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どこからか、声が聞こえる。クスクスと
「貴方に居場所なんて何処にもないよ」
やめて。
「だって貴方は魔法が使えない」
やめてよ。
「闇の鏡は、全て正しいんだから‼︎」
やめてってば‼︎
──起きるんだゾ‼︎
突然聞こえた声に、わたしは勢いよく飛び起きた。呼吸もままならないまま辺りをゆっくり見回し、状況を確認する。いつも過ごしている部屋とは違う、見慣れない家具が置いてある部屋だ。
なんだ、夢だったか……。
肩を撫で下ろして、わたしは身支度を整える為にベッドから出た。……とはいっても、着替えなんて用意してもらっていないから昨日と同じ服のシワを伸ばすだけだが。
そんな簡単過ぎる身支度を終えて部屋に向かうと、そこには既に先客がいた。
「おはようございます」
「フィル、おはよう〜!」
「……おはよう」
学園長は優雅に紅茶を飲み、ユウと黒ネコは彼が持って来たであろう朝食を懸命に頬張っていた。……もしかして、起きるのが遅かっただろうか。
そう思いつつソファーに腰かけると、学園長から「昨日はよく眠れましたか?」と訊かれる。
その問いに、わたしはしばし考え込んだ。……というより、答えられなかったの方が正しいだろう。何故なら今まで朝になって挨拶を交わす人はいなかったし、先生達とプライベートな事を話した事がなかったから。だからこういう時にどう答えるべきなのか、よく分からない。
押し黙ってしまったわたしを学園長は肯定と見なしたのか「さて、それでは本日のお仕事についてお話があります」と話題を変えた。
「今日のお仕事は学園内の清掃です」
「清掃、ですか?」
昨日の言葉は嘘でなかったのかと言わんばかりに、ユウは目を丸くして訊ねた。……学園長も学園長だが、ユウもかなり露骨な反応をしている。まぁそれは黒ネコも同様だし、似た者同士という事か。
「えぇ。……といっても学園内は広い。魔法なしで全てを掃除し終えることは無理でしょう。ですので、本日は正門から図書館までのメインストリートの清掃をお願いします」
学園長が持参した地図で確認すると、言われた範囲だけでもかなり広大だった。これはかなり気合いを入れないと終わらなさそうだ。
「いいですか、ユウさん。昨日のような騒ぎを起こさないよう、グリムくんをしっかり見張っていてくださいね。フィルさんもユウさんのサポートをお願いします」
「分かりました!」
元気よく返事をしたユウに、学園長はにっこり笑い「頼みましたよ」と再度念を押す。そして、ベージュの長袖と少しくすんだジーンズを二人分彼女へ渡した。
「では、しっかり業務に励むように」
ソファーから立ち上がった学園長は、シルクハットを少し下げて部屋を後にした。その後ろ姿を見送りながらも、黒ネコは眉を寄せて口を尖らせている。音が完全に聞こえなくなると、文句を口に出し始めた。
「オレ様も魔法の授業で、バーン! ドドドーン! ってカッケー魔法打ちまくりたいんだゾ~」
何とも正直な感想だ。昨日の交渉がかなり譲歩されたのだと、まだ分からないんだろうか。思わずため息をつくと、ユウも同じようにため息をついていた。
こんな調子で大丈夫なんだろうか……。おそらく、わたしとユウの心中が一致した瞬間だろう。
──こうして、わたしのナイトレイブンカレッジへの登校初日が幕を開ようとしていた。
*****
オンボロ寮から長い道のりを経て、わたしは一人で大きな門が構える石畳の道にいた。
「ここが正門……」
二羽の烏がついた立派な門は、流石は名門校と思わせる品格が宿っている。それを
何故ユウと行動を共にしていないのか、疑問に思う人がいると思うので説明しておこう。
