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あぁ……愛しい我が君。気高く麗しい悪の華。貴女が世界で一番美しい。
──鏡よ鏡、教えておくれ。この世で一番……
──闇の鏡に導かれし者よ。汝の心の望むまま、鏡に映る者の手を取るがよい。
明月 をも灰にする焔炎 。刹那 をも封じ込める凍氷 。蒼穹 をも飲み込む大樹。
闇の力を恐れるな。さあ──力を示すがよい。
私に、彼らに、君に。残された時間は少ない。決してその手を離さぬよう──
*****
突然、大きな音が聞こえた。多分、人と……動物かな? 言い争っているような、そんな大声。
それによって、わたしは強制的に起こされた。
ここはどこなんだろう。さっきまで、いつもと変わらない青空を見つめていたのに……お昼寝でもしたんだろうか? まだ夢心地のようで、記憶がはっきりとしない。とりあえず、今の状況を整理しよう。
視界は真っ暗。腕を伸ばそうとすると、すぐに何か当たる。……という事は、わたしは今何かに閉じ込められている? 閉じ込められるような事なんて、身に覚えがないんだけど……。
首を傾げていると、左腕のヒジが何かに当たり、ギィッと音を立てる。束の間、わたしは勢いよく横に倒れてしまった。
ジンジンと痛む左腕を押さえて、ゆっくり起き上がる。倒れた衝撃で閉じてしまった目を開けると、不思議な光景が広がっていた。
「え、誰⁉︎」
「ふな"っ‼︎またなんか増えたんだゾ!」
声から察するに女の子らしき子と、耳から蒼い炎を出して喋る黒ネコ。女の子は所々に金色の刺繍が施された黒色のローブを、黒ネコは首に白黒のストライプ柄のリボンを身に着けている。何となくだけど、わたしを起こさせた大声ってこの子達かな? うっすら覚えている記憶と一致するし。
「オマエもオレ様にその服をよこすんだゾ!」
そう言うと、蒼い炎が辺りを包んだ。幻覚かもと思ったけど、炎の周りが熱くなっているから違う。
このままだと、丸焼けかー
ガシッ
突然の感覚に目を見開く。力強い温もりに、何とも間抜けな声が出た。
「何してんの⁉︎ 早く行くよ!」
女の子らしき子に引っ張られて、立ち上がると同時に走り出した。後ろから黒ネコの声が聞こえるけど、構わず走った。
*****
闇雲に走っていると、本がたくさんある場所へ着いた。所々にライムグリーン色の明かりがあるけど、全体的に暗くて見えにくい。
「こ、ここまで来れば大丈夫だよね……?」
「…………さぁ」
視線をフイと逸らすと、女の子は振り向いて「さぁ⁉︎」と声を荒げた。
「いや、『さぁ』って何⁉︎ 怖いじゃん!」
腕の次に両肩を掴まれ、ブンブンと勢いよく揺すられる。……何、この子。
少しげんなりしていると、辺りは再び蒼い炎に囲まれてしまった。
「オレ様の鼻から逃げられると思ったか! ニンゲンめ!」
「うわっ⁉︎ またこのタヌキ!」
「だから、オレ様はタヌキじゃねーって言ってるんだゾ!」
一人と一匹の言い争いがわたしを挟んで始まった。言い争いなら向かい合ってしてほしい。どうして関係ないわたしを挟む?
ため息をつこうとした瞬間、空気を切り裂くように甲高い音が聞こえた。何回か続いた音が消えると、黒ネコの身体に紐みたいな物が巻き付いていた。
「痛ぇゾ! なんだこの紐!」
「紐ではありません。愛の鞭です!」
現れたのは男の人だった。鼻の部分が長く尖っている黒い仮面で顔の大部分を隠し、頭にはキラキラ輝く鏡がついたシルクハット。豪華で繊細な刺繍を施したベストの上から、黒い羽毛がついたマントを羽織っている。…何だか、変な格好だな……。
男の人はため息をついて、黒ネコからわたし達へ視線を移した。
「ああ、やっと見つけました。君達、今年の新入生ですね?」
……え?
男の人の発言に首を傾げるけど、目の前にいる人は構わず続けた。
「ダメじゃありませんか! 勝手にゲートから出るなんて。それに、まだ手懐けられていない使い魔の同伴は校則違反ですよ」
新入生? ゲート? 使い魔?
