新学期

前田目線

百鬼学園は今日から新学期。
寮生ならともかく、人魚故に実家から通学している俺からすれば学園に来るのは春休みぶりの事になる。
学園長の妖術によって実家と繋がっているドアを通って学園内へ。日本中から生徒が集まるだけあるこの学校の学園長をするだけあって、何処でも繋げられるのとは凄い能力だと思う。
そのままクラス表を見るたまに下に向かえば倉橋と藤平に出会した。
二人は同じ寮室だから一緒に登校したのかもしれない。

「よう前田!今からクラス表観に行くのか?」
「うんそうだけど、二人は何組だったんだ?」
「俺たち今見てきたんだ。そうだ!前田も俺た「まぁ待てよ倉橋ッ」ムグッ」

何か言おうとした倉橋の口を藤平が手のひらでバチンっと塞ぐ。
藤平はそのままもごもごと(おそらく文句を言ってるであろう)呻く倉橋の背中を余計なこと言うなよと軽く叩いてから手を離した。
俺のも見たなら教えてくれればいいのに。

「早く見て来いよ前田!俺ら先に行ってるからさ!」
「さ、先に行ってるね」
まぁ直ぐそこだしいいか。
「わかった。後でな!」




クラス表の前では色々な生徒が喜んだり、ショックを受けたりしながら自分のクラスの確認をしている。幸い俺は浮いているので人混みに紛れる事なく上からクラス表を見ることができた。
クラスは参組で、さっきの二人と同じクラスのようだ。
前田はそのまま女子の名簿を見て一カ所で目をとめる。
稲荷空狐さん
去年から俺の事が好きだと言っている女子。
去年はクラスが別で、あの子は神酒先生が担任だったはずだ。
真珠のような髪をリボンで結んで、満月みたいな金色の目をキラキラさせて俺を見る、そんな子。
初めて会った時はふらふらしながら歩いていて、ずっと誰かへの文句を言っていてた。
顔色が悪るいのが気になって後ろから見てて、その後結局助けたわけだけど、あの時は顔真っ青なのに元気だなぁくらいしか思わなかった。

でもそれから毎日顔を真っ赤にしてあわあわしてたり、友達と楽しそうに笑ってるのを見てると何と言うか、可愛いなって思うようになっていった。
いや、最近なんか怒ってるのすら可愛く見えて末期な気はしてるんだけど。

でも、好きとか面と向かって言われた事はないんだよなぁ。言ってたって言うのを人伝にはよく聞くんだけど、告白とかそう行った事は全然ない。
座敷さんと本当に仲が良いみたいで過激派なんて言われてるのはよく見るんだけどほんとにベッタリで…

そんなことを思っていれば白いキラキラした髪が目に入った。
噂をすれば何とやら、稲荷さんもクラス表を見に来たみたいだ。近寄っても熱心に何かをしていて気が付かれない。
俯いている手元を覗き込めばスマホにメッセージを打ってるようだ。
あまり個人の連絡を覗き見るのはよくないので彼女の髪を眺める事にした。艶々した長い髪は今日は朱色のリボンで纏められている。
そう言えば彼女の髪型は何て言うんだっけな…何かの会話で聴いたことあったんだけど…昔の髪型だったよな…大垂髪じゃなくて、確か…下げ髪?
ジッと見ながらそんなことを考えていればふと顔を上げた稲荷さんと目が合った。金の目が見開かれこぼれ落ちそうになる。

「まっ!!前田くん!?」
「おはよう稲荷さん」

ピャッと飛び上がり直ぐに顔が真っ赤になる彼女に笑顔でひらひらと手を振る。スマホを両手でぎゅっと握り締めてこくこく頷く彼女は今年は自分と同じクラスだと気がついているのだろうか。

「そう言えば今年は同じクラスだな!一年間よろしく」
「うっっそだろ!?同じクラス!?アッほんとだ名前ある!!ひゃーッッ大丈夫かな私の心臓!!去年の別のクラスですら胸がいっぱいいっぱいだったのに同じクラスとか死んでしまうんじゃないかなッッ!?