あの後、わたしとユウは渡された服に着替えた。ユウは特に何もしなかったが、わたしは長い髪を一束の三つ編みにし、昨日出てきた眼鏡をかけた。これはユウの提案で、三つ編みも彼女がやってくれたのだ。本人曰く、元々こういったおしゃれな事が好きなんだとか。
ちなみにかけて分かった事だが、眼鏡には度が入っていなかった。レンズが入っているのにそんな事があるのかと感心していたけど、ユウは知っていたようで特に反応はなかった。
総じて、何故ここまでやる必要があるのか訊ねると、答えを濁された。首を傾げつつも、まだまだご機嫌斜めな黒ネコとユウに付いて行った。その結果、何故だか別行動をとる事になったのだ。
……一応弁明しておくが、わたし自身別行動は気に留めていない。誰だって一人が良い時があるだろうし、それは構わない。……構わないのだが、理由を明かされないのはどうも釈然としないのだ。
今までは何かをする・される事には必ず理由があった。だからなのか、ユウの何を訊いても理由を教えてもらえない事がどうにも気になってしまう。別に、言いにくい事なら「そうですか」で終わるからまだ良い。けどユウの場合、とにかく話題を逸らす。触れようものなら無言の圧をかけてくる。もう意味が分からない。
……こんな事をぐるぐる考えていたら早いもので、事前に決めていた分担が終わった。勢いでやっていたせいかとんでもない疲労が全体を襲い、邪魔にならないであろう場所に足を放り出して座った。
まだユウは来ていないようだし、少し休憩しよう。それからわたしは、深呼吸をしたり身体をほぐしたりして時間を潰していた。でも、数分、10分……30分経ってもユウは来なかった。
「……どうしたんだろ」
今までの仕事振りから見るに、前提としてユウはわたしよりも仕事が早い。そんな彼女が、いくらわたしの方が早かったとしてもここまで遅くなるだろうか。これは、確実に何かあったな。そうでなかったら説明がつかない。
確信したわたしは、早速ユウがいるメインストリートへ向かった。
*****
メインストリートに近づくにつれ、どんどん人が増えている。人々は何かを小声で噂していた。小さすぎて内容までは聞こえないが、何故だか胸騒ぎがする。
ギュウギュウに詰め込まれた人の波を抜けて見えた先に、わたしは絶句した。そこには、ユウと黒ネコ、見知らぬテラコッタ色の髪をした人、目をつりあげた学園長、そして……真っ黒に焦げたグレート・セブンの石像が。
……ここで一つ、言わせてほしい。何をどうやったらそうなる⁇
まだ別れてから一時間も経っていない筈なのに、見知らぬ人がいて、しかもグレート・セブンの石像──他の石像から察するにおそらくハートの女王の物──が焦げている。サッと見ただけでも情報量が多過ぎるのだが。
もう何がなんだか分からなくて、わたしは思考を放棄した。すると、ユウが「フィル!」と言って駆け寄ってくる。
「ど、どうしよう⁉︎ グリムがエースに◎$♪×△¥●&?#$!」
「…………」
うん、何を言っているか全く分からない。強いて言うなら、序盤しか分からなかった。
ただ、明らかなのは最初に出てきた『エース』という単語と、黒ネコ──もといグリムが何かしたという事。おそらく、『エース』というのは見知らぬ人の事だろう。問題はグリムの方だ。何かにもよるが、あの学園長の顔からしてとんでもない事をしたに違いない。これは断言できる。
「こらー‼︎ 貴方はサボリですか⁉︎」
わたしがいる事に気付いた学園長は大股で近づき、さっきよりも険しい形相で声を荒げる。これが昨日『私、優しいので』と言っていた人とは思えなくて、わたしはただただ呆然としていた。
すると、ユウは「学園長!」と声を上げてわたしの前に立った。
「フィルは正門側から掃除をやっていたんです! サボってなんかいません!」
「……そうなんですか?」