聞いた事のない単語のせいで頭は大混乱だ。それはあの子も同じようで、頭にはハテナマークが見える。
「まったく。勝手に扉を開けて出てきてしまった新入生など前代未聞です! はぁ……どれだけせっかちさんなんですか」
男の人はやれやれ……と言いたげに大きくため息をついた。
「さあさあ、とっくに入学式は始まっていますよ。鏡の間へ行きましょう」
黒ネコを捕まえた鞭を握り、促すように背中を押された。わたしが進むのとは反対にあの子は前へ進まない。それを見て、男の人はこれから向かう『鏡の間』について説明してくれた。しかし、女の子は更に首を傾げるだけだった。
「……おっと、長話をしている場合ではありませんでした。早くしないと入学式が終わってしまう。さあさあ、行きますよ」
再び背中を押されると、隣にいた女の子が「あの!」と大きな声を上げた。
「ここってどこなんですか⁉︎」
「おや? 君、まだ意識がはっきりしていないんですか? 空間転移魔法の影響で意識が混濁しているんですかねぇ……まぁ、いいでしょう。よくあることです」
魔法の影響で意識が混濁する事ってあるんだな、とわたしは感心したけど、女の子は眉をひそめていた。まるで、自分にとって信じられないものを見たような、そんな軽蔑の眼差しで。
「では歩きながら説明してさしあげます。私、優しいので」
それに気付いていないのか、男の人は気にせず歩き始めた。今度は女の子の肩をガッチリ掴んでいたけれど。どうやら、そんなにわたし達を鏡の間という所へ連れて行き、入学式に参加させたいらしい。ため息が気付かれないよう小さくはいて、わたしも足を進めた。
建物から出てしばらく進むと、さっき逃げる際に通った庭が見えた。逃げる事に必死だったせいで気づけなかったけど、よく見るとりんごの木やおしゃれな井戸があってとても優雅だ。先生から教わった偉人の城にでも出てきそうなくらいに。
細々 と見ていると、突然男の人の背が左頬にぶつかった。突然なんだ、と言おうとしたが、男の人が振り返ったせいで叶わなかった。彼は、いきなりゴホンと咳払いをすると共に口を開く。
「ここは『ナイトレイブンカレッジ』。世界中から選ばれた類稀なる才能を持つ魔法士の卵が集まるツイステッドワンダーランドきっての名門魔法士養成学校です」
すると、そこで男の人は女の子の肩から手を離し、一歩下がってスッと一礼した。
「そして私は理事長よりこの学園を預かる校長。ディア・クロウリーと申します」
そのお辞儀はピッタリ30度で、完璧としか言いようがなかった。先生がやっていたものよりも完璧なんて……流石はこの学園の校長というべきだろうか。名門を名乗るのに相応しいと思う。
「ま、まほうし……?」
そんなわたしの思考を破ったのは、甲高い間抜けな声。告げられた言葉に思わず視線を向けると、目が合ってしまった。わたしが一体どんな顔をしているかなんて想像もつかないけれど、女の子はニカッと笑った。何故?
そんなわたし達に構う事なく学園長は続けた。
「この学園に入学できるのは『闇の鏡』に優秀な魔法士の資質を認められた者のみ。選ばれし者は、『扉』を使って世界中からこの学園へ呼び寄せられる。貴方達のところにも『扉』を載せた黒い馬車が迎えにきたはずです」
それを聞いてわたしは、はてなと首を傾げた。わたしの記憶がただしければ、黒い馬車なんて見た事がない。もし来ていたら、普段は皮肉の一つや二つを言う先生が腰を抜かしていただろう。
「あの黒き馬車は、闇の鏡が選んだ新入生を迎えるためのもの。学園に通じる扉を運ぶ、特別な馬車なのです。古来より特別な日のお迎えは馬車と相場が決まっているでしょう?」
そういえば、先生もそう言っていたな……。昔は馬車なんて高貴な人達しか乗れなかったと、あたかも自分が尊い身分の人のように自慢気だった。
少し昔の出来事に浸っていると、女の子と黒ネコが再び騒ぎ出した。それを止めるかのように、学園長は一人と一匹の手綱をガッチリ掴んで、歩行を再開した。どんどん速度が速くなる前に、わたしも早めに歩き始めた。
*****
いくつもの階段を登って歩いた先に、その部屋はあった。中からは話し声が聞こえる。大きさや途中までの人気の無さからして、この学園にいるほとんどが集まっているんだろう。
「さ、ここが鏡の間です」
