高杉晋助
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高杉晋助という男に惹かれたのは何故だったか。答えを導くと必ず狂気に行き着いた。鋭く尖る瞳からは光が見受けられず、破壊することでしか己の生きる道を示すことが出来ない。真っ直ぐには生きられない、幼き頃から屈折した少年だった。けれど、昔は飾ることなく喜怒哀楽は表現していたと思う。
「…何だァ、考え事か?」
「あ、ごめっ…」
紡がれた言葉が耳に響き、意識が引き戻された。同時に顎を掴まれれば、自然と謝罪の言葉も出る。眉の角度も瞳の大きさにも変化は無いが、機嫌を損ねたに違いない。正確な彼の感情は不明だ。これから私を抱こうとしているのも、ただの流れでしかない。窓縁に差し込む月明かりを背景に舞い込む空気は冷たく、肌を撫でる。目の前に存在する男のように、ゆっくりと畳に身体が倒され思考が完全に停止した。
「随分と余裕があんじゃねェか」
「そんなことないわ」
「どうだかなァ」
暗闇の中で深紫色の髪の毛と右目だけが輝きを帯びている。観念して呟いた私に返答した彼の手が着物の帯に掛かった。
***
目を覚ますと、無造作に毛布が掛けられていた。そこからはみ出るように伸びる足には、先程よりも冷たい風があたる。起こした上半身には痺れが伴い、瞼も未だ重い。唸りながら立ち上がろうとするものの、足が上手く動いてくれない。一時間前まで無言で私を抱いていた男は縁に座って優雅に月を眺めていた。
「こんなでけェ月はそうそう見れるもんじゃねェぜ」
「……」
口から吐かれた煙は成す術もなく宙に浮いて消える。一糸纏わぬ身体に毛布を羽織って彼の隣に腰掛けた。先程と同じように煙が舞い、月の下に影を作った。
「…俺達にはこの道以外あるめェよ。あのとき俺に泣きついたのはお前だ」
「…っ」
「てめェも経験した筈だ、この世界は俺達からあの人を奪った。俺ァそいつが…」
「やめて!」
上から降ってきた言葉に制止をかける。彼の歯を食い縛る音に苦しさが伝わる。あの人が天に連れていかれたとき私は三人のように戦うことも出来ず、あろうことか彼に泣きついてしまった。
「……お前が進む道は一本しかないはずだ」
「…うん。誰と対立しようが、私達は私達の道を行く。…例え目の前を立ち塞がるのが昔からの友でも」
彼に泣きついたあと謀反の種として処理され、帰ってきたあの人は首だけで。行き場の無い怒りで震えた彼の拳を包み込むことがあのときの私には出来なかった。でも、今は違う。
「晋助、」
「あん?」
「今度は私も一緒に戦う。だから、絶対よ」
「…あァ」
握り締めていた拳を開き、彼の太股に頭とともに重ねる。私の上では傍らの三味線を抱え上げ、撥で弦を弾き始めた。耳に届く渇いた音。短く低く、何かを奏でているわけでもなく、ただただ音が響くだけ。明かりを灯していない部屋が周辺と同調し、漆黒に包まれている。その中で一つだけ浮かぶ月が、妖しいまでに光を放っていた。
慰めてくれた、あの温かい手を。
2013.10.拍手お礼文
2018.9.9.加筆修正
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