屋で座布団の上に正座してその様子を眺めていた。
とはいえ、その顔には白い狐の面をして着物で指先までスッポリと覆って隠している。
部屋の中も葦を編んで作られた簾が吊るされているので外からは見えない様になっているのだが、毎年酔狂な人間がどうにか中を撮ろうとカメラを向けるので万が一写っても神役と言い逃れできる様にとしゃんと背筋を伸ばして神役をする人間のフリをしている。
「やぁ、もう神楽も終盤になったね」
左右側にある灯台の灯りが風に揺れる。
天狐はどっこらしょと灯台を退けて空狐の隣に腰掛けると持っていたたこ焼きを差し出した。
「腹も減るだろう。少し食べたらどうだ?」
「神楽終わって下がったら食べるよ」
「せっかくのたこ焼きが冷めてしまうよ?」
「後で買うし、て言うか出てってよ!うっかり写ったらどうするの!」
姿勢を崩さず目線だけで天狐を睨みつけて小声で怒る空狐に天狐はカラカラと笑ってみせる。
「なに安心なさい。いつものしつこい人間はカメラに不調が出て今日はもう帰って行ったよ」
「…何したの?」
心底疑う声だった。
天狐は何も言わずに肩をすくめてもう一度たこ焼きを差し出す。何かしたのは認めるらしい。
溜め息を吐いた空狐は面を外すと渋々と受け取ったたこ焼きを口に運んだ。天狐の言うとおり、確かに腹は減っていたのだ。
「あれもしつこくてお前も大変だね」
「別に…この祭りの時しかこんな事ないし」
はぐはぐとたこ焼きを頬張る空狐に天狐はフッと笑うとたい焼きの尾を齧る。
この神社の巫女達が神楽を舞うのは1年でこの祭りだけだ。つまり、空狐が神役のフリをするのもこの日だけでいい。
しかし数年前からこの簾の向こうに誰かいると気がついた1人の人間の男が何とかその姿をカメラに収めようと神楽そっちのけでずっと部屋の前を張るようになってしまったのだ。
それがまぁしつこくも鬱陶しい。神楽だけを見て意識の外に追い出す事で毎年乗り越えているのだが、祭りに来る人間達の様子を上から眺めるのも好きだった空狐からしたら面白くはない存在だ。
しかし相手も人間。そのうち飽きるなり寿命が来るなりするだろうと空狐は放っておく事にしたのだった。
そんなこんなで巫女達の神楽が終わるのを見ていると空狐のスマホが鳴る。
蝋燭の灯りだけの薄暗い部屋の中手探りでスマホを探し出した空狐は画面をみて眉を寄せる。
スマホにはLINEで教師の家にお宅訪問していたはずの紅子から頼むから迎えにきてほしいと言うメッセージだった。
「どうかしたのかい?」
「ごめん、ちょっと友達迎えに行ってくる。よくわからないけどすごく困ってるみたいだから…」
「ふーん…友達」
いそいそと着物を脱ぎ出す空狐に天狐はニッコリ笑って「女の子?」なんて聞くが、その瞬間ごっそりと表情の抜けた空狐に目だけでギロリと睨まれた。
「紅ちゃんに手だししたらその首なんとしてでも食いちぎってやるからな」
天狐はそれだけ言って脱いだ着物を持ってスタスタと部屋を出ていく空狐に「いってらっしゃい」とひらひら手を振ってから懐から出したキセルを火をつける。
「"べにちゃん"…ね。ふーん」
部屋にはほくそ笑む天狐だけが残された。