学園長は部屋へ続く豪奢な扉に手をかけ、「入学式は何処まで進んだのやら」と呟いた。すぐに開くと思っていた扉は、中途半端な位置で止まってしまう。それは、中から漏れ出た声のせいだった。
「それにしても、学園長はどこに行っちゃったのかしら? 式の途中で飛び出して行っちゃったけど……」
「職務放棄…………」
「腹でも痛めたんじゃないか?」
多分、自分と同年代くらいの人達だろうか。その人達は学園長の事を話しているけれど、内容からしてあまり敬われていなさそうな事が窺える。職務放棄を疑われるからには、あまり信用されていないと思う。
チラリと盗み見ると、学園長はピクリと口を引きつらせていた。彼は小さく咳払いをすると、大きく音を立てて扉を開け放った。
「違いますよ! ……まったくもう、新入生が一人足りないので探しに行っていたんです」
カツカツと足音を鳴らして歩いていく学園長について行くと、案の定周りからの視線が突き刺さる。人はこんなに集まるのかと感心しながら歩き、周りを観察した。
人は予想通り大勢いて、それぞれが色々な反応をしている。ヒソヒソと話していたり、口をポカンと開けていたり、何故だか笑っている人もいた。ただ、全員の視線は共通して一つの所へ向かっている。
それはあの女の子だった。彼女はピンと真っ直ぐ背筋を伸ばして、辺りをキョロキョロ見回しながら大股で進んでいる。表情は今にも花が咲くような満面の笑みだ。どうしてこの状況でそうなるんだろうか。全く理解できない。
「さあ、寮分けがまだなのは君達だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ」
学園長そう言うや否やわたし達の背を押して、中央にある闇の鏡という物の前へ立たせた。
鏡の前に立ったのに、そこには何も映らなかった。首を傾げていると、燃える音と共に緑の炎を纏った白い仮面が現れた。
「汝らの名を告げよ」
まるで人一倍厳格な先生のように、厳かで威圧感がある低い声で問いかけられる。一度軽く深呼吸をして、正面を見据え口を開いた。
「オフィーリア」
「ユウです!」
「……フィル、ユウ……汝らの魂のかたちは………」
わたしの声が小さかったせいか、はたまた隣にいるこの子が大声で『ユウ』と名乗ったせいか、わたしの名前は都合よく変えられてしまった。
鏡は唸りながら考え込んでいる。それはもう、隣にいるユウからあくびが聞こえてしまうくらい長々とだ。流石に待つ事に飽きて足を揺らすと、後ろから誰か男の人に注意された。少し動かしたくらいなのによく分かるな……
「わからぬ」
突然過ぎて、反応が出来なかった。周りの騒めく声が雑音のように聞こえるくらいに。
『わからぬ』? わたしに魔法士の才能があるから呼んだのではないのか。なのに、そんな回答をするなんて思いもしなかった。……まさか、手違いなんて事も……
一度も履いた事のない靴に視線を落とし、拳をグッと握り締める。するとライムグリーン色の光が差し込み、わたしは顔を上げた。
「この者達からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である。よって、どの寮にもふさわしくない!」
そう言うなり仮面は鏡の中から消えた。同時に周りは再び騒めき始める。
まぁ、わたしは魔法なんて一度も使った事がなかったし受け入れたけど、周りはそうではなかった。例えば学園長なんて、魔法が使えない人間を迎えに行く事も生徒選定の手違いなど一度もないと大声で豪語しているが、仮面越しでも分かるくらいに汗をかいている。
「だったらその席、オレ様に譲るんだゾ!」
学園長の手が口から外れた黒ネコは、そう叫ぶや否や動きを封じるものから抜け出し、床を走った。学園長が追いかけるけど、四足走行の黒ネコの方が素早い。あっという間にユウの目前へ着くと、立ち止まってわたし達を前足で指した。
「そこのニンゲン達と違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ! だから代わりにオレ様を学校に入れろ!」
学園長がようやく追いつき、捕えようとすると黒ネコは宙に浮かび上がった。中途半端な所で停滞すると、ニヤリと口角を上げる。
「──魔法ならとびっきりのを今見せてやるんだゾ!」
