序章 千年の始まり

 今、あと少し時間が欲しい。目の前の男に、どうしても伝えたい言葉があった。
 ──伝えなければ、彼に。彼に。彼に。彼に。彼に。彼に……!
 それから、彼との記憶が止めどなく零れ出す。
 悲しみ、苦しみ、痛み、憧れ、憐れみ、親しみ、祈る様な切望、死への恐怖。
 男を憎いと思う気持ち──けれどそれよりずっと強い、男を愛しいと思う気持ち。
 真っ暗な闇に、突然、鮮やかな色が差し込んだ。
 あかい欠片が幾重にも降り積もり、玉依姫の視界が真っ赤に染まり出す。
 ──あぁ、なんてきれい……。
 玉依姫のすべての意識は、そこで永遠に途切れた』
 怒りと悲しみに染まった男と、利用されていると知りながら彼を愛し続けた女。
 遥かいにしえの時代にあった、悲しい愛の物語。
 それから幾万年の時が経った、平安の世。
 今から語るは、三柱のカミと鬼の物語。
『鬼を斬りしは玉依の娘、三つのカミを従えし。
 かの封印の地に鬼が現れ、暴れまわった』
 玉依の娘が、三つのカミを従えるところから、この伝承ははじまる。
『その地に住むカミ、三つのカミ、即ち八咫烏「空疎尊クウソノミコト」、妖狐「幻灯火ゲントウカ」、大蛇「胡土前コドノマエ」がそれに逆らいしが、三つのカミは鬼の力に敗れる。三つのカミは当世の玉依姫に言った。
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