チラリと見やる学園長に、わたしは頷いた。彼はぶつぶつと何か呟いていたが、すぐに目をきつくつり上げ直して宣言した。
「貴方にも罰として窓拭き掃除100枚の刑を命じます!」
「「………………え?」」
見事にわたし達の声が揃った。一足先にユウが「いやいや、それはないでしょ」と抗議するが、「言い訳は不要!」と跳ね返されてしまった。
「放課後、大食堂に集合。いいですね」
有無を言わせない威圧的な空気に、ユウが異議を唱えられる筈もなく。しぶしぶといった様子で頷いた。それを見た学園長は、持っている杖をカツカツと強めに鳴らして去って行った。
「……フィル、ごめん!」
ユウの声は、思ったよりもいつも通りだった。あんなに圧をかけられたのだから、てっきり萎縮してしまっていると思ったのに。
予想外の事で、何かを言おうとしても言葉にはならなかった。
「あ、二人とも喧嘩してんじゃなーい‼︎」
グリムと見知らぬ人が言い争っている声を聞きつけ、ユウは走り出した。ユウに気付いた二人は顔をしかめ、何かを話している。その横顔から、これまでと大きな違いは見つからない。……なのに、どうしてだろう。少し胸がザワザワとするのは。
その答えは、どんなに考えても出てこなかった。
*****
あの見知らぬ人が校舎へ向かった後、掃除をしながらユウに状況を説明してもらった。
この世界について知識がない事をからかわれ、我慢出来なかったグリムが魔法を使って反撃した。しかし、不幸にも相手は風魔法が得意だった事から魔法の打ち合いとなって、魔法が使えないユウは止められなかった……らしい。
こう聞くと、どっちもどっちだ。あの見知らぬ人はわざわざ懇切丁寧に説明しなくて良かったし、グリムはグリムで最後まで我慢していたらこうはならなかっただろう。
そんなこんなで本日のノルマ──焦げた石像の汚れは取れなかったが──も終わり、現在は今朝学園長に言い付けられた窓拭きをすべく、わたし達は大食堂にいる。
放課後の大食堂は、昼間の時とは違って人けがない。時間帯のせいでもあるだろうが、天井につり下がったシャンデリアはステンドグラスの窓から光を浴びてキラキラと輝いている。照明器具なんて見慣れている筈なのに、わたしは何故だか目が離せなかった。
「あのエースってヤツ、遅いんだゾ。オレ様を待たせるとはいい度胸だ!」
情緒に浸るのを邪魔するかのように、グリムのいらだった声が食堂に広く響いた。今日の事も加味すると、グリムは今朝よりも機嫌が悪そうだ。足踏みが忙しなく聞こえるくらいなのだから間違いないだろう。
ユウは苦笑いしながらグリムの機嫌をどうにかして宥めているが、正直なところ効果は現れていなさそうだ。
そうして待つ事、二十分が経った頃。遂にグリムの堪忍袋の緒が切れた。
「いくらなんでも遅すぎるんだゾ⁉︎ まさかアイツ、逃げたんじゃないだろーな!」
「う〜ん、ありえるね……」
苛立ちに燃える蒼い炎を背負った獣が、ユウの小さな独り言を見逃さない事はなく。ギラっと目を光らせ、勢いよく叫んだ。
「罰をオレ様たちだけに任せて逃げるなんて許さないんだゾ! 行くぞユウ! エースをとっ捕まえて窓掃除させてやるんだゾ!」
「えっ、グリム⁉︎」
宣言するやいなや走り出したグリムを、ユウは慌てて追いかけていった。わたしはと言うと、四足で走る獣に追いつける訳もないので追いかけなかった。……いや、正確に言うなら“追いかけられない”の方が正しいだろう。元々、わたしは足が遅い方だ。いくら昨日より動きやすい格好とはいえ、わたしの足では追いつく事は出来ないだろう。そう言った意味では、この選択は正しいのだ。
……少し脱線したけれど、問題は掃除だ。今ユウ達はどこかに行ってしまったし、あの見知らぬ人は行方不明。現状、人がいない。これに尽きる。もう、わたし一人でやってしまうのがいいだろうか?