珍妙な叫び声と共に青白い光が部屋全体に包み込み、次の瞬間には熱気を感じた。それを境にあちらこちらから慌てふくめた声が聞こえる。学園長は「狸を捕まえろ」と指示を出すが、既に混乱状態に陥っている彼らの耳には入っていない。けれど前に立っている人達はこんな状況でも狼狽えておらず、落ち着き払っている。その様子は前者とコンストラストだった。
「チッ……かったりぃな」
「アラ、狩りはお得意でしょ? まるまる太った絶好のオヤツじゃない」
「なんで俺が。テメェがやれよ」
「クロウリー先生、おまかせください。いたいけな小動物をいたぶって捕獲するというみなさんが嫌がる役目、この僕が請け負います」
「さすがアズール氏。内申の点数稼ぎキマシタワー」
「なあ、誰かオレのケツの火ぃ消してくれてもよくねえ⁉︎」
……何か薄くて板状の物が浮いていたり、そこから声が聞こえたのは無視しよう。とりあえず、落ち着き払っているとは違うらしい。全員、学園長の言葉を無視しているだけだ。その事に「みなさん、私の話聞いてます⁉︎」と学園長の方が騒いでいる。もしかして、普段からこんな感じなんだろうか。
そして、上空では狸扱いをされて怒り心頭な黒ネコが、隣にいるユウと再び言い争いをしている。この学園、名門として有名だよね?こんな事が起こるなんて聞いていない。
ため息をついていると、二人の生徒が行動に移した。パサリと脱いだフードから見えたのは、鮮やかな真紅とシルバー。
二人は腰元から小さい杖みたいな物を取り出して、黒ネコへ向けて振った。杖の先から白い光が現れ、黒ネコに当たっていく。
「ボクの目の前でルールを破るとは、大層度胸がおありだね」
これが魔法……? 本に書いてあったけど、実際に見ると全然違う。
それから何度か攻防した末、真紅の髪をした人から「オフ・ウィズ・ユアヘッド」という叫びが響いた。それと同時に、黒ネコにハート型の首輪がはめられ、事態は収束した。
どうやら首輪は特殊な物らしく、黒ネコは炎を出せなくなっていた。粛正されたにも関わらず、黒ネコはまだ騒いでいる。往生際が悪いにも程があるな……。
「違いますよ‼︎」
突然間近で聞こえた大声に思考停止して振り向くと、いつの間に側にいた学園長にユウが何かを訴えている。
「え?貴方のじゃない?」
「さっきから何度も言ってるじゃないですか!」
あぁ、なるほど。やっと理解が出来た。おそらく、あの黒ネコがユウの使い魔だと勘違いされたんだ。初めて会った時もそんな事を言っていたし。少し考えれば、魔力がないのに使い魔なんて使役できないと分かるだろうに……学園長って意外とうっかりしてるな。
そう思っていると、今度はわたしに訊いてきた。口で言うのも面倒だったので、首を横に振る。わたしの意図を理解したのか何やらゴニョゴニョ呟いて、黒ネコを外へ放り出すよう命じた。
その言葉に暴れ出した黒ネコは近くにいた生徒によって取り押さえられ、悲痛な叫びも虚しく部屋から追い出された。
「少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生をつれて寮へ戻ってください」
その言葉を皮切りに、先頭に立っていた人達が歩き出した。なるほど、この人達は寮長だったのか。ならあんなに落ち着いていたのも納得かもしれない。
そう思っているとバタンと出口が閉まり、部屋にはわたしとユウ、学園長と鏡が残った。
「さて、お二人には大変残念なことですが……貴方がたには、この学園から出て行ってもらわねばなりません」
「えっ⁉︎」
ユウは目を白黒させていたが、わたしは納得していた。魔法の力を持っていないんだし、当然だと。
「心配はいりません。闇の鏡がすぐに故郷へ送り返してくれるでしょう。さあ、扉の中へ」
促されるまま、わたし達はそれぞれ扉に入った。横になって目を瞑り、自分が数時間前までいた部屋を思い出す。たくさんの本に、嫌味しか言えない先生、無愛想な人もいたっけ。わたしにとって当たり前の環境を思い浮かべた。
「さあ闇の鏡よ!この者をあるべき場所へ導きたまえ!」
「……」
闇の鏡は答えない。炎に包まれた仮面は黙ったままだ。その事に学園長はわざとらしく大きな咳払いをして再び同じ事を口にするが、「どこにもない」と鏡は静かに重々しく紡いだ。
「え⁉︎」
隣の扉からガタガタと大きな音が聞こえたが、わたしはそれどころではなかった。