勢いよく表を振り向いてひゃーっと両手をほっぺに当てて叫ぶ。
そのままブツブツと色々駄々漏れながら固まってしまった稲荷さんの手を引いてクラスに向かうことにした。
このままじゃ遅刻しちゃうからな。

素直に手を引かれるままついてくる稲荷さんは少し面白い。彼女はこの様な思考モードになると周りが見えなくなるのだが、座敷さんがそれでも構わず手を引っ張って連れ回していたら足だけ引かれるままに歩くようになったらしい。そう言えば座敷さんが不登校になってからはあまり見なくなったな。

教室の前までついたけど稲荷さんの意識は戻ってこない。何度か呼んでも反応しないので肩を叩く。
「ふぁい!!!」なんて言って飛び上がり周りをキョロキョロする稲荷さんについ笑い声が漏れる。

「大丈夫?もう教室の前だけどそのまま行くとドアに頭打つよ」
「ありがとう前田くん!」

稲荷さんがにっこり笑ってドアを開けて教室に入っていく。

このままついていくのは流石に不自然だし藤平達も見つけたので、それじゃあと稲荷さんに手を振ってこっちこいと手招きする藤平達に近寄れば肩に腕を回して引き寄せられる。

「何だよ」
「お前ッまさか一緒に来るとは思わなかったわ!」

狸塚達と話をしている稲荷さんをチラリと見ながらコソコソと言う藤平に照れながらもにょりと笑った倉橋が頷く。

「直ぐ来ると思ってたけど時間かかったから何かあったのかと思って。何か話せた?」
「会話らしい会話は一年間よろしくくらいしか言ってないよ」
「なんッでだよ!一緒のクラスで嬉しいとかなんかあんだろ!」
何故か俺より俺の恋愛に興味があるらしい藤平にバシーンッと背中を叩かれる。
「で、でもさ」
倉橋がきょろきょろと周りを見渡してから口に手を添えて藤平より小声で囁く。

「稲荷さんと…手、繋いでなかった?」
「マッジかよ!!」
「手じゃなくて手首!」

「て言うか見てたのかよ」と少し睨めば、倉橋は「トイレの帰りに見ちゃって…」ともじもじしながら顔を赤くしている。だから何で俺より照れてるんだよ。

「チャンスだべ前田!今年こそ付き合えよ!」

「むしろどう見ても両想いなのに何で付き合ってねぇんだよッ」とガクガクゆすられる。
「そ、そりゃあ…でも…告白されたわけじゃないし…」
「ヘタレ!」「何でもっとガツガツいかないの!?」「人魚なのにチキン!」
「それ悪口かよ!?」

そのまま小声のまま騒ぐという器用な事をする二人鎮めるために随分と時間がかかった。

時計はもう先生が来てもおかしくない時間なのに誰も来ないので3人のいかにアプローチするかなんていう雑談は続いていた。
すると急に藤平が立ち上がる。

「なぁ!俺が稲荷さんを捕まえるからお前が颯爽と助けるのはどうだ?」
ボンッと煙をたてて蛇に戻る迷走している藤平に「やめろよ危ないから」と言うも「へーきへーき」とクラスメイトと話している稲荷さんの方に向いた。
倉橋は止めないし、本当に危ないと思う。
もちろん稲荷さんも危ないと思うけど、どちらかと言うと藤平が焼き蛇になる方の危険の方がはるかに高い。
稲荷さんは廊下側、蓮浄さんと窓際の席に座ったまま上半身を骨に戻して会話に参加している歌川さんと楽しそうに喋っている。
せっかく楽しそうにしているのに邪魔したくない。

「なぁ!とうびょ「間違えたました!」は?」
ガラッと開いてそのまま直ぐにピシャリと閉まる教卓側のドア。開けた人は顔色が随分と悪かったな。
ポンッ
「なぁ今の奴何だったんだ?」
蛇になっていた藤平も上から見えたらしく、人型に戻って首を傾げる。
「さぁ、顔真っ青だったけど具合悪いのかも…」
「今の人が担任だったりして…」
「え?てっきり神酒かと思ってたのに」

神酒先生は付かず離れずのらりくらりと地雷を避けて通るので生徒との摩擦が少ない。
まぁ後はあの酒癖さえなければいい先生だと思う。
だからこそ今年も彼が担任をするものだと思っていたけど。
俺は閉められたドアをまた見る。
今年の担任が癖が強過ぎるやばい人間とは知らずに。



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