幸い、学園長により清掃道具は手配されている。それに、ユウ達について行きもしなかったのに何もやっていないのは、少し気が引ける……と思う。
わたしは深呼吸をして、窓をジッと見た。それらは、目がチカチカする程煌めいていてとても眩しい。
……もう、あれこれ考える暇はないのだ。腹をくくれ。
袖を捲り上げて、わたしはバケツを手に取った。
*****
……意気込んだはいいものの、窓拭きは現在五枚しか終わっていない。何故なら、わたしの身長が低すぎて届かないから。今まで特に不便はなかったから気にしていなかったけど、今になって恨めしく思う。昔読んだ巨大な怪物を退治した農民もこんな気持ちだったのだろうか。
「くそー! ちょろちょろしやがって!」という声が聞こえ、首を傾げて振り向く。そこからは、あっという間だった。
シャンデリアに人が突っ込んで、丸ごと落ちた。……何を言っているんだと思われそうだし、わたしも幻覚だと思いたい。けれど、数え切れないくらい目を凝らしても光景は変わらない上、続いて聞こえたユウの叫び声で完全に悟った。今、目の前で起きてる事は事実なのだと。
「し、しまった! 捕まえた後の着地のことを考えてなかった……!」
現実へ戻った矢先に見たのは、ネイビー色の髪をした人。ワイシャツの第一ボタンまできっちり留めているあたり、真面目そうな感じがする。……それよりさっき聞こえた発言からして、まさか人をシャンデリアに飛ばしたのは彼なんだろうか? もしそうなら、見た目に似合わずかなりとんでもない事をするな……。
そう思っていると突然「バッカじゃねぇの‼⁇」とまたまた聞き覚えのない声がした。けど、特徴的な髪色と腕に抱えている物を見て、はっきり思い出す。
今朝、ハートの女王の石像をグリムと一緒に燃やした人だ。確か、名前は…………なんだっただろうか?ユウとグリムがしきりに呼んでいた気がするけど、よく思い出せない。
「グリムは捕まえたけど、シャンデリアぶっ壊したのが学園長に知れたら……」
「知れたら……なんですって?」
この時、一気に空気が凍った。
「あ〜な~た~た~ち~は~~~~ッ一体なにをしているんですか‼‼」
学園長の甲高い怒鳴り声が大食堂に響き渡る。
「石像に傷を付けただけでは飽き足らずシャンデリアまで破壊するなんて! もう許せません。全員、即刻退学です!」
「「ええええええ~~~~っ‼︎⁇」」
見知らぬ人達は目を見開いて叫んでいるけど、そうなるよな……とわたしは納得していた。やってしまった事は事実だし、見ていた限りでは非はこちらにある。
「そんな! どうかそれだけはお許しください! 俺はこの学校でやらなきゃいけないことがあるんです!」
真面目そうな人は学園長に必死に懇願するが、「馬鹿な真似をした自分を恨むんですね」と学園長はまともに取り合わない。
「許していただけるなら弁償でもなんでもします!」
“弁償”という発言に学園長は眉をピクリと歪ませ、このシャンデリアにどれだけの価値があるのかを説明する。言われた金額にわたし達は絶句した。だって、まさか十億もするなんて誰も思わなかっただろう。
グリムを抱えている人が「学園長の魔法で直せたりとか……」と提案するが、学園長は首を横に振った。
「魔法は万能ではありません。しかも、魔法道具の心臓とも呼べる魔法石が割れてしまった。魔法石に二つと同じものはない。もう二度とこのシャンデリアに光が灯ることはないでしょう」
その発言に見知らぬ二人はがっくりと肩を落とした。
経緯は知らないとはいえ、一部始終を見ていたわたしからすれば自業自得としか言いようがない。
一気に静まった重苦しい空間で「……そうだ」と学園長が呟く。
「一つだけ、シャンデリアを直す方法があるかもしれません」
「「「えっ⁉︎」」」
見知らぬ二人とユウが目を大きく開いて学園長に向き合った。
「このシャンデリアに使われた魔法石はドワーフ鉱山で採掘されたもの。同じ性質を持つ魔法石が手に入れば修理も可能かもしれません」
「僕、魔法石を取りに行きます! 行かせてください!」
「ですが、鉱山に魔法石が残っている確証はありません。閉山してしばらく経ちますし、魔法石が全て掘り尽くされてしまっている可能性も高い」
「退学を撤回してもらえるなら、なんでもします!」
かなり厳しい条件だというのに、真面目そうな人は食い下がらずに頭を下げている。その様子に学園長はきつくつり上げた眉を下げ、ため息を一つついた。
「………いいでしょう。では一晩だけ待ってさしあげます。明日の朝までに魔法石を持って帰ってこられなければ君たちは退学です」
「はい……! ありがとうございます!」
「はーぁ。しゃーねえ。んじゃパパッと行って魔法石を持って帰ってきますか」
意気込んでいる真面目そうな人と違って、テラコッタ色の髪をした人は少し気だるげそうだ。
「ドワーフ鉱山までは鏡の間の
そう言い残し、学園長は踵を返して去って行った。
みんながそれぞれの思いを抱いているだろう所で、ふと思う。
もしかして、わたしも行くの⁇
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