「この者達のあるべき場所は、この世界のどこにも無い……。無である」
続けられた発言は、あまりにも残酷だった。昔読んだ偉人の最後と引けを取らないくらいに。
わたしはこの世界で生まれ育ったのに、あるべき場所はどこにもない? そんな事があるのか。
……そういえば、先生に教えてもらった事がある。『闇の鏡の判断に間違いなどない』と。
もし、それが本当なら──わたしが今まで過ごした時間は何だったのか。
心臓がドクドクと早鐘を打つ。何も、耳に入らなかった──。
──鏡よ鏡、教えておくれ。この世で一番……
──闇の鏡に導かれし者よ。汝の心の望むまま、鏡に映る者の手を取るがよい。
闇の力を恐れるな。さあ──力を示すがよい。
私に、彼らに、君に。残された時間は少ない。決してその手を離さぬよう──
*****
突然、大きな音が聞こえた。多分、人と……動物かな? 言い争っているような、そんな大声。
それによって、わたしは強制的に起こされた。
ここはどこなんだろう。さっきまで、いつもと変わらない青空を見つめていたのに……お昼寝でもしたんだろうか? まだ夢心地のようで、記憶がはっきりとしない。とりあえず、今の状況を整理しよう。
視界は真っ暗。腕を伸ばそうとすると、すぐに何か当たる。……という事は、わたしは今何かに閉じ込められている? 閉じ込められるような事なんて、身に覚えがないんだけど……。
首を傾げていると、左腕のヒジが何かに当たり、ギィッと音を立てる。束の間、わたしは勢いよく横に倒れてしまった。
ジンジンと痛む左腕を押さえて、ゆっくり起き上がる。倒れた衝撃で閉じてしまった目を開けると、不思議な光景が広がっていた。
「え、誰⁉︎」
「ふな"っ‼︎またなんか増えたんだゾ!」
声から察するに女の子らしき子と、耳から蒼い炎を出して喋る黒ネコ。女の子は所々に金色の刺繍が施された黒色のローブを、黒ネコは首に白黒のストライプ柄のリボンを身に着けている。何となくだけど、わたしを起こさせた大声ってこの子達かな? うっすら覚えている記憶と一致するし。
「オマエもオレ様にその服をよこすんだゾ!」
そう言うと、蒼い炎が辺りを包んだ。幻覚かもと思ったけど、炎の周りが熱くなっているから違う。
このままだと、丸焼けかー
ガシッ
突然の感覚に目を見開く。力強い温もりに、何とも間抜けな声が出た。
「何してんの⁉︎ 早く行くよ!」
女の子らしき子に引っ張られて、立ち上がると同時に走り出した。後ろから黒ネコの声が聞こえるけど、構わず走った。
*****
闇雲に走っていると、本がたくさんある場所へ着いた。所々にライムグリーン色の明かりがあるけど、全体的に暗くて見えにくい。
「こ、ここまで来れば大丈夫だよね……?」
「…………さぁ」
視線をフイと逸らすと、女の子は振り向いて「さぁ⁉︎」と声を荒げた。
「いや、『さぁ』って何⁉︎ 怖いじゃん!」
腕の次に両肩を掴まれ、ブンブンと勢いよく揺すられる。……何、この子。
少しげんなりしていると、辺りは再び蒼い炎に囲まれてしまった。
「オレ様の鼻から逃げられると思ったか! ニンゲンめ!」
「うわっ⁉︎ またこのタヌキ!」
「だから、オレ様はタヌキじゃねーって言ってるんだゾ!」
一人と一匹の言い争いがわたしを挟んで始まった。言い争いなら向かい合ってしてほしい。どうして関係ないわたしを挟む?
ため息をつこうとした瞬間、空気を切り裂くように甲高い音が聞こえた。何回か続いた音が消えると、黒ネコの身体に紐みたいな物が巻き付いていた。
「痛ぇゾ! なんだこの紐!」
「紐ではありません。愛の鞭です!」
現れたのは男の人だった。鼻の部分が長く尖っている黒い仮面で顔の大部分を隠し、頭にはキラキラ輝く鏡がついたシルクハット。豪華で繊細な刺繍を施したベストの上から、黒い羽毛がついたマントを羽織っている。…何だか、変な格好だな……。
男の人はため息をついて、黒ネコからわたし達へ視線を移した。
「ああ、やっと見つけました。君達、今年の新入生ですね?」
……え?
男の人の発言に首を傾げるけど、目の前にいる人は構わず続けた。
「ダメじゃありませんか! 勝手にゲートから出るなんて。それに、まだ手懐けられていない使い魔の同伴は校則違反ですよ」
新入生? ゲート? 使い魔?
