第1話 不幸を招く猫
夏の終わりの夜空は曇りがかっていて、星は全く見えなかった。通行人はほぼいなかった。
店から一歩外に出た時、招き猫の頭を優しく撫でる男性が目に入った。
招き猫を見つめる真っ黒な瞳は、どこかつらそうだった。
男性はショッキングピンクのメッシュが入った黒い長髪を緩く1つに結んでいた。丸い眼鏡をかけていたが、右目は前髪で隠れていた。黒の燕尾服にピンクのレギュラータイといった出立ちだった。額や頬、首筋には、タトゥーとは思えない蛇柄の跡があった。俺には30代前半くらいに見えたが、何百年も生きていると言われたら信じてしまいそうだった。禍々しい気配の中に、中性的な美しさがあった。
俺は彼を見つめたまま立ち尽くしていた。
ふと、彼がこちらを見上げた。彼はゆっくり立ち上がり、うやうやしく頭を下げた。瞳に憂いを携えたまま、彼の口角は不気味にぎゅいっと上がった。
「初めまして。私は二枚舌真虫(にまいじたまむし)と申します。もちろん偽名ですよ?私は嘘つきですから。」
「は、はあ……。」
俺の頭は?マークで埋め尽くされていた。そんな俺の様子を見て、真虫はうさん臭くクスクスと笑っていた。
「ところで……こちらの招き猫はあなた様の物でしょうか?」
「は、はい……。」
「招く力が強すぎるのか、この子は悪い物を呼び寄せております。幽霊、妖……そして、私。」
わかった。コイツは詐欺師だ。なんちゃってスピリチュアル系。
俺の予想が正しければ、次に来る言葉は……。
「あなた様をお守りするためにも、こちらの招き猫、私に譲っていただけないでしょうか?」
ビンゴ。そうとわかれば遠慮はいらない。店主として毅然とした態度をとらねば。
俺はぴしっと頭を下げた。
「お断りいたします。こちらは店の大切な備品です。」
「たとえリスクを背負ってでも?」
「はい。」
「……あなた様は、物を大切にしてくださるのですね。」
真虫の頬が一瞬緩んだ。その儚い笑顔は、俺の心臓をドクンと突き動かした。
真虫はかがんで、招き猫の頭を再び撫で始めた。彼は招き猫にそっと語りかけた。
「良かったですね。あなたのご主人様は、非常にお優しい方ですよ。」
先ほどの嘘にまみれた表情はどこへやら。真虫の招き猫へ向ける動作一つひとつが、とても温かかった。
俺は真虫に近づき、先ほどより温厚な態度で質問した。
「招き猫、お好きなんですか?」
真虫も、今度は穏やかな表情で返してくれた。
「私は全ての道具を愛しております。所有者から忌み嫌われるくらいなら保護をと思っておりましたが、その必要はなかったようです。」
何の気の迷いか、俺は真虫の嘘に乗った。
「呪いを祓うことはできないんですか?」
真虫は俯いて、ぽつりと言った。
「私にそのような力はないのです。あるのは、呪いに耐える力だけ。」
俺は耳を疑った。そして、射るような視線で真虫を見つめた。
「もっと自分を大事にしろ。」
真虫はきょとんとしていた。俺ははっとして、真虫に謝罪した。
「……申し訳ございません。」
真虫は興味深そうに俺を見つめながら、口を開いた。
「敬語でなくても良いですよ。ところで、あなた様のお名前は?」
「……財前空。」
「空様。あなた様はおそらく、私の言葉を信用していらっしゃらないがゆえに、道具を手放さないとおっしゃった。今でもその決意にお変わりはありませんか?」
俺は夜空を見上げた。
「正直、呪われるのは嫌だ。しかし、招き猫を手放したくないのは事実。それなら俺は……。」
俺は再び真虫の視線を捉え、はっきりと言った。
「呪われたまま活かす。」
真虫の瞳が揺らいだ。彼はおそるおそる尋ねた。
「どう……やって……?」
俺は腕を組み、天を仰いだ。
「そこなんだよなー。全く浮かばん。」
「私にできることはございませんか?」
真虫の声色は少し明るくなり、瞳には光が宿っていた。