聞いた事のない単語のせいで頭は大混乱だ。それはあの子も同じようで、頭にはハテナマークが見える。
「まったく。勝手に扉を開けて出てきてしまった新入生など前代未聞です! はぁ……どれだけせっかちさんなんですか」
男の人はやれやれ……と言いたげに大きくため息をついた。
「さあさあ、とっくに入学式は始まっていますよ。鏡の間へ行きましょう」
黒ネコを捕まえた鞭を握り、促すように背中を押された。わたしが進むのとは反対にあの子は前へ進まない。それを見て、男の人はこれから向かう『鏡の間』について説明してくれた。しかし、女の子は更に首を傾げるだけだった。
「……おっと、長話をしている場合ではありませんでした。早くしないと入学式が終わってしまう。さあさあ、行きますよ」
再び背中を押されると、隣にいた女の子が「あの!」と大きな声を上げた。
「ここってどこなんですか⁉︎」
「おや? 君、まだ意識がはっきりしていないんですか? 空間転移魔法の影響で意識が混濁しているんですかねぇ……まぁ、いいでしょう。よくあることです」
魔法の影響で意識が混濁する事ってあるんだな、とわたしは感心したけど、女の子は眉をひそめていた。まるで、自分にとって信じられないものを見たような、そんな軽蔑の眼差しで。
「では歩きながら説明してさしあげます。私、優しいので」
それに気付いていないのか、男の人は気にせず歩き始めた。今度は女の子の肩をガッチリ掴んでいたけれど。どうやら、そんなにわたし達を鏡の間という所へ連れて行き、入学式に参加させたいらしい。ため息が気付かれないよう小さくはいて、わたしも足を進めた。
建物から出てしばらく進むと、さっき逃げる際に通った庭が見えた。逃げる事に必死だったせいで気づけなかったけど、よく見るとりんごの木やおしゃれな井戸があってとても優雅だ。先生から教わった偉人の城にでも出てきそうなくらいに。
「ここは『ナイトレイブンカレッジ』。世界中から選ばれた類稀なる才能を持つ魔法士の卵が集まるツイステッドワンダーランドきっての名門魔法士養成学校です」
すると、そこで男の人は女の子の肩から手を離し、一歩下がってスッと一礼した。
「そして私は理事長よりこの学園を預かる校長。ディア・クロウリーと申します」
そのお辞儀はピッタリ30度で、完璧としか言いようがなかった。先生がやっていたものよりも完璧なんて……流石はこの学園の校長というべきだろうか。名門を名乗るのに相応しいと思う。
「ま、まほうし……?」
そんなわたしの思考を破ったのは、甲高い間抜けな声。告げられた言葉に思わず視線を向けると、目が合ってしまった。わたしが一体どんな顔をしているかなんて想像もつかないけれど、女の子はニカッと笑った。何故?
そんなわたし達に構う事なく学園長は続けた。
「この学園に入学できるのは『闇の鏡』に優秀な魔法士の資質を認められた者のみ。選ばれし者は、『扉』を使って世界中からこの学園へ呼び寄せられる。貴方達のところにも『扉』を載せた黒い馬車が迎えにきたはずです」
それを聞いてわたしは、はてなと首を傾げた。わたしの記憶がただしければ、黒い馬車なんて見た事がない。もし来ていたら、普段は皮肉の一つや二つを言う先生が腰を抜かしていただろう。
「あの黒き馬車は、闇の鏡が選んだ新入生を迎えるためのもの。学園に通じる扉を運ぶ、特別な馬車なのです。古来より特別な日のお迎えは馬車と相場が決まっているでしょう?」
そういえば、先生もそう言っていたな……。昔は馬車なんて高貴な人達しか乗れなかったと、あたかも自分が尊い身分の人のように自慢気だった。
少し昔の出来事に浸っていると、女の子と黒ネコが再び騒ぎ出した。それを止めるかのように、学園長は一人と一匹の手綱をガッチリ掴んで、歩行を再開した。どんどん速度が速くなる前に、わたしも早めに歩き始めた。
*****
いくつもの階段を登って歩いた先に、その部屋はあった。中からは話し声が聞こえる。大きさや途中までの人気の無さからして、この学園にいるほとんどが集まっているんだろう。
「さ、ここが鏡の間です」
学園長は部屋へ続く豪奢な扉に手をかけ、「入学式は何処まで進んだのやら」と呟いた。すぐに開くと思っていた扉は、中途半端な位置で止まってしまう。それは、中から漏れ出た声のせいだった。
「それにしても、学園長はどこに行っちゃったのかしら? 式の途中で飛び出して行っちゃったけど……」
「職務放棄…………」
「腹でも痛めたんじゃないか?」
多分、自分と同年代くらいの人達だろうか。その人達は学園長の事を話しているけれど、内容からしてあまり敬われていなさそうな事が窺える。職務放棄を疑われるからには、あまり信用されていないと思う。
チラリと盗み見ると、学園長はピクリと口を引きつらせていた。彼は小さく咳払いをすると、大きく音を立てて扉を開け放った。
「違いますよ! ……まったくもう、新入生が一人足りないので探しに行っていたんです」
カツカツと足音を鳴らして歩いていく学園長について行くと、案の定周りからの視線が突き刺さる。人はこんなに集まるのかと感心しながら歩き、周りを観察した。
人は予想通り大勢いて、それぞれが色々な反応をしている。ヒソヒソと話していたり、口をポカンと開けていたり、何故だか笑っている人もいた。ただ、全員の視線は共通して一つの所へ向かっている。
それはあの女の子だった。彼女はピンと真っ直ぐ背筋を伸ばして、辺りをキョロキョロ見回しながら大股で進んでいる。表情は今にも花が咲くような満面の笑みだ。どうしてこの状況でそうなるんだろうか。全く理解できない。
「さあ、寮分けがまだなのは君達だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ」
学園長そう言うや否やわたし達の背を押して、中央にある闇の鏡という物の前へ立たせた。
鏡の前に立ったのに、そこには何も映らなかった。首を傾げていると、燃える音と共に緑の炎を纏った白い仮面が現れた。
「汝らの名を告げよ」
まるで人一倍厳格な先生のように、厳かで威圧感がある低い声で問いかけられる。一度軽く深呼吸をして、正面を見据え口を開いた。
「オフィーリア」
「ユウです!」
「……フィル、ユウ……汝らの魂のかたちは………」
わたしの声が小さかったせいか、はたまた隣にいるこの子が大声で『ユウ』と名乗ったせいか、わたしの名前は都合よく変えられてしまった。
鏡は唸りながら考え込んでいる。それはもう、隣にいるユウからあくびが聞こえてしまうくらい長々とだ。流石に待つ事に飽きて足を揺らすと、後ろから誰か男の人に注意された。少し動かしたくらいなのによく分かるな……
「わからぬ」
突然過ぎて、反応が出来なかった。周りの騒めく声が雑音のように聞こえるくらいに。
『わからぬ』? わたしに魔法士の才能があるから呼んだのではないのか。なのに、そんな回答をするなんて思いもしなかった。……まさか、手違いなんて事も……
一度も履いた事のない靴に視線を落とし、拳をグッと握り締める。するとライムグリーン色の光が差し込み、わたしは顔を上げた。
「この者達からは魔力の波長が一切感じられない……色も、形も、一切の無である。よって、どの寮にもふさわしくない!」
そう言うなり仮面は鏡の中から消えた。同時に周りは再び騒めき始める。
まぁ、わたしは魔法なんて一度も使った事がなかったし受け入れたけど、周りはそうではなかった。例えば学園長なんて、魔法が使えない人間を迎えに行く事も生徒選定の手違いなど一度もないと大声で豪語しているが、仮面越しでも分かるくらいに汗をかいている。
「だったらその席、オレ様に譲るんだゾ!」
学園長の手が口から外れた黒ネコは、そう叫ぶや否や動きを封じるものから抜け出し、床を走った。学園長が追いかけるけど、四足走行の黒ネコの方が素早い。あっという間にユウの目前へ着くと、立ち止まってわたし達を前足で指した。
「そこのニンゲン達と違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ! だから代わりにオレ様を学校に入れろ!」
学園長がようやく追いつき、捕えようとすると黒ネコは宙に浮かび上がった。中途半端な所で停滞すると、ニヤリと口角を上げる。
「──魔法ならとびっきりのを今見せてやるんだゾ!」
珍妙な叫び声と共に青白い光が部屋全体に包み込み、次の瞬間には熱気を感じた。それを境にあちらこちらから慌てふくめた声が聞こえる。学園長は「狸を捕まえろ」と指示を出すが、既に混乱状態に陥っている彼らの耳には入っていない。けれど前に立っている人達はこんな状況でも狼狽えておらず、落ち着き払っている。その様子は前者とコンストラストだった。
「チッ……かったりぃな」
「アラ、狩りはお得意でしょ? まるまる太った絶好のオヤツじゃない」