俺はよしっ、と軽く手を叩いた。
店から一歩外に出た時、招き猫の頭を優しく撫でる男性が目に入った。
招き猫を見つめる真っ黒な瞳は、どこかつらそうだった。
男性はショッキングピンクのメッシュが入った黒い長髪を緩く1つに結んでいた。丸い眼鏡をかけていたが、右目は前髪で隠れていた。黒の燕尾服にピンクのレギュラータイといった出立ちだった。額や頬、首筋には、タトゥーとは思えない蛇柄の跡があった。俺には30代前半くらいに見えたが、何百年も生きていると言われたら信じてしまいそうだった。禍々しい気配の中に、中性的な美しさがあった。
俺は彼を見つめたまま立ち尽くしていた。
ふと、彼がこちらを見上げた。彼はゆっくり立ち上がり、うやうやしく頭を下げた。瞳に憂いを携えたまま、彼の口角は不気味にぎゅいっと上がった。
「初めまして。私は二枚舌真虫(にまいじたまむし)と申します。もちろん偽名ですよ?私は嘘つきですから。」
「は、はあ……。」
俺の頭は?マークで埋め尽くされていた。そんな俺の様子を見て、真虫はうさん臭くクスクスと笑っていた。
「ところで……こちらの招き猫はあなた様の物でしょうか?」
「は、はい……。」
「招く力が強すぎるのか、この子は悪い物を呼び寄せております。幽霊、妖……そして、私。」
わかった。コイツは詐欺師だ。なんちゃってスピリチュアル系。
俺の予想が正しければ、次に来る言葉は……。
「あなた様をお守りするためにも、こちらの招き猫、私に譲っていただけないでしょうか?」
ビンゴ。そうとわかれば遠慮はいらない。店主として毅然とした態度をとらねば。
俺はぴしっと頭を下げた。
「お断りいたします。こちらは店の大切な備品です。」
「たとえリスクを背負ってでも?」
「はい。」
「……あなた様は、物を大切にしてくださるのですね。」
真虫の頬が一瞬緩んだ。その儚い笑顔は、俺の心臓をドクンと突き動かした。
真虫はかがんで、招き猫の頭を再び撫で始めた。彼は招き猫にそっと語りかけた。
「良かったですね。あなたのご主人様は、非常にお優しい方ですよ。」
先ほどの嘘にまみれた表情はどこへやら。真虫の招き猫へ向ける動作一つひとつが、とても温かかった。
俺は真虫に近づき、先ほどより温厚な態度で質問した。
「招き猫、お好きなんですか?」
真虫も、今度は穏やかな表情で返してくれた。
「私は全ての道具を愛しております。所有者から忌み嫌われるくらいなら保護をと思っておりましたが、その必要はなかったようです。」
何の気の迷いか、俺は真虫の嘘に乗った。
「呪いを祓うことはできないんですか?」
真虫は俯いて、ぽつりと言った。
「私にそのような力はないのです。あるのは、呪いに耐える力だけ。」
俺は耳を疑った。そして、射るような視線で真虫を見つめた。
「もっと自分を大事にしろ。」
真虫はきょとんとしていた。俺ははっとして、真虫に謝罪した。
「……申し訳ございません。」
真虫は興味深そうに俺を見つめながら、口を開いた。
「敬語でなくても良いですよ。ところで、あなた様のお名前は?」
「……財前空。」
「空様。あなた様はおそらく、私の言葉を信用していらっしゃらないがゆえに、道具を手放さないとおっしゃった。今でもその決意にお変わりはありませんか?」
俺は夜空を見上げた。
「正直、呪われるのは嫌だ。しかし、招き猫を手放したくないのは事実。それなら俺は……。」
俺は再び真虫の視線を捉え、はっきりと言った。
「呪われたまま活かす。」
真虫の瞳が揺らいだ。彼はおそるおそる尋ねた。
「どう……やって……?」
俺は腕を組み、天を仰いだ。
「そこなんだよなー。全く浮かばん。」
「私にできることはございませんか?」
真虫の声色は少し明るくなり、瞳には光が宿っていた。
俺はよしっ、と軽く手を叩いた。