「なんで俺が。テメェがやれよ」
「クロウリー先生、おまかせください。いたいけな小動物をいたぶって捕獲するというみなさんが嫌がる役目、この僕が請け負います」
「さすがアズール氏。内申の点数稼ぎキマシタワー」
「なあ、誰かオレのケツの火ぃ消してくれてもよくねえ⁉︎」
……何か薄くて板状の物が浮いていたり、そこから声が聞こえたのは無視しよう。とりあえず、落ち着き払っているとは違うらしい。全員、学園長の言葉を無視しているだけだ。その事に「みなさん、私の話聞いてます⁉︎」と学園長の方が騒いでいる。もしかして、普段からこんな感じなんだろうか。
そして、上空では狸扱いをされて怒り心頭な黒ネコが、隣にいるユウと再び言い争いをしている。この学園、名門として有名だよね?こんな事が起こるなんて聞いていない。
ため息をついていると、二人の生徒が行動に移した。パサリと脱いだフードから見えたのは、鮮やかな真紅とシルバー。
二人は腰元から小さい杖みたいな物を取り出して、黒ネコへ向けて振った。杖の先から白い光が現れ、黒ネコに当たっていく。
「ボクの目の前でルールを破るとは、大層度胸がおありだね」
これが魔法……? 本に書いてあったけど、実際に見ると全然違う。
それから何度か攻防した末、真紅の髪をした人から「オフ・ウィズ・ユアヘッド」という叫びが響いた。それと同時に、黒ネコにハート型の首輪がはめられ、事態は収束した。
どうやら首輪は特殊な物らしく、黒ネコは炎を出せなくなっていた。粛正されたにも関わらず、黒ネコはまだ騒いでいる。往生際が悪いにも程があるな……。
「違いますよ‼︎」
突然間近で聞こえた大声に思考停止して振り向くと、いつの間に側にいた学園長にユウが何かを訴えている。
「え?貴方のじゃない?」
「さっきから何度も言ってるじゃないですか!」
あぁ、なるほど。やっと理解が出来た。おそらく、あの黒ネコがユウの使い魔だと勘違いされたんだ。初めて会った時もそんな事を言っていたし。少し考えれば、魔力がないのに使い魔なんて使役できないと分かるだろうに……学園長って意外とうっかりしてるな。
そう思っていると、今度はわたしに訊いてきた。口で言うのも面倒だったので、首を横に振る。わたしの意図を理解したのか何やらゴニョゴニョ呟いて、黒ネコを外へ放り出すよう命じた。
その言葉に暴れ出した黒ネコは近くにいた生徒によって取り押さえられ、悲痛な叫びも虚しく部屋から追い出された。
「少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生をつれて寮へ戻ってください」
その言葉を皮切りに、先頭に立っていた人達が歩き出した。なるほど、この人達は寮長だったのか。ならあんなに落ち着いていたのも納得かもしれない。
そう思っているとバタンと出口が閉まり、部屋にはわたしとユウ、学園長と鏡が残った。
「さて、お二人には大変残念なことですが……貴方がたには、この学園から出て行ってもらわねばなりません」
「えっ⁉︎」
ユウは目を白黒させていたが、わたしは納得していた。魔法の力を持っていないんだし、当然だと。
「心配はいりません。闇の鏡がすぐに故郷へ送り返してくれるでしょう。さあ、扉の中へ」
促されるまま、わたし達はそれぞれ扉に入った。横になって目を瞑り、自分が数時間前までいた部屋を思い出す。たくさんの本に、嫌味しか言えない先生、無愛想な人もいたっけ。わたしにとって当たり前の環境を思い浮かべた。
「さあ闇の鏡よ!この者をあるべき場所へ導きたまえ!」
「……」
闇の鏡は答えない。炎に包まれた仮面は黙ったままだ。その事に学園長はわざとらしく大きな咳払いをして再び同じ事を口にするが、「どこにもない」と鏡は静かに重々しく紡いだ。
「え⁉︎」
隣の扉からガタガタと大きな音が聞こえたが、わたしはそれどころではなかった。
「この者達のあるべき場所は、この世界のどこにも無い……。無である」
続けられた発言は、あまりにも残酷だった。昔読んだ偉人の最後と引けを取らないくらいに。
わたしはこの世界で生まれ育ったのに、あるべき場所はどこにもない? そんな事があるのか。
……そういえば、先生に教えてもらった事がある。『闇の鏡の判断に間違いなどない』と。
もし、それが本当なら──わたしが今まで過ごした時間は何だったのか。
心臓がドクドクと早鐘を打つ。何も、耳に入らなかった──。
